2025年
■中島精也先生による時事経済情報No.117
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今の米の値段は妥当なのか?
昨年(2024年)8月に起こった「米不足」に端を発する米の高値は、現在(2025年4月)も収まる気配がない。日本全体では小売価格が平年の約2倍である5kg4,000円を超える水準になっていて、福井市内のスーパーでも4,000円に近い値段で売られている。政府は流通の目詰まりが原因だとして備蓄米の放出を始めたが、米の価格は大きく下がっていない。一方、先月調査に行ったベトナムでは、福井県産米が5kg1,500円程度で売られていた。なぜこういう状況になっているのか、現在の制度や経済学の理論をもとにした分析を世間でほとんど目にすることがない。
まず今の値段が妥当なのか。経済学的に考えると妥当だといえる。米の値段は統制価格ではないので需給バランスで決まる。需要に対して供給が少なければ値段は高くなる。あまりに高いと消費者は買わなくなるので、そこで価格は落ち着く。現状でいえば、値段が高くなっても販売量は大きく減っていないので、妥当な値段に落ち着いているということだ。
ではなぜ今までもっと安かったのか。それは競争が起こらず、市場における価格調整機能が働いていなかったからだ。
米の流通は農協が独占している訳ではない。農家が直接消費者に販売してもいいし、小売店や卸売業者が農家から直接買ってもいい。今まで米の販売で儲かると思わないから、農協流通以外で参入する業者が少なかっただけだ。
米不足になって、流通業者は品薄の米を求めて直接農家に買いに行った。農家も家まで買いに来て、さらに高い値段で買い取るというのであれば、農協に出荷せず業者に売る。農協は高い値段を提示しないと米が集まらないので値段を上げる。こうして競争が起こり正常な価格形成機能が働いたのだ。
輸出向けはどうなのか。輸出向けの米を作ると補助金が出る。これは栽培面積あたりで計算され、作付け時には補助金の申請を決めている。補助金の申請をした水田でできた米は、輸出しないといけない。作付け時には販売価格も決めていて、補助金まで含めて農家の収入が国内向けと同程度になる水準で契約する。契約した以上は、いくら収穫時に国内向けの米価が高騰しても、補助金が絡んでいるので作付け時の契約価格で農家は輸出業者に売らざるを得ない。だから海外のほうが国内より安く販売されているのだ。
輸入すれば国内でも安い米が手に入るのか。日本の輸入関税が法外に高いから安くならないのか。そんな単純な話でもない。
日本は米の輸入に関してミニマムアクセス制度を導入している。一定量までは無税で輸入し、それを越えると高い関税になる。日本人の口に合うカリフォルニア米も、一定量まで無税で輸入されていたのだ。
ところがカリフォルニア米は安くない。カリフォルニアは降水量が少なく生産量に限界がある。そこに干ばつやアメリカ国内での米人気が加わり、アメリカ国内価格が高騰していたのだ。だから日本に無税で入ってきても高くて売れないから、2023年まではミニマムアクセス枠の米が売れ残っていた。2024年はカリフォルニア米の値段も下がり日本産米が高騰しているので、枠を消化した上、枠外で高い関税を払って輸入しても売れる状況になっている。今の状況が続くかどうかはわからないので、米の輸入障壁をなくしても、将来安い輸入米が流通するという保証はないのだ。
こういう話は、もっと世間で普通に話されて欲しいと私は思っている。第1回地域経済研究フォーラム「産業立地政策の新展開と自治体産業政策」
■中島精也先生による時事経済情報No.116
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■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.22 「休暇経済」の活性化には各種措置の「協同」が必要
「中国の学校って、何で休みが少ないんだ…」
中国の学校に通う息子は週明けになると決まってこうぼやく。中国の学校は日本と違い、9月から翌年1月までの秋学期、2月末から6月までの春学期の2学期制だ。一旦学期が始まれば、4か月間みっちり授業がある。もちろん、国が定めた祝祭日は休みだが。日本と同じ3学期制をとっている現地の日本人学校に通っていた息子からすると、1学期は非常に長く感じるのも無理もない話だ。
息子がそのように感じるのは理解できる。習った知識を整理する期間があってもいいかとは思う。ならば、祝祭日を整理にあてればいいではないかと誰もが思うだろう。ただ、筆者の周りの中国人はよく「中国は休みが少ない」という。それはどういうことなのか。
中国の祝祭日は春節(7日間)、清明節(3日間)、労働節(5日間)、中秋節(3日間)、国慶節(7日間)がある。数字だけ見れば、少ないとはいえないが、中国には「調休(ティアオシュー)」という制度がある。例えば、4月の清明節は、法律では1日となっている。連休にするため、その週の週末を動かして3連休にするというものだ。例えば、月曜から水曜日までを連休にすると、その週の土日は出勤日になる。場合によっては、7連続出勤ということになる。こういうこともあり、「中国は休みが少ない」と感じている中国人は少なくない。ただ、中国政府は何も考えていないわけではなく、今年から「労働節」と「春節」の連休が1日ずつ増え、「調休」はなるべく7連続、8連続出勤にならないように配慮している。
景気浮揚に必要な
「休日経済」
中国人の「休み少ない感」を補うものが、有給休暇の活用だ。これは、全人代の文書にもよく出てきている。3月に中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が発表した「消費喚起特別行動プラン」(以下、「プラン」)にも、有給休暇の活用について述べられている。「プラン」には、「年次有給休暇制度を厳格に実行し、年次有給休暇の実施状況を、労働組合が従業員の権利・利益を守る重要な内容とする」と述べている。具体的には、「年次有給休暇と短期・長期休暇の連休の奨励」、「ピークを避けるフレキシブルな休暇の実現」を挙げている。
なぜ、こうした休みを増やすことが「プラン」で言われたかというと、いうまでもなく経済効果が見られるからである。
休日前後になると、「休日経済」という言葉が中国メディアでよく見られる。それは「人々が休日を利用して集中的行うショッピングや旅行によって、供給の増加、市場の繁栄、経済発展をもたらすこと」と定義される。休日での消費は、生きていくために必要なものというよりは、自分の生活を豊かにするための「享受型」消費がメインだ。
「休日経済」は飲食、観光、ショッピングだけでなく、文化イベントやスポーツイベントなども含まれる。
コロナ規制が緩和されてから、中国は「休日経済」活性化の条件が整い、経済減速の影響を受けているものの、一定程度回復した。
昨年の比較長い連休の中国国内旅行消費を見ると、「労働節」の連休は、中国国内旅行者は前年同期比7.6%増の延べ2億9500万人で、中国国内観光消費は前年同期比12.7%増の1688億9000万元だった。「国慶節」の連休の中国国内旅行者は前年同期比5.9%増の延べ7億6500万人で、国内観光消費は前年同期比6.3%増の7008億1700万元だった。「
直近の連休を見ると、4月初めの清明節(今年は4月4日〜6日)の3連休は、中国国内旅行者は前年同期比6.3%増の延べ1億2600万人に達した。中国国内観光消費は前年同期比6.7%増の575億4900万元だった。
このように、昨年の「労働節」のように二桁とは行かないまでも、5%以上の伸びとなっており、「休日経済」は堅調な伸びを示している。
学校の「春休み・秋休み」は
実現できるか?
また、「プラン」は、学校の休みについても言及しており、「条件の整った地方が実情と結びつけて小・中学校の春・秋季休暇の設置を模索することを奨励する」と述べている。この文書が出た後、北京情報科学技術大学が春休みを設けることを表明した。学校の発表によると、春休みは学校の中で学べないことを体験する期間とするという。
ただ、小中学校は学力の基礎をつける段階であり、「高考(統一大学入試)」が最終目標であるため、法定休日以外の休業期間を増やすことは難しいが、大学の場合は、問題意識を持って、興味のあることを深めていく必要があるので、「学校の外で勉強する」のは大いに奨励すべきものだ。
春休み・秋休みが広く実施されるには次の二つの問題がある。
第一に、春休み・秋休みを念頭に置いたカリキュラムに調整する必要がある。大学の場合、授業内容は現場の教員に委ねられることが多いが、小中学校は「高考」を念頭に置かなければならないため、やや長めの休みを設定する場合は、全体的に授業数を増やすなどして対応するか、教える内容を減らす必要がある。だが、激しい競争が繰り広げられている中国では、後者を選択することはないだろう。休みの前後は補習の嵐になることが予想される。
第二に、子供が休めても、親が休めない場合は、消費活性化につながりにくい。日本でもそういう面があるが、学校の世界と一般社会は「乖離」している。例えば、中国の場合、幼稚園や小学校は親が迎えに行くことが多い。だが、下校時刻は午後3時頃。その時間帯に迎えに行ける親は限られている。夏休みの場合も同じで、親が面倒を見られないので、塾などの合宿に参加させるパターンもある。
コロナ禍のとき、学校はオンライン授業に切り替わったが、「子供の面倒を見るために、休みを取らなければいけないので大変だ」というコメントがネット上でよく見られ、一般社会と学校の「常識」との乖離が垣間見られた。
政府が予期する消費拡大効果を狙うなら、親の休暇についても考える必要がある。それには、有給休暇の活用が重要になってくる。前述のように、この問題は新しい問題はないが、近年は景気回復の必要性から、強調されている。
この措置を実施する場合、労働者の権利保護問題、企業の生産性向上問題に取り組む必要がある。
また、中国政府がよく言っている「期待の安定化」も必要だ。休みがあっても、どこも行かないという学生も少なくない。休み前になると、「連休中はどこに行きますか」という話題は「鉄板ネタ」になる。4月の「清明節」の例でいうと、どこも行かなかった、近場に行ったという答えが多かった。理由は「観光地は人が多い」「三連休は短いので、どこも行かずにゆっくりしたい」というものだった。それには、中国経済の先行き不透明感から、「節約志向」になっているという面もあるだろう。
そのためか、今年の清明節では、近場の公園に花見に行った時の消費を示す「花見経済」という言葉も見られた。もちろん、今の中国の消費者のニーズは多様化しているので、近場の観光も選択肢に入るのは好ましいことだ。ただ、選択肢を増やす一方で、期待の安定化を図らなければ、期待していた効果は得られないだろう。
景気浮揚には政策の「協同」
が必要
「休日経済」は消費活性化策の一部である。「プラン」を改めて見てみよう。この文書の項目を見ると、「全面的」「協同(コラボ)」という考え方が貫かれていることがうかがえる。
「プラン」の目次を列挙してみる。
1、都市・農村住民の増収促進行動
2、消費能力保障支援行動
3、サービス消費の質的向上・恵民(庶民が潤う)行動
4、大口消費の更新・アップグレード行動
5、消費の質的向上行動
6、消費環境の改善・向上行動
7、制限措置の整理・最適化行動
8、支援政策を整備
ここでは、まず消費の基本となる所得を増やすための措置や、出産・養育や教育、政府が重点層とする人々への生活保障も落ち出されており、高所得者と低所得者の消費の「二極分化」が起こさないよう配慮している。
また、モノの消費だけでなく、サービス消費も重視しており。さらには、住宅や自動車、電気製品などの大口消費、インターネット消費にも言及するなど、「全面的」な消費アップを狙っている。
さらに、有給休暇の実施と小中学校の春休み・秋休みなど関連する措置を関連づけている。「プラン」には、「休日経済」の言葉が見られないが、氷雪経済と結びつけることができる。
昨年の中央経済工作会議、今年の全人代の文書を見ると、複数の政策を「協同」で実施するという考え方が強くなっている。例えば、今年の全人代で発表された「政府活動報告」は、「ポリシーミックスをしっかりと行う。財政・金融・雇用・産業・地域・貿易・環境・監督など政策の統合をはかると同時に、改革開放措置との整合性を高め、シナジー効果を高める」と述べ、ある政策を対処療法的に打ち出すのではなく、必要な政策を一体的に講じる姿勢を示している。
「プラン」で指摘された措置も、消費能力や消費環境づくり、支援措置などの措置を一体的に捉えている。 一部の報道が指摘するように、「消費喚起特別行動プラン」の内容は明るいものだ。ただ、この政策の効果的かどうかは、まだ一定期間の観察が必要だ。
産業立地政策はどこへ行く?
先日、東北経済産業局の半導体アドバイザリーボードの研究会で、「東北における産業立地政策の変遷と今後の政策課題について」と題した報告を行った。私と東北局との関係は、2007年に遡る。日本の産業立地政策の歴史でいえば、1997年からの「地域産業集積活性化法」に代わり「企業立地促進法」が施行された年に当たる。東北産業活性化センターの報告書で、2008年に10項目の方向性をまとめたが、第1番目に「新たな自動車産業集積地域を形成する」とした。
2000年代からのデジタル家電ブームと好調な自動車輸出に支えられて、毎年のように企業の立地件数が伸びていき、全国の工場立地件数で「第3の山」が形成された時期だった。こうした時期に「企業立地促進法」が策定されたが、2008年のリーマンショックにより、工場の閉鎖が問題になり、2009年の東北局での研究会では、企業の地域定着策についての議論が中心になった。私自身この頃、立地調整論を打ち出し、生産機能に特化した工場は閉鎖されやすいとして、マザー工場化といった工場の機能変化に着目していた。
2011年に東日本大震災が発生し、被災状況や回復過程に業種や地域による差が顕著だった点を論文で指摘するとともに、東北復興のお手伝いは今も続いている。全国的にも企業立地の低迷が続き、2017年には「企業立地促進法」に代わって、「地域未来投資促進法」が施行されることになる。そこでは、地域の中核企業による地域経済牽引事業への支援が中心に据えられたが、2019年度に東北局の調査研究に関わり、仙台北部から岩手県北上市にかけての地域に、コア技術を活かした「工場の進化」事例がみられる点に注目した。
ところで、全国的には最近、半導体産業を中心に大型投資が相次ぎ、話題になっている。東北局の研究会で、昨年12月にキオクシア北上工場の第2製造棟を見学したが、総投資額1兆円といわれる巨大設備に大変驚いた。経済産業省の「経済産業政策新機軸部会」では、国内投資案件を日本地図に示しているが、熊本県でのJASM(台湾のTSMCとソニー、デンソーなど)、三重県と岩手県のキオクシア、広島県のマイクロン、北海道のラピダスなど、半導体工場の大型投資が目を引く。また、経済産業省のウェブサイトには、「経済安保推進法に基づく半導体・先端電子部品サプライチェーンの強靱化」の名の下で、採択案件リストが公表されている。このように、国際的にも国内的にも政治に左右された立地が目立つ一方で、工場立地件数は横ばいをたどっている。「第4の山」がみえてこない中で、2017年からそろそろ10年が経とうとしている今、日本の産業立地政策の今後が気になり出している。
福井県における繊維産業集積の変化と脱炭素社会に向けた課題
福井県坂井市における中小企業振興に関する調査報告書
北陸新幹線の福井延伸に伴う地域経済・都市構造の変化と政策的対応に関する調査研究報告書(2)
福井県における地域計画の現状と課題 調査研究報告書(1)