福井県立大学地域経済研究所

メールマガジン

  • 生産性の低下を防ぐ!熱中症警戒アラートと熱中症予防対策

     各地で猛暑・酷暑が続く今年の夏は、福井県でも連日熱中症警戒アラートが発表されています。この暑さは、熱中症リスクの高い高齢者や乳幼児等の熱中症弱者のみならず、地域の経済活動を担う労働者にとっても厳しいものになっています。
     熱中症警戒アラートは、環境省と気象庁が連携し、熱中症の危険性が極めて高くなると予測された場合、危険な暑さへの注意喚起と効果的な熱中症予防行動をとることを促すための情報で、令和3年4月下旬から全国で運用されています。熱中症は、体温が上がり体内の水分や塩分のバランスが崩れる、体温の調節機能が働かなくなり臓器が高温になることで発症する病気で、重症度により3つの段階があります。1度:現場での応急処置で対応できる軽傷の症状は、めまいや立ちくらみ、筋肉痛や筋肉の硬直(こむら返り)、大量の発汗で、2度:病院への搬送を必要とする中等症は、頭痛・気分の不快、吐き気、嘔吐、倦怠感、虚脱感などです。3度:入院して集中治療の必要性がある重度になると、意識障害、手足の運動障害、けいれん、高体温で身体全体が熱くなります。
     熱中症は、家の中でじっとしていても発症することがあり、気温が低い日でも湿度が高いと熱中症にかかります。令和4年消防庁による発生場所別の救急搬送人員をみると、住居が最も多く、次いで道路、公衆(屋外)、仕事場の順となっています。自宅や職場など直射日光が当たらない場所でも、温度・湿度管理が重要です。
     熱中症は死に至る可能性がありますが、予防法を知りそれを実践することで防ぐことが可能です。また、応急処置で重症化を防ぎ、後遺症を軽減することができます。熱中症予防の基本は、脱水と体温の上昇を抑えることです。具体的には、薄着になる、日陰に移動する、水浴びをする、冷房を使う等です。脱水予防では、のどが渇く前からこまめに水分を補給すると効果的です。また、汗をかくと水分と同時にビタミンやミネラルも失われるため、その補給も必要です。そして、日頃から運動で発汗する習慣をつけ、暑さに身体を慣らすと良いと言われています。
     熱中症が疑われたときは、応急処置として、日陰やクーラーが効いた涼しい場所に移す、衣類を脱がせ露出した皮膚に冷水をかける、うちわ等で風をあてる、首や脇、ももの付け根に氷をあてる、水分と塩分補給を行います。意識障害のある方は誤嚥(むせ)のリスクがあるため、無理に飲ませないことです。水分をとることができない、呼びかけへの返事がおかしい、反応がない場合は迷わず救急車を呼んでください。
     地域の生産性を維持するためには、地域で働く労働者が自らの健康を管理することが重要です。酷暑の夏、私たち一人ひとりの熱中症予防対策が求められます。

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  • 「フィールド」から学ぶ

     夏である。夏は、大学の学生にとっては講義がなく、あちこちに行って経験を積むことが可能な季節である。企業あるいは官公庁等に勤める社会人にとっても、夏はプライベートを含めて、あちこちのフィールドに行くことが多い季節であろう。私も、福井の発展にとって有用と思われるフィールドをいくつかはこの夏、見に行く時間を取りたい。
     観察、視察をするというのは非常に重要である。社会人は、出張というかたちで現場、フィールドを見に行っている。例えば、ベテランの企業の人達は、工場とかお店の現場を見て「こことだったら取引できる、貸せる、こいつだったら駄目だ」と、現場の雰囲気という様な観察の目を育てて、それで最後は人が判断する。
     フィールドから得られるのは、不定形の、わかりにくい情報である。学生によく話すネタだが、ねずみの絵のイラストを元にお金を貸せますか、投資を出来ますか、という話をする。君らが銀行マンだったとして、ねずみの絵を持って来て「これ良い絵でしょ、これでちょっと事業を興したいんですけど、お金貸してくれますか、もしくは投資してくれますか」といわれた場合どう判断するか。普通は財務諸表がありますか、土地の担保がありますかとか、で判断する。ねずみの絵といった不定形のわかりにくいものでは貸せない。でも実際に貸した人、投資をした人がいる。
     借りた方は有名人なので皆さんもご存じだろう。借りた方の人はウォルト・ディズニー、ねずみはミッキーマウスである。
     AIが発達したとしても、AIにねずみの絵を読み込ませて、売れるかどうかの判断は無理であろう。最終的には人の目、視察、不定形な情報というもので判断する。これは100年以上前の話だけど、これからの我々はAIに対抗しないといけない。その為には、現場の不定形のわかりにくい情報から判断する力を養う必要があるのだろう。ねずみの絵に投資することを決断したアーカンソー州の投資家のお金を元にして、ミッキーマウスの最初の映画が出来た。
     学生はフィールドワークが大好きというのがあるのだけど、半分位楽しそうとか、楽そうというイメージが無いわけではない。本を読むのは苦痛、理論はつまらない、だからフィールドワークという。
     ところが、フィールドワークや視察は結構難しい。見てその何をみるべきかが分かるか。何を見ることかがわかったとして判断できるか。重大な結論、決断、例えばお金を貸せるかといった事、新規のビジネスを立ち上げるということに対して、自信を持ってこのポイントでこう見たからこう言える、という様な事は出来るか。
     学生は会計や統計などは難しそう、フィールドワークは簡単だと思う場合がある。しかし、統計や会計というのは、物事を分かり易くする為の技術である。見方がわかれば、誰でもわかる。わかるように発達、発展してきた。
     フィールドワークのフィールドは「野生の情報」、わかりやすくする為の加工が全くされていない原野だから、それを見て何かを判断するのは結構きつい世界である。しかし、それが出来る人材が社会には必要で、それがAIに負けない人材の一つのかたちであるだろう。

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  • ウェルビーイングの視点から見えてくるもの

     福井県は、客観指標による客観的幸福度で幸福度日本一であると言われる。しかし、一人ひとりの主観的幸福感を表す主観的ウェルビーイング(SubjectiveWell-being)の観点から人々の暮らしを見つめた場合、見過ごされている課題はないだろうか?
     福井県は、一般社団法人日本総合研究所が発表する全47都道府県幸福度ランキングにおいて、5回連続で総合1位と高い評価を得ている。
     ただし、全47都道府県幸福度ランキングの調査結果は、各種客観指標による客観的幸福度を統計データから数値化したものであり、県民一人ひとりの主観的な幸福感、すなわち主観的ウェルビーイングを県民に尋ね反映したものではないことに留意が必要だ。
     世界の幸福度に関する潮流を捉えると、人々の幸福・幸せへのアプローチのメインストリームは、主観的ウェルビーイングの測定にある。昨今、様々な国際機関・国・地域にてその実践が見られる。
     例えば、国連のThe Sustainable Development Solutions Networkは、世界140ヶ国以上を対象にし、人々の主観的ウェルビーイングを測定。国レベルとしては、ブータン王国のGNH政策が有名であり、近年では、ニュージーランド、アイスランド、スコットランドなどウェルビーイングを国家運営の中心概念として据える国々が増える傾向にある。
     また、日本の公共政策の現場においても、2021年に政府の重要方針に記載され、ウェルビーイングの視点を重要視する動きが高まっている。
     このように人々の幸せや地域の豊かさの状況を、社会基盤に関する客観データばかりでなく、個々人の主観的ウェルビーイングの測定を通じ見える化し、その結果を公共政策に活用していくことが求められているのだ。
     そこで、福井県の実施する県民アンケートにおいて、主観的ウェルビーイングに関する調査項目を追加し、ウェルビーイングの視点から福井県の地域づくりの課題と可能性を考察する調査研究をおこなった。
     その一部を紹介すると、全47都道府県幸福度ランキングでは、「仕事」分野において、福井県は6回連続の全国1位。雇用領域における客観指標となる、若者完全失業率・正規雇用者率・高齢者有業率・インターンシップ実施率・大卒者進路未定者率は、軒並み全国トップクラスであり、この点から課題点は見られない。しかし、主観的ウェルビーイングの視点から調査すると、“魅力的な職場”であるかや“チャレンジできる環境”であるかなどの職場環境の質的な状況に対しては、必ずしも県民の満足感が高くない現状が見えてきた。
     客観的幸福度と主観的ウェルビーイングに関する調査結果を相互比較するこ
    とで、あらためて見えてくるものがある。

    (本コラムは、下記の研究論文内容の一部を取り上げ編集したものとなります。)

    高野翔(2023)「ウェルビーイングの視点からの福井県の地域づくりの課題と可能性―福井県県民アンケートの調査結果からの考察 ―」『ふくい地域経済研究』Vol.36.

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  • 【雑感】「社人研推計」をどう読むか

     大型連休直前の2023年4月26日(水曜日)、人知れず社会保障審議会の人口部会が開かれた。人知れず、とあえて書いたのは、一般の方々にはこの会議のことがほとんど知られていない、と思ったからだ。
     ここで何が話し合われたかというと、2020年「国勢調査」の男女年齢別人口を基準とした「将来人口推計」の結果だ。新推計の考え方については、昨年10月末の会議で既に、国民の代表である有識者によって審議・承認されている。会合の様子はYouTubeでもライブ配信され、結果は即日公表されたので、テレビやネットニュース等で事後に見知った方も多いかと思われる。現在、下記の社人研HP内リンクからも詳細結果が確認できるので、ご関心の向きは覗いてみられると良いかもしれない。
     https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp

     厚生労働省・社会保障審議会のなかで、厚労省の付属研究機関である国立社会保障・人口問題研究所の「将来人口推計」が有識者に諮られるようになったのは、平成13(2001)年8月7日からである。第1回人口部会において当時の政策企画官が冒頭にこう述べている。
     “我が国の将来人口推計につきましては、5年に1回、国勢調査の人口をベースとして推計を行っております。この推計結果につきましては、年金の財政再計算、雇用対策基本計画、経済計画等の労働力人口推計、その他の各種計画の需要予測等の基本的なバックデータとして用いられる極めて影響の大きいものでございます。従来その推計は国立社会保障・人口問題研究所(旧人口問題研究所)で行っておりましたが、本人口部会におきましては、国立社会保障・人口問題研究所が行う次期将来人口推計の考え方や推計の前提について検証を行うことを目的として開催するものでございます。”

     それから20年余りを経て、社人研推計は5年ごとの実施を通じて着実に技術的な進歩を重ねてきたように思う。小生も社人研・推計メンバーの一人として2006年12月推計と2012年1月推計に携わらせていただいた。特に印象に残っているのは2012年推計で、2010年実施の国勢調査結果を基準人口として推計作業をしていた最中に、東日本大震災があり、出生、死亡、国際人口移動、すべての仮定値を見直さざるを得なくなったように記憶している。
     そして今回の推計は、その時以上に困難な状況下で行われた。コロナ禍中で「国勢調査」が行われ、出生仮定にも用いられる「出生動向基本調査」の実施・分析が遅れた。出生、死亡、人口移動、すべての人口変動要因が、コロナ禍のなかで急変した。推計スケジュール全体が約1年先延ばしになったことで、2022年までの人口動態の実績が概ね把握できるなかでの公表。こういった状況下で行われた推計であるからこそ、ポスト・コロナ、とりわけ今2023年以降の人口動向をどう見通すのか、私も国民の一人として大いに注目していた。
     しかしながら、その公表結果には正直驚かされた。コロナ禍の影響がほとんど加味されていない・・・・。私の抱いた違和感はすでに多くの有識者からも表明されている。これらの指摘がすべて的を射ているとは思わないが、共感できるコメントも少なくない。推計に携わる社人研のメンバーから直接話を聞けば、自身の不勉強による誤解だったと気付かされる点、それは致し方が無いと容認せざるを得ない点がある一方で、“だとしても何故?”と未だ納得のいかない部分が数多く残る。
     少子高齢化と人口減少が国難とさえ言われる昨今、人口に関する国民全体の関心とリテラシーは確実に高まっていると感じる。それだけに、専門外の人にも分かり易いより丁寧な説明が求められるのではないだろうか。国民からの信頼が失われる時、その使命も終わる。老婆心ながらそう考えたりする。

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  • 新聞記事の吟味

     もう半世紀も前になるが、高校生の頃、毎日のように新聞記事を切り抜いて、スクラップブックを作っていたことがある。かなり色あせてしまっているが、オイルショックにいたる過程をたどることもでき、なつかしい。当時は、新聞記事には間違いなどあろうはずもないと思っていた。
     歳をとってきて疑い深くなってきたためか、あるいは新聞記者になった教え子の記事をみる機会が増えたせいか、最近新聞記事を読んでいて、疑問に思うことが時々ある。
     この間もある新聞の一面に、「成長の罠 人材投資で克服」、「復活アイルランド 教育や研究、厚い支援」という見出しが目に付いた。「政府支出に占める教育や研究開発の割合は13%と日本の8%を大きく超える。この結果、IT(情報技術)大手が競って拠点を設け、対内直接投資は30年間で30倍以上に増えた」との説明がなされていた。優秀な人材は、外資系企業を惹きつける要因のひとつではあるが、私が専門とする産業立地論では、アイルランドの成長は、製造業からIT企業、製薬業本社と業種・機能は時とともに変わりつつも、一貫して「租税回避地」として機能してきたゆえと考えられてきた。アメリカなどからの多国籍企業の立地がまずあり、それらの企業のニーズに応えるために、人材投資がなされてきた側面が強いのではないかと思う。新聞記事には、「大胆な規制緩和と減税で外資誘致に踏み切った」とも書かれているが、力点は教育に置かれており、因果関係を見誤る可能性を否定できない。
      もう1つ事例を挙げると、「コンビニ、縮む商圏 店舗当たり人口『3000人未満』9割」と見出しを掲げた記事が、以前掲載されたことがある。そこでは、コンビニ1店当たりの人口をもとに、本地図が濃淡で塗り分けられており、自治体ごとの推計人口を店舗数で割り、1店舗当たりの人口を計算したと説明がなされていた。記事の中で、日本でコンビニ1店当たりの人口が少ない自治体の2位に神奈川県箱根町が挙げられており、店舗数17に対して、人口が1万1,655人とされていた。ここでの推計人口とは、夜間人口(常住人口)をもとにしたもので、箱根のような観光地でのコンビニの消費者を想定したものとはいえない。オフィスで働く昼間人口をもとにコンビニが密集する東京や大阪などの大都市都心部の自治体でも、夜間人口で割っていたとしたら、店舗当たりの人口は、コンビニの実際の「成立人口」から大きく乖離した数字といえる。地域によっては、交流人口や昼間人口を考慮した計算が求められる。「人口減で店舗の経営環境は厳しさを増している」ことは間違いないが、「3000人未満」9割の数字は、大きな誤解を生むことになる。
      挙げ出したらきりがないので、このあたりでやめるが、あまりよいことではないが、最近の新聞記事の中には、因果関係を正しく考察することの重要性、統計データの捉え方で注意すべき点を学生に教える教材になっているものが少なくないのである。

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  • 特別企画講座E(繊維産業の展開と若手社員の仕事内容を知る)の実施と考察 について

     以前のメールマガジン(2019年1月/VOL.165※)でも述べたが、ご存じのように福井県は合成繊維を中心とした日本有数の繊維産地であり、ファッション分野では高級ブランドに生地が採用されたり、産業資材分野でも重要な部材として使用されたりしている。しかし一方で、学生への知名度がそれほど高くないためか、新卒の大学生を募集してもなかなか採用に至らない、という話も耳にしていた。
     そこで、経済学部の講義として福井県の繊維産業に関わる方々をゲスト講師としてお招きした、特別企画講座を企画することとなった。いずれの企業における取り組みも大変興味深く、経営学を学んだ学生が「生きた教科書」として理論と実践とを結びつけて学ぶことは大きな意義がある。また、福井県内には繊維をルーツとしながらも、機械や化学、情報といった別の産業へと展開も多く見られることから、地域産業の発展について経済学的な視点から学ぶことにもつながる。そして、この講座をきっかけとして採用に結びつくことになれば、企業側のメリットにもなると考えたためである。なお、本講座の企画・実施にあたっては、本学と包括協定を結んでいる福井商工会議所の繊維部会にご協力を頂いている。
     全15回の講義を終えて福井商工会議所が受講生から採ったアンケート(55名回答)によれば、福井県の繊維産業に関する理解度について、受講前が「よく理解していた」が9.1%、「やや理解していた」が23.6%と、地元出身の学生が半数近くを占めているにも関わらず、合わせて32.7%という非常に低い数値となっていた。一方で、福井県の繊維業界についての興味については、受講前が
     「とても興味があった」が14.5%、「やや興味があった」が40.0%と、合わせて54.5%となり、興味はあるが理解度は非常に低いという状況であった。受講後の感想としては、理解度については「よく理解できた」が49.1%、「やや理解できた」が45.5%と、合わせて94.6%、興味については「とても興味が湧いた」が49.1%、「やや興味が湧いた」が38.2%と、いずれも大きく数字がアップしたことがわかる。受講生の講義への満足度については、「とても満足」が65.5%、「やや満足」が29.1%と、合わせて94.6%という高い数字となった。また講義では、主に本学卒業生を中心とした若手社員に現在の仕事内容について説明してもらう時間を設けていたが、学生はその内容にも高い関心を持っていたようである。
     繊維産業は長い歴史を持ち、多くの危機的状況を乗り越えて新しい分野へも積極的に進出することで生き残ってきたことから、学生にとって学ぶべき点が多い産業でもあり、将来の仕事の場としても非常に魅力的だと思われる。しかし一方で、そうした繊維産業の魅力がほとんど伝わっていないように思われることから、若い世代が関心を持ち、今後の繊維産業を引っ張っていくようになるためには、さらに積極的にアピールを行っていくことが重要であることを、今回の企画を通して感じたことである。
     なおこれらの詳細については、2023年4月中旬発刊予定の、株式会社東レ経営研究所編『経営センサー』2023年4月号、に掲載予定である。
     
    ※「「繊維王国・福井」の強みとは」
    https://www.fpu.ac.jp/rire/publication/column/d152957.html

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  • ナーガールジュナ――「縁起・無自性・空」――

     このメルマガで昨年、一昨年と言語批判哲学の話をさせてもらいました。今年は真打登場です。ナーガールジュナ(150頃-250頃、中国名「龍樹」)です。彼は八宗の祖、つまり大乗仏教諸派全体の祖とされます。そして彼の思想の中心は『中論』で展開される「縁起・無自性・空」の「空の論理」です。そうナーガールジュナは実は言語批判哲学者なのです。
    1 縁起:「一切は縁起(原因)によって起こる」というブッダの縁起説を、ナーガールジュナは哲学的・論理的に徹底して考え抜きます。彼は縁起を因果関係ではなくより広く「相互相依(そうごそうえ)」の関係、つまり相互依存の関係として捉えます。つまり、一切の事物は他の事物との相互依存関係によって成り立っていると考えます。論敵は、説(せつ)一切(いっさい)有部(うぶ)達の「実体論」です。勿論彼らも仏教者として「諸行無常」を認める以上、個々の事物は生滅変化するものであり、実体ではありません。しかしこの事物の背後に、椅子ならそれを椅子とし、机ならそれを机とする普遍的本質、言葉の普遍的意味、仏教用語で「自性」を想定します。ナーガールジュナはこの自性を徹底して否定するのです。
     では、椅子はなぜ「椅子」と呼ばれるのか。通常は椅子の概念、「椅子」という言葉の意味によってだと考えます。しかしナーガールジュナは相互相依の関係によってだとします。例えば、「父-子」は相互に依存しあってセットで成立しています。父なくして子はない。子なくして父もない。子が生まれて初めてその子の父となります。父のもとに生まれて初めてその父の子となります。お互いがお互いを成立させています。「長い-短い」も、長いがなくて短いはあり得ません。短いがなくては長いもあり得ません。お互いに依存しあってセットで成立しています。つまり一切の事物は縁起つまり関係性によって成立しているのです。
    2「無自性」:この縁起はいわば「関係性のネットワーク」、言語でいえば「言葉の意味のネットワーク」です。「父」は「子」だけではなく「母」「祖母」「祖父」「叔母」「叔父」「孫」・・・といった血縁に関する語と意味上のネットワークを成しています。そしてこのネットワークを拡大すれば、ものの見方・考え方、世界観となっていきます。問題はこの意味のネットワークは永遠不変なのかという点です。ものの見方や世界観は時代や場所さらに個人によっても異なり得ます。縁起あるいは言葉の意味は永遠不変ではなく、変化しまた消滅してしまう事もあり得ます。つまり縁起によって成立している事物は、その縁起が変化すればその事物も変化し、縁起がほどけてしまえばその事物も消失してしまいます。これを事物の側から見れば、事物はある縁起によって仮に成立している、一時的に成立しているものという事になります。つまり事物それ自体では「本質」「意味」そして「自性」を持たない、「無自性」なものなのです。
    3 空:さらに縁起は人間が自分たちの都合で作り出したもの、言葉は人間が便利に都合よく生きていくための道具として発明したものだとすれば、縁起や言葉以前の世界はどのような世界なのでしょうか。いかなる規定も意味もない、無規定・無意味の世界、つまり「空」です。しかし空は「無」ではありません。無においては何も成立しませんが、空は無規定・無意味ですが、成立しうるあらゆる縁起や意味の可能性を孕んでいます。
    4 まとめ:一切は縁起によって成立しているから無自性であり、一切が無自性であるから世界は空という事になります。人間が自分の都合で縁起を結ばない限り、空そのものには「夢」も「希望」もありません。しかし「絶望」も「苦」もまたないのです。

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  • 2023年の経済見通しと、求められる企業経営

     2022年の日本経済を概観すると、コロナと物価上昇に翻弄される消費マインドに呼応して実質 GDP が一進一退の推移となり、停滞感を引きずる状況が続く一年となった。特に、年央にはコロナ感染が世界トップクラスに拡大、行動制限には至らないまでも自発的な外出抑制が個人消費を下押ししたことにより、今一つ精彩を欠く展開が続いた。
     一方、設備投資は増加傾向を維持し景気の下支え役となり、輸出も秋頃までは堅調な需要拡大を続けた欧米向けを中心に増加、年末にかけて個人消費もウイズコロナへの移行により感染再拡大の中でも持ち直したため、景気はかろうじて回復傾向を維持することができた。
     ただ、年末近くには欧米の景気減速や中国のコロナを巡る混乱により輸出が減少に転じるなど海外景気悪化の影響が波及、物価が一段と上昇し個人消費への逆風が強まる中で、12月8日に公表された2022年7~9月期の国内総生産(GDP)改定値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.2%減、年率0.8%減となり、11月に公表された速報値(前期比0.3%減、年率1.2%減)からは上方修正となったものの、その勢いは弱いままの推移となっている。
     こうした中、2023 年は物価上昇と海外景気悪化という強い逆風に加え、国内のコロナ感染再拡大、さらには突如政策変更を決めた日銀の実質利上げなどから、先の見えない状況を強いられるであろう。こうした事態を克服するには、まずは物価上昇に見合う賃金アップが必要不可欠との声もあるが、日本企業の大宗を占める中小企業にとっては従業員が満足いく賃金アップは至難の技であり、今の景況打開策としては、やはり企業経営の本質を改善することが先となろう。
     では、こうした中で企業経営はどうあるべきか。仮に、景気が持ち直すといっても、それに連動して全ての企業で経営環境が改善されるわけではない。ましてや、低い成長率が予想される中では、業界の構造的問題や企業規模、業態、そして企業のマネジメントの違いによる格差を伴い、負け組と勝ち組がこれまで以上に鮮明となることも考えられる。
     そこで、自社が勝ち組に入るためには一体何を成すべきか。それは言うまでもなく、企業トップの経営姿勢が時流を先取りしながら進化し続けることができるかということ。そうしたトップを理解し高いモチベーションを維持する社員の存在があるか否かということになろう。具体的には、今の企業トップが創業者であれ後継者であれ、ましてや性、学歴、年齢に左右されることなく、時代を先取りしたビジネスモデルを如何に構築し続けることができるかどうか。そのビジネスモデルを共有した社員の存在。いわば一丸経営、全体経営とでもいうべき経営スタイルを維持しながら、マネジメントを維持し続けることができるかどうか。そのために、まずは各々の企業が原点に立ち返り、自社の技術・ノウハウ、製品、社員の質、流通、情報網など経営資源の再点検を図り、たゆまぬイノベーションへの挑戦を図ることが求められよう。
     市場の高度化、複雑化、多様化が進む時代だからこそ、そこに多くを占める中小企業の可能性が無限に広がり、中小企業が大いに活躍できるチャンスがあるのだから。

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  • 日本の国際競争力の回復に向けて

     スイスのビジネススクールIMDが毎年発表している「世界競争力ランキング」によると、2022年の日本の順位は63か国中34位となっており、その凋落ぶりが際立っている。主な原因とされるのが「ビジネスの非効率性」だが、なかでも、「経営管理(management practices)」は最下位となっている。デジタル化とグローバル化に伴う人材(タレント)の育成や多様化の遅れが主な原因とみられる。
     関連項目をみると、新たな技術を発見したり理解したり、そしてそれを生み出すために必要とされている「国際経験」が最下位(63位)となっており、中でも、「管理職の国際経験」の無さは突出している。MLBで活躍する大谷翔平やサッカー・ワールドカップで活躍した日本チームが証明しているように、世界と戦うには、普段から世界の中で揉まれることが大事である。今後は、留学や海外研修・派遣の機会をより積極的に増やす取り組みが望まれる。
     一方、教育面での問題点として、実際のビジネスに必要な「経営教育」が同60位であるほか、世界経済フォーラム(WEF)が2019年に行った調査では「クリティカル・シンキングに基づく教授法」が141か国中87位となっている。現実の社会では、決して、答えは一つとは限らない。さまざまな側面から考える力を養う教授法がより一層強く求められている。
     そこで、重要となってくるのは「多様性」である。文化と経営領域における世界的なパイオニアであるホフステードによれば、日本は、アジアで1位、世界でもスロバキアに次いで第2位の「男性性」文化の国である。そうした国では、北欧系に多い「女性性」文化の国と比べて多様性を受け入れる素地が整っていないとされる。それは「女性の研究者」(同55位)の少なさや「高度外国人材にとっての魅力度」(同54位)の低さにも顕れている。また、日本は「不確実性回避」が強い社会でもある。そのような社会では、失敗を恐れるため、イノベーションが起こりにくいとされる。イノベーションに必要な「失敗を受け入れる文化」の特徴でもある「ビジネス・アジリティ(俊敏さ)」が日本は62位であるのもそのような文化と無関係ではない。因みに、同ランキングで昨年3位から今年1位に躍り出たデンマークは、意見をぶつけ合うことができ(「権力格差」が小さい)、多様性や失敗を受け入れる素地がある(「女性性の社会」で「不確実性の回避」が弱い)など、日本とは異なる文化であると言える。
     こうした文化的背景を踏まえると、日本が多様性を高めるには、内からの変革だけでは難しく、外からの刺激が必要と思われる。有効な処方箋として、留学生を含めた「高度外国人材」や日本企業が持っていない技術や経営ノウハウなどを有する「外資」の活用を提案したい。特に、日本の場合、対外直接投資(FDI)のストック(残高)はGDP比で37%に達しているのに対し、対内FDIは同5%に過ぎず、OECD諸国(加盟国平均で同56%)の中でも圧倒的に対内FDIの割合が小さいことが問題視されている。なぜ、これが問題かと言うと、第1に、外国企業の優れた技術や経営ノウハウといった経営資源の移転効果の機会を逸してしまっているからである。米国や中国の経済的活力の背景には世界のFDIがこの2カ国に集中してきたことがある。日本の場合、フローにおいても、対外FDIと対内FDIの差が約10倍あることから、投資を国内から海外に押し出してしまう「クラウディングアウト」のメカニズムが働いている可能性も否定できない。対内FDIは本来、国内で不足している資本を肩代わりしてくれる効果が期待できるのである。たとえば、現在、鯖江にはルックスオティカという世界最大のアイウェア企業が進出しているが、世界トップクラスの福井のめがね製造技術と世界レベルの経営ノウハウの融合による経営の安定化と新たな付加価値の創造に結びついている。
     有望な外資の流入を促進するには、日本企業にはないコア・コンピタンスを有する外資には優遇措置を講じるといった政策も場合によっては必要である。チリでは、世界中からスタートアップ企業を募り、審査にパスすれば、4万ドルの無償資金と1年間の滞在パスが付与される「スタートアップ・チリ・プログラム」が実施されているが、今では「チリコンバレー」と言われるほど、スタートアップの集積につながっている。
     日本でも、そろそろ異文化アレルギーを卒業する時期に差し掛かっているのではないだろうか。必要な企業や人材に対しては、国籍を問わず、活躍の場と安心できる環境を提供するなど、日本での活動を「不安」ではなく「期待」と「希望」に変えるような政策や取り組みが望まれる。

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  • 人件費と付加価値

     10月26日(水)に開催された福井県立大学創立30周年記念「地域経済研究フォーラム」特別シンポジウム『創造時代(Society5.0)の仕事術』で、中沢孝夫氏(福井県立大学名誉教授)による基調講演『仕事の意味─「人的資源の成長」を基礎に─』(第1部)を聞く機会を得た。

     日頃考えていたことへのヒントなど、色々と面白い話を聞くことができたが、なかでも「すぐに役にたつ人間はすぐ役に立たなくなる」という言葉は心に残った。企業が100年続くためには変化しつづける必要がある。変化しなければ価格競争になる。価格競争から逃れるためには、付加価値のあるものを作りつづける必要がある。そのためには開発力が大切である。そして、今迄と異なること、差別化することを考えるためには、基礎となるリベラルアーツ(教養)の厚みが大切である。たとえ専門性が高く「すぐに役にたつ」としても、リベラルアーツが基礎にないと人間が狭くなり、応用がきかないので「すぐ役にたたなくなる」。一見無駄なことをすることで人間が広くなる。同時に一つのことに集中することで見えてくることがある。この両方を持つ人材が必要であり、育てていかなくてはいけない。(以上は私の理解です。中沢先生の講演の趣旨とは異なります。ご容赦を)

     さらに、2014年に開催された地域経済研究所特別シンポジウムでの中沢先生の報告「福井の歴史経路と発展への道」を思いだした。冬が長く、雪が深く、交通が不便であるといった福井の条件の悪さが、逆に福井を育んだというものであった。逆境を克服することや失敗から学ぶことが福井の強みとなり、「幸福」日本一とされる福井になれたという話が面白かった。このロジックはとても怖く、時々思い出して考えている。福井は「不幸」だから強くなれた。とすると「幸福」になった今はどうなのだろうか。

     ご存知のように福井は「幸福」日本一を謳っている。ところが福井の企業にはまだ「不幸」だった時代から変われていない企業がまだあるように思える。たとえば最近社会的な課題となっている人件費について「安い」ことを売りにしていないだろうか。「賃金が安いことで県外の企業を福井に誘致している」と聞いたことがある。「地元出身の学生しか雇わない」という話も聞いた。実家暮らしなら、家賃の補助がいらず、給料が安くても暮らしていけるからとのこと。「幸福」を知っている学生に「不幸」だった時代と同じままでやる気を出して働いてくれるだろうか。優れた人材を集めることができるのだろうか。

     労働力の安さに頼っている企業にとって大変な時代になる。実習生に頼っている企業であれば、これまで日本に来てくれた国の実習生が円安の影響で日本に来なくなることが懸念されている。日本の人件費が高いならと、安い労働力を求めて海外に進出する企業もある。中国へ行き、ベトナムへ行き、カンボジアへ行き、今はミャンマーだろうか。その次は? 日本の労働力が安いからと世界を一周して戻ってきたら笑えない。労働力の安さに頼る経営からは脱却しなくてはいけない。たとえ価格が高くても価値があると顧客が考える仕事はできないだろうか。人件費が高くてもより大きな付加価値を生みだすことできれば良いのではないか。

     すでに様々な企業で、多種多様な努力が積み重ねられている。なかでも京セラのアメーバ経営で活用されている「時間当たり採算」は参考になる。「時間当たり採算」では労務費を費用とせず、生み出した付加価値を時間当りで測定している。これによって、給料と生み出した付加価値を比較できるようになる。従業員は自分の仕事と給料を比べ「食い扶持を稼ぐ」ことができているかがわかる。もし「稼ぐ」ことができているなら会社に貢献していることになり、できていないなら会社に食わせてもらっていることになる。創意工夫を重ね、いかに付加価値を生み出すかに労働者を誘うことができる。経営者にとってはビジネスが付加価値を生みだしているか判断する指標となり、戦略を考える出発点となる。

     人件費はコストではない。付加価値を生み出す源泉なのだ。企業の存続・成長には、どれだけ人に投資するかが生命線となる。「福井は人件費が『安い』ですよ。人件費は一見高く見えますが、それ以上にビジネスが成功しますから。」そんなことが当たり前に言える地域になれたらと思う。

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