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福井県の介護状況と女性の介護と仕事の両立支援
少子高齢化に伴う人口減少により働く年代が減少している。特に高齢化が進む福井県は減少のふり幅が大きくなると思われる。また、福井県は夫婦共働き率日本一である。高齢化の進展に伴い仕事と親の介護を両立する女性の増加も予測される。今以上に女性が活躍できる環境を整えなければ、地域経済の活性化は難しい。そこで本稿では、福井県の介護状況と、女性の介護と仕事の両立支援について考えてみたい。
福井県は三世代同居・近居が多く、夫婦共働き世帯の中には、親世代による子育てや家事の支援を得ながら仕事を継続している女性も多い。県の優れた子育て支援策と、三世代同居・近居による親世代の互助は、福井県に住まう女性の子育てと仕事の両立を支える重要な地域資源である。しかし、ひとたび親が疾患で入院すると状況は一変する。病院を退院した親に看護・介護が必要な場合、女性はそれまで親世代にお願いしていた子育てや家事を自分で行わなければならない。加えて、入院中は看護師やリハビリ職等が行っていた親の看護・介護を自宅で継続する必要がある。特に、祖母が倒れた場合は大変で、働きながらの育児・家事に、祖母の看護・介護と祖父の日常のお世話が加わる。こうして子育て中の勤労女性は、親が倒れた日を境に一気に手が回らなくなるのである。親世代もそれを理解しており、疾患や加齢で娘や嫁の育児や家事を支援できない状態になると、「迷惑はかけられない」と自ら施設入所を希望するケースが散見される。
介護施設の整備状況も女性の介護と仕事の両立のしやすさに関係する。例えば大都市圏で高齢者施設への入所を希望しても、自宅近くには高額な施設しかない、入りたくても空きがない、支払い能力に見合った施設は自宅から遠方にしかない等の場合が多い。一方福井県は高齢者施設の整備が進んでおり、比較的容易に希望する施設に入所することができる。安価な公的施設への転入所も早いため、施設費用による過度な家計の圧迫も少ない。福井県は、施設入所による施設ケアを受けやすい地域なのである。
施設ケアは、在宅医療・看護・介護を推進する国の意向に反するものである。しかし、仕事をしながら子育てと介護のダブルケアや、難病や障害児・者への生活援助、複数人を介護する多重介護等、多重のケアを抱える女性が自宅でケアを続けることは困難である。子育てと違い介護には終わりがみえない。特に自宅で家族を看護・介護する女性は、終わりがない介護に疲弊し心身の健康を害していく。できないものはできないと割り切り、利用できる地域資源を利用して仕事を継続する勇気が必要である。
長年続けてきた男女の働き方や暮らし方、ものの見方や考え方を変えることは難しい。しかし、やらなければ何も変わらない。親を看護・介護する女性が身体と心の健康を保ち、職場や地域で活躍する機会を奪わないよう、周囲も適切なサービスの利用を勧めることが重要だと思う。福井県から「出る人」、「戻る人」、「残る人」
福井県の人口減少は、全国を上回る水準で進行している。その要因は、①自然減の進行、(2)社会減の進行、に分けることができる。①自然減に関しては、合計特殊出生率は全国平均を上回っているが、先行する高齢化による死亡者数の増加を補える水準には達していないことによる。(2)社会減に関しては、2020年の転出率が1.58%(全国38位)、転入率が1.39%(全国35位)といずれも全国平均を下回り、定住性の高い地域となっているが、転出率が転入率を上回ることで進行することになる。
本稿では社会減の進行に関して、誰がどのような理由で、①福井県から出ていくのか、(2)いったん出て行って戻ってくるのか、(3)出ていかずに残るのか、についてアンケート調査のデータ分析を通して検討していきたい。
福井県の人口減少の原因を探る目的で、2020年8月1日から21日にかけて、インターネットによるアンケート調査を実施した。対象者に関しては、「福井県出身者および福井県になじみのある方で、福井県外および福井県内に居住されている18歳以上の方」とした。福井から出ていった人たちに関しては、東京都県人会、大阪府県人会の協力を得て、そのメーリングリストを用いて登録者に回答をお願いした。他にも福井県立大学のHPを用いて卒業生などに回答を求めた。有効回答数は588である。
回答者の就学年数に関して、大卒相当と思われるものが60.2%、大学院卒相当と思われるものが20.7%に達した。日本の大学進学率が5割程度、大学院進学率が6%程度であることを考えると、極端に高学歴層に偏ったデータとなっている。
福井県との関係を基準に居住経路を、「定住」(進学、就職、結婚などの契機を経ても、福井県に留まり続けているグループ)、「流出」(上記の契機を経て、福井県から転出し、戻ってきていないグループ)、「Uターン」(上記の契機を経て、福井県から転出し、再び戻ってきたグループ)、「流入」(福井県外出身者で、福井県に転入してきたグループ)、「経由」(福井県外出身者で、進学などを契機として、福井県に転入し、再び出ていったグループ)に分類した。それぞれ人数と総数に対する比率は、「定住」が125人(21.3%)、「流出」が185人(31.5%)、「Uターン」が183人(31.2%)、「流入」が22人(3.7%)、「経由」が72人(12.3%)であった。データの収集法から考えて、「流入」は福井県立大学の教職員、「経由」は福井県立大学の卒業生が、その大半を占めることが予想され、経歴や属性が偏っている可能性が高く、人数も少ない。このため以下では「定住」、「流出」、「Uターン」の3グループのデータに絞って分析を進めていく。高学歴層で、福井県に残った人、出て行った人、一度は出ていったが戻ってきた人、とは、どんな人たちなのだろう。
アンケート調査では、仕事、人生の楽しみやすさ、日常生活、人間関係の4分野に関連して、それぞれ14項目、8項目、10項目、10項目の質問をおこない、「しやすい」、「どちらかといえばしやすい」、「どちらともいえない」、「どちらかといえばしにくい」、「しにくい」の5段階で回答を得た。具体例として、仕事関連の14項目についてみていきたい。「仕事と子育ての両立のしやすさ」に関しては、3つの居住経路のすべてで、「しやすい」と「どちらかといえばしやすい」をあわせた肯定的な評価が6割を超え、「しにくい」、「どちらかといえばしにくい」をあわせた否定的な評価は1割程度にとどまる。「働き続けやすさ」、「仕事と介護の両立のしやすさ」、「通勤のしやすさ」でも、すべての居住経路で、肯定的な評価が否定的な評価を、それぞれ、4割程度、1~2割程度、少しだけ、上回る。「学業との両立のしやすさ」では、すべての居住経路で、肯定的な評価と否定的な評価が拮抗している。「仕事帰りの飲みに行きやすさ」では、逆に、すべての居住経路で、否定的な評価が3割程度上回る。
「キャリアアップのしやすさ」に関しては、居住経路ごとに評価がわかれる。すべての居住経路で、否定的な評価が肯定的な評価を上回るが、肯定的な評価は「定住」の21.6%が最も多く、「流出」では6.5%、「Uターン」では8.2%にとどまる。否定的な評価は、「流出」が突出して多く63.2%に達し、「Uターン」では49.2%、「定住」では、37.6%と、ばらつきが大きい。すべての移住経路で否定的な評価が肯定的な評価を上回り、「流出」でそうした傾向が最も顕著にあらわれるというパターンは、「高収入の得やすさ」、「職業上のスキルの磨きやすさ」、「仕事の幅の広げやすさ」、「職業上のコネクションの広げやすさ」、「転職のしやすさ」、「起業のしやすさ」の6項目でも共通している。
質問項目をより少数の要因(因子)に縮約する目的で、4分野ごとに因子分析(最尤法、プロマックス回転)を実施した。仕事関連の項目からは、3つの因子が抽出され、因子1は、「仕事の幅を広げる」、「職業上のスキルを磨く」、「キャリアアップする」、「高収入を得る」といった項目との結びつきが強いため「キャリア形成評価」に関する因子であると解釈した。因子2は「仕事と介護の両立」、「仕事と子育ての両立」といった項目と結びつきが強いため「ワーク・ライフ・バランス評価」、因子3は「働き口の見つけやすさ」、「働き続けやすさ」と結びつきが強いため「就業機会評価」、と名付けた。
人生の楽しみやすさ関連の項目からは、2つの因子が抽出され、それぞれ、「趣味を深める」、「好奇心を満たすと」などとの結び付き、「最新の情報を得る」、「流行のものを手に入れる」との結び付きが強く、「余暇評価」と「モード評価」であると解釈した。
日常生活に関連する項目からは、2つの因子が抽出され、それぞれ、「子育てのしやすさ」、「介護のしやすさ」などとの結び付き、「長生きする」、「健康を維持する」との結びつきが強く、「生活評価」と「健康長寿評価」であると解釈した。
人間関係に関連する項目からは、2つの因子が抽出され、それぞれ、「地域とのつながりをつくる」、「近隣で助け合う」、「親せき付き合いをする」などとの結び付き、「自分の考えを貫く」、「多様性を尊重しあう」、「人目を気にせず生きる」などとの結び付きが強く、「ネットワーク評価」と「寛容性評価」であると解釈した。
これらの因子を用いて、福井県に残った人、出て行った人、戻ってきた人の特徴を明らかにする目的でロジスティック回帰分析をおこなった。具体的には、いずれかの居住経路に対して、いずれかの居住経路を選ぶ、確率の高さの予測することになる。
独立変数として、4分野から抽出した因子を投入するが、多重共線性の問題を回避するため、相関係数の値が大きな(0.5を超える)因子からは、片方だけを選んで投入する。具体的には、「キャリア形成評価」と「就業機会評価」からは「キャリア形成評価」を、「余暇評価」と「モード評価」からは「余暇評価」を、「生活評価」と「健康長寿評価」からは「生活評価」を、選んで投入する。「キャリア形成評価」、「ワーク・ライフ・バランス評価」、「余暇評価」、「生活評価」、「ネットワーク評価」、「寛容性評価」の6因子に加えて、跡継ぎの候補者(一人っ子、長男、男兄弟のいない長女)であるかどうかも独立変数に加える。6因子に関しては、因子得点の中央値を基準として2分割(評価している/評価していない)したうえで投入する。結果は、以下の通りである。
「定住」を基準として、「流出」の経路を選ぶ確率の高さを予測する上で、役に立つ(統計学的にみて有意である)のは、「キャリア形成評価」と「寛容性評価」の2因子(5%水準で有意)で、オッズ比からは、「定住」に対して「流出」の経路をたどる確率は、1)キャリア形成のしやすさを評価していると0.547倍になり、2)人間関係ついて寛容性を評価していると0.575倍になる。同じことの言い換えになるが、「流出」の経路をたどる確率は、1)キャリア形成のしやすさを評価して「いない」と1.828倍、2)人間関係ついて寛容性を評価して「いない」と1.739倍になる。職業上のキャリアアップを重視し、地域のしがらみの強さ(社会関係資本のダークサイド)を嫌うものが、福井県から出て行って戻ってこないという構図が推察される。
「定住」を基準として、「Uターン」の経路を選ぶ確率の高さを予測する上で、役に立つのは、「ネットワーク評価」と「跡継ぎ候補」の2つの要素(5%水準で有意)で、オッズ比からは、「定住」に対して「Uターン」の経路をたどる確率は、1)人間関係のネットワークの緊密さを評価していると0.478倍になり、2)一人っ子、もしくは、長男、男兄弟のいない長女であると1.760倍になる。同じことの言い換えになるが、「Uターン」の経路をたどる確率は、1)人間関係のネットワークの緊密さを評価して「いない」と2.092倍、2)跡継ぎの候補者で「ない」場合は0.568倍になる。地縁的・血縁的なつながりの緊密さを評価しているものが福井県に残り続け、跡継ぎ候補はいったん県外に出て行っても戻ってくる可能性が高いという構図が推察される。
「流出」を基準として、「Uターン」の経路を選ぶ確率の高さを予測する上で、役に立つのは「キャリア形成評価」と「ネットワーク評価」の2因子(1%水準で有意)で、オッズ比からは、「流出」に対して「Uターン」の経路をたどる確率は、1)キャリア形成のしやすさを評価していると1.965倍になり、2)人間関係のネットワークの緊密さを評価していると0.495倍になる。同じことの言い換えになるが、「Uターン」の経路をたどる確率は、1)キャリア形成のしやすさを評価して「いない」と0.509倍、2)人間関係のネットワークを評価して「いない」と2.020倍になる。職業上のキャリアアップを重視するものは、「流出」の経路をたどり、地縁・血縁的なつながりの評価が低いものが、「Uターン経路」をたどるという構図が推察される。
福井県から出て行ったものの転出の直接のきっかけに関して、「進学」が49.7%で最も高く、これに「就職」の15.1%が続く。「流出」の経路を選択したものに関して、学びたいことを自分の能力に見合った水準で学べる環境が得られず、福井県から出て行き、就職に際して、自分が望むキャリア形成の実現が福井県では困難であると考えて、戻って来なかったといったパターンが想定される。アンケートでは、職業上のキャリアアップへの関心の程度を尋ねているが、「非常に関心がある」という回答は、「流失」で35.3%と、「定住」の18.1%、「Uターン」の18.2%の倍近い割合になっている。実際の働き方に関しても、管理職に就いているものの割合は、「定住」が3.4%、「Uターン」が17.0%なのに対し、「流出」では25.3%と4人に1人以上に達している。進学や就職に際しての魅力的な受け皿の少なさが、人口流出の一因になっていることは間違いなさそうだ。
福井県は人口移動の少ない定住性の高い地域で、血縁・地縁のネットワークがそれなりに維持され続けている。こうした社会関係資本の豊富さは、福井県の暮らしやすさの一因でもある。一方で、こうした既存のつながりは結節型のネットワークと呼ばれ、それが強すぎると、よそ者や少数者を排除する傾向や同調圧力が強くながりがちであることが知られている。地縁的なつながりの強さは、相互監視体制につながりやすく、「コロナウィルスに感染するより、感染したことを周囲に知られてつまはじきにされることの方が怖い」といった認識を生み出すことになる。コロナ対策おける「福井モデル」の有効性はこうした心理的な機制によって支えられたものであると思われる。福井県の特徴である結束型のネットワークの緊密さの光の部分と影の部分をどのように評価するかが、「残る」、「出る」、「戻る」の選択にも影響を及ぼしている。ダークサイドにあたるしがらみの強さを嫌うものは「流出」の経路をたどりやすく、光の部分にあたる地縁・血縁の絆の深さや支えあいの関係を高く評価しているものは「定住」の経路を選択する傾向が強い。「Uターン」に関しては、地縁・血縁のネットワークの評価の低いものがいったん地元を離れるが、跡継ぎであるなどの理由から再び戻ってきているといったパターンが想定される。
働く場所は豊富にあるが、働き方の選択肢は少ない。地縁・血縁のネットワークが豊富で、社会的なつながりに包摂されて暮らしていけるが、スタンダードからの逸脱は許容されにくい。福井県の特徴の光と影の部分への評価の違いが、そのまま居住経路の選択にも影響していることが明らかになった。進学や就職に際しての受け皿の問題への対応、興味や関心にもとづく選択縁的な新しいつながり(架橋型のネットワーク)を醸成するための仕組みづくり、といった課題が浮かび上がってくる。
「働き続けやすさ」、「仕事と子育ての両立のしやすさ」、「仕事と介護の両立のしやすさ」、「子育てのしやすさ」、「持ち家の取得しやすさ」、「健康の維持しやすさ」、「長生きのしやすさ」といった項目は、すべての居住経路で評価が高かったため、3経路の予測には役立たなかったが、誰から見ても福井県の強みということになるだろう。人口減対策という文脈からは、Iターン(流入)を呼び込むことも課題となる。福井県の強みに魅力に感じてくれそうなターゲットに向けて、効果的に情報を発信していくという補完的な戦略も必要になってくるだろう。5倍速、10倍速で環境変化が起こる時代の人材戦略
DX(デジタルトランスフォーメーション)化への注目の高まりや働き方改革関連法の制定に加えて、コロナウイルス感染症の拡大によって「リスキリング」という言葉が広がりつつある。
DX化の加速や浸透によって、仕事そのものに求められる人材スペックは劇的に変化することが予測される。これは、今ある仕事が今後も継続して残ることが保証されない、今持っている知識や技能が使い物にならなくなる可能性を示唆している。ちなみに世界経済会議(ダボス会議)の「リスキル革命」というセッションでは「第4次産業革命により、数年で8000万件の仕事が消失する一方で9700万件の新たな仕事が生まれる」と報告された。
他方、働き方改革関連法の制定は、70歳までの就業機会の確保について、企業として措置を制度化する努力義務が設けられたことが特徴で、これは人口減少や少子化・高齢化に伴う労働力不足の解消に貢献するものと見られがちである。しかし、コロナウイルス感染症の拡大で「5倍速、10倍速の環境変化が起こっている」といわれる今、ベテラン社員のみならず「会社に貢献できない社員が増える、そうした社員を抱え込まなければならない」という企業リスクが拡大したとみることも可能であろう。つまり、今いる社員の現役時代を長くするだけでは、企業の成長にはつながらず、何らかの対策が企業に求められているともいえる。
この対策のひとつがリスキリングで、これまでよく耳にした「リカレント」(現在の仕事を中断し、大学等で学び直すこと)とは異なる。これは、社員に対して、いかなる環境変化があったとしても会社に貢献できる社員として、スキルや能力や知識、技能をアップデートし続ける機会を与えるという、いわば「DX化時代、雇用延長時代、コロナ禍時代の人材戦略であり能力開発、人材育成・活躍支援策」といえる。
こうした取り組みは、海外が先行しており、例えばAmazonでは非技術系(倉庫作業者)人材を技術職に移行させる「アマゾン・テクニカル・アカデミー」などを行い、2025年までに米アマゾンの社員10万人(一人当たり投資額約75万円)をリスキリングすると発表している。
Amazonのような大規模なリスキリングの取り組みを、日本の中堅中小企業が実施するには高くて数多くのハードルがあるだろう。ただ、少なくとも、できる範囲で、企業や個人がそれぞれ主体的にリスキリングに取り組むことは可能ではないだろうか。
コロナウイルス感染症の拡大は、企業にも私たちひとりひとりにも「自己変革」という、もう避けることができない課題を突き付けた。企業であれば、意欲を持って自己を高めようと努力や挑戦する社員を奨励・称賛する風土づくりから始めても良いだろうし、個人は「DX時代やコロナ禍時代に、自分自身は社員として生き残ることができるのか、今のままで会社に貢献できるのか」と自問自答することから始めてみても良いのではないだろうか。南越前町、今庄地区にみる地域おこし
福井県中央部にある南越前町。この地は、海(河野地区)と山(今庄地区)、里(南条地区)といった三つの地区それぞれに固有の特徴を持つ人口1万人あまりの小さな町でもある。その中で今庄地区は、大半が山間地だけに、その厳しい環境を活かした蕎麦の栽培が盛んで、現在も「今庄そば」はこの地区一番の特産品として知られている。一説では、同地区の蕎麦は、約4百年前の慶弔6年、府中(現在の越前市)に赴任した本多富正公が京都伏見から「そば職人」を呼び寄せ、城下の人々の非常食として栽培させるとともに、大根おろしを蕎麦にかけ食べることを奨励、それが福井の「おろし蕎麦」の始まりだとも言われている。当地は季節の変化にともない寒暖の差が激しく、雪どけの良質の水に恵まれるとともに、霧が深い山間地はよい蕎麦を生む最適な環境を備えた場所であったことも蕎麦づくりが盛んとなった所以かも知れない。
ところで、今庄地区と言えば、江戸時代に近江米原(滋賀)より越前今庄(福井)を経て、直江津(新潟)につながる北国街道の宿場町として栄えた地でもある。当地にあって古くから幾重にも重なる南条山地は北陸道最大の難所でもあり、山中峠、木の芽峠、栃ノ木峠、湯尾峠のいずれの山越えの道を選んでも今庄宿は避けて通れぬ場所であった。そのため、福井の初代藩主、結城秀康公は、北陸道を整備するにあたり、今庄を重要な宿駅として防御に配慮した街並みの整備を図った。こうして文化年間(1804年~1818年)には、北国街道に沿って南から北へ向かって、上町、観音町、仲町、古町、新町の五町が出来上がり、家屋が櫛の歯のように立て込みながら、街並みは1キロメートル以上に及んだという。江戸時代のある旅日記には、茶屋で田楽やそばが売られ、都なまりの言葉で呼び込みをする今庄宿のにぎやかな情景が記されている(「北国街道今庄宿」南越前町より)。宿場の中心部、仲町には、福井・加賀両藩の本陣や脇本陣、問屋、多くの造り酒屋や旅籠が立ち並び、天保年間(1830年~1844年)には今庄宿全体で戸数290余り、うち旅籠50軒、鳥屋15軒、茶屋15軒、酒屋15軒があったとされ、今も街並みには当時の宿場町の面影を感じ取ることができる。
このように、古くから峠越えの道がすべて集まる今庄は、北国の玄関口として交通の歴史とともに歩んできた。ただ、明治に入ると江戸時代の宿駅制が廃止され、さらに陸運の手段が人力車や荷車に変わり、明治21年(1888年)には新国道(国道8号線)が開通。今庄宿は徐々にその活気を失っていく。
こうした中、今年の5月21日、文化審議会は重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)として、この今庄宿を選定するよう萩生田光一文部科学相に答申した。江戸時代に宿場町として栄え、昔ながらの地割りや、重厚感のある町屋が立ち並ぶ歴史的な町並みが評価されたのである。対象となるのは今庄宿のほぼ全域の旧北国街道約1.1キロ区間、約9.2ヘクタール。エリア内には昭和30年代以前に建てられた「伝統的建造物」の対象が約160戸あり、そのうち景観の維持・復元について所有者の同意が得られた118戸が同建造物として登録されることになる。これにより、今庄に今も現存する「旅籠 若狭屋」、「脇本陣 京藤甚五郎家」、「社会教育の拠点 昭和館」などが、これまで以上に注目を集めることになるであろう。こうした事実は、10年以上前から町並み保存活動を続けてきた同地域にとって大変喜ばしいことでもあり、この重伝建の指定が新たな町おこしの起爆剤になることを大いに期待するところである。
コロナ禍で将来が危ぶまれる時代、ひょっとしてこれからの日本の再生は、こうした地方圏の足下にある資源の磨き上げにかかっているのかも知れない。「福井で学ぶ、福井でしか学べない経営学とは」
ご存じの通り福井県はモノづくりの盛んな土地であり、少し前のデータだが「平成28年(2016年)経済センサス基礎調査(速報)」によれば、「産業大分類別の従業者数と割合(民営)」において最も多いのが、「製造業」の83,059名(21.9%)となっている。本学においても、看護学科、社会福祉学科を除いた全ての学科(経済学科、経営学科、生物資源学科、海洋生物資源学科)において、製造業に就職する学生の比率が最も高くなっているのが現状である。そういった点からも、本学の学生がモノづくりについて学ぶことは、自分自身の進路を考えるうえでも、大いに役立つことであるといえよう。
一方で、私が所属する経済学部・経営学科というのは、経営学部や商学部なども含めて考えれば、全国の多くの大学に存在する学部・学科である。こうした、いわば「ありふれた学部・学科」である本学の経営学科を、受験生の志望先として選んでもらえるようにするためには、この大学でしか学べない経営学とは何かについて常に模索し、それを実践して他大学との差別化を図ることで競争力を高めていく必要があろう。そのために、多くの教員が趣向を凝らした教育実践を行っている。以下では、私が行っている取り組みについてご紹介する。
私は主に「生産管理論」という科目を担当し、モノづくり企業の経営に関する講義やゼミを行っているが、モノづくりは普通の学生にとって日頃あまり触れる機会が少ないことから、どのようにして関心を持ってもらえるようにするかが大きな課題であると感じている。一方で、文系学生がイメージを持ちにくい製造業にとっては、いかにして将来の会社を支えるマネジメント人材を確保していくのかが課題となっている状況にある。福井にはモノづくりを行う優良企業が多く存在するが、いわゆるBtoBビジネスが多いことから、学生への認知度が低いという課題を抱えている。経営学を学ぶ学生がモノづくりに関心を持ち、それについて学ぶことで経営学の面白さを感じてもらうとともに、そこで学んだことをモノづくり企業において活かすことが出来れば、学問と将来の進路の両面でプラスに働くことになるといえよう。ひいては地域の活性化にもつながることにもなるわけである。
私の担当する講義やゼミでは、モノづくりの現場を見たり、話を聞いたりということを積極的に行っている。講義においては、モノづくり企業からゲスト講師をお迎えして、その会社のモノづくりに関する講義をお願いしている。それまでの講義で学んだ内容が実際にはどのように行われているのかについて、実際の話をお伺いすることで理解が深まることから、学生には非常に好評である。また企業にとっては、学生に対して直接アピール出来ることや、講義を行うにあたり自社の取り組みを改めて見直す機会になると、良い評価を頂いている。
また担当する演習(ゼミ)においても、テキストを用いた勉強に加えて、福井の企業にご協力頂いて、実際の製造現場を見学してその空気を感じることも積極的に行っている。高いシェアを持ち日本全国あるいは世界中で多くのユーザーに利用されている製品が、ここ福井の地で製造・出荷されている様子を目の前で見ることで、見学した学生には刺激になっているようである。さらに卒業研究(卒業論文)においては、企業への実態調査を課しており、企業へのアポイントやヒアリング調査などを学生自身が行うことで、「生の声」を踏まえた卒業研究に取り組んでいる。
いずれも非常に重要なことは、単なる企業のアピールということではなく、この取り組みはあくまで教育の一環であり、そのことを講師や企業の方がご理解されているという点である。ゲスト講義においては、事前に教育目標やゲスト講義の位置づけをお伝えし、当日の講義内容について入念に打ち合わせを行ったうえで、これを実施している。見学においても同様に、教育目標や見学の位置づけをお伝えし、事前の打ち合わせと下見を行ったうえで(安全にも十分に配慮したうえで)実施している。そして講義や見学終了後に学生のリアクションもお渡しして、学生の理解度をお伝えしている。
いずれも講師や企業には大きなご負担をおかけするため心苦しいところではあるが、きちんと趣旨を理解し非常に前向きにとらえてくださり、積極的に取り組んで頂いていることから、結果として学生にも非常に好評な取り組みとなっている。当然、教員にも大変な手間がかかるわけだが、それ以上の大きな教育効果が得られていることを実感しており、「実際に見て、感じて、楽しんで学ぶ経営学」につながっているのではないかと考えている。
福井には、モノづくりの経営学を学ぶうえで「最高の教材」といえる企業が多く存在し、また企業と大学とが近い関係にあることから、モノづくりをより身近に学ぶことが可能となっている。そして、大企業の事例が取り上げられることが多いこれまでの経営学とは異なり、地方都市である福井で学ぶ、福井でしか学べない経営学を学ぶことが出来る点も重要であろう。これによって、教科書的な経営学を相対化して分析・考察するとともに、実態に触れながら学ぶことで、経営学をより深く学ぶことにつながるといえる。
さらに、こうした企業に本学の卒業生がお世話になっていることも多いため、講義や見学において自分の仕事内容などもお話してもらうことで、学生が職業意識を身につけることにつながるとともに、大学時代の勉強が仕事にどのように関連しているのか、あるいは大学時代にどんな勉強や経験をしておくべきか、といったことも考えることにもつながっている。そして、これまであまり身近ではなかったモノづくりの世界で、自分の先輩が頑張っている姿を見ることで、先輩が「橋渡し役」となって将来の進路として意識することにもなろう。
言うまでもないことだが、大学は単に就職を有利にするための「就職予備校」ではなく、あくまで学問を行う機関であり、その方針から絶対に外れるべきではないと私は考える。但し、そうはいってもやはり就職は学生にとって重要であり、就職への意識がきっかけとなり学問への関心が高まり、熱心に学問に取り組むことで結果として将来の進路につながることは、学生にとっては悪いことではないとも考えている。その両者のバランスが重要なのであろう。
福井にはこうした点を理解し、前向きに協力してくださる企業が多いことも、この取り組みを行ううえで大変有り難いことである。この場を借りてこれまでご協力くださった方々にお礼を申し上げるとともに、今後も「福井で学ぶ、福井でしか学べない経営学」を続けるために、引き続き地元企業の方々のご協力をお願いする次第である。以上
日中間関係からみた中国の人口減少の含意
中国の人口が減少しているのではないか。そんな話題が今月、いくつかのメディアによって報じられました。1年以上にも亘るコロナ禍で疲弊しきっている日本の私たちには、あまり響かないニュースだったかもしれませんが、実はこれからの日中関係を考えるうえで重要な啓示となるかもしれません。
きっかけは、中国統計局が先般公表した、2020年人口センサスの結果速報です。日本経済新聞の国際部の方から電話取材が入りました。コロナ禍の影響は?今後中国の人口は?などなど1時間近くに亘る質疑応答の結果は、5月12日(水曜日)の朝刊に掲載されていますのでご興味のある方はご覧ください。
中国に限らず、人口減少が長期化する要因は低迷状態が続く出生率です。長期的な人口減少に入ってしまった国は今のところ日本だけです。次は韓国や台湾か、とみられていましたが、人口大国・中国が日本に続くとなると国際的なインパクトも大きいのではないでしょうか。他方、“国民すべてのお腹を満たす”ために計画生育のもと人口爆発の抑止を目指してきた戦後の中国にとっては、人口減少は大いなる成果でもあります。とは言え、低すぎる出生率、少なすぎる新生児数は想定外であったと思います。近年では計画生育の条件を徐々に緩和し、ついには“一人っ子”政策を事実上撤回したのにもかかわらず、出生数が増える兆候はまったくありません。当然、中国国内でも真摯な議論が続いています。
規制を撤廃したのにもかかわらず少子化に歯止めがかからない最大の要因は、急速に進む経済成長と生活水準の劇的な向上にあるとみられています。GDPでは2010年に、それまでアメリカに次ぐ2位の座を日本から奪取し、今では日本の3倍近い規模になっています。人口一人あたりのGDPではまだ、日中間に大きな開きがありますが、その差は急速に縮まっています。1990年の前後でしたが、私は中国の天津に交換留学生として1年半近く住んでいました。当時の天津での生活費は住居費・食費等を含めて年間30万円ほどで、日本の国立大学の1年間の学費とほぼ同額。お金のことはあまり気にせず中国を体感することができました。今ではどうでしょう。2000年頃までは、中国との共同研究などで必要となる諸経費は日本側が負担することが多かったように感じますが、近年では逆に中国がすべての費用を負担してくれます。今年始めにリモート会議に招聘された際は、30分ほどの参加にもかかわらず10万円相当のアメリカドルによる謝金を提示されました(現職が国家公務員であることもあり残念ながら辞退しましたが・・・)。
今日、日本に長期に在留する外国人約300万人のうち30%弱が中国国籍の方々です。リーマンショックや東日本大震災を経て紆余曲折はあるものの、コロナ前までは概ね増加傾向にありました。2013年頃から急増しているベトナム在留者の在留資格の約半数が「技能実習」であるのに対し、中国の在留者の場合は約40%が「永住者」です。日本に長期滞在している理由は多様であること示唆しています。最近では、海外で多くの死者が出るような事件・災害が多く報道される一方、国内では魅力的なイベントが多く企画・実演されるなど、海外、特に発展途上地域にわざわざ足を運ぶ機会は減っています。何でもリモートで疑似体験できることになったこともあるでしょう。この間に世界は、私たちの古い思い込みを凌駕して“豊か”になり、停滞する日本との格差はいつの間にか相当縮まっています。経済格差を誘因として海外から日本に外国人労働者を誘致することは早晩難しくなりそうです。経済力以外の日本の“魅力”とは何なのか、海外に行けない今だからこそ、落ち着いて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
3月に参画した中国との共同研究会の席で、中国側の代表者の方が挨拶されました。“今年東京オリンピックが無事開催されることを祈念いたします。そして、北京において来年2月に開催される冬季オリンピックにも是非お越し下さい!”地域産業の高度化を目指して
福井県の産業構造を眺めてみると、その特徴は、製造業と建設業に特化した地域であることと、その中で、製造業は、繊維産業や眼鏡枠産業、伝統的工芸品産業などを中心に多様な産業で付加価値生産性が低いといった特徴がある。そのため、福井県の産業界では、これまで各産業の高付加価値化を目指して、技術・製品開発、流通の簡素化、販路開拓など多様な試みを実践してきたことは言うに及ばない。
話は変わるが、フランスの経済学者・思想家のジャック・アタリは、2009年の著書「危機とサバイバル」の中でパンデミックの発生を予測し、今回の新型コロナウイルス感染症が、1929年の世界恐慌、2008年のリーマンショックよりも甚大な被害を及ぼすことを示した。そして、これを回避するために、世界の経済を全く新しい方向に設定しなおす必要性があることを述べている。具体的には、世界は爆弾や武器ではなく医療機器や病院、住宅、水、良質な食糧などの生産を長期的に行うべきであり、そのためには多くの産業で大規模な転換が求められることを示唆している。すなわち、人類が生きるために必要な食糧、医療、教育、文化、情報、イノベーションなどの提供を意識した産業、生きるために本当に必要なものの生産に集中することこそが今求められているということであろう。
ちなみに、コロナ禍における地域産業の生産活動に着目すると、例えば、福井県立大学が年末に実施した企業調査(福井県企業の「コロナ禍での事業活動に関する緊急調査」)では、アンケートに回答した企業521社の約2割の企業でウイルスや自然災害などから身を守る新製品・サービスの開発が行われていることがわかった。それは、まさに地域企業の間で「命を守る産業分野」への挑戦が始まったということではないだろうか。「命を守る産業分野」とは、今回のコロナ感染症だけでなく自然災害など人間に危険を及ぼす現象の発生を予測し、間接、直接的に人の身体を守る製品開発・サービス開発を行う分野を指す。例えば、農産物・食品加工分野でいえばクオリティーの高い作物や食品加工物の生産、製造業の分野ではウイルスをシャットアウトする住宅部材の生産や身を守るフェイスシールド、防護服・マスクなどの生産、医療行為、ドローンを使った監視システムなどの研究・開発を行う産業分野を指す。それは、繊維産業や眼鏡枠産業、化学産業といった多様な既存産業の垣根を超えた産業横断的な分野でもある。
ところで、日本の場合、研究開発企業の割合は全体の8~10%程度といわれる。その中で、今回の企業調査でわかった2割にも及ぶ新製品・新サービス開発企業の割合は、非常に高いウエイトと言わざるを得ない。地域産業の歴史を振り返ると、例えば、繊維産業では、明治以降、シルクライク、ウールライクといった考え方をベースに天然繊維から化合繊織物の転換が進み、この地に合繊繊維を中心とした織物産地を誕生させた。眼鏡枠産業でも、真鍮(しんちゅう)→金・銀・銅・セルロイド→洋白・ハイニッケル→チタン・NT合金・マグネシウム亜鉛からマグネシウムまで素材の加工技術の開発が産地の発展を支えた。また、近年の地域中小製造業の技術力の高さは言うに及ばない。こうした中で、今回発生したコロナウイルス感染症は、ここで述べた地域製造業の産業特性、持ち前の開発力に火をつけたような気がする。
ならば、地域はこの「命を守る産業分野」を地域の新たな産業分野と位置づけ、育成することも必要ではないか。具体的には、「命を守る産業分野」参入に向けて頑張る企業へのものづくり・技術の高度化支援や、そのための金融支援、新製品・技術開発・サービス開発にまつわる情報提供・相談業務のさらなる充実が必要であり、合わせて昨今のデジタル化に向けた企業行動にも着目した支援も必要と考えられる。
その結果、地域産業の高付加価値化、労働生産性の向上を促し、最終的には産業構造の転換・高度化にもつながることを期待したい。「自由な貿易」から「公正な貿易」へ
コロナ後の世界経済は、ワシントンコンセンサスによるグローバリゼーションが推進される中で顕在化した「富の偏在」や「格差の拡大」の是正に向けた制度改革とともに、「自由な貿易」から「公正な貿易」へとパラダイムシフトが進む可能性がある。
そう思う理由は、いくつかある。まず、世界経済全体で見た所得再分配上の不平等があまりにも拡大している点だ。1980年と2016年の世界の家計所得の伸びを比較した調査によると、この間に増加した世界のトップ1%の所得は下位50%の2倍以上に及ぶ。また、別の調査によれば、世界でもっとも裕福な8人が保有する資産は、下位半分が保有する資産とほぼ同じだ。そして、そのうち6人が暮らす米国では、240万人に当たるトップ1%の富裕層が、数ではその50倍の労働者階級全体の倍の所得を手にするに至っている。最後の米国での調査においては、過去40年間で両グループへの富の配分は逆転したことも示されている。しかも、この間、労働者の実質賃金は殆ど変わっていないのだ。こうした事実は、自由化や規制緩和、さらには、富裕層や大企業への減税によって、富める者が富めば、いずれ、貧しい者にも富が浸透する、とした「トリクルダウン効果」はいつまで待っても現れないことを如実に示すこととなり、かつてないほどに人々の間に不平等感が募っているのである。
格差は国家間レベルでも広がっている。経済理論上は、自由貿易は競争力が弱い国においても、その国の中で比較優位性の高い分野に特化することで、社会的余剰(豊かさ)を増やすことができる、はずであった。しかし、現実には、グローバリゼーションの結果、急速に経済発展したのは、中国やASEANなどごく一部の新興・途上国に過ぎない。それは、貿易のメリットを途上国にもたらすには、市場アクセスだけでは不十分なためである。たとえば、EUでは、後発途上国(LDC)に対して、武器以外のすべての製品の輸入関税を免除する優遇制度(EBA)を採用しているが、EBA対象国であるタンザニアからEUへの輸出は増えていない。これは、後発途上国の輸出機会を活かすには、外資の導入などを通じた、生産能力の拡大や技術支援が必要なためである。この点において、アフリカにおける中国の一帯一路構想は、一定程度評価できる。しかし、「債務の罠」の問題を抜きにしても、アフリカへの援助に際して政治的な制約を課さない中国の姿勢には、アフリカ側に好意的な印象を与える一方で、アフリカ域内の汚職や人権侵害などを助長する恐れがあるとして危惧する声が上がっているのも事実である。
また、昨年、『ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)』に掲載された論文によると、環境に与える「富」の影響が深刻なレベルに達している。これまで、環境にもっとも大きな影響を与える要因は「消費」と「技術」だと考えられてきたが、ここ数十年で、豊かな国の消費者による「消費」が急拡大した結果、技術革新を通じて削減できるレベルを遥かに超えてしまったのである。つまり、地球上の生活に関連した温室効果ガス排出量の10%を約40億人の「世界における収入下位50%」が生み出しているのに対して、その100分の1に過ぎない4000万人の「世界でもっとも裕福な0.54%」が生み出す同排出量は14%に達しているのだ。さらに、先進国に住む多くの人が含まれる世界のトップ10%の富裕層は環境への影響のうち25~43%の責任を負っている。
ところで、不思議なのは、際限のない「富」への執着が社会的問題を引き起こしている、という点である。なぜなら、ある一定以上の水準を超えると、所得の伸びは幸福度の高まりに寄与しなくなる、とした「イースタリンのパラドックス」が示唆するように、これまで「富」への執着は所得の増加とともに薄れていくものと思われていたからである。しかし、今、現実の世界で起こっているのは「地位消費」(positional consumption)という概念による正反対のメカニズムである。即ち、人は基本的な欲求を満たすと、社会的希少性によって少数の人しか入手できない「地位財」(positional good)を求めだすというのだ。そう考えると、米ベンチャー企業が2022年に開業予定の「宇宙ホテル」への滞在料金が、12日間で10億円であるにもかかわらず、すでに、4か月先の予約まで完売というのも決して不思議ではない。しかし、今後、先進国の人々が一斉に地位財を求めだすと、地球環境の破壊はとめどなく加速していくことが懸念される。そのため、「もっとも裕福な人々に課税すること」や「弱いエコシステムと貧しい人々に投資すること」が必要とする同論文の主張は、ロールズの「正義」の概念とも合致しており、検討に値する。
次に、国際貿易に関して問題と思われるのは、アフリカにおける中国の「一帯一路」にみられるように、新興・途上国の中には、欧米先進国とは異なる価値観や慣習によって、開発や貿易を通じて人権侵害や環境破壊が行われている可能性があることだ。現行の国際ルールでは、たとえ、コスト削減のために人権侵害や環境汚染に加担しているとしても、それに対してペナルティを科すのは難しい。しかし、グローバリゼーションの制度的欠陥が鮮明となった今、世界経済秩序に関する新たな制度設計の構築が必要となっている。具体的には、「自由な貿易」から「公正な貿易」への変更・修正である。 では、「公正な貿易」とは何か。ダンピング関税を例に取ると、これまでは、結果としての価格の正当性がチェックされてきた。たとえば、中国のWTO加盟時に、貿易相手国は最長15年間、中国を「非市場経済」として扱うことが認められた。それによって、輸入国は中国からの輸入品に対して反ダンピング税を課すことが容易になった。コストの割高な国の生産費用を中国における生産費用として代用することができるためだ。現在、中国がすでにWTO加盟後15年を超えたことで、多くの国は中国に市場経済としての地位を与えているものの、米国とEU、そして日本は未だに認めていない。ただ、「市場経済」としての承認の遅れは、単に、貿易(覇権)戦争の悪化を招くだけとの指摘がある。そこで、これから目指す「公正な貿易」では、これまでのような、結果としての価格の正当性というよりも、そこに至る経緯が重要となってくる。換言すれば、「ソーシャルダンピング」や「エコロジカルダンピング」の概念を、国際的な貿易ルールの中に反映させるべき、ということである。実際、現在協議中の、中国とEUとの投資協定では、中国の人権問題も俎上に上がっている。また、EUは温暖化対策が不十分な国からの輸入品に価格を上乗せする「国際炭素税」を2023年までに導入する方針を打ち出している。こうした政策は輸入価格の上昇につながることから、消費者余剰(消費者の利益)を減らすとして反対意見が出ることが予想される。けれども、我々がほんの少し我慢することで、国際間の不平等や環境破壊が抑制され、世界全体の総余剰(万人の利益や満足感)は増えるのである。ならば、我慢した分だけ幸せを分かち合えると考え方を改めてはどうか。 以上人の幸せを測る国際標準とは?
“0段目はあなたにとって「最低の生活」、10段目はあなたにとって「最高の生活」。あなたの生活は今、ハシゴのどの段階にいますか?”読者の皆様はこの質問に0-10のどの数字を選ぶだろうか。ぜひ一度、ご自身の中で回答してもらえればとおもう。
この質問は、人の幸せを測る現在の国際標準であり、キャントリルの階梯と呼ばれる方法だ。人生をハシゴと見立て、主観的な幸福度や満足度を測定する際に世界中で最も活用されている。例えば、国連機関が実施している世界幸福度調査(World Happiness Report)の世界ランキングも、この測定方法の結果に基づき公表され、マスコミを通じてそのランキングは注目の的となっている。最新の2020年の結果では、日本は153国中62位と低迷し、北欧諸国が上位を占めている。
当然ながら上位国の常連である北欧諸国から学ぶことは多く、また日本は「寛容度」や「人生における選択の自由度」など、改善しなくてはいけない課題があることに論を待たない。しかし同時に、人生をハシゴと見立て、上にあがればあがるほど幸せであるという考え方・測定方法は本当に国際標準として普遍的なものであるのか、ということには議論の余地が多分にある。
私自身はブータン王国で人の幸せを測るGNH調査にご一緒させてもらったが、その時に実感したことがある。ブータンのように中庸の文化を持つ国において、ハシゴにおける9や10を回答する者の割合は少ない。真ん中に位置する5を基準にしながら、よい状態と感じていれば、6や7を選ぶ傾向がある。2015年のブータンの調査では、この国際標準の質問での回答の平均値は6.88だった。また、調査において日常に感じている感情を尋ねる質問もあるが、ブータン人が感じてる一番多いポジティブな感情は「おもいやり(Compassion)」であった。刺激の強い高覚醒の幸せというよりも、平穏や安寧という言葉が似合う幸せの存在をブータンからは感じた。上にあがればあがるほどいいという価値観が幸せの唯一の源泉ではなく、文化的に必ずしも当てはまらない国も多いということを認識する必要がある。
そこで現在、日本の公益財団法⼈であるWell-being for Planet Earthを中心に、西洋の価値観だけでなく日本を含む多様な地域の価値観も尊重し、新しい国際基準となる幸せ(ウェルビーイング)の測定方法の検討を進めている。様々なテーマでの議論が続いているが、一番注目したいのが、人生の調和・ハーモニーやバランスがとれているという幸福感を測定することへの挑戦だ。現在の幸せ測定の国際標準をハシゴ型と捉えるのであれば、振り子型の調和やバランスを重視した測定方法と言える。
幸福度の議論はどうしても結果としてのランキングにのみ視線があつまってしまうが、ぜひ何をどのように測っているかにも一緒に注目してもらえれば嬉しい。福井県の在宅医療・介護と地域包括ケアシステム
わが国は、住み慣れた地域で自分らしい生活を維持・継続するために地域包括ケアシステムを推進している。福井県でも、在宅医療・介護を必要とする住民が安心して地域で療養生活を継続することができるよう、地域包括ケアシステムにおける在宅医療・介護連携をシステム化している。本コラムでは、「在宅医療・介護連携に関する市民アンケート調査」(大久保清子、2019年11月)結果の一部を紹介し、自宅で楽しく豊かな療養生活を送るために必要なポイントをお伝えしたい。
本調査は、2019年11月時点で福井県内に居住する市民約2,400名で、居住地や性別、年代(20~80歳代)を無作為に抽出した。回収1964部、回収率は82%である。男性22.4%、女性77.2%、不明0.4%で、40歳代が21.3%と最も多く、次が30歳代、50歳代の20.3%である。家族構成は、2世代世帯(子ども)33.7%、3世代世帯21.9%、夫婦のみ世帯15.6%、2世代世帯(親)13.6%、単身世帯12.1%であった。
回答者が感じている「自宅で療養するときの不安」は、「精神的な負担」が79.0%と最も多く、次に「経済的な負担」70.8%、「仕事と介護の両立」48.9%であった。医療や介護に関する身近な相談相手で最も多いのが「家族」88.8%で、次に「友人・知人」40.1%であった。在宅医療を実現できない・希望しない理由で最も多かったのは、「介護する家族に負担がかかる」83.3%であった。しかし、人生の最期を迎えたい場所は「自宅」が48.4%と最も多く、次が「ホスピスなどの緩和ケア施設」23.0%であった。在宅医療の認知度で見ると、在宅医療を良く知っている人の方が自宅で最期を迎えたいと考える割合が高く、余命で大事にしたいことは、「家族や友人のそばにいること」71.2%、「家族の負担にならないこと」67.0%、「痛みや苦しみがないこと」61・0%であった。
この結果をみると、県民は家族や友人をとても大事にしており、最期まで家族や友人とかかわりながら自宅で療養生活を送りたいと思っているようである。しかし、家族に負担をかけない、痛みや苦しみを軽減するため施設に入所しようと考えていると思われる。在宅医療は、訪問看護や介護などの多職種や近隣住民とも連携し、その人・その家族らしい療養生活を支えていくものである。在宅医療を良く知っている人が自宅で最期を迎えたいと考える割合が高いのは、それができることを知っているからであろう。自宅で医療や看護・介護を必要とする方は、自分一人ですべてを抱え込むのではなく、日常的なケアは在宅医療や看護・介護の専門職に任せ、家族や友人が楽しく過ごすための豊かな時間と空間をつくってみてはどうだろう。その実現に向け、近隣の訪問診療や訪問看護・介護事業所、地域包括支援センター等に相談し、福井県の多職種連携システムを活用して欲しい。