福井県立大学地域経済研究所

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  • ■中島精也先生による時事経済情報No.110

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  • ■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.19 国慶節が中国の消費が好調だった理由

    好調だった中国の国慶節消費

    10月1日から7日まで、中国は建国記念日「国慶節」の大型連休だった。国慶節は春節と並ぶ大型連休であるため、筆者の学生の中には、帰郷する者が少なくないが、高速鉄道のチケットが取れないという声をよく聞いた。ある学生は、団体客が高速鉄道の切符を早く押さえてしまうので、なかなか予約できないとぼやいていた。

    また、連休期間中、北京の地下鉄で、地方から来たと思しき人が、スマホの画面を見ながら、路線を調べているという北京に住んでいる者ならよく目にする“お馴染みの”光景を見かけた。このことは、中国の観光消費が好調であることを示している。中国文化観光部データセンターによると、国慶節期間中、全国の国内旅行者数は前年比5.9%増の延べ7億6500万人となり、2019年の同期間より10.2%増加し、数の上ではコロナ禍前の水準に戻った。

    また、国慶節は個人消費も好調だった。4日付けの「人民日報」は、「国慶節連休中、消費市場は需給ともに旺盛で、消費熱は引き続き上昇している。各地域・各部門は多くの優遇政策を打ち出し、休日経済を活性化させ、消費シーンを刷新し、消費構造を向上させ、市場の活力を引き出し、住民消費の潜在力を引き出すのを加速した」と述べ、今年の国慶節がこれまで抑えられていた中国の人々の需要を喚起し、消費を伸ばしたと伝えた。

    記事によると、文化娯楽観光、スポーツイベント、「国潮」商品、スマートホームなどの分野が国慶節期間中の消費のホットスポットとなったという。

    不振と言われていた不動産市場も回復を見せ、「住宅見学ブーム」が起きた。新華社が8日に配信した記事は、「国慶節前に打ち出された需要喚起策により、各地の不動産市場は人が戻り、新築物件を訪れる顧客が増えて成約数も増加し、市場の自信がある程度回復していた」と述べた。

    例えば、深圳市では、1~7日の新築分譲住宅の購入応募数は1841戸、計19.18万平方メートルで、購入応募数は前年同期より664.1%増加し、広州市の新築住宅の購入応募数は3000戸を超え、前年同期比で2倍以上増加した。

    また記事は、不動産市場の回復は、北京や上海のような「1線都市」だけでなく、「2線・3線都市」といわれる中小都市にも波及したと指摘する。

    例えば、湖北省では、1〜7日、新築分譲住宅の販売面積は67.6万平方メートルとなり、前年同期比で43.1%、前月同期(9月1〜7日)比で150.1%増加した。

    重慶市では、国慶節中の販売促進活動が功を奏してか、1〜7日の市心部の分譲住宅のインターネット成約面積が前年同期比55.7%増の15.93万平方メートル、成約金額は同47.1%増の16.04億元(1元=約21円)だった。

    さらに、オンラインショッピングも好調だった。8日の新華社の報道によると、オンラインプラットフォームで処理された決済取引は1日平均32.67億件で、金額にして1.2兆元に上り、前年同期に比べそれぞれ22.7%と5.39%増加した。

    現在、中国のオンラインショップは割引がよく行われており、消費アップにいくらか貢献している。例えば、フードデリバリープラットフォームの「餓了麼」は、顧客が出前を頼む度にポイントを提供し、それを使って割引ができるようになっている。100元使うと、20元割り引かれるというように、金額が大きいほど、割引額も大きくなり、「お得感」がある。わが家も連休期間中、割引対象となっている料理をよく頼んだ。このプラットフォームのポイントは期限付きであるため、期間内に使わなければ無効になるため、期限切れになる前に何か注文しようというインセンティブが働く。こうした割引サービスも、消費拡大に一役買っているといえる。

    さらに、中国政府が今年の全人代で打ち出した「買い替え・下取り」政策もあって、家電製品などの買い替えも好調だった。前出の「人民日報」記事は、ネット上で家電製品を注文し、注文終了から半日以内で商品が届くというオンライン・オフライン融合型のビジネスモデルが顧客に好評であることを紹介するとともに、家電製品の購入する際に、最高で20%割り引くという広東省深セン市の事例も紹介した。

    好調な消費を支えた政府の対策

    国慶節の消費が好調だったのは、政府による刺激政策が大きい。例えば、上海市は市レベルの財政資金5億元を投入し、飲食、宿泊、映画、スポーツの4分野を対象にサービス消費券を発行した。また、河南省は省レベルの財政資金2億元を投入し、10月から4回に分けて「金秋消費券」を発行するとした。

    不動産分野でも、9月に入ってから、金融管理部門はこれまでに発表していた既存住宅ローン金利の調整、個人住宅ローンの最低頭金比率の最適化、商業個人住宅ローン金利設定の仕組みの整備、一部の不動産金融政策の期間延長、保障タイプ(福祉型)住宅向けの再貸出政策に関する要求の最適化などの措置を打ち出し、住宅を購入しやすい雰囲気を生み出そうとした。

    中国政府が打ち出した一連の景気刺激策は、9月26日に開かれた中国共産党中央政治局会議が基調となっている。例年は、4月、7月、12月の中央政治局会議で当面の経済運営の方針について話し合われるが、9月にも話し合われることはあまりない。

    清華大学中国発展企画研究院の董煜・研究員がWeChatアカウントに掲載した記事によると、9月の中央政治局会議を「異例のこと」と述べ、7月に政治局会議で、追加の景気刺激策について言及しており、それを具体化したと指摘した。7月の中央政治局会議の報道文を見ると、「すでに決まっている政策措置の全面的実施を急ぎ、新たな政策措置を迅速に準備し、適時に打ち出さなければならない」と述べており、董研究員の指摘するように、新たな政策措置を具体化して早急に打ち出すことで、経済対策への「本気度」を内外に示す目的もあったのではないかと考える。

    消費に関する措置は次の通りである。

    1、不動産市場の持ち直し・回復を図り、分譲住宅建設について新規のものを厳しく抑制する。

    2、既存のものの最適化を図り、質を高め、「ホワイトリスト」プロジェクトに対する融資に力を入れ、既存遊休地の活性化を支援する。

    3、住宅購入制限政策を見直し、既存の住宅ローン金利を引き下げ、土地、財政・租税、金融などの政策整備に力を入れる。

    4、消費促進と民生優遇を結びつけ、中低所得層の増収を促し、消費構造の高度化を図る。

    前の3項目は、不動産に関するものだが、これまでの不動産建設ラッシュで過剰になった住宅を処理するため、3番目に挙げられているような、ローン金利引き下げなどの優遇措置をとって、住宅に手が出せなかった人々の購入意欲をかき立てることを目的としている。国慶節期間中の不動産市場の回復はこうした措置の効果が出始めているのではないかと思われる。

    4番目に挙げられた「消費促進」は、はっきりとは示されていないが、「買い替え・下取り」や「商品券発行」も含まれる。前述のように、「買い替え・下取り」は全国的な政策だが、各地方は商品券の配布などの措置をとり、消費振興を図った。

    以上述べてきたように、国慶節は中国政府の打ち出した措置の効果もあって、消費が持ち直したが、休日の消費は一過性のものであり、持続するものとは言い難く、回復基調を持続的なものにする必要がある。

    「中国経済の先行きは明るい!」

    財政規律を保ちながらの景気対策

    習近平総書記は15〜16日の福建省視察の際に、「第4四半期の経済運営に力を入れ、年間の経済・社会発展目標の実現に努力しなければならない」と述べ、全人代で掲げられた5%という経済成長目標を達成するため、追加的措置をとる必要性を示唆した。

    中国政府は国慶節前後から、追加の景気対策を打ち出すとしている。消費に関するものを挙げると、「重点層への支援・保障の強化」だ。中国政府は国慶節前に生活困難層とされる人々に一度きりの生活補助金の支給を行ったが、次の段階では、学生を対象に困難な学生への補助などの措置をとって、全体的消費能力を上げるとされている。

    さらに、不動産市場の安定的回復を図るため、地方の特別債券や特別資金、税制政策などのツールを動員するとしている。

    こうした対策は、日本流でいうと、「バラマキ」といえるようなもので、景気対策を行うと、財政赤字が拡大することを意味する。ただ、中国は財政赤字を3.8%前後に設定し、財政の健全性は保たれている。「大規模なバラマキ政策は取らない」と政策文書で明言しているため、経済がある程度回復したら、方向転換するだろう。

    また、中国政府の打ち出す景気対策は、金融面での緩和も含まれており、それが実体経済に届くことが大事である。中国政府はこれまでも、「金融は実体経済に奉仕すべき」と述べているため、大規模なバブルが発生するようなことはあまり考えられないが、自金融緩和が実体経済に結びつかなければ、国民は経済が良くなったという実感を持ちにくいだろう。

    中国国家統計局が18日に公表した1〜9月の国内総生産(GDP)は4.8%増で、目標値である5%に届いていない。中国政府は、この数字は全人代で掲げた5%前後の範囲に入っていると述べているが、現在、中国政府は追加措置を講じて中国経済の先行きが明るいというイメージを持たそうとしている。

    中国の打ち出した政策がどれだけの効果が出るかは、年末の指標の動向に注目する必要があるだろう。

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  • 福井県における人口と地域労働市場の変遷

     経済活動は地理的に不均一に行われている。例えば、日本では東京や大阪、愛知に多くの人々と企業が集まり密集している。こういった特定の場所に経済活動が集積する現象は世界中で起きているので、そこには何らかの共通のメカニズムがあると考えるのは自然なことと言える。
     人々は生活の糧を得るために労働し、企業も事業を営むために労働者を雇用する。このため、人々は仕事のある場所で暮らし、企業は人々を雇用することが可能な場所で事業を営むと考えられる。
     そこで、このコラムでは、福井県における人口と労働市場の変遷を見ることで、福井県への集積について考えてみたい。
     福井県の総人口は1975年から2000年にかけて、773,599人から828,944人に増加し、2020年には766,863人となっている。2000年から2020年にかけて人口の増減率を見ると、総人口は約7.5%、男性人口は約7.1%、女性人口は約7.9%とそれぞれ減少している。なお、2010年から2020年の総人口の減少率は約4.9%程度である。
     一方、労働市場について見てみると、福井県の就業者数は、2010年から2020年にかけて、6486人の減少、増減率は約1.6%となっている。ただし、県内の有効求人倍率を見てみると、これは福井県から雇用が減少していることを意味しない。
     福井県における年度平均の有効求人倍率は、2010年度は0.88となっているが、2011年度以降は一貫して1を上回っている。これは求職者数一人に対して求人数が1つ以上あることであり、すなわち県内企業にとっては人手不足となっている可能性を示唆している。また、2010年以降、福井県における友好求人倍率は全国平均よりも高く、人手不足が継続している可能性を示している。
     それでは、産業別の就業者数の増減を把握することで、県内労働市場の状況について見ていく。まず、県内において就業者数の多い産業は、2020年時点では製造業が最も多く85,592人、次いで卸売業・小売業で57,301人、医療・福祉で52,198人となっている。これらの産業において、2010年と2020年の就業者数を比較すると、製造業では1,516人の減少、卸売業・小売業で7,198人の減少、そして、医療・福祉で7,430人の増加となっている。製造業では増減率では約1.7%の減少であり、大きな変化は見られない。また、卸売業・小売業は確かに就業者数が減少しているが、医療・福祉においては就業者数が同程度増加しており、就業者数の増減で見ると相殺している状況にある。従って、県内の就業者の多い産業が特に大きな影響をもたらしているわけではないと言える。
     今後に向けて注目したいのは、教育・学習支援業と学術研究及び専門・技術サービス業である。教育・学習支援業の就業者数は、2010年からの10年間で1,582人増加し19,726人になり、その増減率は約8.7%となっている。また、学術研究及び専門・技術サービス業では同時期において634人増加し、就業者数は10,845人に、増減率は約6.2%となっている。この二つの産業については、2020年時点の就業者数を合計すると約3万人となることから、このまま就業者数の増加が続くのであれば、県内の雇用に一定の影響をもたらすと考えられる。
     また、この両者は互いに良い影響を及ぼし、県内の雇用を成長させる可能性があると考えられる。すなわち、高度な技能と知識を持った人材に対する需要と供給の相互作用である。その結果、県内労働市場が変わることで魅力的な仕事が増加すれば、人口の県外への流出や県内への流入につながることが期待される。

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  • 都市地域計画のイノベーションと情報ロックインの挑戦

     新技術と気候条件の融合は、都市や地域計画に革新をもたらしている。スマート技術の導入と適応戦略を通じて、都市や地域は、将来の課題やチャンスに備え、より回復力があり、持続可能で、住みやすい場所を目指している。COP28(2023)では、脱炭素化と気候変動への対応力強化が主要議題として取り上げられ、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で議論が行われた。都市部に焦点を当てるこは、特に重要、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約70%を都市部が占めており、すべての地域の持続可能性に大きな影響を与えるからである。福井県では、土地の約74.54%が森林に覆われている一方、都市部はわずかな土地面積しか占めていないが、人口の60%以上が都市部に集中して、地域システムの未来を形作る上で都市部が重要な役割を担っている。

     2014年に全国的に施行された立地適正化計画(都市再生特別措置法の下)に基づき、2023年に福井県の都市計画では、8市3町が都市の持続可能な未来を推進するための戦略を示している。この戦略は、公共交通の拠点周辺にサービスや居住空間を集約するコンパクトな都市圏の形成に重点を置いている。中心市街地の活性化が優先され、住民や企業にとってより魅力的な地域となることが目指されている。さらに、人口減少に対処し、都市の長期的な活力を確保するために、特に若い世代や家族を都市中心部に呼び戻す政策が進められている。気候変動の緩和と回復力を強化するため、グリーンインフラや透水性土壌の整備を含む新政策も進行する必要がある。しかし、これらの実現には、特に構造的・制度的なロックインに対する課題に取り組む必要がある。

     土地利用管理に関連する構造的ロックインはその典型的な例である。これには、地域の制度や規則に深く根ざした土地の権利制度に関する制度的ロックインや、変更が難しい土地利用パターンや所有構造を持続的に確立する経路依存性が含まれる。さらに、あまり認識されていないものの重要な情報ロックインも存在し、公式・非公式の土地利用に関する情報不足が原因で停滞が生じることがある。このようなロックインの具体例としては、戦後の都市計画によって支持された隔離、低密度開発を促進した郊外化や都市スプロールを助長する政策、そして工業化の遺産などが福井、坂井、敦賀周辺に見られる。これらの課題を克服することは極めて重要であり、特に情報ロックインへの対応が鍵となる。

     情報ロックインは、福井県における都市や地域の将来を妨げる要因となり、意思決定に必要なデータへのアクセスを制限している。この制約は、新技術の導入を阻害し、利害関係者間の協力を困難にし、断片的なアプローチを引き起こす。また、古い土地利用慣行を強化し、関連情報へのアクセスを制限することで、公共の関与が減少する。十分に文書化されていない、またはアクセスが困難な歴史的な土地利用データや政策が存在する場合、現在および将来のニーズに適さない古い慣行が持続するリスクがあり、土地管理などにおける非効率が続く可能性がある。これらの課題に対処することは、データアクセスの向上、透明性の推進、そして地域の持続可能で調和の取れた未来を確保するために不可欠である。

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  • 農産物の価格はどうやって決まるのか

     「農政の憲法」とも言われる「食料・農業・農村基本法」の改正法が2024年5月29日に成立した。今回の改正の最大の特徴は、法律の基本理念に「食料安全保障の確保」が書き込まれたことである。「安全保障」の具体的な内容としては輸出の促進も含まれている。平時から輸出量が多ければ、有事の際に食料輸入が困難になっても、輸出している分を国内消費用に振り換えることで安全保障になる。

     この改正のなかで私が気になったのが、価格形成について「持続的な供給に要する合理的な費用が考慮されるようにしなければならない」と書き込まれたことである。

     現在の経済学の理論によれば、価格は需要と供給のバランスによって形成され、そこに原価や費用は直接関係しない。供給量が増え価格が下がって原価割れするようなことになれば、それに耐えられない生産者が生産をやめ淘汰され、供給量が減り適正な価格形成がされる。マルクス経済学の理論であれば、再生産可能な原価に利益を加えたものが適正価格で、それを政府が設定することで継続的かつ発展的な生産の保証をするのであるが、現実社会でこの方法が成り立たないことは社会主義国の崩壊で歴史が証明した。

     では安い輸入品が大量に入ってきて価格が低下し、国内の生産者は全員再生産不可能になる場合はどうするのか。その産品の生産は全て輸入に頼ることになるのだろうか。この場合の対策に関してはWTO(世界貿易機関)のルールが定められていて、価格を調整するのではなく政府が生産者に直接お金を払うことで国内生産を維持させることになっている。WTOは、「米を1粒たりとも輸入させない」と国民的な議論になったGATTウルグアイラウンドが1994年に合意した内容をもとに設立され、国内農業の保護に関するルールの原則もこの時に制定された。もう30年も前にできたきまりである。

     日本でもこの制度は導入されており、例えば水田に小麦や飼料作物(飼料米を含む)などを作った場合には、高い値段で生産物を買い上げるのではなく、代替作物を生産したことに対して農家に直接補助金が支払われている。

     7月5日の福井新聞D刊(共同通信記事)に東京都内の商店街でのアンケート結果が掲載されている。「農業者が現在の価格水準では事業を継続できない場合、どのような対策が妥当だと思うか」という質問に対して最多の回答は「政府が補助金を出す」で104人中51人と約半数、次いで「販売する食品を値上げする」が25人だった。この消費者調査の結果ではWTOの方針が最も多く支持されていることがわかる。記事は「だが政府は、消費者が求める補助金ではなく、価格転嫁の促進によって局面を打開したい方針だ。」と続き、市民の意向と政府方針が違うことに言及するが、経済学の基礎理論や国際協定がどうなっているのかについては全く触れられていない。私個人としては残念なことだと思うので、このコラムを含めていろんな場で発言を続け、国民の議論の前提として経済理論や国際協定が考慮されるようになるように努力したい。

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  • 国勢調査から想う福井県のすがた

     この春、御縁をいただき、福井県に住むことになった。この地域のことを統計結果から知りたいと思い、まずは国勢調査結果を紐解いてみた。国勢調査は、5年に一度、10月1日を調査基準日として、すべての人と世帯を対象に行われる日本で最大の統計調査である。そのため、その事務作業量は膨大である。総務省統計局が行う国勢調査の調査員の募集、指示、調査票配布・回収などの調査事務は、地方自治法による法定受託事務として、都道府県を経由し、市区町村にて行われる。市区町村にて国勢調査を担当する統計部署は、選挙管理委員会との併任にて選挙事務にも携わることが多い。政治家は秋の天気の良い10月の休日選挙を目論んで、衆議院解散、総選挙を企図しようとすることがある。しかし、西暦下一桁に0と5のつく国勢調査実施年は、市区町村が10月に国勢調査と選挙の両方の事務を同時に行うことが不可能である。そのため、総務省が解散時期を再考してもらうように政治家に事情を説明すると聞いたことがある。

     国勢調査は、住民登録の有無に関係なく,すべての人を普段住んでいる場所で調査する。その結果、国勢調査人口は、住民登録人口と異なり、実際の居住者状態を示すものとなる。そのため、国勢調査人口にて、衆議院の小選挙区画定、比例代表区の議員定数算出,地方交付税の交付額配分、都市計画策定、過疎地域判定などが行われる。特に地方交付税額は、市区町村財政に直結するため、市区町村も調査漏れがないように自然と勢いが入るというものである。私も以前、市職員として国勢調査実施に携わったことがある。その膨大な事務作業を少しでも軽減させるため、現在、専門としている地理情報システムを当時では先進的に活用したことが懐かしく思い出される。 さて、令和2年度国勢調査結果から、福井県の特徴的な結果として目に入ってきたのは、従業地通学地別人口において、福井県は同一県内に通勤通学する人が66.6%と全国1位であったことである。さらに、自らの市町内への通勤通学割合は、福井市、敦賀市、小浜市、越前市において50%を超えている。東京・大阪など大都市居住者は、毎日の通勤ラッシュで膨大な時間と気力・体力を消耗している。福井県は通勤通学での消耗が少ない環境であることも、福井県が幸福度ランキング1位を獲得している要因の一つなのだと感じることができた。

     産業別にこの数値をみると、自市町での労働割合が高い産業は、農業、林業、漁業の第1次産業と宿泊業、飲食サービス業であった。逆に他県から通勤している労働者の産業は、情報通信業、運輸業、郵便業が共に2.8%と最も高い値であった。令和6年3月に開業した北陸新幹線により、現在、福井県と他地域とのアクセスが向上し、県外からの通勤・通学者が増加している可能性がある。一方、アクセスの向上は、他の大都市に向かって人流や経済活動が吸い取られていく「ストロー効果」を生むことも考えられる。来年度、令和7年度10月には、次回の国勢調査が実施される。これらの影響が次回の国勢調査結果にどのように反映されるのか。注目されるところである。

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  • 福井県企業に学ぶ地方を豊かにする経営理論

     私と私の仲間達で『福井県企業に学ぶ地方を豊かにする経営理論』(白桃書房)という本を今年の春出版した。
     現在は、地方と都心との格差が指摘され、東京一極集中が問題視されている。地域活性化は、自治体に任せておけば何とかなるというものではない。その地方に関係する住民、企業、諸団体、市民がそれぞれ考えるべきことである。
     その地方に立地する企業がいかなる戦略で競争力を確保しているのか。地方に立地することをいかに強みに変えているのか。その事例を理論とともに示すことに本書の狙いがある。
     地方の活性化を企業の営みに注目した時に、無視しえない企業システムとして、考えねばならないのは、「ものづくり」「中小企業」「伝統産業」そして時に対峙する存在としてフランチャイズ・システム、IT産業、地方企業の生き残りをかけた多角化などがある。また、地方そのものを同定する営みとしての
    地名ブランドの議論もある。
     本書では、まず、地方のアイデンティティに関わる議論として、第1章に「プレイスブランディングによる地名価値の創出:三国湊と北前船を事例に」を置いた。地域をブランド化する試みは、地方活性化の有力な手段である。フランチャイズ(FC)に関する
     第2章「地方におけるフランチャイズ・システム」は地方におけるフランチャイズの経営者は、どのような役割を果たしているのかを分析する。
     第3章「事業定義からみる価値づくり経営 -松浦機械製作所の事例から-」は、福井市に本社を置く工作機械メーカーの株式会社松浦機械製作所は、工作機械の生産・販売に取り組み、独自のものづくりと開発精神をもつ企業である。成熟してきている工作機械産業のなかで、松浦機械製作所はどのようにして企業価値を高めてきたのであろうか。その要因を探ることで地方立地の中小企業経営への示唆を得ることを目的とする。
     第4章「サプライヤーとしての中小企業における両利きの経営-日本エー・エム・シーの事例から」は、中小企業の取引関係に関する研究である。地方の中小企業盛衰は日本経済全体から見ても重要な意味を持つ。本稿では、アセンブラー(発注企業)とサプライヤー(受注企業)との関係をサプライヤー関係とよび、その関係の中でも特に受注中小企業の発展に注目し議論を進める。
     第5章「Hacoaのケースと経営理論」では伝統産業の変化を取り上げる。福井県の伝統的工芸品産業である越前漆器製造において、木地の製造という下請工程を担っていた企業が、自社ブランド製品を開発、消費者へ直接販売すべく直営店を中心としたチャネル展開を進め、大きな成長を遂げたケースを詳細に記述し、ケースから同社の成長要因について経営学の理論から考察していく。
     第6章「前田工繊の長期成長戦略」は前田工繊株式会社の成長の歩みに注目し、そこから観察される戦略的な意義について議論することにある。創業100年を超える老舗企業であり、福井県を代表する企業の1つである。また、
     第7章「地方IT企業にチャンスはあるか 株式会社フィッシュパスを事例として」は福井県のベンチャー企業を取り上げる。ITとその関連産業は、地方の都会からの距離を直接にはハンデとしない。しかし、GAFAといったいわゆるプラットフォームは強力である。地方ITベンチャーはこれにいかに対抗していく道があるのか。
     ぜひ多くの人に読んでもらいたい。

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  • 地域の進化について考える

     2024年3月16日に、北陸新幹線の金沢・敦賀間が開業し、福井駅前はたいへんな賑わいとなった。同じ日に、福井県立大学永平寺キャンパスでは、進化経済学会の全国大会が開催された。全体のテーマが「空間の進化経済学とその可能性」とされたこともあり、午後の共通セッションのオーガナイザーを務めた。
     最初に、東京大学の鎌倉夏来准教授が、「製造業の国内回帰と地域の再工業化―進化経済地理学の視点から―」と題した報告を行った。そこでは、製造業の国内回帰による「再工業化(reindustrialization)」が、先進国の地域経済にどのような影響をもたらすか、欧米の経済地理学の研究成果を踏まえて論
    点整理がなされた。
     第2報告は、一橋大学の中島賢太郎教授による「空間経済学の現在―数量空間経済学とオルタナティブデータ―」と題したもので、第1報告の経済地理学に対して、空間経済学が2010年代以降に理論研究から実証研究にシフトしてきた点に焦点が当てられた。そうした変化を牽引したのは、モデルと実データの合致を強く意識した数量空間経済学の発展だとし、衛星画像データやGPSデータなど、先進的なデータ利用の可能性も含めて、今後の空間経済学の研究展望が示された。
     最後に、「マクロ空間構造の進化に関する一考察」と題して私が報告を行った。「国民経済の地域的分業体系」を「マクロ空間構造」とよび、具体的には日本の工業分布が、阪神から京浜、そして中京へと中心が移り、都市の順位・規模グラフのすきまが、戦前から戦後にかけて埋められてきた点などを指摘し、そうした歴史的変遷を進化論的議論で説明できるかどうかを検討した。
     ところで、企業などの組織や生産システムの進化に関する議論はある程度進んでいるものの、地域の進化については、どのような空間スケールで捉えるかもはっきりしていない。10年以上も前になるが、東京大学人文地理学教室の紀要に、「大規模工場の機能変化と進化経済地理学―首都圏近郊の東海道線沿線を中心に―」と題した共著論文を書いたことがある(共著者は当時大学院生であった鎌倉先生)。そこでは、東海道線沿線の存続工場の多くが、分散していた研究開発機能を1カ所に集め、融合型の研究開発拠点に転換するという一致した動きが、2000年以降にみられた点に注目し、そうした進化過程に地域産業政策が影響している点を指摘した。すなわち、神奈川県では、「神奈川県産業集積促進方策(インベスト神奈川)」を策定し、施設整備等助成制度で既存の大企業の本社や研究所の再投資を促し、企業側がそれに呼応したのである。もちろん、地域の進化は、新製品投入を急ぐグローバルな競争の激化、研究開発人材を集める上での「湘南」の魅力など、より複雑な要因による説明が必要である。
     さて、北陸新幹線の沿線地域には、これからどのような進化がみられるのだろうか?地域経済研究所の新幹線プロジェクトは2年目に入るが、このような観点からの分析も試みてみたい。

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  • 「お茶でもどうですか?」

     “ウェルビーイング(Well-being)”という、「身体的・精神的・社会的によい状態」を表す概念に、世界中で注目が集まっている。心身の健康の重要性はこれまでもよく言われてきた。それだけでなく、人の幸せには、社会的に良好な状態、すなわち“社会的つながり”が重要であることをメッセージとして持つのが、このウェルビーイングという概念の大きなポイントだ。
     つながりが幸せに重要であるとする研究は世界中に数多くあるが、私自身がそれを強く認識するようになったのは、3年間滞在し国づくりの協力を行った、ブータン王国でのことだった。
     ブータンでは、人々のウェルビーイングの調査を大事にしている。若き調査員がブータン全土をかけ回り、対象者に2時間半ほどかけて丁寧に質問をしていく。私も同行したが、スジャと呼ばれるバター茶をどのおうちも出してくれ、歓迎してくれた。その中で、印象に残っている一つのシーンがある。
     南部の県の、44世帯、人口300人ほどの村でのこと。「あなたが病気になった時にとても頼りにできる人は何人いますか?」という質問に対して、成人をむかえたばかりのブータン人男性は「50人ぐらいですね。」と回答してくれた。日本人の私の眼からすると過疎の村であるが、彼が軽やかに回答してくれた数の多さにびっくりしてしまった。同時に、自分の場合、何人と回答するだろうと考えさせられた。
     ブータンにも日本同様に課題は当然あるが、ブータンの生活の基層には、この社会的つながりの豊かさがあると実感した一場面だった。
     コロナ禍の生活を振り返ってみると、気づいたことがあった。私たち人は、人と人とが出会い集まるような機会に、何かを一緒に飲むということをすごく大事にしてきた、ということだ。「お茶でもどうですか?」「一緒に一杯どう?」この言葉達が使えなくなったとたん、なんだか急に、会う術の大半を失ってしまうような感覚すら覚えたのを記憶している。
     イギリスでは紅茶を。イタリアではエスプレッソで団欒。はたまた、アフリカのエチオピアではコーヒーだけでなく、コーヒーと紅茶を二層にし嗜む。日本にはお茶があり、居酒屋でビールを飲む姿も定番だ。方や、南太平洋の島国フィジーでは、カバと呼ばれる木の根を乾燥させ水に混ぜたものを飲む。鎮静効果があるとされる。日本の場合、日常ではあまり感情を表に出さず、飲み会の場ではお酒で気分を盛り上げて仲間との時間をたのしむ。一方、フィジーでは、普段は各々すごく陽気で、カバを飲んで気持ちを落ち着かせることで仲間との時間を過ごす。幸せのカタチが異なるのと同様に、飲み交わしてきた飲み物も世界各国でかくも異なるのだ。
     ただ、コップの中身こそ違えど、それを通じ、大切な人たちと“ともに居る”ということを幸せの源泉にしていることに世界中なんら変わりはない。
     「お茶でもどうですか?」と言える日常に感謝したい。

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  • 春節に考える2024年・辰年

     今月初は旧暦の正月でした。日本では明治維新を機に旧暦が公には使われなくなりましたが、中国、韓国、ベトナムなどアジアの少なくない国々では依然、旧暦の正月が新暦の1月1日よりも盛大に祝われています。長い学生時代を神戸で過ごし、中国・天津の大学院に2年近く留学し、いまも家族が住んでいる横浜を行ったり来たりしている私にとっては、旧暦のお正月は比較的身近に感じられるイベントです。一年の抱負や心構えなどを念じて、気持ちを新たにする機会が1年に2回ある、と考えれば大変ありがたいことです。とりわけ今年は現実に能登地震があったことなどから、初詣に出かけようという気持ちにもなれず、年賀状にもほとんど手を付けられなかったため、春節を迎えた今月に横浜中華街を訪れ関帝廟や媽祖廟などを参拝し、今年1年が平穏でゆたかな年であるよう再祈願してまいりました。

     そして今年は辰年でもあります。「強運」や「お金に困らない」といった言い伝えのある辰年は、縁起も良いとされています。中国や韓国では辰年に出生率が上がったりします。景気が良くなる年とも考えられており、株式相場の格言のなかには「戌亥の借金、辰巳で返せ」というものがあるということで、戌年や亥年は株価が下がり辰年・巳年は株価が上がりやすいので、戌亥年でできた借金も辰巳年で取り返せるのだとか。実際、日経平均株価がバブル越えし、1989年以来34年ぶりに史上最高値を更新したのがつい先日です。本年7月には、1万円、5千円、千円札のデザインが2004年以来20年ぶりに刷新されます。パリ・オリンピックでの「金」のゆくえを、今から気にしておられる向きもあるでしょう。

     福井でも、来月3月には北陸新幹線の東京-敦賀間開業と共にハピラインふくいも同時開業し、福井駅周辺エリアにおける再開発も完成形が徐々に見え始めていることから、景気が上向くことへの期待感は膨らみます。その一方で、社会保障関係費用が国と地方の財政を圧迫していることもあり、歳出と税収の間のギャップは拡大を続けています。このギャップが鰐の口に例えられますが、龍の口は鰐に由来しているという謂れがあるので、日本経済と辰年とは案外深い関係にあるのかもしれません。ちなみに、日本における出生数と死亡数のギャップである自然増加数も鰐の口の如く開き続けています。上り竜と下り竜があるように、ゆたかさをもたらしてくれる竜も、逆鱗に触れると、私たちを予期せぬ方向に導くのかもしれません。

     九頭竜川とくろたつさんが身近な存在である恐竜王国・福井にとっても節目の年になりそうです。今年残りの10か月、皆さんはどのように過ごされますか。

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