福井県立大学地域経済研究所

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■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.20 消費を活性化させよ 中央経済工作会議の狙いとは?

北京理工大学外国語学部 吉田陽介

店にどんどん人が!

中国の消費は本当に悪いか?

12月某日、年末に家族で食事するレストランの下見をするため、仕事帰りに家の近くにあるショッピングセンターに立ち寄ってみた。ショッピングセンターに入ろうとした時、後ろから仕事帰りの会社員や学校帰りの中高生らがどんどん入っていった。

筆者が店を訪れたのは午後6時過ぎ。夕食どきのためか、飲食店にも人が入っていた。7時近くになれば、人気店は席が埋まり、順番待ちの客は店の前に置かれた椅子にかけてスマホを見ながら待っている。

こういう1コマを見ると、中国の個人消費は本当に悪いのかと思ってしまう。だが、店内を歩く人をよく見ると、袋を下げている人がさほど多くない。ウィンドーショッピングを楽しむ人も一定数いるのではないかと思う。そのため、店内の人の多さだけでは、中国の消費が好調だとは結論することはできない。

ただ、ウィンドーショッピングをして帰宅後にネットで購入するという人もいる。ネット店舗は実店舗に比べて2割ほど安い場合があり、100元(1元=約21円)買ったら50元バックというキャッシュバックのサービスがあるからだ。これは中国の消費者の「節約志向」を示している。

消費活性化の環境整備狙う

中国政府

今の中国政府は、地方政府の債務、投資による景気回復の持続可能性などの問題もあり、固定資産投資で経済発展をけん引する策をとるのに慎重だ。今後の中国経済の回復は個人消費の伸びが重要なファクターになるだろう。

12月10〜12日に、来年の経済政策の方針を決める中央経済工作会議が開かれた。日本メディアが報じたように、緩和気味の金融政策をとるとされた。この会議では、金融政策の基調のほかに、消費の活性化につながる措置も提起された。12日に公表された会議の報道文には以下のような措置が挙げられている。

1、消費喚起特別行動を実施し、中低所得層の増収と負担軽減を図り、消費の能力、意思、レベルを高める。

2、退職者の基本年金を適度に引き上げ、都市・農村住民の基礎年金を引き上げ、都市・農村住民の医療保障財政補助基準を引き上げる。

3、範囲を拡大して「両新(設備更新と消費財の買い替え・下取り)」政策を実施し、多様な消費シナリオをつくりだし、サービス消費を拡大し、文化・観光業の発展を促進する。

4、新しいものを打ち出す「首発」経済(企業による新製品発表、新業態・新モデル・新サービス・新技術の打ち出し、第1号店オープンなどの経済活動を総称したもの)や氷雪経済、シルバー経済を積極的に発展させる。

5、トップダウンの組織調整に力を入れ、より大きな力で「両新」プロジェクトを支える。

6、中央予算内投資を適度に増やす。財政と金融の連携を強め、政府の投資で社会の投資を効果的に引き出す。

7、第15次5カ年計画の重大プロジェクトを早期に計画する。

8、都市更新の実施に力を入れる。

9、社会全体の物流コストを下げる特別行動を実施する。

以上の措置を見ると、「全面的」という言葉で表現できる。報道文では、新たな消費の分野の活性化、3月の全人代で打ち出された「買い替え・下取り」政策の実施だけでなく、氷雪経済、シルバー経済の発展にも言及されている。

さらに、財政政策と金融政策などの「ポリシーミックス」で、民間投資の「呼び水」とすることも述べている。ここで、都市更新にも言及しているが、既成市街地の再開発は関連の需要を生み出す。中国のある証券会社の分析レポートによると、城中村(都市の中で発展から取り残された地域)の再開発が分譲住宅需要を生み、不動産投資が回復し、ひいては、景気回復につながると見ている。

「弱者」にも配慮?

全面的な景気対策

また、所得増加については、昨年は「中間層の拡大」が強調されていたが、今年は低所得者への配慮、定年退職者の「養老金(年金)」の引き上げについても言及されており、弱者への手当てを行うことで、全体的な消費活性化につなげようとしている。

昨年の中央経済工作会議は、「デジタル消費、グリーン消費、健康消費を積極的に発展させる」とし、「インテリジェント家庭用品、文化・娯楽・観光、スポーツイベント、「国貨潮品(国産ブランドのトレンド商品)」などが「新たな消費成長ポイント」とされ、さらに、「新エネルギー自動車、電子製品など大口消費を増やす」と述べていた。

氷雪経済、シルバー経済は新しい概念ではなく、中国の経済メディアや政策文書にも登場している。例えば、2019年度の「計画報告」は、「東北地区の寒冷地における「氷雪経済」の発展促進に関する指導意見の策定を検討」することを盛り込んでいた。氷雪経済は雪資源の開発やウィンタ―スポーツ、文化、教育、観光などの関連産業のことをさすが、これは比較的遅れているとされている中国の東北地方の経済活性化を図ったものでもある。

シルバー経済は60歳以上の高齢者を対象にした旅行や高齢者ケア、健康サービスなどの消費をいう。11月8日の新華社の報道によると、2023年末時点で、中国の60歳以上の高齢者人口は2.97万人に達し、総人口に占める割合は21.1%に達し、「人口の高齢化が中国の基本的国情」だとしている。そのため、介護を含む「養老(高齢者ケア)」サービスはハード面・ソフト面での充実が必要で、関連産業は今後伸びる可能性のある産業だ。

また、中国の高齢者は元気だ。今後は段階的に延長される方向だが、現在の定年年齢は男性が60歳、女性が55歳で、体が十分動く歳だ。中国では、孫の面倒は定年退職した親の“仕事”となり、孫にカネを使うことも多い。筆者の家もそうだが、祖父母は孫のためにおやつや栄養のある食べ物、時には孫の欲しいものも買い与える。こうした祖父母の消費も消費活性化に一定の役割を果たすと考えられる。

一方で、孫の面倒を見ない高齢者には、旅行に行く人もいる。業者もそうした高齢者のニーズに注目しており、高齢者向けの旅行商品もあるそうだ。

このことから、高齢者は潜在的消費能力がある。シルバー経済は今後、中国の消費活性化で重要な役割を果たすと考えられる。

「アベノミクス」と同じか?

中央経済工作会議の目的

この中央経済工作会議の狙いは、中国経済の「先行きが暗くない」ことを示すことだ。ここ2年の会議の基調は、「中国経済光明論」を強調したものになっている。今年、中国政府は力強い経済対策を何度も行ったが、それは中国の人々の中国経済の先行きに対する不安を和らげるためでもある。

日本も安倍政権下で推し進められた経済政策「アベノミクス」により、大規模な金融緩和が行われた結果、名目賃金が上昇し、雇用も回復した。そのため、経済回復ムードが醸成された。ただ、経済成長の成果が庶民に十分に行き渡らなかった。国民経済の多数を占める中小企業に効果が波及しなかったという面はあるが、景気が回復し、今後の先行きが明るいという「アナウンスメント効果」を発したという面があった。中国政府が行っている一連の刺激策もこうした効果を狙っているのではないかと考えられる。

今年の中央経済工作会議は、景気回復に向けて緩和気味の金融政策を行い、カネを実体経済に流れるようにすることで、人々に経済回復の実感を持たせ、消費環境を改善することが大きな狙いの一つではないかと筆者は考える。