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■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.24 消費ローンの利子補給政策で出した中国政府のシグナル
利子補給政策を打ち出した政府の意図とは?
中国の財政部は13日、商務部、中国人民銀行、金融監督管理総局など複数の部門と共同で「個人消費貸付財政利子補給政策実施プラン」と「サービス業経営主体貸付利子補給政策実施プラン」を発表した。これは中国政府が掲げている消費刺激策の一部分で、中国の経済メディアの報道も少なくなかった。
14日付の「人民日報」によると、今回の個人消費ローンの利子補給政策の対象は住民の個人消費ローンのうち実際消費に充てる部分で、単発5万元以下の日常消費、5単発万元以上の家庭用自動車、養老(高齢者ケア)・出産、教育・研修、文化観光、家庭用品、電子製品、健康医療などの重点分野の消費を含んでいる。利子補給比率は現在の商業銀行の個人消費ローン金利水準の約3分の1である1ポイントで、政策実施期間は1年とされている。つまり、今年9月から、ローンを利用する消費者は返済利息が1ポイント少なくなるということだ。
消費者は、2025年9月1日から2026年8月31日までの間に、政府が指定する23の銀行で消費ローン(クレジットカードを除く)を申し込むと、1%の利息補給金を受けることができる。
少額消費(1件当たり5万元未満)の場合、1%を基準とする補給金を受けることができる。自動車の購入、住宅のリフォーム、旅行など高額消費であれば、5万元を上限として補給金を受け取ることができる。
飲食、宿泊、医療、養老、文化観光、スポーツなどのサービス業界の企業に対しては、2025年3月16日から今年末までに21の指定銀行から融資を受け、サービスの質向上に充てれば、1%の利息補給金を受けることができる。単発の貸出上限は100万元で、補給金は最長1年である。
中国の経済メディアは、この政策は利下げではなく、国が消費者やサービス業企業の返済を手助けすることが目的だという。
ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)は研究レポートを発表し、中国のこの一時的な利子補給政策に800億元の財政資金が使われる可能性があると推計した。そのうち、家計消費者への融資分が700億元、企業融資補助金が100億元に達すると見ている。同社は、これは漸進的な緩和にすぎず、大規模な刺激ではないとみている。
今回の利子補給政策を主に個人消費者とサービス業企業を対象としたのは、中国の経済発展で重要な役割を果しうる個人消費、中国の国内総生産(GDP)の54.6%を占めるサービス業を活性化する狙いがある。
個人消費についていえば、中国の社会消費財小売売上高は、5月が前年同期比6.4%増、6月が4.8%増、7月が3.7%増とやや落ちてきている。8月から10月は、夏休みや国慶節の連休などでやや増加すると思われるが、増加に弾みをつけたいという狙いもあるだろう。
利子補給政策は一時的刺激政策か?
コロナ禍以降、中国政府は消費活性化させるため、2本の「矢」を放ってきた。1本目は、中小企業などの減税を行って、正常な経済活動を保てるようにした。2本目は「下取り、買い替え」補助政策を打ち出して、家計の潜在的消費を引き出そうとした。
今回の利子補給政策は3本目の「矢」と言え、需要サイドとサービスなどの供給サイドを活性化しようとしている。
全人代で発表される「政府活動報告」などでも述べられているが、中国政府はターゲットを絞った対策を行う。今回の利子補給政策も潜在的消費を引き出すため、飲食や宿泊などの消費をピンポイントで活性化し、景気浮揚の呼び水としようとした。
今回の振興策は本当に消費を刺激できるだろうか。基本的理論では、利子率が下がれば、資金調達コスト下がることから、消費を促進できる。だが、実際の効果はそれほどはっきりしたものでないかもしれない。
過去数年、コロナ禍と、内需で大きな比重を占めていた不動産市場の低迷により、中国人は貯蓄を重視し、借り入れを伴う消費には慎重になっている。個人と企業の中国経済に対する見通しが良くならない限り、金利が安くなったからといって、人々は多くのお金を借りられるようになるとは限らない。
また、今回の利子補給政策は、需要サイドを刺激するものだが、対象は銀行から資金を借り入れて消費する消費者を対象としており、効果は限定的になるだろう。一定の所得が保障されていなければ、借り入れをしてまで消費しようとはなかなか思わない。
もちろん、補給金政策は、「下取り、買い替え」補助政策同様、「大きな買い物」をためらっていた一部消費者の購買意欲を引き出すことができるが、これは新しい需要を創出するよりも、需要の「先食い」の要素が強い。
利子補給政策が発するシグナル
今回の補給金は経済の減速を緩和するためのものであり、消費が回復するには一定のタイムラグがあり、すぐに効果は出ないだろう。だが、この政策は以下の4つのシグナルを発している。
第一に、構造改革を加速するということだ。これまで、中国の景気刺激策は、インフラや製造業への投資を大いに行うものであった。だが、それは一定の効果が出るが、過剰生産能力の増加という「副作用」も出ることから、持続可能であるとは言い難い。中国政府は経済構造の転換を政策文書で強調してきた。ここ数年の経済減速は「投資主導型」経済の負の側面が出ている。
今回は一般国民を直接支援する消費者ローンとサービス企業向けのローンであり、政策の重心が消費サイドに傾き始めたことを示している。
第二に、国民生活重視を堅持するということだ。中国政府の政策理念には、「民生の改善」というものがある。これは「人民の利益を念頭におく」中国共産党の理念とも合致する。これまでは、供給サイドを主に活性化する策を講じていたが、今回の措置は人々の生活に影響する消費への支援策だ。どれだけの人が利用するかは未知数だが、こうした措置を打ち出したことは、中国政府が国民の生活を重視するという姿勢を示すものだ。
第三に、「人民のための金融」という理念を体現できることだ。2015年の第18期五中全会以降、「金融は実体経済に奉仕する」という言葉がよく出てきて、バーチャルな分野に資金が流れることを中国政府は警戒した。この2年は、「人民のための金融」という理念も出てきている。今回の措置はその理念を体現したものだ。
第四に、一時的措置ではないことだ。財政部は、補給金の期限が切れたら効果を見て、もし効果が好ましくなければ、期間の延長、業種、参加する銀行の拡大を排除しない」と述べている。今回は、中国の人々が経済の上向きを実感し、消費を拡大することを主な目的としていたが、状況を見て、長期的な刺激策に移行する可能性もあることを財政部のコメントは示唆している。
以上、今回の補給金政策は消費振興策の1つであり、それが一定の成果を収めても、全体的な景気回復には繋がりにくく、あくまでも「呼び水」と位置付けるべきものだ。重要なのは、市場を生み出して生産を活発化し、それに伴って雇用が増え、消費が増えることだ。
そこでカギとなるのは、やはり一般国民が今後の中国経済の見通しに対する自信を持ち、一定程度の所得を得られるようにすることだ。
ただ、政府が経済減速に対し、何らかの手を打ち続けていることを国民に示したことは消費者マインドの回復には重要だと筆者は考える。
■中島精也先生による時事経済情報No.120
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統計で見えてくる福井県のこれから ―2025年国勢調査に寄せて―
福井に住んで一年が過ぎようとしている。四季の彩り、地元の人々の穏やかな気質、そして生活のしやすさを日々実感する中で、私の関心は、ますます統計から見た福井のすがたに向いている。令和2年(2020年)の国勢調査結果では、福井県の地域性や生活特性が随所に表れていた。そして、令和7年(2025年)10月に予定されている次回の国勢調査が、どのような変化を私たちに示してくれるのか、静かに期待を抱いている。
このような国勢調査結果などの統計結果を簡単にわかりやすく可視化してくれるツールとして、内閣府・経済産業省が提供するRESAS(地域経済分析システム)がある。RESASの人口マップ機能では、人口構成や年齢別構造、昼夜間人口、自然増減・社会増減などが地図やグラフで視覚的に示され、統計結果の意味を直感的に理解できる。2025年の国勢調査結果も、RESASにて地域を読み解くことができるだろう。
RESASの人口マップ機能における人口構成分析では、1960年から2050年(推計値)までの人口推移を地図とグラフで確認できる。福井市を例にとれば、令和2年(2020年)までの国勢調査結果を基に、総人口は1995年を境に減少傾向にあり、生産年齢人口が縮小する一方で老年人口が増加している。これが現在、どこまで進行しているのか、2025年の国勢調査がその実態を明らかにしてくれる。
また、人口ピラミッドで表示される性別・年齢別構成の変化も重要である。2020年の福井市では、30代~60代の働き盛り世代の人口が厚く、比較的バランスの取れた構造である。しかし、2050年になると、65歳以上の高齢層が占める割合がさらに増加し、特に80歳以上の人口が顕著に増えることが推計されている。一方で、0~14歳の年少人口や20~40代の若年・生産年齢人口は大幅に減少し、さらに少子高齢化が進行した構造になることが予測されている。2025年国勢調査結果は、この推計値を変化させるため、今後の福井県のすがたを見極める重要な材料となるだろう。
さらに、自然増減分析では、出生率と死亡率の差が視覚的に明らかになる。福井県における合計特殊出生率と人口推移(実績値および将来推計)グラフを表示してみると、福井県では、出生率は、1985年以降低下を続け、2005年ごろに底を打ったことが見てとれる。2005年以降は一時的に出生率が回復傾向を示し、2010年から2015年ごろにかけて1.6前後まで回復していたが、2020年以降、また低下している。
国勢調査は、ただの人口調査ではない。それは、地域の今を記録し、未来を見通す羅針盤である。そして、その羅針盤を使いこなすために、RESASのような可視化ツールが私達にも簡単に活用できるようになった。数字と地図を重ね合わせることで、福井県のこれからの選択肢が、より具体的な形で私たちの前に現れるであろう。2025年、福井は何を得て、何を失い、何に挑もうとしているのか。その全体像をつかむために、2025年国勢調査結果をRESASにより、把握できることを期待している。
■中島精也先生による時事経済情報No.119
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「選挙と国勢調査」
6月上旬、厚生労働省から「令和6年(2024)の人口動態統計月報年計(概数)」の概況報告がありました。日本の出生数は70万人を切り、合計特殊出生率も前年2023年の1.20から1.15と0.05ポイント下げ、人口規模を維持するために必要な2.06を56%程度しか保てない水準にまで低下しました。“韓国などの隣国よりはまだマシ”などと言っていられるのも今のうちかもしれません。全国的に出生率は大きく低下しましたが、何故か一県だけ前年から下がらなかった県があります。それが福井県です。その結果、47都道府県のなかで出生率の相対的な高さは、本土復帰後一貫して1位の沖縄県に次ぐ2位となりました。もっと騒がれるのではないかと思いましたが、本件に関して私にコメントを求めてこられたのは読売新聞の記者の方お一人だけでした。皆さん大変冷静にこの数字をみているのだなぁ、と感じた次第です。出生率が下がらなかった福井県ですが、出生数は減少しています。ということは、率算出に際し分母として用いる女性人口の減り方が影響したことになります。分母の女性人口は年次の末尾が0と5の年に実施される国勢調査の結果をベースに推計された5歳階級別人口で、都道府県については四捨五入して1,000人単位のものが使われています。そのため、人口が少ない地域ほど小数点第2位のぶれ幅が大きく、厚労省が毎年この時期に公表している地域別の出生率は かなり“ザックリとした”値だと割り切ってみるのが“正しい”解釈の仕方だと思っています。うちの地域は上がった下がったと一喜一憂するより、最も高い沖縄県でも1.60、2位の福井県でも1.46まで低下してしまった本当の原因は何なのか、目を逸らすことなく考え続けることのほうが大切だと思います。
人口動態率の数値を左右する国勢調査ですが、なんと今年が5年に一回の実施年です。調査結果は国と地方の行政にも少なからず影響を及ぼします。主なものは、地方交付税交付金と国政選挙の議員定数でしょうか。過去には結果を水増ししたとして逮捕された首長もいます。また、議員1人当たり人口における最大較差、いわゆる一票の格差が問題になるなか、2016年以降、参議院の選挙区選挙において、島根県と鳥取県、徳島県と高知県がそれぞれ「合区」となりましたが、その根拠として用いられてきたのも国勢調査の結果です。従来は4県で合計8の議席を有していましたが、各合区の定数が2となったため、現在では4県合計の議席数は4となっています。合区の設置によって一票の格差は一時的に縮まったものの、その後の国勢調査の結果を用いた計算によると、格差は再拡大しています。議員1人当たりの人口が多いのは宮城県、埼玉県、東京都などで、逆に最も少ないのは合区後一貫して福井県となっています。福井は有権者一人ひとりの投票の重みが最も大きな地域とも換言できるでしょう。夏至の次の日の6月22日には東京都議会選挙がありました。変化の兆しを多少感じさせられる結果ではありましたが、投票率が相変わらず50%を下回っていることからすると、都民の本気度もまだまだかと。人口動態と各種の議員選挙は地域社会の写し鏡です。7月の参議院選挙には県民の一人として真摯に向き合ってみたいと思います。
■中島精也先生による時事経済情報No.118
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■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.23 買い替え補助金が一部地方で停止⁈政策の息切れか?
家電買い替えの国の補助金が停止?
ネットメディアが騒然
昨年より、中国政府は景気浮揚策として、「下取り・買い替え」補助政策を実施し、個人消費を活性化させようとした。この政策は、3月に発表された「消費喚起特別行動プラン」も盛り込まれた。
ここ数年、わが家のクーラーは調子が悪く、買い替えを検討していた。そこに補助金政策があったので、思い切って買い替えることにした。クーラー自体は3000元くらいだったが、700元ほどの割引があった。
わが家のクーラーはインターネットで購入した。購入画面に進むとリンクがあり、そこから補助金の申請ができるという。
ただ、補助金は購入した地域のものを申請する。例えば、上海の店で買ったら、同地の補助金を申請することになる。また、補助金はいつでも好きなだけ利用できるというものではなく、3回までという制限があるそうだ。
わが家のクーラー買い替えの背中を押してくれた補助金だが、このほど、一部の地方で「下取り・買い替え」補助金の「一時停止」が発表された。この政策の「息切れ」を憶測させるものだった。
中国メディアの報道によると、5月末より、重慶市、江蘇省、湖北省などが補助金の「一時停止」された。
例えば、雲閃付(UnionPay)にある重慶の消費財「下取り・買い替え」の画面では、6月2日より、インテリア、水回り設備の買い替えの補助金を一時停止するといった通知が出されたそうだ。
6月16日にアップされた「桜桃大房子」なるセルフメディアの記事は、この理由として、第一弾の国家補助金予算を使い果たし、まだ予算が下りていないこと、補助金の申請システムのメンテナンスを挙げている。
「下取り・買い替え」補助金が「一時停止」された時期は、中国のEコマース大手「京東」の創立記念日に因んだ「6.18」販促セール行われており、消費者の購買意欲にも影響し、中国の消費促進策とも矛盾すると、同記事は指摘した。
「補助金政策は終わらない」!
公式メディアが「火消し」
周知のように、この政策は、一時的な景気刺激策の性格を持つもので、一部から「需要の先食い」で、「持続不可能」ではないかという指摘もあった。中国の経済評論家の関不羽氏は4月23日に「新浪財経」で発表した記事の中で、次のように述べた。
補助金政策の刺激が長続きするのは難しい。家電は全体的に限界的効果が明らかな消費カテゴリーに属し、補助金による消費刺激の作用は一時的なもので、特に冷蔵庫、洗濯機、テレビなどの「大型家電」は、価格がいくら安くても、家に余分なものを置くことができない。現在、補助金効果の退潮はすでに見えてきた。2025年1〜2月の冷蔵庫、テレビの国内販売は前年同期比5%程度、洗濯機は前年同期比9%増にとどまり、「大型家電」の補助金による牽引はすでに鈍化している。
この指摘の通り、わが家のクーラーもそうだが、一度買い替えたら、あと数年は買い替えの必要がなくなる。買い替え需要をある程度満たしたら、消費は鈍化することは間違いない。
日本でも、消費促進のために、直すよりは買ったほうがいいという空気が社会にあった時期もあった。もちろん、モノをどんどん消費することは、経済にとっては好ましいことだが、その一方で、買い替えを見越した質の低下という問題がある。
これを受けて、中国の主要メディアは関連記事を発表し、「火消し」を図った。「中国経済網(ネット)」は業界関係者の話を引用して、「少数の地域は段階的に「国家補助」実施のテンポを十全化していることから、実際には消費財の「下取り・買い替え」業務が一年を通じて続いている。最近、一部の企業、プラットフォーム、セルメディアはこの機会を捉えて、大げさに宣伝し、なんとしても売ろうとする営業を行なっている」として、「一時停止」が一部企業などによって、「営業の道具」になっていると指摘した。
また、6月19日付の「人民日報」の記事も、「多くの地域の関係責任部門と関係責任者を取材したところ、いわゆる「国家補助金」を廃止するという事実は存在しないことがわかった」と述べ、さらに、「今年に入ってから、消費財下取り・買い替え政策が『強化』され、また『拡大』し、携帯電話、タブレット、食器洗い機などの新品目を増やしただけでなく、計上された超長期特別国債資金規模も2倍になり、昨年の1500億元から今年は3000億元に増えた」と述べ、「下取り・買い替え」政策が当面は続くと強調した。この政策は、「対処療法」的な政策であるため、いつまで続けるか、どのタイミングでやめるかという問題はあるが、まずは消費を活性化して経済の「パイ」を拡大することに中国政府は重点を置いているようだ。
中国の消費活性化は
長期的視点で
補助金などを出して、個人消費を刺激する方法について、中国のエコノミストの洪灏氏は5月27日にWeChatアカウント「中国マクロ経済フォーラム」に掲載した記事のなかで、次のように指摘する。
「政府は消費クーポンを含む刺激策を講じたことで、短期的な消費回復を促進したものの、これらの措置は通常一過性であり、恒久的な所得増加にはつながらない。所得が持続的に増加しなければ、消費も根本的に向上することは難しい。したがって、消費と投資の区分は曖昧になり、消費不足の長期的な解決には所得構造の根本的な改善が必要だ。」
洪氏の指摘のように、商品券などの発行による刺激策は、今後の経済の先行きへの期待(予想)の悪化によって抑えられていた需要を喚起するもので、長期的なものとは言えず、景気の悪化に対して政府が何らかの措置を講じているという姿勢を見せることで、経済の先行きが決して暗くないということを示す効果は期待できる。
長期的な消費活性化には何が必要か。6月13日付の「人民日報」の評論は、以下の点を述べている。
第一に、雇用対策に一層取り組むことである。記事は、「就業は最も基本的な民生(暮らし)であり、社会の構成員が収入源を獲得する主要な手段」であるとして、消費促進と民生の改善を結びつけるには、何よりもまず就業の安定と拡大に取り組むべきとしている。
第二に、賃金所得分配制度の十全化である。記事は、「賃金収入は労働者の主な収入源である」とし、「住民所得の増加と経済成長の同期を促進し、安定した所得期待で住民の消費自信を高め、住民の消費意欲を高める」と述べている。所得分配の中で、賃金収入を増やすようにすることはもちろんのこと、「ヒトへの投資」の理念のもと、労働者の質の向上についても言及している。
第三に、社会保障網をしっかりと張り巡らすことである。記事は、「広範な住民が後顧の憂いなく消費できるようにするには、社会保障網をさらにしっかりと織り込む必要がある」として、年金制度の改革や医療保険の補助の引き上げ、フレキシブルワーカーへの社会保険加入などの措置を挙げている。
この三つの政策のうち、所得分配や社会保障については、「消費喚起特別行動プラン」でも言及されているが、消費の「主力」との一部である「00後」の雇用の見通しが明るいものにすることは大事だ。また、AIの普及によって影響を受ける業種の人々が新たしいスキルをつけて、自分の付加価値をより高める「ヒトへの投資」も重要だ。長期的な消費活性化には、こうした措置が必要だ。
「下取り・買い替え」政策の「一時停止」は目先の問題であり、「消費主導」への構造改革は長いスパンで取り組む必要がある。
北陸新幹線延伸開業と賃金の変化
2024年3月16日の北陸新幹線延伸開業から1年が経過した。このような交通インフラ整備の効果については観光客増加など、産業への影響について言及されることが多い。しかし、その効果は特定の産業への影響だけでなく、労働市場を通じて地域全体に影響を及ぼす可能性がある。例えば、労働需要の増加により地域全体の賃金が上昇するなどといった影響が考えられる。実際、人手不足への対応として賃金上昇を挙げる県内企業もある(財務省北陸財務局「北陸新幹線県内開業による県内経済への影響について(令和6年4月)」)。そこで、このコラムでは、北陸新幹線延伸開業後のデータを観察し、福井の労働市場について、特に賃金を見てみよう。
はじめに、賃金水準について見てみよう。なお、ここでの「賃金」とは「決まって支給する所定内給与額」のことであり、残業代などを除いた毎月の基本給から税金を控除する前の金額とイメージしてほしい。
厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」によると、2025年6月時点の賃金の全国平均は330.4千円であり、福井では290.9千円となっている。全国平均と比較すると福井県の賃金は39.5千円程度低い水準となっている。
さらに、都道府県別賃金の中央値、すなわち、各都道府県の賃金を小さい順に並べたときの真ん中の値と比較してよう。平均値ではなく、中央値で比較するのは、全国平均を上回る賃金となっている都道府県は東京、神奈川、大阪、愛知のみであり、また東京の賃金は403.7千円であることを考えると、中央値の方が一般的な賃金の傾向を比較する上では適切と考えられるためである。令和6年の都道府県別賃金の中央値は297.2千円となっているため、新幹線開業の3ヶ月後においては、福井の平均的な賃金水準は全国の一般的な労働者の水準と近いと考えられる。
ここで、賃金の変化率について見てみよう。ここでは中央値の変化率と福井の変化率を比較する。令和5年から令和6年にかけて、1年間の変化率を見ると、全国の中央値では約2.4%増加し、福井では約2.0%増加している。したがって、一般的な賃金の伸び方と比べると、福井の賃金の伸び方はやや緩いものとなっている。
ただし、この結果は開業後の3ヶ月時点の変化であり、延伸開業による影響が直接的なものに留まっている可能性もある。実際、延伸開業によって直接的に大きな影響が及ぶと予想される「宿泊業、飲食サービス業」において、その賃金の変化率を見てみると、令和5年から令和6年にかけて約8.6%の増加となっている。「宿泊業、飲食サービス業」の都道府県別賃金の中央値の変化率、すなわち、当該業種における一般的な労働者の賃金変化率は約2.0%の増加となっているため、福井の宿泊業、飲食サービス業においては賃金が大きく上昇したと言える状況にある。この影響が当該産業の労働者の消費の活発化へとつながれば、時間とともに地域全体の賃金上昇へと向かう可能性もある。
もちろん、交通インフラ整備と賃金との間の因果関係については精緻な統計的方法による検証が求められるが、今後様々な業種にどのような影響が見られるか、注視していく意義はあろう。
■中島精也先生による時事経済情報No.117
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今の米の値段は妥当なのか?
昨年(2024年)8月に起こった「米不足」に端を発する米の高値は、現在(2025年4月)も収まる気配がない。日本全体では小売価格が平年の約2倍である5kg4,000円を超える水準になっていて、福井市内のスーパーでも4,000円に近い値段で売られている。政府は流通の目詰まりが原因だとして備蓄米の放出を始めたが、米の価格は大きく下がっていない。一方、先月調査に行ったベトナムでは、福井県産米が5kg1,500円程度で売られていた。なぜこういう状況になっているのか、現在の制度や経済学の理論をもとにした分析を世間でほとんど目にすることがない。
まず今の値段が妥当なのか。経済学的に考えると妥当だといえる。米の値段は統制価格ではないので需給バランスで決まる。需要に対して供給が少なければ値段は高くなる。あまりに高いと消費者は買わなくなるので、そこで価格は落ち着く。現状でいえば、値段が高くなっても販売量は大きく減っていないので、妥当な値段に落ち着いているということだ。
ではなぜ今までもっと安かったのか。それは競争が起こらず、市場における価格調整機能が働いていなかったからだ。
米の流通は農協が独占している訳ではない。農家が直接消費者に販売してもいいし、小売店や卸売業者が農家から直接買ってもいい。今まで米の販売で儲かると思わないから、農協流通以外で参入する業者が少なかっただけだ。
米不足になって、流通業者は品薄の米を求めて直接農家に買いに行った。農家も家まで買いに来て、さらに高い値段で買い取るというのであれば、農協に出荷せず業者に売る。農協は高い値段を提示しないと米が集まらないので値段を上げる。こうして競争が起こり正常な価格形成機能が働いたのだ。
輸出向けはどうなのか。輸出向けの米を作ると補助金が出る。これは栽培面積あたりで計算され、作付け時には補助金の申請を決めている。補助金の申請をした水田でできた米は、輸出しないといけない。作付け時には販売価格も決めていて、補助金まで含めて農家の収入が国内向けと同程度になる水準で契約する。契約した以上は、いくら収穫時に国内向けの米価が高騰しても、補助金が絡んでいるので作付け時の契約価格で農家は輸出業者に売らざるを得ない。だから海外のほうが国内より安く販売されているのだ。
輸入すれば国内でも安い米が手に入るのか。日本の輸入関税が法外に高いから安くならないのか。そんな単純な話でもない。
日本は米の輸入に関してミニマムアクセス制度を導入している。一定量までは無税で輸入し、それを越えると高い関税になる。日本人の口に合うカリフォルニア米も、一定量まで無税で輸入されていたのだ。
ところがカリフォルニア米は安くない。カリフォルニアは降水量が少なく生産量に限界がある。そこに干ばつやアメリカ国内での米人気が加わり、アメリカ国内価格が高騰していたのだ。だから日本に無税で入ってきても高くて売れないから、2023年まではミニマムアクセス枠の米が売れ残っていた。2024年はカリフォルニア米の値段も下がり日本産米が高騰しているので、枠を消化した上、枠外で高い関税を払って輸入しても売れる状況になっている。今の状況が続くかどうかはわからないので、米の輸入障壁をなくしても、将来安い輸入米が流通するという保証はないのだ。
こういう話は、もっと世間で普通に話されて欲しいと私は思っている。