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日本人のノーベル賞の受賞を喜びながら、イノベーションについて福井で考えてみた
10月第1週は「ノーベル賞週間」でした。2025年のノーベル賞は、坂口志文大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授・京都大学名誉教授が、「制御系T細胞の発見」などの業績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。翌日には、北川進京都大学副学長が、「MOF(金属有機構造体)の開発」などの業績でノーベル化学賞を受賞しました。自然科学系のノーベル賞を日本人が4年ぶりに受賞したことで、日本中が大きな喜びに湧きました。今年の坂口先生と北川先生の2人のノーベル賞受賞で、自然科学系の日本人受賞者(国籍保有者)の累計は27人となり、米国(285人)、英国(89人)、ドイツ(73人)、フランス(39人)に次いで5位になりました(6位はスイスとスウェーデンの各18人)。
福井県でノーベル賞といえば、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生を忘れてはいけません。南部先生は、福井市立進放小学校(現・福井市立松本小学校)から旧制・ 福井中学校(現・福井県立藤島高等学校)を4年修了した福井県ゆかりのノーベル賞受賞者です。南部先生のノーベル賞受賞を契機に「南部陽一郎記念ふくいサイエンス賞」が設立され、福井県内の小学生・中学生・高校生を顕彰するなど、南部先生のノーベル賞受賞は、今も福井県の学術振興につながっています。
ところで、世界の学術界で、ノーベル賞が最も権威のある賞であることを疑う人はいません。その受賞を国民がこぞって喜びます。では、ノーベル賞の受賞者数を国別ランキングにして国民が喜ぶのは、オリンピックで金メダル獲得を応援するのと同じような、日本の学術研究の成果に対する国民の高揚感からでしょうか?
自然科学系のノーベル賞の対象は、基礎研究分野です。基礎研究は、その後は応用研究、そして開発研究へと発展し、最終的には新薬や新製品などの商品として市場に投入されます。画期的な新商品は、社会を変革する、いわゆるイノベーションを発現させる可能性を有しています。このように、イノベーションを起こすには、そのタネとなる基礎科学の成果が必要です。もっとも、基礎研究がイノベーションとして実を結ぶには長い年月がかかります。数年では役立たないかもしれませんが、真理の探究を目指した基礎研究の着実な蓄積が、数十年後にイノベーションを引き起こすには不可欠です。日本人がノーベル賞の受賞をオリンピックでの金メダル獲得のように喜ぶのは、学術成果への高揚感に加えて、将来の日本経済をけん引するイノベーションのタネを発見した研究者への称賛があるといえます。しかし、イノベーションを発現させるには、基礎研究の成果だけではなく、基礎研究の成果をイノベーションにつなげる仕組みも重要です。
そこで、福井県内の研究者が英語で発表した自然科学論文数(2020年)の全国シェアをみると0.33%です。一方、福井県の特許出願数(2024年)の全国シェアは0.15%に過ぎません。論文シェアの半分以下しか特許出願のシェアはありません。特許発明者数(2024年)の全国シェアは0.2%と、出願数のシェアよりも若干高い数字です。このような全国シェアを比較すると、福井県では、数少ない基礎研究(科学論文)の成果が、特許という新商品のタネ、そしてイノベーションにつなげる仕組みが弱いのでは、という仮説も考えられます。大学研究者を中心とした論文という基礎研究の成果が、企業を中心とした開発研究による特許出願へとつなげる地域イノベーションシステムの強化が求められているのかもしれません。
先日の10月23日(木)と24日(金)は、福井産業会館で「北陸技術交流テクノフェア」が開催され、209の企業や団体がブース出展し、技術マッチングや商談で2万人近くの多くの技術者や研究者が参加し、交流を深めました。福井県には、シェアトップの企業が多数存在し、製造業(ものづくり企業)の厚い集積が特徴です。会場通路を歩くのも困難なほど多数の技術者が集まった北陸テクノフェアの熱気に触れて、福井県における地域イノベーションシステムを社会科学として政策研究する重要性を改めて感じました。
■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.25 経済回復に必要なのは投資と消費のインタラクション
第14次五カ年計画期の経済
「内需拡大」がテーマ
今年第3四半期の中国の経済成長率は4.8%で、減速傾向にある。第1~第3四半期(1~9月)の国内総生産(GDP)は5.2%だった。
新華社の報道によると、「雇用・経済の安定化政策措置が相次いで効果を発揮し、主要なマクロ指標は全体的に安定し、経済は安定の中で進展を維持し、質の高い発展が積極的な成果を上げた」のがこの数字になった要因だという。
これまで中国経済を支えてきたともいえる不動産投資は、2025年1~9月の不動産開発投資は前年同期比13.9%減で、うち住宅投資は12.9%減だった。また、固定資産投資は前年同期比0.5%減だった。このことは、中国経済が投資主導型から消費主導型への転換が進んでいることを示している。
中国政府は消費を活性化させるため、「下取り・買い替え」政策などの景気刺激策を打ち出し、一定の効果が見られたが、一般市民レベルでは「景気が悪い」という認識だ。
中国経済はすでに高度成長の時期を過ぎ、中速成長の時期に入っており、「量」より「質」を求める段階に入っている。「質の高い発展」は第14期五カ年計画期から経済政策の基調となっている。それは23日に閉幕した中国共産党第20期中央委員会第四回全体会議(以下、第20期四中全会と略)でも受け継がれる。
第14期五カ年計画期間中の中央経済工作会議の報道文を見ると、最初の二年はコロナ禍の影響もあるが、回復期に入った残りの年も厳しい状況という認識だった。2021年から24年の中央経済工作会議が示した中国経済の問題は以下の通りである。
「わが国の経済発展は需要の収縮、供給の衝撃、期待の弱体化の三重の圧力に直面している。世紀の感染症流行の衝撃のもとで、百年に一度の変局が加速的に進み、外部環境はより複雑で厳しく、不確定になっている」。(2021年度)
「現在、わが国の経済回復の基礎はまだしっかりしておらず、需要の収縮、供給の衝撃、期待の弱体化の三重の圧力は依然として比較的大きく、外部環境は動揺しており、わが国経済にもたらす影響が深まっている」。(2022年度)
「経済の回復を一層推し進めるには、いくつかの困難と試練を克服する必要がある。具体的には主に、有効需要の不足、一部産業の生産能力過剰、社会期待の弱さ、リスクの潜在的リスクが依然として比較的多く、国内の大循環に目詰まりが存在し、外部環境の複雑性、厳しさ、不確実性が高まっていることである」。(2023年度)
「現在、外部環境の変化がもたらす不利な影響が大きくなり、わが国の経済運営は依然として多くの困難と試練に直面している。主に、国内需要の不足、一部企業の生産経営難、大衆の就業・収入増加がプレッシャーに直面しており、リスク・隠れたリスクが依然として比較的多い」。(2024年度)
以上の記述を見ると、中国経済の問題は需要の不足、社会の期待の弱さ、つまり、人々が中国経済の今後について楽観的見通しを持っていないことである。どの年の報道文も、需要ついて言及している。需要の収縮(不足)はデフレを招くことから、内需拡大は大きな課題となっている。
また、経済活動の主体である企業については、2023年の報道文では、「一部産業の生産能力過剰」と述べていたが、昨年は「一部企業の生産経営難」と述べている。生産能力過剰はEV産業などの過当競争を念頭においているものと思われる。その解消には構造改革が必要だが、「受け皿」となる産業が必要だ。そのためには、経済活動が好調である必要がある。
昨年の会議の報道文を見ると、内需の拡大の重要な要素である国民の雇用、所得も厳しい状況にあることを述べている。今年3月、中国政府は消費拡大行動プランを打ち出し、消費活性化のために、国民の所得を引き上げることも述べた。
さらに、昨年の経済工作会議では、「ストック政策」「フロー政策」の概念も見られ、状況に合わせて追加的な景気刺激措置をとる余地を残した。
以上のように、第14期五カ年計画中、中国政府はコロナ後の不況の克服のために、財政・金融手段を動員して、景気回復を図った。これまで、中国政府は財政赤字の拡大に慎重だったが、4%ほどに拡大した。金融についていえば、「実体経済に奉仕する」という原則に基づいて、科学技術金融、グリーン金融、インクルーシブ金融、高齢者ケア金融、デジタル金融に投資しており、バーチャルな分野にカネが流れないようにしている。
また、中国政府は技術革新を推し進め、「新質生産力」を打ち出したが、それは中国社会主義を「発達した社会主義」に進ませるという「政治的」な目的もあるが、サプライサイドを強化し、新たな需要を喚起しようという目的もある。
こうした中で、中国政府は新たな中長期的な経済運営の計画を立案したのである。
投資と消費の相互作用で
国内市場を活性化
日本でも報道されているように、20日から23日まで開かれた第20期四中全会は今後の5年間の経済運営の基調を決める重要な会議だ。25日付『人民日報』社説は、「第15次五カ年計画期は社会主義現代化を基本的に実現する過程において、前を受け継いで後を切り開く重要な地位を持っている」述べている。この全体会議は第14次五カ年計画をもとに、新たな中長期的計画を立てることを目指した。
本稿執筆時点では、会議の決定は発表されていないため、詳しい内容はわからないが、最終日に公表された「公報(コミュニケ)」で示された経済関係の目標は以下の通りである。
1、現代化産業体系を築き、実体経済の土台を固め、強大にする。
2、ハイレベルな科学技術の自立自強を加速し、新質生産力の発展をリードする。
3、強大な国内市場を建設し、新発展の枠組み構築を加速する。
4、ハイレベルな社会主義市場経済体制の構築を加速し、質の高い発展の原動力を増強する。
5、ハイレベルな対外開放を拡大し、協力ウィンウィンの新局面を切り開く。
6、農業・農村の現代化を加速させ、郷村全面振興を着実に推進する。
7、地域経済配置を最適化し、地域のつり合いの取れた発展を促進する。
この7つの目標を見ると、現代的産業体系の構築が始めに述べられており、中国政府の経済関連の取り組みの中で、重要な位置付けにあることを示している。中国国際放送局の国際問題評論「国際鋭評」の24日付けの記事は、この取り組みが「第15次五カ年計画」の最重要戦略的任務である」とし、「中国の伝統産業の最適化・高度化は今後5年間で約10兆元の市場空間を新たに拡大し、今後10年間における新興産業と未来産業の規模の新たな拡大は中国のハイテク産業を再構築することに等しい」と述べ、サプライサイドの高度化を目指している。それには、「新質生産力の発展」が必要となっており、両輪の関係にある。
中国経済の回復に重要なのは、内需の拡大だ。コミュニケの「強大な国内市場の建設」の部分では、「民生(暮らし)改善と消費促進、モノへの投資とヒトへの投資の緊密な結合を堅持し、新需要で新供給をリードし、新供給で新需要を創造し、消費と投資、供給と需要の好ましい相互作用(インタラクション)を促進」すると述べている。ここでは、投資と消費などの相互作用について述べているが、これは投資の質について述べている。これまでは、景気浮揚のために、大規模な財政出動を行ってインフラなどに投資したが、経済回復と引き換えに過剰生産能力を抱えるようにった。首席エコノミストフォーラム研究院院長で中欧国際工商大学教授の盛松成氏は同フォーラムのWeChat アカウントの記事で、今年の第3四半期の中国の生産能力利用率は74.6%で、比較的低い水準にあると指摘し、投資と消費の関係を正しく処理する必要性を説いている。
記事は、投資と消費の「排斥しあう関係」ではないとし、例えば、モノへの投資とヒトへの投資を緊密に結びつけることで、ハイレベルな技術人材など多様な人材を育成し、これらの人材が新しいモノを生み出し、新たな需要が生まれ、需要と供給の良好なインララクションが実現できると述べている。ヒトへの投資については、「AI+」が進む中で、競争から取り残された人々への新たなスキル習得なども重視すべき点であり、関連の教育産業を質量ともに充実させる必要がある。
さらに、「民生改善と消費促進」については、昨年の中央経済工作会議でも取り上げられていた「シルバー消費」、「育児に優しい社会」づくりのための消費を促進するための投資を行い、より良い製品やサービスを提供することで、新たな需要を喚起することができる。
以上のように、今回の四中全会のコミュニケを見ると、国内市場分野では、投資と消費をうまく組み合わせ、生産能力のレベルを高めるとともに、国内消費を活性化させようという中国政府の意図が見える。そのためには、消費マインドの好転につながる減税や給付などの政策もセットで行う必要がある。一方で、地方政府の債務問題など財政サイドの取り組みも重要になってくるだろう。
■中島精也先生による時事経済情報No.122
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地域再生とともに進化する計画文化 ― 福井の挑戦
福井県でも、人口減少と高齢化に伴い、空き家・空きビル・未利用地の増加が地域の持続性を揺るがす課題となっている。かつての都市計画は拡大を前提としていたが、その時代は終焉を迎え、今求められているのは、既存資産の価値を見直し、再生を通じて地域の未来を描く計画文化への転換である。
2022年の建築基準法改正はこの流れを象徴するものであり、郊外での無制限な新築住宅は難しくなり、制度は既存建物の改修へとシフトしつつある。戦後の旺盛な建築活動は、少子高齢化と人口減少により縮小し、住宅着工数は年間約80万戸に落ち込み、空き家は900万戸を超え過去最多となった。資材高騰や労働力不足も重なり、新築依存の都市成長モデルは限界に達している。さらに、建設業は世界の温室効果ガス排出の約3分の1を占めるとされ、新築抑制とストック活用は気候変動対策としても重要である。政府は2030年度までに温室効果ガスを2013年度比46%削減、2050年にはカーボンニュートラルを目指しており、福井市も「脱炭素化行動計画(2025–2030)」を策定。福井県では、断熱改修や高効率設備導入への補助制度を通じて、既存住宅の性能向上と脱炭素化の両立を図る取り組みが進められている。これらの制度は新築にも一定の支援を含むが、空き家や既存ストックの再生を重視する政策的方向性が強まっている点が特徴的である。こうした再生重視の都市戦略は欧米でも広く共有されており、地域特性に応じた具体的な再生策が展開されている。
スペインのパンプローナ市の団地改修プロジェクト「Efidistrict」は、エネルギー効率、社会的包摂、参加型計画の観点から、統合的な都市再生のモデルとして世界的に注目されている。断熱性能の向上により、家庭のエネルギー消費は約70%、CO₂排出量は約80%の削減が見込まれている。フランスのポー市では郊外開発ではなく既存地区の再生を進め、歩行者空間や公共広場の整備によって生活の質を向上。ルクセンブルクのエシュ=シュル=アルゼット市では旧製鉄所群を大学や文化拠点に転換し、地域再生につなげた。いずれも官民連携や新たな資金制度が後押ししている。こうした取り組みは、横断的な専門知の統合と制度的支援の柔軟性によって可能となっており、都市再生の実効性と持続性を高めている。
このような国際的な先進事例は、福井における地域づくりにも示唆を与えている。福井では現在、国内外のグリーンボンドや企業連携などを活用した制度設計を通じて、持続可能な地域開発に向けた実践知の蓄積が進みつつある。これらの取り組みは、単なる模倣にとどまらず、地域の実情に即した計画文化の進化を促す重要な契機となるべきである。今こそ、社会全体を「拡大」や「新築依存」から「再生」へと導く、現代的で不可欠な計画文化の創出が求められている。既存の建物やインフラを最大限に活用し、空間の再編・再生を制度的に支援することで、福井は自らの手で、持続可能で強靭な地域モデルの構築に向けた歩みを着実に加速させることができる。
【参考資料】
・国土交通省「建築基準法の一部改正概要」(2022年)
・日本政府「地球温暖化対策計画」(2021年)
・福井市「脱炭素実行計画(2025–2030)」
・欧州委員会「EU Climate Action and Energy Efficiency Programs」■中島精也先生による時事経済情報No.121
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在宅ケアと地域支援 -家族介護者と支援者を支える「福井県家族介護者等支援推進事業」-
少子高齢化が進むわが国の総人口は2011年以降14年連続で減少し、2070年には9、000万人を割り込むことが予測されている。福井県の総人口も12年連続で減少し、2025年1月1日現在の人口は、前年から5700人減の74万6690人と初めて75万人を割り込んだ。その一方で、核家族世帯や単身世帯の増加により世帯数が増加している。
人口減少の影響は、地域社会では労働力不足や地域の活力低下、社会保障制度の負担増加などの社会経済問題を引き起こし、家庭内では家事や育児、親の介護や障害児・者の養育など、一人で多くの役割を担わなければならなくなる可能性がある。全国一勤労女性の比率が高い福井県では、仕事と家庭役割の負担増加で疲弊する女性や、核家族化の影響で高齢の親を介護する単身の成人長男・長女の増加が予測される。
2019年、福井県内で3件の介護殺人が発生した。内訳は、70代の女性が夫の自営業を継続しながら家庭で義両親と夫の介護を担い、その末に要介護者3名を手にかけた事件、認知症の親と同居・介護する長男による事件、義母と夫の2名を自宅で介護する70代女性による義母の介護殺人と夫の殺人未遂事件である。これらの事件は、いずれも重い介護負担が原因であった。
事件の再発防止にあたり、福井県長寿福祉課と筆者含む3名の専門職が中心となり、県内の在宅ケアに関わる専門職らと推進するのが『福井県家族介護者等支援推進事業』である。本事業では、家族介護者支援(介護者の状況把握、有識者会議、在宅介護レスパイト支援)、住民支援(普及啓発、住民研修の開催)、支援者支援(支援者研修の開催、アドバイザー派遣・紹介事業)の3支援が推進されている。そのうちアドバイザー派遣は、要支援者や家族への支援方法やかかわり等に困る当該市町の担当職員と地域の在宅ケアチームが県にアドバイザー派遣を要請し、派遣された3名のアドバイザーから相談支援を受ける事業である。また、カスタマーハラスメントの対応等、家族介護者への支援にはあたらない支援チームの困りごとは、アドバイザー紹介事業を活用し相談支援を受けることができる。在宅ケアを支援する多機関・多職種チームに対する相談支援システムは、全国でも例がない先駆的な事業である。
事業開始から現在もアドバイザーとして相談を受ける筆者は「在宅ケアに関連する負担感や困難感を声にする」「第三者に相談する」ことの重要性を痛感すると同時に、在宅ケアを受ける権利を強く主張する要支援者や家族の増加を感じている。支援する者もされる者も同じ地域に住まい、そこで穏やかな生活の継続を望む住民である。また、自らも家庭で家族を介護・養育し、同時に地域の在宅ケアを支える支援者も、立場を変えれば要支援者である。相談を受けながら、同じ地域に住まう住民同士がお互いを尊重し、気遣い、助け・助けられる関係を大事にしようと思う気持ちが大事ではないかと感じている。
相手を気遣い支え合う地域の在宅ケアは、住民一人ひとりがつくりだすものであり、それが住民個々の仕事や家庭での負担を軽減する地域支援となる。支援する者・される者の垣根を取り払い、地域の労働力不足や活力低下を乗り越えよう。
【参考資料】
令和6年度福井県長期ビジョン推進懇話会 第2回懇話会「参考資料2:・福井県の現状データ集」(2024年8月22日)
https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/seiki/vision2024_sakutei_d/fil/2-5.pdf
福井県健康福祉部長寿福祉課 地域ケアグループ「介護者支援有識者会議資料」(2025年2月10日)
■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.24 消費ローンの利子補給政策で出した中国政府のシグナル
利子補給政策を打ち出した政府の意図とは?
中国の財政部は13日、商務部、中国人民銀行、金融監督管理総局など複数の部門と共同で「個人消費貸付財政利子補給政策実施プラン」と「サービス業経営主体貸付利子補給政策実施プラン」を発表した。これは中国政府が掲げている消費刺激策の一部分で、中国の経済メディアの報道も少なくなかった。
14日付の「人民日報」によると、今回の個人消費ローンの利子補給政策の対象は住民の個人消費ローンのうち実際消費に充てる部分で、単発5万元以下の日常消費、5単発万元以上の家庭用自動車、養老(高齢者ケア)・出産、教育・研修、文化観光、家庭用品、電子製品、健康医療などの重点分野の消費を含んでいる。利子補給比率は現在の商業銀行の個人消費ローン金利水準の約3分の1である1ポイントで、政策実施期間は1年とされている。つまり、今年9月から、ローンを利用する消費者は返済利息が1ポイント少なくなるということだ。
消費者は、2025年9月1日から2026年8月31日までの間に、政府が指定する23の銀行で消費ローン(クレジットカードを除く)を申し込むと、1%の利息補給金を受けることができる。
少額消費(1件当たり5万元未満)の場合、1%を基準とする補給金を受けることができる。自動車の購入、住宅のリフォーム、旅行など高額消費であれば、5万元を上限として補給金を受け取ることができる。
飲食、宿泊、医療、養老、文化観光、スポーツなどのサービス業界の企業に対しては、2025年3月16日から今年末までに21の指定銀行から融資を受け、サービスの質向上に充てれば、1%の利息補給金を受けることができる。単発の貸出上限は100万元で、補給金は最長1年である。
中国の経済メディアは、この政策は利下げではなく、国が消費者やサービス業企業の返済を手助けすることが目的だという。
ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)は研究レポートを発表し、中国のこの一時的な利子補給政策に800億元の財政資金が使われる可能性があると推計した。そのうち、家計消費者への融資分が700億元、企業融資補助金が100億元に達すると見ている。同社は、これは漸進的な緩和にすぎず、大規模な刺激ではないとみている。
今回の利子補給政策を主に個人消費者とサービス業企業を対象としたのは、中国の経済発展で重要な役割を果しうる個人消費、中国の国内総生産(GDP)の54.6%を占めるサービス業を活性化する狙いがある。
個人消費についていえば、中国の社会消費財小売売上高は、5月が前年同期比6.4%増、6月が4.8%増、7月が3.7%増とやや落ちてきている。8月から10月は、夏休みや国慶節の連休などでやや増加すると思われるが、増加に弾みをつけたいという狙いもあるだろう。
利子補給政策は一時的刺激政策か?
コロナ禍以降、中国政府は消費活性化させるため、2本の「矢」を放ってきた。1本目は、中小企業などの減税を行って、正常な経済活動を保てるようにした。2本目は「下取り、買い替え」補助政策を打ち出して、家計の潜在的消費を引き出そうとした。
今回の利子補給政策は3本目の「矢」と言え、需要サイドとサービスなどの供給サイドを活性化しようとしている。
全人代で発表される「政府活動報告」などでも述べられているが、中国政府はターゲットを絞った対策を行う。今回の利子補給政策も潜在的消費を引き出すため、飲食や宿泊などの消費をピンポイントで活性化し、景気浮揚の呼び水としようとした。
今回の振興策は本当に消費を刺激できるだろうか。基本的理論では、利子率が下がれば、資金調達コスト下がることから、消費を促進できる。だが、実際の効果はそれほどはっきりしたものでないかもしれない。
過去数年、コロナ禍と、内需で大きな比重を占めていた不動産市場の低迷により、中国人は貯蓄を重視し、借り入れを伴う消費には慎重になっている。個人と企業の中国経済に対する見通しが良くならない限り、金利が安くなったからといって、人々は多くのお金を借りられるようになるとは限らない。
また、今回の利子補給政策は、需要サイドを刺激するものだが、対象は銀行から資金を借り入れて消費する消費者を対象としており、効果は限定的になるだろう。一定の所得が保障されていなければ、借り入れをしてまで消費しようとはなかなか思わない。
もちろん、補給金政策は、「下取り、買い替え」補助政策同様、「大きな買い物」をためらっていた一部消費者の購買意欲を引き出すことができるが、これは新しい需要を創出するよりも、需要の「先食い」の要素が強い。
利子補給政策が発するシグナル
今回の補給金は経済の減速を緩和するためのものであり、消費が回復するには一定のタイムラグがあり、すぐに効果は出ないだろう。だが、この政策は以下の4つのシグナルを発している。
第一に、構造改革を加速するということだ。これまで、中国の景気刺激策は、インフラや製造業への投資を大いに行うものであった。だが、それは一定の効果が出るが、過剰生産能力の増加という「副作用」も出ることから、持続可能であるとは言い難い。中国政府は経済構造の転換を政策文書で強調してきた。ここ数年の経済減速は「投資主導型」経済の負の側面が出ている。
今回は一般国民を直接支援する消費者ローンとサービス企業向けのローンであり、政策の重心が消費サイドに傾き始めたことを示している。
第二に、国民生活重視を堅持するということだ。中国政府の政策理念には、「民生の改善」というものがある。これは「人民の利益を念頭におく」中国共産党の理念とも合致する。これまでは、供給サイドを主に活性化する策を講じていたが、今回の措置は人々の生活に影響する消費への支援策だ。どれだけの人が利用するかは未知数だが、こうした措置を打ち出したことは、中国政府が国民の生活を重視するという姿勢を示すものだ。
第三に、「人民のための金融」という理念を体現できることだ。2015年の第18期五中全会以降、「金融は実体経済に奉仕する」という言葉がよく出てきて、バーチャルな分野に資金が流れることを中国政府は警戒した。この2年は、「人民のための金融」という理念も出てきている。今回の措置はその理念を体現したものだ。
第四に、一時的措置ではないことだ。財政部は、補給金の期限が切れたら効果を見て、もし効果が好ましくなければ、期間の延長、業種、参加する銀行の拡大を排除しない」と述べている。今回は、中国の人々が経済の上向きを実感し、消費を拡大することを主な目的としていたが、状況を見て、長期的な刺激策に移行する可能性もあることを財政部のコメントは示唆している。
以上、今回の補給金政策は消費振興策の1つであり、それが一定の成果を収めても、全体的な景気回復には繋がりにくく、あくまでも「呼び水」と位置付けるべきものだ。重要なのは、市場を生み出して生産を活発化し、それに伴って雇用が増え、消費が増えることだ。
そこでカギとなるのは、やはり一般国民が今後の中国経済の見通しに対する自信を持ち、一定程度の所得を得られるようにすることだ。
ただ、政府が経済減速に対し、何らかの手を打ち続けていることを国民に示したことは消費者マインドの回復には重要だと筆者は考える。
■中島精也先生による時事経済情報No.120
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統計で見えてくる福井県のこれから ―2025年国勢調査に寄せて―
福井に住んで一年が過ぎようとしている。四季の彩り、地元の人々の穏やかな気質、そして生活のしやすさを日々実感する中で、私の関心は、ますます統計から見た福井のすがたに向いている。令和2年(2020年)の国勢調査結果では、福井県の地域性や生活特性が随所に表れていた。そして、令和7年(2025年)10月に予定されている次回の国勢調査が、どのような変化を私たちに示してくれるのか、静かに期待を抱いている。
このような国勢調査結果などの統計結果を簡単にわかりやすく可視化してくれるツールとして、内閣府・経済産業省が提供するRESAS(地域経済分析システム)がある。RESASの人口マップ機能では、人口構成や年齢別構造、昼夜間人口、自然増減・社会増減などが地図やグラフで視覚的に示され、統計結果の意味を直感的に理解できる。2025年の国勢調査結果も、RESASにて地域を読み解くことができるだろう。
RESASの人口マップ機能における人口構成分析では、1960年から2050年(推計値)までの人口推移を地図とグラフで確認できる。福井市を例にとれば、令和2年(2020年)までの国勢調査結果を基に、総人口は1995年を境に減少傾向にあり、生産年齢人口が縮小する一方で老年人口が増加している。これが現在、どこまで進行しているのか、2025年の国勢調査がその実態を明らかにしてくれる。
また、人口ピラミッドで表示される性別・年齢別構成の変化も重要である。2020年の福井市では、30代~60代の働き盛り世代の人口が厚く、比較的バランスの取れた構造である。しかし、2050年になると、65歳以上の高齢層が占める割合がさらに増加し、特に80歳以上の人口が顕著に増えることが推計されている。一方で、0~14歳の年少人口や20~40代の若年・生産年齢人口は大幅に減少し、さらに少子高齢化が進行した構造になることが予測されている。2025年国勢調査結果は、この推計値を変化させるため、今後の福井県のすがたを見極める重要な材料となるだろう。
さらに、自然増減分析では、出生率と死亡率の差が視覚的に明らかになる。福井県における合計特殊出生率と人口推移(実績値および将来推計)グラフを表示してみると、福井県では、出生率は、1985年以降低下を続け、2005年ごろに底を打ったことが見てとれる。2005年以降は一時的に出生率が回復傾向を示し、2010年から2015年ごろにかけて1.6前後まで回復していたが、2020年以降、また低下している。
国勢調査は、ただの人口調査ではない。それは、地域の今を記録し、未来を見通す羅針盤である。そして、その羅針盤を使いこなすために、RESASのような可視化ツールが私達にも簡単に活用できるようになった。数字と地図を重ね合わせることで、福井県のこれからの選択肢が、より具体的な形で私たちの前に現れるであろう。2025年、福井は何を得て、何を失い、何に挑もうとしているのか。その全体像をつかむために、2025年国勢調査結果をRESASにより、把握できることを期待している。
■中島精也先生による時事経済情報No.119
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