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自然災害による住宅被害と被災者生活再建支援
日本は、国土の7割が山地や丘陵地であり、傾斜が厳しい地形が多い。また、日本の南東の海上では、熱帯や亜熱帯低気圧が発生・発達しやすく、勢力の強い台風や集中豪雨などにより、土石流やがけ崩れなどの土砂災害が起きやすい(※1)。
8月5日、福井県内で発生した記録的な大雨は、県内の交通インフラや住民の生活に深刻な被害をもたらした。南越前町では、河野川の上流部から大量の流木や土砂が押し寄せた(※2)。今庄駅付近ではレールや踏み切りが浸水し、列車が不通になった。北陸自動車道や国道8号等の主要道路は、土砂崩れや浸水の影響で通行止めになった。懸命な復旧作業により通行可能となったが、度重なる豪雨でその後も土砂災害が起きている。濁流や床下・床上浸水で土砂にまみれ破壊された家屋の被害も著しく、住民やボランティア等による住宅復旧作業が続いている。
⾃然災害により⽣活基盤に著しい被害を受けた方への支援に「被災者生活再建支援法」がある。この制度は、都道府県が拠出した基⾦から⽀援⾦を⽀給し、被災者の⽣活再建を支援するものである。支援対象は、10世帯以上の住宅全壊被害が発生した市町村等で、支援金の対象世帯は、自然災害により(1)住宅が全壊した世帯、(2)住宅が半壊又は住宅の敷地に被害が生じ、やむを得ず住宅を解体した世帯、(3)災害による危険な状態が継続し、住宅に居住不能な状態が長期間継続している世帯、(4)住宅が半壊し、大規模な補修を行わなければ居住することが困難な世帯、(5)住宅が半壊し、相当規模の補修を行わなければ居住することが困難な世帯である(※3)。
被災者は、市町村等が「罹災証明書」を発行することを確認したのち、居住地の市町村担当課に「罹災証明書」を申請し、証明書を得てから支援申請を行う。税金や国民健康保険料の減免、見舞金や支援物資の支給、国および基金から最高300万円の被災者生活再建支援金の給付、災害援護資金の借受等の支援が受けられる。自分だけで頑張ろうとせず、是非必要な支援は受けて欲しい。
人は、住み慣れた自宅、使い慣れた家財、見慣れた景色、家族や近隣住民とのかかわりの中で、安心・安全な生活を営み、自分らしさを形成している。突然の自然災害で、住み慣れた住まいや住まい方が変わってしまった方々の苦悩は計り知れない。
被災した方々の健康と一日も早い生活の再建を心からお祈りしている。
(看護福祉学部 成田光江)
※1 一般財団法人 国土技術研究センターhttps://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary10
※2 気象庁によると、5日午前8時半までの24時間降水量は、南越前町今庄で57.5ミリを記録し、観測史上最大となった。
※3 内閣府 防災情報のページhttps://www.bousai.go.jp/taisaku/seikatsusaiken/shiensya.html
自己変革と連携、待ったなし
中小企業庁が公表した『2022年版中小企業白書・小規模企業白書』(以下、白書)のテーマは、「自己変革力」および「事業の見直しと地域内連携」である。
白書では、新型コロナウイルス感染症の流行や原油・原材料価格の高騰など、厳しい外部環境に直面する中小企業・小規模事業者が、足元の事業を継続し、その後の成長につながる方法のひとつとして「事業再構築」※1を挙げている。また、中小企業の成長を促す取り組みとして、オリジナルの付加価値を有し、適正価格が付けられる価格決定力を持つ「ブランド構築」や、従業員の能力開発のための人的資本への投資をはじめとする「無形資産投資」に注目している。
「事業再構築を行っている企業の3割以上で売上面の効果がすでに出始めている」「ブランド構築・維持を図る取り組みを行っている企業では、自社ブランドが取引価格に寄与している割合が高い」「計画的なOJT研修、OFF-JT研修をいずれも実施している企業ほど売上高増加率が高い傾向」など、東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」(2021年2月)の結果を参考に「事業再構築」「ブランド構築」「無形資産投資」が必要・重要とした。
「無形資産投資」に関しては、昨年(2021年7-8月)、福井県立大学地域経済研究所が福井県から受託して、福井県内企業を対象に行った「福井県企業の事業活動に関するアンケート」(有効回答297件)でも同様の結果が得られている。具体的には、未来投資※2の実施の有無とその種類※3を尋ねたもので、「人材育成を行っている企業ほど、業況が右肩上がりの傾向が強い」ということが分かったのである。
他方、企業規模が小さくなるほど経営や事業に関する知識やノウハウの不足、販売先の開拓や確保といった様々な課題に直面していることが予想される。「事業再構築」「ブランド構築」「無形資産投資」の重要性が理解できたとしても、すべてを自前で行うことは困難といえよう。
加えて、DXやGX、健康社会、レジリエンス社会といった社会変化とも向き合い、自社の利益追求だけではなく、事業を通じて多様化する中長期的な社会・経済課題を解決していくことが求められるようになる。ゆえに、事業継続、事業成長の難易度が高まり続ける中では、他者や外部との連携・パートナーシップ関係を強化することで「自己変革力」を高めていくことが、さらに望まれるのではないだろうか※4。地域企業の「自己変革」「連携・パートナシップ」の強化は、待ったなしである。※1 新たな製品やサービスを提供したり、製造や提供方法を相当程度変えることなど。
※2 数年先の収益確保や増加のために先行して行う投資のこと。
※3 研究開発や人財育成、設備整備、マーケティングなど
※4 福井県立大学では、地域との連携を進めるための全学的な組織として「福井県立大学地域連携本部」(http://www.fpu.ac.jp/renkei/)を設置しております。「自己変革」「事業の見直し」「人財育成」「共同研究」な ど、お困りのことがありましたら「地域連携本部」または「地域経済研究所」 にお問い合わせください。包摂的成長と地域
6月11日と12日の2日間、埼玉にある城西大学にて、産業学会の第60回全国大会が、久しぶりに対面で開催された。産業学会では、鉄鋼業や自動車産業など、個別の産業を取り上げ、深堀りすることが多いのだが、「たまには産業を横断するようなテーマを取り上げたら」と口を滑らせた結果、私自身が「動揺する国際政治と日本の産業政策の課題」と題した報告を行うはめになってしまった。報告では、2021年6月の経済産業省産業構造審議会総会で提示された「経済産業政策の新機軸―新たな産業政策への挑戦―」を取り上げたが、その後の討論でも、これまでの「官主導の伝統的産業政策」と「民主導の構造改革アプローチ」との違いが論点になった。日本の学界では忘れ去られていた産業政策に関する議論が、にわかに登場してきたことに、私自身は今でも当惑を感じざるを得ないが、背景には、「中国製造2025」に対抗する米国バイデン政権の成長戦略や、ポストコロナにおけるグリーンやデジタルへの移行を進めるEUの産業政策があることは確かなように思われる。そして、もう1つの要因として、従来の産業政策では扱ってこなかったムーンショット的な研究開発や中長期的な社会的課題への対応に迫られていることがあげられる。
こうした背景をもとに、産業構造審議会の下に「経済産業政策新機軸部会」(座長:伊藤元重東京大学名誉教授)が設けられ、2021年11月~22年4月までに8回もの会議が開催され、中間整理案が取りまとめられた。そこでは、目指すべき経済社会に関して、「経済成長・国際競争力強化および多様な地域や個人の価値を最大化する包摂的成長の両者を実現する」と表明され、ミッション志向型の産業政策として、①炭素中立型社会、(2)デジタル社会、(3)経済安全保障、(4)新しい健康社会、(5)災害に対するレジリエンス社会、(6)バイオものづくり革命、といった6項目の実現が掲げられた。
ところで、4月12日の第7回「新機軸部会」では、包摂的成長を中心的なテーマとし、中小企業や文化・スポーツとともに地域が取り上げられ、私は「包摂的成長における地域の意義」と題した報告を行った。報告の準備で、inclusive growthについて調べてみると、国連やIMFなどが地球規模での貧困や格差問題への対応として取り上げている事例が多く、先進国内では、イギリスの大都市内での貧困地区対策が目に付いた。地域間格差や条件不利地域への政策的対応については、戦後の国土政策や産業立地政策で長年取り組まれてきたものだが、「どの地域も取りこぼさない」というスローガンの下で、新たな政策をどう打ち出すか、なかなか難しいように思われる。
その一方で、私はもう1つの見方に注目したい。すなわち、個性豊かな多様な地域が力を出し合うことで、新たな成長がもたらされるとするものである。ただし、多様な地域の組み合わせをどのようにしたらよいか、未解明な点が多い。包摂的成長と地域をどうみるか、こうした議論は始まったばかりで、それこそ対面での意見交換を繰り返して、内容を豊かにしていくことが求められるのである。「沖縄の人口動向から地域の魅力について考える」
今月も様々な報道がありました。「ダチョウ倶楽部」上島竜兵さんの逝去、国政選挙で選ばれた方々の問題発言の数々、東京スカイツリー開業10周年、「英語教育実施状況調査」結果の公表、「運転技能検査」の開始などなど。これらの出来事をめぐって個人的にいろいろ考えさせられましたが、本コラムでは迷った挙句「沖縄」を取り上げることにしました。といいますのも、今月15日(日曜日)は周知のとおり、沖縄が本土に復帰してからちょうど50年目という節目の日でした。私も今年、4年ぶりに「地域経済研究所」に戻ってまいりました。ちょっとした因縁を感じることもあり、ちょうど良いテーマかと考えた次第です。
メモリアル・イヤーということもあり沖縄に関する記事や番組は平年より多くなっていると思いますが、現在放送中のNHKの朝ドラも沖縄が舞台の『ちむどんどん』。沖縄ことばで、チム(肝=心胸・心)が高鳴る様子を意味する状態のようです。かつて沖縄に旅行した際、『高等学校琉球・沖縄史』という教科書を国際通りにほど近い古本屋でたまたま見つけたので興味本位で買ってみたところ、自分が高校時代に学んだ“日本史”とはかなり異なっていることに、相当『ちむどんどん』したことを思い出します(使い方がちょっと間違っているかもしれませんが)。
そんな沖縄には本土と異なる様々な特徴があります。その一つが「人口」です。5月は「子どもの日」、「母の日」がありますが、総人口に占める子どもの割合、母親の割合が47都道府県中最も高いのが沖縄県です。婚姻率や合計特殊出生率が本土返還以降、ずっと全国トップです。平成17年版の厚生労働白書のコラム「沖縄県の出生率が高い理由」では、(1)共同社会的な精神がまだ残っており、子どもを産めばなんとか育てていける。(2)男児後継ぎの意識が強く残っているので男児が生まれるまで産児を制限しないという説がある、と分析されています。政府刊行物にしてはかなり思い切った論考です。そして、出生数から死亡数を引いた自然増加数がプラスなのは、2016年以降沖縄県だけになっています。さらには、転入超過数(転入者から転出者を引いたもの)もプラスで推移していることから、沖縄は現在全国で唯一、人口が増加している県です。対照的に、自然増加数を大幅に上回る転入超過数によって人口を増やしてきた東京都では、コロナ禍によって転入超過が激減したことから、社人研による将来推計人口よりもかなり早いタイミングで人口減少に転じてしまいました。しなしながら、沖縄が単に“優等生”かというと、そうではありません。離婚者割合、嫡出でない出生や婚前妊娠による出生割合が高いことは、少なくとも“本土”では一般的に“良くないこと”とされています。平均寿命は他地域と比べて伸び悩んでおり、返還直後の男女とも全国1位から徐々に順位を下げています。
このように多面的な顔を持ち、かつ変化の激しい沖縄ですが、人を引き付ける魅力は依然健在のようです。“沖縄は特別だから”と考える向きもありますが、しっかりと向きあってみると、地域の魅力とは何なのか、案外その本質が見えてくるような気がします。
「祭り」という文化
福井県の東北部、奥越の地には2つの城下まちがあり、その一つが人口22千人あまりの小さなまち勝山市である。
ところで、同市の歴史的遺産を一つ挙げるとすれば、それは「越国」の僧、泰澄大師によって確立された白山信仰の一大拠点、平泉寺が今もその姿を残していることであろう。最盛期には48社36堂6千坊を誇り、越前文化の中心的存在であったともいわれている。天正2年(1574年)に一向一揆勢により焼き討ちに合うが、その9年後の天正11年(1583年)、平泉寺に戻った僧たち(顕海僧正と、その弟子専海、日海たち)が平泉寺の再興に着手、現在残る平泉寺白山神社を建立した。その後、江戸時代にはこの地の大名たちから手厚い保護を受け白山信仰の拠点として、現在までその存在感をとどめている。
また、この地は、全国でも貴重な恐竜化石の宝庫としても知られており、その拠点、福井県恐竜博物館には、コロナ禍前、年間100万人あまりの来場者が訪れたという。それと併せて、当地を代表する宝といえば、毎年2月の最終土日に開催される「勝山左義長まつり」を挙げなければならない。奇祭と呼ばれる「勝山左義長まつり」は、勝山藩主、小笠原氏が入封して以来300年以上の歴史があるといわれる。通常、市内の各地区には12基のやぐらが立ち並び、そのうえで色とりどりの長襦袢(ながじゅばん)姿に着飾った老若男女が独特のおどけ仕草で三味線、笛、太鼓、お囃子を披露し、その姿に多くの見物人が酔いしれ、コロナ禍前なら2日間で約10万人の来訪者を数えたらしい。
ところで、全国的に名高い祭りには、神田祭、祇園祭、天神祭、ねぶた祭、七夕祭、竿灯祭など挙げればきりがない。普通なら日本全体で年間何十万もの祭りが催されるともいう。しかし、この祭りという文化はいったいいつ頃から始まり今に至っているのか。一説では、神話の世界まで遡りその原点が語られているそうだが、古代社会に始まり仏教伝来や神仏習合の時を経て多様な意味を持つようになった祭りが、庶民の間で娯楽として定着したのは江戸時代に入ってのことらしい。この頃から、神輿や山車行列、獅子舞、花火大会など現在でも馴染みの催しが多く見られるようになったと聞く。ただ、明治に入ると、新政府から発せられた神仏分離令によってその歴史が大きく変わることになる。終戦後は寺社とは無縁のイベントとしての祭りも増えているようだ。
私の住む地域の秋祭りも、コロナ禍前の例年であれば賑わいが絶えなかった。ただ、一つだけ惜しいことは、地域の祭りも時代とともにその形が変化していることだ。神輿を担ぐ若集も、かつての胴巻き姿に法被、足には白足袋に草鞋(わらじ)といった出で立ちが崩れ、現代風にアレンジされた姿が目立つようになった。これも時代だから仕方ない。とはいえ祭りは文化、いにしえの形を受け継ぎ、守り、次の時代に伝えてほしいと思うのだが。とにもかくにも一日も早くコロナ禍がおさまり、前の祭りの姿を取り戻して欲しいものだ。国連の世界幸福度報告は何を測っているのか?
先日、世界幸福度報告の2022年の最新結果が世界に向けて発表された。日本は世界54位。では実際に、世界幸福度報告は何を測っているのか?残念ながらあまりそのことは理解されていない。このコラムでは、その内容の一端でもお伝えできればと思う。
世界幸福度報告では、人々の主観的幸福(主観的ウェルビーイング)を測定する方法として「生活評価」と「感情」の2つを概念枠組みとして採用している。
「生活評価」とは、“ある人の生活またはその特定側面に対する自己評価”のこと。0から10までの11段階の自己評価となり、回答した数字の平均値が国の「生活評価」の値となり、この値の国際比較が国際ランキングをつくる。この測定の仕方において、日本は世界54位/146国となる。
もう一方の、「感情」とは、“ある人の気持ちまたは情動状態、通常は特定の一時点を基準にして測る”方法で、一人ひとりの感情体験に注目した測定方法である。肯定的感情(幸せ, 笑顔, 喜び)と否定的感情(心配, 悲しみ, 怒り)の両方の体験の有無を測る。肯定的感情の体験が多いほど、また、否定的感情の体験が少ないほど、幸せ・ウェルビーイング度が高いと見なす。日本は、肯定的感情では67位/146国、否定的感情では12位/146国。他国に比して、肯定的感情の体験が多いとは言えないが、否定的感情の体験が少ないという意味では世界12位ということで、安定的な幸福感が存在することがこの結果からうかがえる。
また、主観的幸福を説明する要因として、「一人あたりGDP」と「健康寿命」の2つの客観要因と「社会的関係性」「自己決定感」「寛容性」「信頼感」の4つの主観要因を世界幸福度報告では測定してきている。日本の場合、客観要因である「一人あたりGDP」は28位/145国、「健康寿命」は1位/141国。主観要因である「社会的関係性」は48位/146国、「自己決定感」は74位/145国、「寛容性」は127位/146国、「信頼感」は28位/140国である。
主観的幸福に関する測定には文化差があるため、何を尺度にするかによって順位が変動する性質を有しているが、日本社会が世界幸福度報告から学び、それを自分事・地域事としていくためにまなざしを向ける必要があるのは、「社会的関係性」「自己決定感」「寛容性」「信頼感」の4つの主観要因であろう。
測定するだけでなく、ではいったい地域社会において「社会的関係性」「自己決定感」「寛容性」「信頼感」をどうすれば育むことができるのか。そのような対話が世界幸福度報告の結果を通じて生まれてくることを期待したい。世界は「虚構」でできているのか
いささか出遅れ気味ですが、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史(上下、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)』の話をしたい。ハラリは、私たち「サピエンス」が地球を征服できた理由をサピエンスの「虚構を創作する能力」にあるとしている。サピエンスはこの虚構を不特定多数の者が信じることによって、大規模な集団行動をとれるようになり、ライオンなどの動物やネアンデルタール人など他の人類種に打ち勝ってきた。
それでは「虚構」とは一体何か。それは「架空の事物」のことであり、具体的には伝説、神話にはじまり、宗教、貨幣、国家、人権、法律、正義、さらに自由主義や共産主義、資本主義といったイデオロギー、果ては自然科学に到るまで、ありとあらゆる事物が「虚構」だとされている。え! 科学も。ハラリによれば、近代科学は「進んで無知を認める意志」を持っている。どのような科学理論も神聖不可侵ではなく、常に新たな理論に取って代わられる可能性を持つというポパーの科学理論の反証可能性のような理由によって、科学も「虚構」の一つなのである。
そしてハラリはこの「虚構」を創作し共通の神話として不特定多数のサピエンスの間に広めることができたのは言語のおかげだとしている。しかしそれでは、言語によって表現されるものは全て「虚構」であり、それは絵空事や夢幻も同然なのだろうか。
この問いに対して、イエスかつノーだ、と答えたい。イエスである意味は、ハラリの主張するように宗教も人権も世界そのものが有する世界の形式であるわけではない。それらはサピエンスが「発見」したものではなく「発明」したものである。そして言語も世界そのものの形式ではなく、サピエンス史上最大の発明品に他ならない。その意味で、言語表現されたものは表現者の視点(ものの見方、世界観)から、表現者の関心によって、表現者のために、世界から切り出され構成されたものなのである。言語はサピエンスとは無関係にそれ自身独立に存在しているものそのものを表現することはできない。
ノーである意味は、一切は言語による「虚構」だといっても、嘘偽りでも、誤りや間違いであるのでもない。つまり、この虚構は事実に対する虚構ではない。例えば人権は、確かに世界そのものの形式でもないし、永遠不変の真理としての根拠も、基礎も持たない。よって人権は守られなければならないことを私たちは、「知っている」のではなく「信じている」としかいえない。しかしこの信念は、「あなたの言うことを信じます」とか「この試合の勝利を信じています」といった信念とは異なる。
自分の右手を見てほしい。それでは、それが自分の右手であることに根拠や基礎があるだろうか。何を持ってきてもこのこと以上に確実なことなどない。ウィトゲンシュタインは「これは私の右手だ」、「私は月に行ったことはない」、「大地は大昔から存在している」等の特殊な命題を世界像命題と呼んだ。世界像は私たちの一切の活動の基盤となっている。そして根拠付け、基礎付けには終わりがある。しかし世界像は一番の基礎であり、最終根拠である以上、その根拠を示すことも、何かに基礎づけることもできない。だからこそ最終根拠であり一番の基礎なのである。そして世界像は絶対的なものでも普遍的なものでもない。根拠も基礎もない以上世界像について「知っている」とは言えない。「信じている」としかいいようがない。したがって世界像は神話に属している。
それでは世界像は絵空事だろうか。「これは私の右手だ」ことを疑うことができるだろうか。このことを疑うくらいならば、自分の精神状態を疑うべきではないか。このことを疑っていて、どうして車のハンドルが握れるだろうか。手すりに掴まることも、この文章を書くこともできなくなる。私たちは「これは私の右手だ」などと意識することなく、何の躊躇もなくこれを自分の右手として行為している。生活している。これが現実である。
私たちサピエンスの現実は、それ自身独立に存在する実体によってできているのでも、事物背後にあって事物を事物ならたらしめている永遠不変の本質、言語でいえば言葉の背後にある意味なるものによって成立しているのでもない。絵空事というなら、これら実体や、本質、意味なるものこそ絵空事なのである。-持ち直しに入る日本経済、課題山積の中で新たな経営モデルの構築を-
2021年の日本経済を概観すると、年初来、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が断続的に発令される中、国内景気は一進一退の状況を余儀なくされた。
ちなみに、昨年1~3月期は、堅調な輸出に支えられ生産活動が回復基調を持続する一方、需要面では緊急事態宣言の再発令による外出自粛や飲食店などでの時短営業から個人消費が精彩を欠いた。4月に入ると、3度目の緊急事態宣言が発令され足下の消費活動が再び弱含んだものの、輸出が堅調な汎用機械や生産用機械、電子部品・デバイスなどの増産により、生産活動が回復基調を持続。その結果、4~6月期のGDP成長率は2四半期ぶりのプラス成長となった。しかし、7月入り後は、感染拡大を受けた緊急事態宣言の4度目の発令により、各種の物販をはじめ宿泊・飲食サービスなど個人消費の抑制傾向が続いたほか、設備投資も前年割れで推移した。
供給面でも、半導体不足や東南アジアからの部品調達の停滞による自動車の減産などから、低調な創業が続いた。そのため、2021年7~9月期のGDP成長率(改定値)は、物価変動の影響を除いた実質で前期比▲0.9%、年率換算で▲3.6%と、2四半期ぶりのマイナス成長に陥っている。
ただ、秋口以降は、ワクチン接種の進捗と新規感染者の低下傾向、それによる9月の緊急事態宣言解除を受け、停滞した宿泊・飲食サービス関連需要を含め、国内での経済活動の再開が進んだ。
こうした中、2022年の経済情勢について概観すると、今は何と言ってもオミクロン株の感染拡大が懸念されるところではあるが、まず需要部門では、うまく新型コロナウイルス感染の鎮静化が進めば、経済活動が正常化し雇用・所得環境の改善が進むことに加え、防疫への対応と経済活動の両立が進み、さらに、これまでの政策支援や消費抑制傾向により過剰に積みあがった家計貯蓄の一部が消費に回ることで、個人消費の回復に繋がるとの考え方が有力である。ただ、原油高などを背景とする仕入価格の上昇により、運輸・郵便や宿泊・飲食サービスなどのもう一段の業況悪化も懸念され、業種・業態間による収益環境のバラツキも顕在化するであろう。
一方、供給部門では、半導体の供給制約という課題が本年も負の影響を与えるものの、世界的な景気回復を背景に資本財や電子部品・デバイスへの需要が堅調であることや、部品不足の要因となった東南アジアの新型コロナウイルス禍が和らぎ、今後、自動車などの生産が持ち直していくとの見方が支配的である。従って、本年の日本経済は、各種の不確実性を伴いながらも、徐々に持ち直しの状況へと進むであろう。
また、前述したオミクロン株の需要への影響についても、景気腰折れといった最悪のシナリオを想定しておく必要はあるが、これまで経験した国民のコロナ対応能力に加えて、オミクロン株自体に、懸念されるほどの脅威がなければ、思うほどの厳しい状況は回避できるものと考えられる。
いずれにせよ、産業・企業を取り巻く環境は、今、コロナ禍は無論、DX化、サスティナビリティ、SDGs、CSR、カーボンニュートラル等、多様な課題に対応することが必要とされている。いつまでもこの現状に手をこまねいているわけにはいかない。課題山積の中ではあるが、そろそろ新たな経営モデルの構築を図らなければならない。
それには、具体的にどのような事業戦略を検討すべきなのであろう。例えば、現在保有する市場を深堀する、今の技術やノウハウで新たな市場を開拓する、或いは今の市場をベースに新たな技術やノウハウを投入する、そして、多角化戦略など様々な考え方があるに違いない。もちろん、考えた戦略を成功に導くためには、自社を取り巻く外部環境から自社にとっての機会と脅威を整理し,さらに自社の独自能力から強み,弱みを分析するなどして自社が取るべき今後の戦略を明確にしていくことが必要となろう。一刻も早く、攻めの経営へと転じてもらいたいものだ。ジェンダー・ギャップ指数と女性取締役
2021年もコロナ禍で始まり、コロナ変異株への不安や対応で暮れようとしている。その中でオリンピック・パラリンピックの開催も話題になったが、日本における女性の活用の停滞や女性蔑視ともとれる発言等も世界から注目された。12月1日に発表された流行語大賞のトップ10に「ジェンダー平等」が選ばれていることからも、性別にかかわる差別の撤廃や多様性を受け入れる社会への意識の高まりを感じさせる。
世界経済フォーラム(World Economic Forum : WEF)は、毎年各国における男女格差を測る「ジェンダーギャップ指数」を発表している。この指数は「経済」「政治」「教育」「健康」の4つの分野の各国のデータから作成され、「0」が完全不平等、「1」が完全平等を示している。2021年3月に発表された日本のスコアは0.656で156か国中、120位と残念ながら大変低い。2020年も121位であまり改善は認められない。他の国を見るとドイツのスコアが0.796で11位、フランス0.784、16位、英国0.775、23位、カナダ0.772、24位、米国0.763、30位、イタリア0.721、63位と先進国といわれる国は、総じて日本よりもジェンダーギャップが低いことがわかる。アジア地域の国と比較してもタイ0.710、79位、ベトナム0.701、87位、韓国0.687、102位、中国0.682、107位と日本より順位が高く、日本のジェンダー平等が進んでいない状況は明白である。
日本は特に「政治」及び「経済」の分野のスコアが低くなっている。WEFのレポート作成当時においては、国会議員の女性割合は9.9%、大臣の割合は10%に過ぎない(10月1日に投開票された衆議院議員の女性当選者は465人中45人で9.7%と前回選挙より減少した)。国は「第5次男女共同参画基本計画」の中で国会議員に占める女性の割合を2025年までに35%に引き上げるという目標を掲げているが、実現は厳しそうである。
経済分野においてWEFのレポートは、働いている女性の割合は高いが管理職の女性割合が14.7%と低いこと、取締役の比率が低いこと、非正規雇用の比率が男性に比べ高いこと、平均所得が男性よりも低いこと等を指摘している。厚生労働省の「雇用均等基本調査」(2018年)によれば女性の管理職は部長相当職6.7%、課長相当職9.3%、係長相当職16.7%となっており課長職以上の管理職の比率は11.8%と報告されている(管理職に占める女性の割合)。OECDの2020年のデータでは、フランスの女性管理職比率は45.1%、ドイツは同36.3%、英国は同34.7%と報告され日本女性の管理職比率の低さが際立つ。内閣府の男女共同参画推進本部は2003年時点で「指導的地位に占める女性の割合を30%以上に」という目標を掲げているが、18年を経てなお実現には程遠い現状である。
意思決定に意見が反映される取締役への登用はどうか。東京商工リサーチの調査によれば2021年3月期決算の上場企業2,220社の女性取締役(取締役・監査役)比率は7.4%で前年より1.4ポイント増加しているという。しかしながら女性取締役のいない上場企業は965社あり、43.4%に上る。女性取締役の場合社外取締役が多いことも特徴で、2017年の調査では弁護士23.5%、企業経営者22.1%、公認会計士・税理士10.2%、大学等の研究者9.1%と社外の専門知識を持つ女性を社外取締役として招聘する場合が多いようだ。経団連もまた2021年3月に、期限は明示していないが、企業の役員に占める女性の割合を30%以上にするという目標を掲げている。
福井県の場合はどうか。2017年の総務省「就業構造基本調査」によれば、福井県女性の労働力率は56.1%と全国1位であり、正規雇用者比率も53.9%、全国2位と高い。平均勤続年数も11.4年と全国の9.8年を上回っている。しかしながら管理職比率は8.99%、全国46位となり、働く女性は多いが管理職として力を発揮する女性の少ないことが課題とされている。女性の取締役登用について有価証券報告書で確認してみる。12月20日時点で福井県の上場企業は15社ある。その中で女性取締役を有する企業は6社、6名である。そのうち5名が社外取締役であり、3名は2021年3月期以降に就任している。15社の取締役(取締役・監査役)総数は147名である。女性取締役のいる企業は4割に上るが、取締役に占める人数はわずかに4.1%であり、全国の7.4%よりもかなり低い状況である。
企業の経営者からは「女性を取締役に登用したいが、人材がいない」との声をしばしば耳にする。経営全般に精通している人材と考えると厳しいかもしれないが、まず器を与えれば周囲の力を借りて育つのではないだろうか。先ごろアメリカの経済誌フォーブスが発表した「世界で最も影響力のある女性100人(2021年)」には東京都の小池知事と共に日銀初の女性理事となった清水季子氏が選ばれている。2022年には日本のジェンダーギャップ指数が向上し、より多くの日本人女性が世界で影響力のある女性に選出されることを期待している。利益構造を理解しておく
11/18のニュースで、新型コロナウィルスに感染し、福井県内の医療機関に入院または宿泊療養施設に入っている人がゼロになったことが報じられました。一方で、今後予想される感染拡大による第6波に備えて、体制を強化し、病床・宿泊療養施設を確保しつづけることが報告されています。
感染者が減少したことは、とても喜ばしいことですが、利用されない空き病床・宿泊療養施設を確保しつづけることは、医師や看護師、医療施設をはじめとする貴重な医療資源であるヒト・モノ・カネを固定化し、コロナ対応以外の医療行為へ有効に活用できない状態をつづける、ということでもあります。同じような状況を企業経営に置き換えて考えると、経営者を非常に悩ませる事態であることが理解できます。
第6波がいつくるか、どの規模になるか、どの程度つづくかなどは不確定な要素が大きく、実際におきるまでわかりません。このような不確実性が高い事態に備える場合、全国各地で多くの病床を確保しておこうとしているように、企業も事態に問題なく対応できるよう、対応能力を大きくしておこうとする傾向があることが指摘されています。
これは、不確実性が高い程、稼働率が極端に高くなる可能性が高まることや、対応能力の限界近くまで稼働率が上昇すると、小さな問題が大きな障害に発展して、本来の能力が発揮できなくなる可能性が高まるためです。これには混雑コスト(cost of congestion)が関係しています。たとえば、交通量が多く混雑している道では、トンネルや坂道などちょっとしたことで渋滞になり、通過する時間が大幅に増えてしまうことからも想像できると思います。
一般には、稼働率を高める程、コストが安くなるため、経営的には望ましいと考えられています。しかし、この混雑コストを考慮すると、稼働率が高い状態では、混雑コストが発生するリスクが高く、稼働率の上昇にともなう収益の増加を減らしてしまう可能性があります。とは言え、稼働率が低くなれば、大きな対応能力を用意するための費用をまかなうことができず、赤字になってしまいます。実際、コロナ禍のもとで売上が減少し大幅な赤字となる大きな要因の一つは、稼働率の低下です。顧客からの要望に応えられるようにと、日常的に対応能力を高めている組織ほど、コロナ禍による需要減少によって大きな打撃を受けているはずです。
コロナ禍のような異常事態に打てる会心の対策は多くないかもしれません。それでも対策を考えるためには、自社の利益構造を理解することが大切になります。これにはCVP分析(損益分岐点分析)が有効です。売上高の変化にあわせて変動費・利益がどう変化するか、固定費はいくらか、損益分岐点はどこか、どうすれば利益構造を変えることができるかなどを理解する助けとなり、効果的な対策を考える基礎となります。
資源は有限です。経営にとって重要なのは、有限の資源であるヒト・モノ・カネをいかに有効に配分し活用するかです。一方で、英智は無限とも言われます。有限の資源を活かし、知恵を出しあい、工夫を重ね、難局を乗り越える英智を創造し、実行することができるかが、生き残りと成長にかかっています。企業が存続するためには、利益を出すことが重要です。ぜひ会計情報を用い経営に活かしてください。まずは己を知ることからはじめてはいかがでしょうか。