福井県立大学地域経済研究所

2024年11月

  • 民主主義を考える 終わりなき旅路

     民主主義とは何か? 民主主義の在り方が根本から問われる時代を私たちは生きている。今回は、民主主義という言葉を聞くといつも脳裏に浮かぶスイスの小さなまちでの思い出話をお届けできればと思う。

     スイス東部に位置するアッペンツェル。直接民主主義が息づくまちだ。毎年4月に3千人ほどの住民が広場に一堂に会し「青空住民議会」が開催される。議会のはじめには行政から昨年度の会計報告があり、その後、様々な議題に関して、住民が右手をあげるかどうかでまちの政策が直に決まっていく。住民が代表となる議員を選出し、その議員が議会で決定行為を行う間接民主主義とは異なるスタイルだ。参加と責任はセットであり、住民の右手には責任が直接かかってくる。青空住民議会はその最高意思決定機関だった。

     青空住民議会という直接民主制の仕組みにも当然ながら長所と短所がつきまとう。しかしながら、地域の人々が集まり、意見を述べ合い決定していく姿には、民主主義への人々の社会的意志を示すのに十分な力で溢れていた。自分たちのまちのことは自分たちで決めていく。分権社会であるスイスの自治の精神を凝縮したかのような一場面に圧倒された。

     さて、少しの間このまちに滞在することを決めたのだが、困ったことがある。端的にいうと物価が高いのだ。レストランで食べていては旅を継続することはできない。こういうときは、パンとチーズでも買って、屋外の雰囲気がよいベンチに座って食べる。それが自分流の対処法だった。特に、スイスの景色はどこを見ても息をのむ美しさであり『アルプスの少女ハイジ』の世界。至る所に素敵なベンチがあり、選択肢はあまたあった。その中でもすごく惹かれた机つきの一つのベンチがあった。空も暗くなりはじめたころ、そこで一人、パンをかじりはじめた。

     するとなぜかそのベンチに人があつまりはじめた。アフリカのソマリアから来たという彼、アフリカのエリトリアから来たという彼、はたまたチベットから来たという彼。私は当然ながら驚いたが、彼らも驚いたことだろう。なぜここに見知らぬ東洋人が座っているのだと。そのベンチは、母国を離れ難民としてスイスに移り住んで来た彼らが、夜な夜な集う“アジト”と名づけた大切な居場所だった。気があい、話が盛り上がった。ビールを2本ももらった。なんとも愉しい晩餐となった。

     ただ、自分に刻まれたことがあった。あなたはなんでこのまちに来たんだと聞かれて、「青空住民議会」を見たくて来たんだ、と答えた。しかし、彼らは、その存在自体を知らなかった。あれほど人が集まり、政治的決定を行う象徴的なイベント。それだけでなく、青空住民議会の後には、人々の交流がまちに溢れ、レストランでは地ビールを飲む姿が夜遅くまで見られる特別な日、なのにだ。間違いなく青空住民議会の存在は民主主義における世界の良き事例の一つであると思う。それでも、彼らとの接点がまったくないという事実に、頭を殴られた気分だった。

     その日以降も、まちを紹介してくれたり、彼らと時間をともにした。まちを離れる前には、チベットからきた彼の住まいに招かれ、チベットの蒸し餃子であるモモをふるまってくれた。そして、彼の夢や希望に聴き入った。

     話を戻そう、民主主義とは何か? 答えは簡単には出そうにない。しかし、政治体制の在り方だけを意味する言葉ではないことは確かだ。その概念の範疇は、山よりも高く海よりも深い。一人ひとりが持つ尊厳と可能性の価値を認め合うことに立脚する営みであり、そして、それは終わりなき旅路であること。私はそう教わった気がする。

    記事を読む

  • ■中島精也先生による時事経済情報No.111

    PDFファイルはこちら

    記事を読む

  • ふくい地域経済研究第39号

    記事を読む

  • 第5回地域経済研究フォーラム「高速交通による大交流時代と福井・中部の課題」

    12月19日(木)13時30分~17時00分に、福井駅西口ハピリンホールにて、「高速交通による大交流時代と福井・中部の課題」と題した地域経済研究フォーラムを開催いたします(中部圏社会経済研究所との共催)。北陸新幹線開業後の福井の成果と課題や、新幹線などの高速交通体系整備下での福井および中部地域の地域経済について、考える機会になればと思っております。多くの方の参加をお待ちいたしております。
    チラシはこちら
    お申込みはこちら

    記事を読む

  • 大韓民国大邱政策研究院と連携協定を締結しました。

     お知らせ

     10月30日に、大韓民国大邱広域市の大邱政策研究院の会議室にて、当研究所の松原宏所長と大邱政策研究院の朴 良浩(パク・ヤンホ)院長が連携協定書に署名し、協定締結式が執り行われました。その後、協定締結を記念して、当研究所の松原 宏所長が、大邱政策研究院および大邱広域市の担当者の前で、「日本における地方創生施策と地域活性化」と題した記念講演を行いました。当研究所からは、森嶋俊行准教授が同席し、長崎県立大学の車 相龍(チャ・サンリョン)教授とともに、「地域経済の活性化と鉄道」に関する討論に参加しました。

    大邱広域市は、繊維産業で発達した都市で、地方中心都市の大邱と光州を結ぶ高速鉄道が計画中で、北陸新幹線に対する関心も高く、今後、シンポジウムの共催や人事交流などを通じて、地域政策の連携を進めていく予定です。 

    記事を読む