福井県立大学地域経済研究所

2018年10月

  • 「デジタル化への移行と人材教育」

     近年、ビッグデータおよびデータ解析、クラウドコンピューティング、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、インターネット接続機器、IoT(モノのインターネット)、人工知能と機械学習等といったデジタル技術の発達が目覚ましい。デジタル技術の社会への導入、いわゆるデジタル化の影響については、世界中で活発に議論されている。日本では、デジタル化が日本企業の優位性の喪失や雇用減少につながると危惧する向きが少なくない。それでは、東南アジアでどのように認識され、どのような対策が講じられてきたのであろうか。
     東南アジア各国の対応を簡潔に言えば、(1)デジタル・インフラ整備、(2)関連する法制度の整備、(3)デジタル化に対応できる労働力の育成の3点に集約される。タイはASEAN(東南アジア諸国連合)のインターネット接続の向上に向けた「情報通信技術基本計画」をまとめ、農村部の住民が発展から取り残されぬよう、デジタル時代に使える能力の開発を志向している。本年の8月29日には第50回ASEAN経済相会合が開催され、データ保護、デジタル人材の育成、起業家育成等の6つの優先取り組み分野を18カ月後までに行うことで合意した。
     一方、企業は、業務・作業の効率向上のためのツールとして、デジタル技術の利用に大きな期待を寄せており、実際に活用を進めている。大手通信事業者のテレコム・マレーシアは、マレーシアの新興企業Tenderinが開発したオンラインのB to BプラットフォームであるLapasarを利用して、調達・支払い・配達といった一連のプロセスにかかる時間を80%短縮し、コスト削減を実現した。今後キャッシュレス化が進展すれば、取引コストの削減、利便性の向上、企業の管理強化、ソーシャルメディアを通じた従業員の採用と定着のための支援、従業員の顧客への接し方についての最新情報の獲得、といった恩恵を得られる見込みである。
     さて、デジタル化への移行なりデジタル技術の採用によるメリット獲得を目指す上で障害になりそうなのが学校教育である。マレーシアでは教育現場でデジタル化が進められてきたものの、従来は日本と同様に、メールシステムの導入や、授業を記録し再生できるようにしたり、遠隔地の学生と内容を共有したりといったことが可能になるインタラクティブ・ホワイトボードの活用といった、デジタルツールの活用による教務の効率化や教育方法の変革にとどまっていた。
     ところが今年に入り、東南アジアではデジタル化に対応した教育内容を提供する動きが見られるようになった。具体的には、デジタルスキルに長けた人材の育成を謳う民間の学校が設立されてきている。今年7月、AlibabaビジネススクールはGET(グローバル電子商取引人材)ネットワークの設立を発表した。GETネットワークには18の公立・私立大学に加え、マレーシア教育省やマレーシア・デジタルエコノミー公社も関与している。GETネットワークは若年者が電子商取引に熟達した人材となり、中小企業による輸出の活性化を可能にすると謳っている。すでに65の教育機関と提携し、260人以上の講師を育成し、約1,600もの中小企業と約7,000人の受講者に講義を行っている。受講者の出身国は豪州、中国、インド、イスラエル、モンゴル、シンガポール、韓国、トルコとさまざまであるが、最も需要があるのはマレーシアとタイである。
     また、NTTデータの傘下にあるマレーシアの電子決済代行会社iPay88は、デジタル化と電子商取引の手法を教育するアカデミーを立ち上げた。今年9月から授業を開始し、来年9月までには600人の学生を対象に4つのコースを開講すると発表している。
     日本ではデジタル化への移行が急速に進展しており、手頃な価格で高速のインターネットを利用できるよう、インフラ基盤の整備・強化に努めてきた。識字や算数といった基礎的なコンピュータの利用に必要なスキルは世界でも最高水準にあり、デジタル決済サービスの利用率向上に向けた取り組みも進められてきている。しかし、教育内容の改革はほぼ手付かずと言ってよいであろう。
     今後はコーディング、データ分析といった高度なスキル、コラボレーション、コミュニケーションといったソフトスキルへのニーズが高まっていくと思われるが、これらのスキルの内容は日々、変化していくものである。そのため、一定期間集中して勉学に励み学位を取得するのではなく、求められるスキルの内容が更新されるたびに民間企業による定期的な講義を受講するという生涯学習が理に適っている。これまでの制度、仕組みでは対応できないデジタル化という現代的課題に対して大学は何をすればよいのか、日本でも広く議論するときではないだろうか。

    ※本稿の執筆にあたっては、The Star 2018年7月30日記事「Furthering digital economy through education」、日本貿易振興機構ビジネス短信2018年9月3日記事「ASEAN経済相会合、デジタル関連の取り組みで進捗」、日本経済新聞2018年9月6日記事「デジタル経済、各国協調」、New Straits Times 2018年10月5日記事「TM, Tenderin collaborate to digitalise procurement process」を参考にした。

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  • ふくい地域経済研究第27号

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