福井県立大学地域経済研究所

2019年7月

  • 「食料・農業・農村基本法」の理念は実現されたか?

    「食料・農業・農村基本法」が制定されて、今年でちょうど20年になる。周知のように、「農業基本法」(1961年)に代わって制定された新しい基本法は、理念が大きく転換した。その第1条(目的)には、次のように定められている。
    「この法律は、食料、農業及び農村に関する施策について、基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする。」
    すなわち、それまでの農業基本法が、農工間の生産性格差の是正を通して農業の発展と農業従事者の地位向上をめざしたのに対して、新しい基本法は、狭義の農業政策にとどまるのではなく、消費者にも軸足を置き安全・安心な食料を供給する食料政策、生態系の維持や環境保全、自然災害の防止やレクリエーション・教育の場など、農業が有する多面的な機能を重視する農村地域(資源・環境)政策を同列に位置づけ、農業・農村の持続的な発展を「総合的かつ計画的」に進めようとした。この背景には、いわゆる農業の近代化や構造改善では法の理念が実現しないという反省があった。そこで新しい基本法では、農業の問題は、単に生産者や農業団体だけではなく、国や地方公共団体はもちろん、食品産業等の事業者や私たち消費者も責務を果たすべきものであり、「国民生活の安定向上」や「国民経済の健全な発展」にとっても重要な問題であることを明確に謳ったのである。
    法制定から20年、果たしてこうした理念は実現したであろうか。
    安倍第2次内閣が発足した2012年頃と現状(2017~18年度)とを比較してみると、農業総産出額(8.5兆円→9.3兆円)、生産農業所得(2.9兆円→3.8兆円)、農林水産物・食品の輸出額(4,500億円→9,100億円)では伸びがみられる。また、法人経営体数(1.4万法人→2.3万法人)、担い手への農地利用集積率(47.9%→56.2%)、飼料用米の生産量(16.7万t→42.1万t)なども増加している。安倍政権は、発足後すぐに「農業の成長産業化」を提唱し「産業政策」や「構造政策」(大規模化政策)に重点を置いてきたが、これらの数字の限りでは、一定の成果が現れたとみてよいであろう。しかしその一方で、農業就業人口(251.4万人→175.3万人)、基幹的農業従事者(177.8万人→145.1万人)、肉用牛飼養頭数(272.3万頭→251.4万頭)などは減少している。
    農業の成長産業化政策は、農業経営を大規模化・施設化し、担い手の構造を少数精鋭化することに重点が置かれる。その結果、上述のように金額面ではある程度の増加を示しているものの、その伸びを牽引している畜産や面的に多くを占める水田農業の基盤は弱体化しつつある。食料自給率は上昇の兆しがみられず、農業の多面的機能を発揮する上で不可欠な農村コミュニティの崩壊が指摘され、遊休・荒廃農地も今なお増加している。このことは、法の理念である農業政策、食料政策および農村地域政策との調和のとれた推進にとって決して望ましいことではない。蛻農化や農村地域の空洞化を防ぎ、食、農、地域が結びついた社会をどう実現していくのか。依然として課題は山積している。

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  • 米中貿易戦争の正当性と日本企業への影響と対策に向けて

     6月29日、G20首脳会議の合間に行われた米中トップ会談で、米国の対中輸入品に対する「第4弾」の制裁関税はひとまず見送られ、収束に向けた対話が再開されることとなった。しかし、昨年7月から米中双方が発動している第3弾までの制裁関税は維持されたままとなっており、国際経済は緊張から解放された訳ではない。
     今回の貿易戦争は当初、米国の圧倒的優位を背景に早期決着を予想する声が支配的であった。しかし、トランプ大統領が5月5日、事前合意の重要部分が「ほとんど削除されていた」として、対中経済制裁の強化を突然ツイッターで発表したことには、習首席の立場と面子を軽視した米国の驕りと決着を急ぐ焦りを感じずにはいられない。
     米国が要求してきた中国に進出する米国企業に対する技術移転の強要禁止に対して、中国政府は今年3月の全人代において、行政機関による外国企業に対する技術譲渡の強要禁止を盛り込んだ「外商投資法」を成立させ、これで妥結を図ろうとしていた。ところが、同法は企業間の取引を通じた技術移転の強要には触れておらず、抜け穴が多いことから、米政府は全面的な技術移転の禁止にまで法制化するよう求めた経緯がある。中国は内政干渉だとしてこれに強く抵抗している。また、産業補助金制度の削減要求などは、正に国家資本主義による中国の産業政策の根幹に係る部分に当たる。さらに、中国が貿易協定に違反した場合の一方的経済措置といった屈辱的な案など、中国内での求心力の回復を目論む習近平主席にとって、到底、安易に応じられるような内容ではなかったことは想像に難くない。 
     一方、解決が再び先送りになったことで心配されるのは、米中とのかかわりが深い日本への影響である。一国の経済が輸出にどの程度依存しているかを測るには、GDPのうち、国外で最終的に需要される部分の割合(国外最終需要比率)をみることが望ましいが、現在、OECDとWTOが共同開発した付加価値貿易指標(TiVA)によってこれが可能となっている。最新のTiVA(2018年12月公表)によると、2015年の日本のGDPに占める国外最終需要比率は14.4%に上る。次に、同指標から日本の国外最終需要に占める各国の割合を見ると、景気の先行きが懸念される中国向けが20.6%を占める。しかし、最大のパートナーは米国であり22.2%を占める。これは、日本と中国を含む東アジアのサプライチェーンを通じて最終ユーザーとしての米国に輸出されるモノも含まれるためだが、これらは米国の対中制裁関税の対象となる可能性がある。さらに、今後、懸念されるのは米国の貿易赤字の制裁対象として日本そのものに矛先が向けられる可能性である。なぜなら、付加価値ベースでは、日本の対米貿易黒字は総額(グロス)で見た場合よりも約60%増加するが、当然、こうした実態は米国政府も把握しているはずだからである。
     しかし、そもそも、米国が中国への制裁関税の主な根拠としている対中貿易赤字については、国際貿易の拡大に応じて、国際流動性を供給するためにドルを刷り続ける基軸通貨国の宿命(国際流動性のジレンマ)に過ぎないとの説があるほか、保護政策による関税の上乗せは、通常、輸入品価格の上昇と金融引き締め策によるドル高をもたらすことになり、輸出への悪影響から、結局、当該国の貿易赤字の解消にはつながらないとされる。さらに、米国が貿易赤字国を相手に報復関税の掛け合いになった場合はより深刻な事態が懸念される。1930年スムート・ホーリー関税法では報復が報復を呼び、米貿易は半分以下に落ち込んだ。こうした悪循環に陥らないためにも、米国は節度を持って貿易交渉に望むべきである。
     一方、21世紀は不確実性がより一層高まる時代であることを肝に銘じ、どんな企業であっても、不測の事態に備えて、今からでも、国際戦略におけるポートフォリオの再構築を図るなどコンティンジェンシープランを用意しておくべきであろう。

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