2018年
近年の国際交渉から見る「貿易と環境」について
1.環境物品の貿易自由化を巡る国際交渉から
2011年11月APECにおいて、2015年末までに対象となる環境物品の実行関税率を5%以下に削減することが合意された。そして、2012年9月、関税番号6ケタの分類ではあるものの、環境物品54品目が定められた。また、2014年7月には、日本だけでなく、米国、EU、中国などを含むWTOの有志国14か国・地域の間で環境物品交渉が立ち上げられている。
APECで合意されたリストに沿って日本の環境物品貿易を確認すると、54品目が定められる前の2011年には339億2718万9千ドルの貿易黒字であったのに対して、関税削減の目標期間が終了した後の2016年には190億2438万9千ドルの貿易黒字となっている。つまり、依然として環境物品の貿易は日本の強みの一つであるものの、貿易黒字は縮小していることが分かる。
日本にとって貿易額(輸出入額の合計)が大きい環境物品は、上から順に、太陽光パネル、セル(HS:854140)、選別破砕機関連機器(HS:847989)、太陽光反射鏡(HS:901380)であるが、2011、2016年共に大幅な貿易黒字となっている品目は、上記の選別破砕機関連機器、太陽光反射鏡に加え、蒸気タービンの部分品(HS:840690)などである。また、発電関連機器(太陽光、バイオマス、潮力等)(HS:850239)も2016年については大幅な貿易黒字となっている。
一方、2011年の段階で既に貿易赤字となっていた品目は竹製品(床パネル)(HS:441872)、風力発電機(HS:850231)などの6品目である。また、2016年については最も貿易額の大きかった太陽光パネル、セルに加えて、大型発電用ガスタービン(5000Kw超)(HS:841182)、液体のろ過機(排水処理)(HS:842121)などの6品目も貿易赤字に転じている。これらの6品目では中国、韓国、台湾向けを中心に輸出額の減少が見られた。
日本の環境物品の貿易黒字は、対APECで見ると世界全体よりも多少大きい傾向にある。そのため、この分野の貿易に関しては、EUを始めとするヨーロッパ諸国との貿易動向を含めて、今後も強みを発揮していけるかどうかを見ていく必要があるだろう。2.地球温暖化を巡る国際交渉から
2018年12月15日(日本時間16日)に2020年以降の地球温暖化対策の在り方を定めた「パリ協定」の実施ルールが採択された。今後は、先進国から発展途上国への資金援助や技術支援を活用しつつ、共通のルールの下で温室効果ガスの排出削減に取り組むことになる。
貿易自由化が温室効果ガスなどの排出に与える影響は、(1)排出係数の変化が排出量に与える効果(技術効果)、(2)貿易自由化前と生産規模(実質GDP)の水準が同じであったとしても、各財の生産構成の比率が変化することによって排出量が変化する効果(構成比効果)、(3)実質GDPを変化させるような生産量の変化が排出量に与える効果(規模効果)の3つに分類される。
WTOによると2016年の世界の貿易額(輸出入額の合計)は32兆3309億1200万ドルとなっており、1948年のGATT発足当時と比べると、200倍以上増加している。日本は省エネ技術に強みを持つとされるが、温室効果ガスを削減・抑制するためには、技術効果が規模効果や構成比効果による排出増を上回っていけるかどうかが一つの鍵となる。
また、貿易の増加に伴う国際輸送からの温室効果ガスの排出についても対策が必要である。例えば、2014年の国際海事機関(IMO)の調査によると、2012年の国際海運輸送からのCO2排出量は7億9600万トンとなっており、同年の日本1国分の排出量の約64%に達する。
しかしながら、国際輸送に伴う排出規制は、(ⅰ)公海、領空外などの関係で国や地域の特定が困難なこと、(ⅱ)海運の場合、 船籍、船主、海運事業者、荷主、寄港地など様々な主体が存在すること、(ⅲ)空路の場合、必ずしも最短コースを移動しないという距離の計測の問題などがあり、IMOと国際民間航空機関(ICAO)それぞれの対応や、輸送を担う企業の自主的な排出削減努力に委ねられているというのが現状である。国際輸送からの温室効果ガスの排出についても、国際的な制度設計が求められている。今後も、貿易からの利益を享受しつつ環境をも保護する、相互支持的な道を探求していきたい。
<参考文献、データ等>
・温室効果ガスに関するデータ「国立環境研究所, 日本の温室効果ガス排出量」
・環境物品に関するデータ「International Trade Centre, Trade Statistics」
・世界の貿易額に関するデータ「WTO Statistics on merchandise trade」
・IMO, Third IMO Greenhouse Gas Study, 2014.
・環境省、「国連気候変動枠組条約第24 回締約国会議(COP24) (概要と評価)」、2018年12月15日。
・経済産業省、「2016年版不公正貿易報告書」、2016年6月。
・吾郷伊都子、「環境物品自由化で輸出拡大へ」、ジェトロセンサー、2013年4月号。
・寳多康弘、「国際輸送部門における環境政策に関する経済分析」、RIETI Discussion Paper Series 13-J-061、2013年9月。国際ビジネスの倫理的課題からみたTPPの意義 ~倫理問題への対応が迫られる日系企業と「無知のベール」の効用について~
米国を除いた11カ国による環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が12月30日に発効する。TPPは経済厚生にとってプラスに働く「貿易創出効果」が期待できる反面、必ずしもパレート改善とはならないことから、日本国内では専ら影響の大きい農業問題に関心が集まっている感がある。一方、企業のグローバル経営戦略を研究している立場から注目しているのは「労働章(第19条)」 が組み込まれたことである。特に、労働に関する規定が入ったFTAの発効はベトナムにとっては初めて。マレーシアにとっても豪州およびニュージーランド以外とのFTAでは初めてのことである。なぜ、これが注目されるかといえば、これまで、企業倫理の普遍的な諸規範について、概念としては存在するものの、国による違いなどから、現実には「国際ビジネスを規制するのは不可能ではないか」と考えられてきたからである。TPPはこの長年の課題に対する突破口となる可能性を秘めている。
背景には、グローバル化によって企業の倫理的な問題が国境を越えて広がっていることがある。これに対し、1996年にシンガポールで開催されたWTOの第一回閣僚会合で労働基準を取り扱う権限を有する機関はILOであることを認める宣言が採択されたことは、この分野における行き詰まりを打開する重要な一歩となった。これを受けてILOは1998年、「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」を採択した。これがTPP労働章のベースとなっている。
こうした中、マレーシアやベトナムに進出している日系企業は待ったなしの対応を迫られている。なぜなら、マレーシアには現在、不法就労を含めると同国労働人口の2~3割に当たる300万~400万人の外国人労働者が存在するが、中には「強制労働」に当たる雇用慣行も見られるからである。米労働省によれば、同国での強制労働は、特に、電子工業や縫製業に多く、パーム油産業においては児童労働も散見される。ベトナムでも、結社の自由の制限のほか、特に、縫製業を中心に低賃金や児童労働、さらには人身売買に関する問題点などが報告されている。日系企業は下請けや海外の取引先まで含めた雇用の実態を早急に把握する必要に迫られている。TPPではたとえメンバー国でなくとも、強制労働を容認している企業や国からの輸入を控えるべきとしているからだ。
TPP協定の大きな特徴として、労働章の規定と解釈又は適用に関して、TPP参加国間で生じる問題も「紛争解決章(第28条)」の適用対象となることが挙げられる。これは、ISDS(投資家対国家の紛争)ではなく、国家間の紛争解決手続きであるが、違反した場合はTPPで認められている利益の停止という、一種の経済制裁を発動できる仕組みを規定していることから、国際的な労働基準に達していないメンバー国の法律改正や監視体制の強化が進むことは必至といえよう。
日本においては、こうした企業の負担を軽減する枠組みの策定が急務である。たとえば、2016年末に策定された日本政府のSDGs実施方針には「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)」の策定が明記されたが、人権デューディリジェンスを促進するような政策など、この分野における企業のリスクや負担を軽減できるような政策の早期構築が求められる。
企業においては、SA8000やISO26000など関連する国際規格を取得するのも有効だが、伝統的な業績基準に加えて倫理面にも配慮した社員の採用と昇進、倫理的な企業文化の醸成や意思決定プロセスの導入、倫理責任者の任命、さらには、倫理に反する儲け話などに手を出さないといった精神的勇気を奨励する環境づくり、などへの対応を急ぐ必要があるだろう。
最後に、話は少し逸れるが、国際ビジネスにおいては適切な行動方針が定かでない倫理的ジレンマに直面することがよくある。たとえば、企業幹部が貧困国に出張した際、子会社が社内倫理規定に反して幼い少女(児童労働者)を工員として雇っていることに気づいたとする。彼はすぐに少女を成人と交代させようとするが、事情を聞くと、少女は孤児で、6歳の弟と二人暮らしの彼女にとって別の仕事を見つけるのは困難であり、もしも解雇されれば、弟のためにエイズの危険がある売春を始める恐れすらある。そんなとき、どうすればよいのだろうか。このような倫理的ジレンマから抜け出し、容認できるような解決策に導いてくれるような道徳的指針や倫理的解決手段が本当は必要なのである。ここでは、ジョン・ロールズという哲学者が考案した概念上の道具である「無知のベール」を利用する方法を紹介したい。「無知のベール」を被ることで、平等な原初状態で原則を選ぶことが可能となる。つまり、偏見なく自由に状況を考察することができ、それによって正義の原理を見出すことができるというのである。ロールズは全員が賛成する正義の基本原理は2つあると言っている。第1の原理は、他者にも同じ自由が与えられる範囲で、一人ひとりに最大の基本的自由を認めると言うもの。興味深いのは第2の原理である。それは、まず公平な基本的自由を確保し、そのうえで不公平が全員にメリットをもたらす場合にのみ、基本的な社会財(所得や富の分配、機会など)の不公平が認められるというものである、つまり、もっとも恵まれない人の境遇を改善するような不公平ならば、正当化されるとしたのである。こうした「格差原理」には反論もあるものの、ロールズの無知のベールは、難しい倫理的ジレンマを切り抜けるために利用できる、有効な概念的ツールといえる。
「デジタル化への移行と人材教育」
近年、ビッグデータおよびデータ解析、クラウドコンピューティング、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、インターネット接続機器、IoT(モノのインターネット)、人工知能と機械学習等といったデジタル技術の発達が目覚ましい。デジタル技術の社会への導入、いわゆるデジタル化の影響については、世界中で活発に議論されている。日本では、デジタル化が日本企業の優位性の喪失や雇用減少につながると危惧する向きが少なくない。それでは、東南アジアでどのように認識され、どのような対策が講じられてきたのであろうか。
東南アジア各国の対応を簡潔に言えば、(1)デジタル・インフラ整備、(2)関連する法制度の整備、(3)デジタル化に対応できる労働力の育成の3点に集約される。タイはASEAN(東南アジア諸国連合)のインターネット接続の向上に向けた「情報通信技術基本計画」をまとめ、農村部の住民が発展から取り残されぬよう、デジタル時代に使える能力の開発を志向している。本年の8月29日には第50回ASEAN経済相会合が開催され、データ保護、デジタル人材の育成、起業家育成等の6つの優先取り組み分野を18カ月後までに行うことで合意した。
一方、企業は、業務・作業の効率向上のためのツールとして、デジタル技術の利用に大きな期待を寄せており、実際に活用を進めている。大手通信事業者のテレコム・マレーシアは、マレーシアの新興企業Tenderinが開発したオンラインのB to BプラットフォームであるLapasarを利用して、調達・支払い・配達といった一連のプロセスにかかる時間を80%短縮し、コスト削減を実現した。今後キャッシュレス化が進展すれば、取引コストの削減、利便性の向上、企業の管理強化、ソーシャルメディアを通じた従業員の採用と定着のための支援、従業員の顧客への接し方についての最新情報の獲得、といった恩恵を得られる見込みである。
さて、デジタル化への移行なりデジタル技術の採用によるメリット獲得を目指す上で障害になりそうなのが学校教育である。マレーシアでは教育現場でデジタル化が進められてきたものの、従来は日本と同様に、メールシステムの導入や、授業を記録し再生できるようにしたり、遠隔地の学生と内容を共有したりといったことが可能になるインタラクティブ・ホワイトボードの活用といった、デジタルツールの活用による教務の効率化や教育方法の変革にとどまっていた。
ところが今年に入り、東南アジアではデジタル化に対応した教育内容を提供する動きが見られるようになった。具体的には、デジタルスキルに長けた人材の育成を謳う民間の学校が設立されてきている。今年7月、AlibabaビジネススクールはGET(グローバル電子商取引人材)ネットワークの設立を発表した。GETネットワークには18の公立・私立大学に加え、マレーシア教育省やマレーシア・デジタルエコノミー公社も関与している。GETネットワークは若年者が電子商取引に熟達した人材となり、中小企業による輸出の活性化を可能にすると謳っている。すでに65の教育機関と提携し、260人以上の講師を育成し、約1,600もの中小企業と約7,000人の受講者に講義を行っている。受講者の出身国は豪州、中国、インド、イスラエル、モンゴル、シンガポール、韓国、トルコとさまざまであるが、最も需要があるのはマレーシアとタイである。
また、NTTデータの傘下にあるマレーシアの電子決済代行会社iPay88は、デジタル化と電子商取引の手法を教育するアカデミーを立ち上げた。今年9月から授業を開始し、来年9月までには600人の学生を対象に4つのコースを開講すると発表している。
日本ではデジタル化への移行が急速に進展しており、手頃な価格で高速のインターネットを利用できるよう、インフラ基盤の整備・強化に努めてきた。識字や算数といった基礎的なコンピュータの利用に必要なスキルは世界でも最高水準にあり、デジタル決済サービスの利用率向上に向けた取り組みも進められてきている。しかし、教育内容の改革はほぼ手付かずと言ってよいであろう。
今後はコーディング、データ分析といった高度なスキル、コラボレーション、コミュニケーションといったソフトスキルへのニーズが高まっていくと思われるが、これらのスキルの内容は日々、変化していくものである。そのため、一定期間集中して勉学に励み学位を取得するのではなく、求められるスキルの内容が更新されるたびに民間企業による定期的な講義を受講するという生涯学習が理に適っている。これまでの制度、仕組みでは対応できないデジタル化という現代的課題に対して大学は何をすればよいのか、日本でも広く議論するときではないだろうか。※本稿の執筆にあたっては、The Star 2018年7月30日記事「Furthering digital economy through education」、日本貿易振興機構ビジネス短信2018年9月3日記事「ASEAN経済相会合、デジタル関連の取り組みで進捗」、日本経済新聞2018年9月6日記事「デジタル経済、各国協調」、New Straits Times 2018年10月5日記事「TM, Tenderin collaborate to digitalise procurement process」を参考にした。
ふくい地域経済研究第27号
福井の女性は働き者なの?
福井県の女性は働き者であるという。先日もTVのニュースで東京の大学生が福井県の女性就業について県の女性活躍推進課に訪問調査をしている様子が流れていた。
「男女雇用機会均等法」や「育児・介護休業法」の制定から30年余りを経て女性の就業は進んできている。しかしながら日本の女性の就業は年代別に集計するとM型と言われるように出産・育児期に離職する割合が高い。総務省によれば出産・育児で離職する女性は過去5年で約100万人に上り、働いていないが就業を希望する女性は2017年に262万人いるとのことだ。
福井県の場合はどうか。2015年の「国勢調査」によれば福井県女性の就業率は52.6%と全国1位である。全国の女性の就業率が48.3%であるから、4.3ポイント高いことになる。女性就業率が高い地域は石川県(全国2位)東京都(同3位)であり長野県、鳥取県と続く。低い地域は奈良県(同47位)山口県(同46位)兵庫県(同45位)となる。福井県の場合出産・育児期に離職する割合が全国よりは少なく、M型の底が浅いという特徴を持つ。
福井県の女性就業率が高いことの要因として、共働き世帯が多いことが挙げられる。福井県の共働き率は60.0%(2017年「就業構造基本調査」)で全国1位であり、全国に比べ約15ポイント高い。共働き率が高い地域は山形県(全国2位)富山県(同3位)であり、低い地域は東京都(同47位)大阪府(同46位)神奈川県(同45位)となる。東京都の就業率が高いのは未婚率が高いことが要因と考えられ、共働き率は地方で高く都市部で低いという特徴が見られる。福井県は3世代同居率も全国2位と高く、東京都、神奈川県は核家族率が高い。最近の若い夫婦は近居という形で親からの支援を受ける場合も多いようだ。女性の就業には通勤環境も大きくかかわる。2台以上の自動車保有率は長野県が全国1位、富山県が2位、福井県が3位と女性就業率が高い地域の自動車保有が多い。
女性の就業においては非正規雇用比率が高いという問題も指摘されている。出産・育児で離職後に再就職をする場合、契約社員やパート・アルバイトの雇用になる場合が多いという。
福井県の女性の正規雇用者比率は53.9%(2015年)であり全国2位となる。全国は45.5%であるから8.4ポイント高い。正規雇用率が高い地域は山形県(全国1位)富山県(同3位)とこちらも地方が高い。ただし福井県男性の正規雇用率は84.3%であるから女性の正規雇用率はまだ低いと言わざるを得ない。この処遇の差は給与の格差にも表れており福井県男性の所定内給与の平均は298.1千円に対し女性は223.0千円と75.1千円少ない。
女性の就業に関する福井県の指標は、全国的に上位になるものが多い。待機児童もほぼいないと発表されており、働きやすい環境が整っているように思える。では就業の質的面はどうか。女性の能力を活用できているのであろうか。女性の管理職への登用という面で見ると管理職に占める女性の割合は9.7%であり全国42位と残念な結果になる(2012年「就業構造基本調査」)。県民意識調査によれば「責任が重くなる」「仕事と家庭の両立が困難になる」という理由で管理職への昇進を望まない女性が多いという結果が出ている。従来の管理職の「定時で帰れない」「休みが取れない」というイメージであれば女性は昇進を望まないであろう。仕事と家庭を両立できる新しい管理職のイメージが広まったとき、よりやりがいのある仕事を求める女性が増加することを望みたい。ケインズ「人口減少の経済的帰結」の現代的意味
ケインズに「人口減少の経済的帰結」という小論がある。これはケインズが1937年に行った講演である。そこでケインズは、資本需要は、(1)人口、(2)生活水準(労働生産性と同義)、(3)生産の平均期間(これは資本産出高比率と同義)に依存すると言い、1860年から1913年までの間に、人口は50%増え、生活水準は60%増え、生産期間(資本産出高比率)が10%増えたから十分な資本需要があったが、これからは(20世紀半ばには)、人口は停滞し、生活水準の改善はせいぜい年1%だし、生産期間は縮まる傾向にあるから、資本需要が不足すると予測した。
資本需要が不足すると何が問題か。それは、資本供給が資本需要を上回る傾向を生む。資本供給とは貯蓄であり、資本需要は投資需要として現れるから、これは貯蓄が投資を上回る傾向を意味する。その傾向が生じると、貯蓄が投資に等しくなるように経済全体の生産が縮小し、雇用が減ってしまう(これはケインズが1936年に明らかにした有効需要の原理)。
ケインズは大雑把な数字を挙げてこのことの意味を明らかにしている。当時のイギリスには150億ポンドの資本があり、年所得(総生産)は40億ポンドである。完全雇用時の貯蓄率は8~15%だから、年々3~6億ポンドの貯蓄が生まれる。これは150億ポンドに対して2~4%に当たる。つまり、資本が年々2~4%増えていくほどの投資需要がなければ完全雇用を維持できない。資本が毎年2~4%増えていくのなら、総生産(所得)も2~4%増えなければならない。ところが、人口成長はゼロで、生活水準(労働生産性)上昇率が年1%なら、総生産(所得)は1%しか成長しない。これは、2~4%という必要成長率に満たないから、資本は余り、生産は縮小して失業が生じるというわけである。
これにどう対処するか。ケインズの処方箋は、貯蓄率を下げるか、資本産出高比率を上げるというものであった。どちらも必要成長率を下げることにつながる。貯蓄率を減らすためには、所得分配をもっと平等にしたらよいと言った。貧しい人への分配が増えると、所得が消費されて貯蓄が減るだろう。資本産出高比率を上げるために、利子率を下げろと言った。利子率が下がれば、収益率の低い資本も存在理由があることになるからである。
現実の20世紀後半は、ケインズの予想に反して、人口はそこそこ増え、労働生産性が大きく伸びたので、資本需要不足はそれほど問題にならず、資本主義は繁栄した。今ようやく、日本では、人口は減り、労働生産性も1%未満しか伸びない時代を迎えた。政府も多くの経済学者も、人口と労働生産性とによって決まる成長率を上げようと躍起になっている(成長戦略)。ケインズの処方箋の特徴は、それと反対に、人口と労働生産性とによって決まる成長率を天から与えられたものとして、これに触らず、成長しない経済と両立する条件は何かを追求したところにある。
人口と労働生産性によって決まる成長率とは、後にハロッドが「自然成長率」と呼んだものに他ならず、貯蓄率と資本産出高比率によって決まる必要成長率は、これもハロッドが提唱した「保証成長率」にほかならない。ケインズは、ハロッドが保証成長率の自然成長率からの乖離と見たのと同じ問題を見ていたのだ。彼らの理論は、「再び成長を」という夢から覚めるのを助けてくれるだろう。「農協改革」に思う
最近、「農協改革」という言葉を耳にする方も多いと思う。それは、2015年に行われた農協法改正を指すことが多く、主たる内容は次のとおりである。
(1)農協の目的を「農業所得の増大に最大限の配慮をしなければならない」とし、経済事業であげた利益を「事業の成長発展を図るための投資や事業利用分量配当に充てるよう努めなければならない」と定めた。
(2)理事の構成要件を、過半数が「認定農業者または農産物販売・法人経営に関し実践的能力を有する者」とした。
(3)選択により組織の分割や株式会社等への変更が可能となった。
(4)中央会の法律上の規定を削除し、都道府県中央会は連合会に、全国中央会は一般社団法人に移行するとした。
(5)一定規模以上の信用事業を行う農協に対して、公認会計士または監査法人による会計監査を受けなければならないとした。
また、今回の改正では見送られたが、(6)准組合員(農地を所有・耕作する「正組合員」に対して、農協事業の利用を望んで出資をした農業に従事していない組合員)の事業利用に上限を求めることも検討課題となっている。
実は、今回の「農協改革」は、政府の規制改革会議等における議論に端を発しており、必ずしも農協関係者が主体的に決定したわけではない。そこでは農協の将来像を、上記の①(2)ならびに(6)に顕著なように、農業面の経済事業に特化し、運営者や組合員を農業者(関連事業者を含む)に純化した農業専門事業体として展望したものである。つまり、次のような考え方に立つ。農協は「農業」協同組合である。農協を構成すべき組合員は、農業所得に大きく依存している農業者・事業者であって、農協はそこに貢献する事業のみに注力すべきである。農地を所有せず耕作もしない准組合員は農協から制限・排除されるべきであり、信用事業や共済事業も民間企業等に委ねるべきである。
はたして、これが正しい方向であろうか?一見、農業者の所得増大や地域の農業振興とは無関係に思える事業が、実は地域のセーフティネットの役割を果たしながら農業者や地域住民の暮らしの安定を支えていること、農協における組合員や職員が有する顔の見える関係性が地域に密着した事業の基盤となって堅実な信用・共済事業の展開を行い得たこと、それらが非収益(サービス)部門である営農指導事業や農業施設の整備、採算性で劣る農畜産物の販売や生産資材の購買事業を下支えしながら地域の農業振興に貢献していることを見逃してはならない。
そもそも協同組合は、自分たち組合員さえ良ければではなく、組合員が居住し組合が存在する地域社会の発展こそが豊かな暮らしの実現につながる、という理念を持つ。大雨被害等のニュースの中で、農協の支店が避難所として活用され、生協の職員がエレベーターの止まったマンションの階段をかけ登りながら生活物資を届け、組合員・女性部員らが炊き出しボランティアに励む映像を目にした。「生活インフラ機能」としての農協・協同組合の役割を軽視してはならないとつくづく思う。眠った蔵の活用
農村や漁村には、収穫物の保存、道具類の収納等を目的とした蔵が数多く存在していた。各戸が所有するそれらの多くは、時代の変遷とともにその役目を終え、取り壊されたり、使用頻度の低い物置として放置されたりと、どちらかと言えば影に隠れた存在になっている。
小浜市内外海(うちとみ)地区には、リアス式海岸に抱かれた集落が点在し、いずれも漁業を主な生業としていた。かつては集落間の移動は困難を極めていたこともあり、各集落には蔵が立ち並んでいた。現在でも多くの蔵がところどころひっそりと残されており、小河川や小路とともに漁村集落固有の景観を形成している。
昨年度から、ブルーツーリズムをテーマにした海洋生物資源学部の集中講義を担当している。ブルーツーリズムとは、漁業体験や漁村での生活体験等を伴う漁村滞在型余暇活動を総称したもので、当該科目はこのような活動を、内外海地区において活性化させるための方策を検討・提案するものである。2年目の今年度は、現地での具体的なアクティビティを学生が実際に体験するなど、より実践型の内容とした。SUP(スタンドアップパドル)班と蔵班の2班に分かれたが、次に蔵班の内容を簡単に紹介したい。
蔵班は、内外海の釣姫集落の1つの蔵を対象に、その後片付け体験を通じて蔵の現代的な活用方法を検討した。6人の班員は、初めて入る暗く少し埃っぽい閉鎖空間にて、昔の道具や教科書、刀などを興味深く手にしながら整理をしていく。そして、その後の3回に渡るグループワークで、蔵の特徴や外部環境を共有しつつ、それを生かす方法を思い思いに語り合った。都会の子供の教育に活用する案、集落民と観光客の休憩場所にする案、ブックカフェや駄菓子屋として活用する案、ルアーやお箸づくり体験の場とする案等、多くのアイデアが出された。今後、地域住民等に対し発表する機会を作りたいと考えている。
このような蔵は、今ではあまり活用されておらず状態もよくない。マイナスとは言えないまでも低未利用な地域資源である。このハコを学生が「オシャレ」だと捉え、自分たちの感性と行動力によって新しい価値を付加し、プラスの地域資源として昇華させていくことを期待したい。学生が影に隠れた蔵に光を当て、まだまだ荒削りな案ではあるものの、このアイデアからスタートし当事者の前向きな意識改革や積極的行動へと結び付けば、思いも寄らない化学反応が起きるのではなかろうか。2018総選挙で見えてきたマレーシアにおけるパラダイム・シフト
2018年5月9日、マレーシアが揺れた。1957年に英国から独立して以来、初の政権交代が起こったためである。これまでも予兆はあったが大きな壁に阻まれてきた。特に、前回(2013年)の総選挙では、野党連合が初めて得票率で過半数を獲得したにも拘らず、議席数では逆に連立与党の国民戦線(BN)が6割を占めるという摩訶不思議な現象が生じた。からくりの因(もと)は与党に有利な選挙区割り(ゲリマンダー)の存在である。このため、1票の格差は最大で1対10に達し多くの死票が生まれる要因となった。さらに、なりすまし投票疑惑をはじめ、選挙そのものの信頼性にも疑問が生じていた。こうしたことから、選挙前に今回の政権交代を予想する専門家はほぼ皆無に等しかった。一体、何が起こったのか。
もっとも重要な事実は、今回、マレーシア国民が民族の壁を乗り越え、よりよい国をつくるという共通の目的の下に投票所に向かったことであろう。投票のため炎天下、6時間以上並んだ人や投票用紙が前日に届いたため急きょ飛行機で帰国した在外有権者など、今次選挙へのマレーシア人の思いを伝えるエピソードは枚挙に暇ない。詳細は省くが、裏を返せば、それほど、ナジブ前首相の汚職疑惑と強権的な政権運営に対する国民の不信感や怒りが臨界点に達していたということであろう。トランスペアランシー・インターナショナルの「汚職認識指数(CCPI)」でもマレーシアは世界第62位(2017年)にまで下落するなど年々悪化の様相を呈していた。
さらに、忘れてならないのは選挙管理委員会の頑張りである。民主主義がその機能を発揮するためには選管が政府の圧力や干渉に屈せず独立を維持することが如何に大切であるかを証明してみせてくれた。
ところで、前回の総選挙では中国系の票が大量に野党に流れる「中国人の津波」が起こったが、その結果、連立与党内における民族政党間のバランス・オブ・パワーが崩れ、マレー系・中国系の関係に政治的な亀裂が入る事態となった。もしも、今回の選挙でエスニック問題が争点となっていたならば、むしろマレー系を主な支持母体とするBNの優位は揺るがなかったであろう。しかし、今回の争点はそこではなかった。それなら、とナジブ氏は「反フェイクニュース法」を強行採決し、さらに、マハティール氏が代表を務める野党政党の活動停止を命じるなど抑圧に乗り出したが、これには米国国務省が非民主的な強権発動であるとして異例の非難声明を出す事態となった。
当初、野党の政権運営能力は未知数であり、マレー系にしてみれば、中国系が勢力を増すことへの懸念もあったが、マハティール氏の登場がすべてを変えた。同氏が希望同盟(PH)を率いて奇跡の政権交代を成し遂げたことは、マレーシアの「Brexit」現象とかマレーシアの「トランプ」現象といった表現がその驚きをよく表している。
今回の総選挙の結果、マレーシアに2つの「希望」の光が点灯したと言えるのではないだろうか。ひとつは、「民主化」の進展。そして、もうひとつはマハティール首相が1991年に2020年構想で打ち出した「バンサ・マレーシア」(統合されたマレーシア国民)の構築への道標(みちしるべ)となるものである。
国家の運営に関しても、二大政党化とは別のパラダイム・シフトが起こっているものと思われる。これまでの連立与党(BN)の中核を成してきたUMNO、MCA、MICはそれぞれマレー人、華人、インド人のみの党員で構成されている政党であった。つまり、各民族の利益代表者からなる政党の集合体といえる。一方、新たな連立与党(PH)の中核を成す人民正義党(PKR)や民主行動党(DAP)は夫々マレー系と中国系を主たる支持基盤とするものの、どの民族も党員加入することができる。つまり、すべてのマレーシア人の集合体と言っても過言ではない。こうした点を踏まえると、マレーシアの国家運営は新たな時代に入ったと言えるのではないだろうか。新たなパラダイムの下で民族の融和が進むのか、将又、再び分裂してしまうのか、注意深く見守っていく必要がある。
最後に、今回の「マハティール&マレーシア津波」は周辺諸国にも影響を及ぼす可能性があることを指摘しておきたい。現在、世界のいたるところで「ワシントン・コンセンサス」の後退に伴う民主主義のバックラッシュが起こっている。代わって、政治体制の変化を望まない途上国などを中心に、「北京コンセンサス」に共感し、中国の「一帯一路構想」を取り入れたメガ・プロジェクトの開発が進んでいる。しかし、今回、マレーシアでは民主化が進み、マハティール首相は過度の中国依存と北京コンセンサスが内包する危うさを訴え、関連するメガ・プロジェクトの見直しを決めた。現在、タイやミャンマーでは北京コンセンサスによって民主化が後退し、再び、国家統制が進みつつある。さらにインドネシアやラオスでは、「一帯一路構想」における工期の遅れや「債務の罠」に陥る可能性も指摘されている。マハティール首相はアジア通貨危機に際してIMFと決別し、独自のやり方で「ワシントン・コンセンサスを打ち破った男」として知られるが、今度は「北京コンセンサスに初めて公然とチャレンジした男」として知られることになるかもしれない。米中貿易摩擦の行方と東南アジア諸国の反応
米国のドナルド・トランプ大統領は2018年3月22日に、500億から600億ドルに相当する中国製品に高関税を課す制裁措置を表明した。自動車部品や家電製品、電気機器など、約1,300品目を対象に25%の関税を課すとした。さらに4月5日には、中国の知的財産侵害に対する制裁関税として1千億ドルの積み増しを検討すると発表した。前日に中国が報復関税として、大豆、航空機、自動車など106品目の米国製品に25%の追加関税を課す予定であると発表したことを受けた措置である。米中両国間の報復はより一層の貿易摩擦へと発展しかねない。
トランプ大統領は関税率を引き上げる第一の理由として、中国との貿易不均衡を挙げた。2017年の貿易統計によれば、米国は中国から約5,050億ドルを輸入しているが、輸出額は約1,350億ドルにとどまっており、この巨額の貿易赤字を是正したいのであろう。また、今年11月に実施される米国の中間選挙に向けた支持者層へのアピールとの指摘も、一定程度妥当ではないか。
米国が他の大国なり地域から輸入する際に関税を引き上げるのは、今に始まったことではない。バラク・オバマ前大統領は、実際に2回にわたって、鉄鋼の関税率を引き上げた。この鉄鋼を対象とした関税賦課は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領にまでさかのぼることができる。
しかし、それにしてもトランプ政権は追加関税を頻繁に課す。昨年10月に航空宇宙産業機器、11月には木材を対象に、カナダ産品に関税を課した(その後、航空宇宙産業機器に関しては2018年1月に撤回した)。今年に入ってからも、1月には太陽光パネルと洗濯機に追加関税を設定している。保護主義的な政策が経済損失をもたらすとトランプ大統領やその支持者が認識するのは、当分先になりそうである。
東南アジア諸国は、こうした米中間のつばぜり合いを注視している。
ポジティブな反応としては、両国の摩擦が続けば東南アジアの生産や外国からの投資の増加が見込めるというものがある。たとえば、中国が米国産大豆の輸入を減らせば、マレーシアやインドネシアのパーム油生産者は恩恵を受けるとの指摘がある。また、米国企業による投資先が中国から東南アジアに置き替わる可能性がある。つまり、中国製品に対する米国の追加的な関税を回避するため、東南アジアが代替的な生産拠点と化すかもしれない。その代表的な製品が、既に東アジアからの輸出のかなりの部分を占める太陽光パネルや電気電子製品である。中国や台湾のメーカーは、関税を回避し、人件費を削減し、インセンティブを利用するため、既にベトナムとタイで太陽光パネルを生産し始めている。そのため、近年では東南アジアの世界生産シェアが上昇してきている。電気電子製品に関しても、マレーシアやフィリピンにおける多国籍企業の集積がさらに進展するシナリオは想像に難くない。
その一方で、米国による関税引き上げは東南アジア諸国に負の影響を及ぼすかもしれない。今年の4月に入り、「米中貿易摩擦の影響を受ける可能性のある分野は、半導体、マレーシア製建材および港湾である」とタイのCIMBリサーチは結論付けた。たとえば、マレーシアは半導体をはじめとして多くの電気電子分野の最終製品や部品を中国に輸出してきた。世界銀行のチーフエコノミストであるスディル・シェティ氏は、関税引き上げの対象となる米国のリストに掲載される中国製品の3分の2が、マレーシア、ベトナム、フィリピンを中心とした東南アジア地域のサプライチェーンと関連していると指摘した。中国の輸出不振は東南アジアの輸出・生産にも多大な影響を及ぼし、内資・外資を問わず東南アジアの企業を困難に陥れるといえる。
東南アジア諸国は米中貿易摩擦から起こるネガティブな影響を避けるため、より一層の貿易障壁の削減・撤廃を進めなくてはならない。2015年末に開始したASEAN経済共同体の強化を進めるとともにTPP、RCEP(域内包括的経済連携)の締結・発効を急ぐ必要性が、今後ますます高まっていきそうである。