福井県立大学地域経済研究所

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  • ■中島精也先生による時事経済情報No.126

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  • ■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.27 中国政府が「中国の老舗」を重視するワケ

    春節(今年は2月17日)で、故郷に帰省する中国人が買うお土産といえば、真空パックの北京ダックや中国の老舗の一つ「北京稲香村」(1895年設立)の中国菓子が「定番」だ。春節で帰省するとき、同店の菓子をお土産に持って帰るという中国人は少なくない。「北京稲香村」のお菓子類は包装もきれいで、味もいいので、筆者も地方出張へ行くときはよく持っていく。

    今の中国は、改革開放の初期とは違い、ニーズが高度化している。贈り物の購入は、ブランドを重視する。なぜなら、有名ブランドは、味はもちろんのこと、質も保証されているので、安心して贈れるからだ。逆に、新興ブランドの商品は、安くても贈り物にはあまりしない。

    中秋節には月餅が売られており、春節の最終日である「元宵節」は「湯圓(タンユエン)」と呼ばれる日本でいう白玉団子も売られている。普通のスーパーで売られているものより割高だが、消費者の支持を得ている。

    「老舗の伝統を守れ」

    中国の最高指導者が老舗訪問

    春節を目前に控えた2月9日から10日に、習近平総書記は北京の科学技術イノベーションパークや養老(高齢者ケア)サービス街区、春節を前にした町を視察した。10日付の「人民日報」は「習総書記は菓子店の稲香村に入り、菓子の種類と特色を理解し、菓子の現場で作られているのを見て、この北京の老舗を伝承し、発展させてほしいと店主に言った」と伝えた。

    「人民日報」は訪問の事実のみを伝えていたが、11日付の「新京報」はやや詳しい記事が掲載された。記事は訪問先の「稲香村」の店長に取材し、習総書記が北京稲香村の店舗数、ブランドの歴史、本店の位置などについて質問した。「総書記が北京稲香村に対する関心を持っていることを感じ取ることができた」と話したことを伝えるとともに、「総書記は店舗で蜜三刀(ごまたっぷりの生地を揚げ、蜜に浸したお菓子)、奶油麻花(クリーム風味のねじり揚げ菓子)、開花棗(開いた棗の花をイメージした揚げ菓子)という3種類の菓子を購入した」と報じた。

    この春節の連休、同店は、習総書記が買ったお菓子を買い求める客が少なくなかったそうだ。

    中国では最高指導者の言葉は「方針性」を持っており、講話はもちろんのこと、発言の中で言及された事柄は、今後中国が重視する分野と解釈できる。今回の視察で、習総書記が立ち寄ったところから考えると、今後、イノベーション問題、高齢者ケア問題、文化関連消費の振興をより重視するとみられる。「老子号」についていうと、習総書記が講話をして提起したわけではないが、公式メディアに報道されたことで、国が一定程度重視していることがわかる。

    中国の老舗が政策文書に出てきた理由

    「老子号」については、全人代の文書でも登場している。2017年の「計画報告(国民経済・社会発展の執行状況と計画草案に関する報告)」で初めて「中華老子号(中国の老舗)」という名前が出てきた。「報告」では、「中華老字号」の保護と伝承をはかる」と述べている。直近2年の「計画報告」でも「老字号」の名前が出てきている。計画報告では、消費拡大や消費環境について述べる項目で述べられており、消費の活性化策の一つとして「老子号」を重視するという中国政府の姿勢がうかがえる。

    また、「老子号」の継承・発展が消費関連の措置として論じられるのは、中国人の消費が文化的要素を考慮するようになったことを示している。経済が一定程度に発展すると、人々の生活が「芸術化」し、「見栄えの良い」ものを求めるようになる。筆者が中国での生活を始めた時は、どちらかといえば、外国のものが見栄えのいいものとされていたようだが、今はやや事情が違っている。

    ここ数年、「国潮」消費という言葉が出てきて、漢服を着る女性をよく見るようになり、観光地で売られるアイスクリームも、中国特有のデザインになっている。それは、中国のモノだけを大事にし、外国製品を排斥するというものではなく、中国製品の質が向上していることも意味する。2022年に開かれた北京冬季オリンピックのマスコットキャラクター「ビンドゥンドゥン(冰墩墩)」を見ればわかるように、中国の若者にも受け入れられるようになっている。

    昨年3月に発表された「消費喚起特別行動プラン」では、中国の文化的消費について、次のように述べている。

    1、観光地・景勝地および文博(文物・博物館)機関がサービスプロジェクトを拡大する。

    2、中華の優れた伝統文化を製品設計に融け込ませ、オリジナル知的財産権(IP)ブランドの開発を支援し、アニメ、ゲーム、eスポーツおよびその周辺派生商品などの消費を促進する。

    3、「国貨潮品(国産ブランドのトレンド商品)」の国内外での増量市場(新規市場)を開拓する。

    4、「中国での購入」シリーズ活動を展開し、中国の有名消費財陣を構築する。

    ここでは直接、「老子号」について述べられていないが、3と4の措置では役割を発揮することができるのではないかと筆者は考える。今回の習総書記の視察で話に出た「北京稲香村」はいずれも長い歴史を持っており、これらの店の製品は「中国特有」の製品と言ってよい。

    中国の蒸留酒である「白酒(バイジュウ)」は、茅台などの有名ブランドの商品は海外にも輸出されている。比較的有名な「白酒」を飲んだことのある読者はわかると思うが、一度飲むと、また飲みたくなる。そのため、「白酒」はリピーターの獲得が見込まれる商品だ。このことは、「海外進出」を促した一要因でないかと考える。

    昨年開かれた中国共産党第20期中央委員会第四回全体会議(第20期四中全会)で発表された「決定」には、「文化事業の繁栄」、「優れた文化企業・文化ブランドの育成」「文化と観光の高度な融合」「文化で経済・社会の発展を後押し」といった措置が盛り込まれており、特に、最後に挙げた措置は、文化製品または「コーヒー+伝統的観光地」というような「外来文化+伝統文化」、「伝統的製品+文化観光」といった消費の拡大にプラスになる。

    そのなかで、「老子号」の製品も中国特有の文化を示すためのもので、ここで示されたような「文化+経済」発展の措置に合うものである。

    現在、中国政府は「新質生産力」の概念を掲げ、新技術を用いた商品の開発を重視しているが、生活者に向けた商品のレベルでいうと、「見栄えのいいもの」はもちろんのこと、「人々を懐かしい気持ちにさせる」商品も一定のニーズがあるだろう。ゆえに、中国の文化消費の拡大の面で、「老子号」は一定屋の役割を果たすことができるのではないかと考えられる。

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  • 福井県立大学地域政策学部について

     今春、福井県立大学に新しい学部が誕生する。地域政策学部である。我々、地域経済研究所の研究や資源を基にして作られる。来年以降では福井駅前にキャンパスを創り、駅前の活性化にも寄与することとなるが、本年に関しては永平寺のキャンパスにおいて基礎を学ぶ予定となっている。

     学部自体の正式な誕生は、4月ではあるがすでに報道されている通り、推薦入学他によって多くの学生の入学がすでに決定している。またこの受験シーズンにもこの学部を目指して受験の最後の頑張りをされている方々、それを見守るご家族の方々も多いと思う。我々教員もその入学予定の方々の期待に添うべく、講義その他のカリキュラムの詳細設計を行っているところである。何せ新しい学部であるところから、新しい学部ならではの多くの工夫を盛り込まねばならない。一方、他の学部との調整その他も必要である。

     その新しい工夫の目玉となる内容の一つが、様々な学年で盛り込まれ、また必須の科目であるフィールドワーク関連の講義である。座学、すなわち書物や講義で学んだ理論等を決してないがしろにすることなく、それでもそれら理論を実践に活かすために、フィールドを自らの目で見て、聞き、歩き、走り、感じて、そして、考える必要がある。

     これらは大学や教員だけでできることではなく、地域の皆様のご理解、ご協力がなければ成立しえない。すでに協力をお願いし、また了承をしてくださっている組織や団体、個人の方々も多い。感謝に堪えないが、まだまだ足りない部分や領域もある。また迷惑をおかけすることもあるかもしれない。また学生や教員の失敗もあるかもしれない。ただ失敗から学ぶことも多いし、失敗するのは背伸びし、現在の限界ギリギリまで追求した結果の失敗ならば、それは高い確率で次の成功につながるはずである。

     最近の「若者」は、失敗を過剰に恐れ、チャレンジしない、などと言われる。確かにその傾向は目につくところではある。しかし、新しい学部においては、フィールドにおいてそれを鍛え、チャレンジする学生を育てていきたい。新しい学部の設置そのものが、本学にとってもチャレンジである。昨年度の恐竜学部設置とともに、大学業界からは福井県立大学はこの少子化時代に何を、といわれることもある。しかし、地域の皆様の応援の声に支えられてここまで来た。

     真の地域活性化には、新しいチャレンジをし、イノベーションをする人材が必要ある。それを担う地域政策学部の誕生を、これからも応援してくださることをお願いする。

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  • ■中島精也先生による時事経済情報No.125 

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  • 主観的ウェルビーイングの3つの側面

     先日、主観的ウェルビーイングに関する本格的な教科書である『ウェルビーイング学 -理論・エビデンス・実践-』(慶応義塾大学出版会)を出版することができました。そこで、”主観的ウェルビーイング”にまつわる小話をコラムにてお届けできればと思います。

     昨今、人の幸福、健康、福祉などを包含するウェルビーイング(Well-being)という概念に関心があつまっています。そのウェルビーイングを大別しますと、①客観的ウェルビーイングと、②主観的ウェルビーイングの二つがあります。

     客観的ウェルビーイングとは、対象の状態のよしあしを外部から観察可能な客観指標で評価する概念であり、社会を対象とする場合にはGDPや平均寿命、平均教育年数などが用いられます。一方、主観的ウェルビーイングとは、対象となる自身の状態について主観的にどのように感じているのかを指し、外部からの観察では分かり得ないものです。たとえば、対象が「個人」として、客観的な指標(例:年収や職業など)で見ると恵まれているように外部観察者が判断しても、実際に本人が自身の状態のよしあしを主観的にどのように感じているのかは、外部からは評価できないものです。

     そして、公共政策や企業経営等において注目されているのは、後者の”主観的ウェルビーイング”となります。

     現在の国際的な共通理解では、主観的ウェルビーイングは三つの側面から捉えられるとされています。第一は「体験」です。ある出来事を通じて、対象がどのような「感情」を抱いたのかを指します。同じ映画を見ても、「怖い」と感じる人もいれば、「楽しい」と感じる人もいます。こうした感情は、本人に聞かなければ分からないものです。正の感情と負の感情の体験の頻度から人の幸せを捉えようとするものです。

     第二は「評価」です。これは、人生や生活全体を振り返り、総合的にどれくらい満足しているかを自分自身で評価するものです。体験としては同じであっても、ある人は高く評価し、別の人は低く評価することがあります。このように、体験と評価は異なる概念として区別されます。

     第三は「意味」です。意味とは、自分の人生の意味や生きがいをどのように感じられているかによって、人の幸せの度合いを捉えようとするものです。つらい経験があっても、「あれがあったから今がある」と感じられるならば、意味は高くなります。

     興味深いのは、この三つの側面がそれぞれ異なる要因に左右されるという点です。体験は「誰と一緒にいるか」に大きく影響され、評価は「自己決定」や「選択肢の多さ」と関係が深いとされます。意味については、まだ国際的な知見の蓄積が十分ではなく、今後の研究課題となっています。

     人の主観的な幸せ実感を測定することは新しいチャレンジであり、かつては懐疑的な見方もありました。しかし、測定技術の進歩と蓄積されたデータによる科学的検証に基づき、現在ではその可能性について広く議論される状況にあります。主観的ウェルビーイングという新しい概念・指標が、人々の生きる豊かさを照らし、よりよい地域社会の創造につながっていくことをこれからも期待したいと思います。

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  • ■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.26 内需拡大につながる「ヒトへの投資」

    構造改革は中国経済の重要な課題の1つだ。これまで、中国は不景気になると、アクセルをふかして財政出動を行った。こうしたやり方は、インフラが整っていなかった時期には経済波及効果が見られたが、一定のレベルに達すると、経済効果をさほど見られなくなる。固定資産投資に依存する景気刺激策は限界にきており、経済構造の転換が待たれている。イノベーションはそれを実現するための一部分である。

    2015年は「インターネット+」で、モノづくりや小売り、行政機関での手続きでインターネットでの応用を目指したが、今は人工知能(AI)の応用に力を入れている。AIロボットが生産現場などで応用されるにつれ、労働者の働き方も、AIを意識した働き方に変わらざる得なくなる。企業はAIを活用し、単純労働、パターン化した労働をAIに置き換えるだろう。影響を受けた労働者をいかにして別の分野で働かせるかは重要な問題である。ゆえに、今年の「政府活動報告」で「ヒトへの投資」という概念が打ち出された。この概念の中身ははっきりと示されていなかったが、一部の中国メディアで専門家による解説が出された。

    これまで重視されていた「モノへの投資」、特に不動産などへの投資は関連産業が多いため、大きな経済効果を生む。それゆえ、不動産は中国経済を支えていると言う声が一定数あったが、ここ数年、中国政府は「ヒトへの投資」の概念も文書で出すようになった。中国共産党第20期中央委員会第四回中全体会議では、「ヒトへの投資とモノへの投資の結合」を打ち出して、セットで取り組むことを目指している。

    12月10〜11日まで開かれた中央経済工作会議では、八つの任務が打ち出されたが、ここで一番初めに提起されたのは、「内需主導を堅持し、強大な国内市場を築く」だ。

    同会議の報道文によると、この「任務」の内容として、消費促進特別行動を深く実施し、都市農村住民増収計画を策定、実施する。良質の商品・サービスの供給を拡大する。「両新(設備更新と消費財買い替え・下取り)」政策の実施を最適化する。消費分野の不合理な規制措置を整理し、サービス消費の潜在力を引き出すなどの措置を挙げている。

    中国人民大学経済学院執行院長の于春海教授は12月4日に中国共産党機関誌「求是」のWeChat版のインタビュー記事で、「内需の構成から見ると、近年、わが国の住民消費が国内総生産(GDP)に占める割合は39%前後で、総資本形成の割合は41%前後であり、投資率は消費率を上回っている」と述べ、「わが国の内需問題の主な問題は、一方では住民の消費需要が不足していることに起因し、他方では消費と投資の良好な相互作用(インタラクション)関係の十全化が待たれる」とも述べており、経済減速の影響で力強さに欠ける個人消費を回復させることが、今後の中国経済発展のカギだと見ている。

    現在の中国の経済政策関連の文書を見ると、毛沢東時代の「十大関係論」のなかで書かれているように、「農業と工業の関係」「沿海地域と内陸地域の関係」を適切に処理するというように、複数の政策をバランス取りながら進めていく傾向にある。

    中央経済工作会議でも、いくつかの措置が「政策支援と改革・革新の両方を堅持しなければならない」とし、「自由にやらせる」と同時に「しっかり管理する」に取り組むとともに、「モノへの投資とヒトへの投資の緊密な結合を堅持する」としている。

    「ヒトへの投資」とは何か。中国共産党機関誌「求是」2025年24号に掲載された「内需拡大戦略の要請を深く把握する」と題する論評記事によると、「より多くの資源を教育、雇用、医療、社会保障などの民生分野に投入し、ヒトの能力向上、健康維持、職業発展と潜在力開発に投入し、消費の潜在力の喚起と人的資本の向上で経済の質の高い発展を推進する」ことをいう。

    「教育、雇用、医療、社会保障」は、中国共産党が堅持する「人民の利益を第一に考える」という理念と、「人民に獲得感」が得られるようにするという目標を達成する上で重視すべき分野である。さらに重要なのは、「潜在能力開発」である。これは、「AI+」によって職を失った労働者への技能教育も含まれるものと思われる。

    さらに言えば、「ヒトへの投資」は、関連消費の拡大だけでなく、中国経済の先行きへの期待(予想)を改善する上でもプラスとなる。とくに、雇用は個人消費に直結するため、この問題の解決は非常に重要である。

    また同評論記事は、次のように述べている。

    「ヒトへの投資」は「モノへの投資」に対して打ち出されたものであり、「モノを見てヒトを見る」という投資理念を体現し、過去の投資モデル、生産能力拡大モデルないし全体の発展モデルは十全化している。わが国経済は長期的に要素駆動、投資によるけん引に頼っており、「モノへの投資」の収益率は近年すでにやや低下している。グローバルな産業競争が「資本集約」から「人材集約」への転換のなかで、中国の経済成長の原動力メカニズムの転換を推進し、革新駆動、需要のけん引を実現するためには、ヒトへの投資を拡大し、人的資本の蓄積を推進し、「人的資本ボーナス」を形成する必要がある。このようにしてこそ、経済の長期的発展に関する競争力を構築し、新たな科学技術革命と産業変革のなかで戦略的主導権を勝ち取ることができる。

    ここでは、「資本集約から人材集約への転換」と言われているが、ハード面での投資による一時的な経済効果ではなく、ソフト面の投資によって人材を育成、スキルの向上をはかることが、AI時代に対応することができるとしている。

    「ヒトへの投資」は教育や高齢者ケアなどの面の投資も指しているが、雇用関連の投資は重要である。なぜなら、消費の拡大には一定の収入が必要だからである。

    雇用問題のなかで、大卒者の就職問題の解決は重要だが、時代に合わなくなったスキルしか持たない社会人のリスキリングも重要だ。この問題は以前にも存在した。例えば、江沢民は一時帰休者の問題を論じたとき、「年齢が高く、単一の職業技能しか持たないため、再就職が特に困難な労働者が相当数存在する」と述べたことがある。当時は国有企業改革が行われており、「構造改革の過渡期」だったため、このような問題が存在した。現在もこうした「過渡期」にあり、求められるスキルも高度化しているため、「ヒトへの投資」の重要性は高まっている。

    于教授は「求是」の中で、「現在、わが国の高技能人材は就業人口全体の7%しか占めておらず、技能労働者の求人倍率は長期的に2以上をキープしている。したがって、教育、研修、雇用、人材選抜などの人的資源の開発と人の全面的な発展投資を重視すべきである」と述べている。

    労働者を再教育して新たなスキルを身につけさせるのは、個人消費の拡大、社会の安定にもプラスとなる。だが、リスキリングには問題がある。

    第一に、教える側が必要な知識を教えられるかという問題である。

    労働者にとって、必要なものは、仕事に直結するような知識である。教員が現場を知らなかったら、理論的知識偏重教育となり、学んだことが仕事に結びつきにくい。

    例えば、筆者が従事している翻訳関連のテキストをみると、翻訳とは何かから始まり、理論的なことを述べているものも少なくない。もちろん、専門性を高めるには、技術論だけは限界があるが、まず第一線で活躍することを目標に置くならば、技術的知識・実習が重要だ。

    第二に、今後、人材需要が大きな分野のスキルをつけるようにできるかということである。

    新卒者など若年層は社会経験が乏しいため、視野が狭く、自分の理想とする職業、業種に行きたがる。今後、どの分野が伸びるか、人材ニースがあるかはなかなかわからない。長年同じ仕事に従事してきた労働者も、自分の経験してきたスキルはもとの職種でしか通用しないと考えがちだ。そのため、自分の持っているものから見れば、どのような仕事ができるかについてはなかなか考えられない。

    新質生産力が発展するにつれ、従来の単純労働はAIに置き換えられる可能性が大きい。「インターネット+」時代は、多くの雇用を宅配業だったが、宅配にもロボットが入りつつある。また、以前は高度な専門知識が必要だった翻訳・通訳も、ヒトの役割が小さくなると言われており、扱うものによっては小さくなっている。そうしたなかで、翻訳者や通訳者の場合は、語学スクールの教員などになる者もいる。

    AI時代でもなくならない仕事は、営業職や介護職、教員など相手の求めに応じたサービスができるものといわれているが、こうした業種へのスキルを取得できるようにすることが将来の生活にとってもプラスになることを、専門知識を持ったキャリアカウンセラーらにアドバイスすることも望ましい。こうした体勢を整えることも、「ヒトへの投資」ではないかと考える。

     来年は第15期五カ年計画が始まる年だ。「ヒトへの投資」は同計画の方針を決めた第20期四中全会の重要な概念であるため、今後5年間は「モノへの投資」と結びつけて行われるものと思われる。労働面での「ヒトへの投資」がどのようにして行われるかは、今後の展開に注目する必要がある。

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  • ■中島精也先生による時事経済情報No.124

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  • ヘリテージ研究の視点で産業観光の場を議論する

     鉱山や工場関連の産業遺産や産業観光をずっと研究対象としている。そんな中先月、越前市今立地区にて毎年実施されている今立現代美術紙展、および福井最大の産業観光イベントRENEWを見学してきた。産業遺産などの文化遺産や自然遺産といった、過去から引き継がれてきたヘリテージの活用の議論にあたっては、人間の創造性を刺激することによるイノベーションやアートとのつながりの話がよくなされる。ところが実はこういうものを研究対象としているにもかかわらず私自身は、絵画や彫刻、音楽といった芸術といわれているもの全般について、自ら手掛けるどころか鑑賞することもあまり得意でない。

     それに対し、今回見学したイベントにおいては、こうしたアートやデザインという視点が大変重要視されている。街歩きしつつ、何の下調べもせずにふらっと、味のある古民家に立ち寄ったら、そこがまさに現代美術紙展の会場で、作者も同席しており、自ら作品解説してくださった。私のような造詣のない者がこのような機会を得られることはそうはない。まさにヘリテージが人の心を動かし、創造性を刺激する場面を目の当たりにすることとなった。

     この地域の産業の存立において、ヘリテージはどのような役割を果たしているか。生産活動に直接関連する工場建築物等に話を限ると、学術的に評価され、文化財など公的に価値づけられたヘリテージはそれほど多いわけではない。この点、そうした価値が高く評価され、2024年に世界遺産登録された「佐渡島の金山」などと比べると状況が異なる。

     一方で、RENEWのオープンファクトリー企画において立ち入らせてもらった、越前塗りの諸工程の工房、今立の製紙所、鯖江の眼鏡工房などにおいては、現実に何十年も前から現在にわたり使われ続けてきた工場建屋や、今となっては再び生産する術のない金型や素材を用いて、職人の熟練した技により、独創的な製品が生み出されていく現場を実際に目にし、工房や工場全体の雰囲気と、職人の皆さんの仕事への姿勢が、私を含む見学者の心を動かす様子を間近にすることができた。

     ヘリテージ研究においては、その保存における専門家主義が論点となってきた。専門家が評価して定まった各ヘリテージは、価値を維持し続けるためにそのままの状態で保存され続けることを求められる。その結果ヘリテージは、それにずっと親しんできた地域住民の日常から切り離されたものとなっていく。「博物館送り」という言葉が象徴的だ。だが、現代美術紙展やRENEWで私の見聞きしたヘリテージは、その状況とは対照的なものであった。それらに深く関わってきた人々が、ヘリテージを過去の人々から引き継いできたと自覚し、自己表現の手段として様々な形で活用している。

     ヘリテージを巡り、特に税金の無駄遣いを許さないという視点から常に出てくる意見として、次のようなものがある。「結局のところ、昔の姿を残しているからといって、今は使われていない時代遅れのそれを、金と手間をかけて残していくことに何の意味があるのか」。その答えの一つとして「ヘリテージは過去を振り返るためだけに保存されているのではない。これは未来のことを考えていくために必要なのだ」という考え方がある。今回の経験においては、ヘリテージを場とし、生産者、クリエイター、地域住民、観光客といった属性の異なる人々が一時的に一堂に会し、様々な形でコミュニケーションを取る。そのような場がヘリテージであることには様々な意味があるはずだ。ヘリテージを場とし、様々な属性の人々が集まり、コミュニケーションを取ることによる新たな価値の創発の可能性について、研究を進めたいと考えている。

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  • ■中島精也先生による時事経済情報No.123

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  • 日本人のノーベル賞の受賞を喜びながら、イノベーションについて福井で考えてみた

     10月第1週は「ノーベル賞週間」でした。2025年のノーベル賞は、坂口志文大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授・京都大学名誉教授が、「制御系T細胞の発見」などの業績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。翌日には、北川進京都大学副学長が、「MOF(金属有機構造体)の開発」などの業績でノーベル化学賞を受賞しました。自然科学系のノーベル賞を日本人が4年ぶりに受賞したことで、日本中が大きな喜びに湧きました。今年の坂口先生と北川先生の2人のノーベル賞受賞で、自然科学系の日本人受賞者(国籍保有者)の累計は27人となり、米国(285人)、英国(89人)、ドイツ(73人)、フランス(39人)に次いで5位になりました(6位はスイスとスウェーデンの各18人)。

     福井県でノーベル賞といえば、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生を忘れてはいけません。南部先生は、福井市立進放小学校(現・福井市立松本小学校)から旧制・ 福井中学校(現・福井県立藤島高等学校)を4年修了した福井県ゆかりのノーベル賞受賞者です。南部先生のノーベル賞受賞を契機に「南部陽一郎記念ふくいサイエンス賞」が設立され、福井県内の小学生・中学生・高校生を顕彰するなど、南部先生のノーベル賞受賞は、今も福井県の学術振興につながっています。

     ところで、世界の学術界で、ノーベル賞が最も権威のある賞であることを疑う人はいません。その受賞を国民がこぞって喜びます。では、ノーベル賞の受賞者数を国別ランキングにして国民が喜ぶのは、オリンピックで金メダル獲得を応援するのと同じような、日本の学術研究の成果に対する国民の高揚感からでしょうか? 

     自然科学系のノーベル賞の対象は、基礎研究分野です。基礎研究は、その後は応用研究、そして開発研究へと発展し、最終的には新薬や新製品などの商品として市場に投入されます。画期的な新商品は、社会を変革する、いわゆるイノベーションを発現させる可能性を有しています。このように、イノベーションを起こすには、そのタネとなる基礎科学の成果が必要です。もっとも、基礎研究がイノベーションとして実を結ぶには長い年月がかかります。数年では役立たないかもしれませんが、真理の探究を目指した基礎研究の着実な蓄積が、数十年後にイノベーションを引き起こすには不可欠です。日本人がノーベル賞の受賞をオリンピックでの金メダル獲得のように喜ぶのは、学術成果への高揚感に加えて、将来の日本経済をけん引するイノベーションのタネを発見した研究者への称賛があるといえます。しかし、イノベーションを発現させるには、基礎研究の成果だけではなく、基礎研究の成果をイノベーションにつなげる仕組みも重要です。

     そこで、福井県内の研究者が英語で発表した自然科学論文数(2020年)の全国シェアをみると0.33%です。一方、福井県の特許出願数(2024年)の全国シェアは0.15%に過ぎません。論文シェアの半分以下しか特許出願のシェアはありません。特許発明者数(2024年)の全国シェアは0.2%と、出願数のシェアよりも若干高い数字です。このような全国シェアを比較すると、福井県では、数少ない基礎研究(科学論文)の成果が、特許という新商品のタネ、そしてイノベーションにつなげる仕組みが弱いのでは、という仮説も考えられます。大学研究者を中心とした論文という基礎研究の成果が、企業を中心とした開発研究による特許出願へとつなげる地域イノベーションシステムの強化が求められているのかもしれません。

     先日の10月23日(木)と24日(金)は、福井産業会館で「北陸技術交流テクノフェア」が開催され、209の企業や団体がブース出展し、技術マッチングや商談で2万人近くの多くの技術者や研究者が参加し、交流を深めました。福井県には、シェアトップの企業が多数存在し、製造業(ものづくり企業)の厚い集積が特徴です。会場通路を歩くのも困難なほど多数の技術者が集まった北陸テクノフェアの熱気に触れて、福井県における地域イノベーションシステムを社会科学として政策研究する重要性を改めて感じました。

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