福井県立大学地域経済研究所

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農産物の価格はどうやって決まるのか

福井県立大学地域経済研究所 教授 前田 陽次郎

 「農政の憲法」とも言われる「食料・農業・農村基本法」の改正法が2024年5月29日に成立した。今回の改正の最大の特徴は、法律の基本理念に「食料安全保障の確保」が書き込まれたことである。「安全保障」の具体的な内容としては輸出の促進も含まれている。平時から輸出量が多ければ、有事の際に食料輸入が困難になっても、輸出している分を国内消費用に振り換えることで安全保障になる。

 この改正のなかで私が気になったのが、価格形成について「持続的な供給に要する合理的な費用が考慮されるようにしなければならない」と書き込まれたことである。

 現在の経済学の理論によれば、価格は需要と供給のバランスによって形成され、そこに原価や費用は直接関係しない。供給量が増え価格が下がって原価割れするようなことになれば、それに耐えられない生産者が生産をやめ淘汰され、供給量が減り適正な価格形成がされる。マルクス経済学の理論であれば、再生産可能な原価に利益を加えたものが適正価格で、それを政府が設定することで継続的かつ発展的な生産の保証をするのであるが、現実社会でこの方法が成り立たないことは社会主義国の崩壊で歴史が証明した。

 では安い輸入品が大量に入ってきて価格が低下し、国内の生産者は全員再生産不可能になる場合はどうするのか。その産品の生産は全て輸入に頼ることになるのだろうか。この場合の対策に関してはWTO(世界貿易機関)のルールが定められていて、価格を調整するのではなく政府が生産者に直接お金を払うことで国内生産を維持させることになっている。WTOは、「米を1粒たりとも輸入させない」と国民的な議論になったGATTウルグアイラウンドが1994年に合意した内容をもとに設立され、国内農業の保護に関するルールの原則もこの時に制定された。もう30年も前にできたきまりである。

 日本でもこの制度は導入されており、例えば水田に小麦や飼料作物(飼料米を含む)などを作った場合には、高い値段で生産物を買い上げるのではなく、代替作物を生産したことに対して農家に直接補助金が支払われている。

 7月5日の福井新聞D刊(共同通信記事)に東京都内の商店街でのアンケート結果が掲載されている。「農業者が現在の価格水準では事業を継続できない場合、どのような対策が妥当だと思うか」という質問に対して最多の回答は「政府が補助金を出す」で104人中51人と約半数、次いで「販売する食品を値上げする」が25人だった。この消費者調査の結果ではWTOの方針が最も多く支持されていることがわかる。記事は「だが政府は、消費者が求める補助金ではなく、価格転嫁の促進によって局面を打開したい方針だ。」と続き、市民の意向と政府方針が違うことに言及するが、経済学の基礎理論や国際協定がどうなっているのかについては全く触れられていない。私個人としては残念なことだと思うので、このコラムを含めていろんな場で発言を続け、国民の議論の前提として経済理論や国際協定が考慮されるようになるように努力したい。