2020年10月
コロナ禍における地域企業の状況から、企業経営の今後の方向性を探る
今般、福井県立大学では、コロナ禍における地域企業の状況と今後の地域企業のあるべき姿、方向性を探るべく、福井県内3,000社の企業に郵送によるアンケートを実施し、1,100社余りの企業から回答を得て、その実態並びに今後の地域企業の方向性を考察することができた。
まず、コロナ禍での地域企業の経営状況についてみると、2020年上期(1月~6月)における業況は、県内の70.4%の企業が「悪くなった」と答えている。ただ、売上げ状況をみると、全体の約4分の1が5割以上減少している一方で、約4分1は変わらない或いは増加しており、回答企業は今回のコロナ禍でも底堅く持ちこたえた企業が多かったようだ。また、資金繰りについても、5割弱の企業で「資金調達なし」(26.5%)や「自己資金」(18.4%)で賄ったと答えており、底堅い地元企業の経営状況がうかがえた。こうした中、今後の事業継続については、「継続」すると答えた企業が93.6%を占め、「休業」、「廃業」、「売却」を考える企業はわずか1.4%と少ない。つまり、今後も主に既存事業を軸に事業展開を続ける企業が多いのではないか。さらに言えば、経営戦略上は多角化するにしても今のビジネスに関連する分野で、経営資源をじっくり見極めながら新事業を考えるインサイド・アウト型の企業が多いものと思われる。一方、今回の調査では、地元企業が考える今後の成長産業についても尋ねている。その回答結果をみると、AI、ロボット、ICTなどのデジタル系分野と自然災害や感染症から身を守る、いわゆる命を守る産業分野への期待が高いことがわかった。
こうした結果から、地域産業・企業の今後の方向性を検討すると、おおよそ5つの方向性が浮かび上がる。
まず、第1の方向性だが、それは“ニューノーマル”時代に向けた新たなビジネスモデルの構築、所謂、つながるビジネスを構築すること。今回の新型コロナウイルス感染症拡大により、インターネットを通じて物事を行う動きが進んだ。すなわち、医療、教育、スポーツ、消費活動など様々な分野で、ネット上に広がるバーチャルな空間でオンラインビジネスばかりが活況を呈する姿を確認できた。それは、まさに非接触型社会への移行を意味する。在宅勤務の浸透、通学からオンライン学習へ、店舗に足を運んだ買い物からオンラインショッピングへ、対面による会議からオンライン会議へ、オンライン飲み会、オンラインによるライブ配信やスポーツ観戦など、挙げればきりがない。このように、時代は着実にデジタル社会へと切り替わっている。今回の調査でも明らかなように、仕事や暮らしの面で一旦取り込まれた仕組みが元に戻ることはないであろう。したがって、地域の産業・企業は、従来型の社会を意識しつつ、こうしたニューノーマルの時代の中で支持を集める新しいビジネスモデルの構築を考えなければならない。
第2の方向性は、“命を守る”ビジネス活動を推進すること。今回のアンケート調査では、デジタル社会の到来を意識して、今後の成長産業にAI(人工知能)や運転支援・自動運転、ICTなどを挙げる例が多くみられた。その一方で、スマートアグリ・農業ICT、予防医学、感染防護用の機能性繊維、防災・災害時通信ネットワーク、クオリティーの高い食品(加工)など命に係わる分野を成長産業と指摘する声も多く聞かれた。すなわち、今後の成長産業として期待できる分野は、“命を守る”産業分野、人類が生きるために必要な食糧、医療、教育、文化、情報、イノベーションなど、生きるために本当に必要なものの生産に集中することが求められている。福井の産業で例を挙げれば、農産物・食品加工分野ではクオリティーの高い農産物や食品加工物の生産、製造業の分野ではウイルスをシャットアウトする住宅部材の生産や繊維産業では防護服などの繊維衣料の生産ということになろう。
第3の方向性は、顧客ニーズ創造型ビジネスの展開を志向すること。今回のコロナウイルス感染症の拡大で大きな打撃を受けた産業は、観光・レジャー、飲食・サービス業であった。しかし、これら産業はコロナ終息後どこまで需要が復活するのであろう。戻るとしてもかなりの時間を要することは間違いない。本アンケートでも、今後の成長産業として観光・ツーリズムを挙げた企業ウエイトは全体の12.5%にとどまっている。観光・飲食など幅広い意味でのサービス業の特徴は、生産と消費の同時性、すなわち客が来て初めて生産が始まること。これら産業が従来型の対面による活動、言い換えればアナログな活動に留まることは、もはや得策ではない。待ちのビジネスから攻めのビジネスへと転換するためにも、既存のビジネスモデルに一味付けて事業の柱を多様化する、所謂、ハイブリッド化することが必要ではないか。福井県唯一の温泉地あわら温泉旅館の中には、夕食や源泉、浴衣のセットを提供し、自宅で温泉旅館を味わえる新プランを開発、家庭に居ながら温泉旅館の雰囲気を味わってもらおうという戦略を打ち出した。いわば、温泉旅館のテイクアウトである。また、福井市にある文具店では、オンラインで店内の様子を見ながら買い物ができるバーチャルショップに切り替え反響を呼んでいる。既存のビジネスに新たな価値を付け多様化することは、新たな顧客ニーズを創造することにもつながっていく。今後は、そんなハイブリッド型のビジネスモデルが求められる時代ではなかろうか。
そして、第4の方向性は、これまで述べた3つの方向性のどれを選ぶにしても、それを可能とするために、自社のデジタル化を推進することが必要となろう。すなわち、企業内部での効率性をさらに高めるために、デジタルツールの活用による働き方改革を実践することである。
最後に、第5の方向性として、昨今の時代変革を一つ挙げ、そこから今後の地元産業・企業の在り方を考えよう。それは、Society5.0の時代を意識した事業領域への参入であろう。例えば、国土交通省が進めるスマートシティ構想。これは、情報通信技術など最先端技術を活用した暮らしやすい未来型の都市をつくろうというもの。自動車や街頭に設置されているセンサーなど、あらゆるモノをインターネットでつないで、より安全で便利なまちづくりを目指す。新型コロナ感染症をきっかけに、元々進んで来たSociety5.0の時代が一気に加速することが予想される。そこで、例えば、前述のスマートシティに関連して、ICT、AI、自動走行など、地域企業はここに新たなビジネスチャンスを見出すことはできないか。大学生の就職におけるコロナ感染拡大の影響
コロナウイルスの感染拡大及びそれに伴う様々な活動の自粛は、大学生、大学院生の就職活動にも多大な影響を与えている。
企業の大学生等への採用活動は、文科省の指導もあり表面的には3年次、修士1年次の3月に広報が解禁となり4年次、修士2年次6月から採用試験が開始される。まさに大学生の就職活動が本格的に開始される時期に、コロナの感染が拡大し、3密を避けるために学生が企業と接触する機会となる「合同企業説明会」等が相次いで中止となり、企業は一時的に採用活動を停止することを余儀なくされた。福井県でも県が主催する就職イベントや大学内で開催される企業説明会が中止になり緊急事態宣言が発令されると、大学や就職の支援機関も閉鎖されるところが多く、大学生は情報の入手と企業との接触機会を失い就職活動がストップしてしまった。
しかしながらここ数年、売り手市場と称されるように企業の採用意欲が高く、水面下で採用試験を実施し2月3月時点で内々定(正式な内定は10月なので、それ以前の内定を内々定と呼ぶ)を出す動きがみられた。つまり早期に採用活動を開始した企業や早めに動き3月前に内々定を獲得した学生は、コロナの影響をあまり受けずに済んだことになる。このことは2021年卒の内定獲得率の推移にも表れている。今年の4月1日時点の内定状況は、31.3%と好調で昨年の3月時点の内定率を10ポイント上回っていた(就職みらい研究所調査)。ところが6月時点になっても内定状況はあまり伸びない。昨年は65.3%であったが本年は56.9%と10ポイント程度低い状況だ。9月1日時点の内定率は85.0%と徐々に上昇してきているが、昨年に比べまだ8.7ポイント低い。
採用活動が一時的に停止しただけでなく、緊急事態宣言が解除されても需要の減少や売り上げの低下から採用そのものの見直しや停止も相次いだ。ANAやJALの採用停止はニュースで大きく取り上げられたが、運輸業、宿泊業、外食産業、製造業等で採用中止や採用数の抑制が発表されている。残念ながら卒業まで厳しい状況が続くとみられる。
コロナの感染拡大は、採用活動、就職活動の時期的な問題だけでなく、採用方法にも大きな変化をもたらした。これまでの採用活動は、対面を基本とし筆記試験、グループディスカッション、集団面接、1次2次面接のように進んでいた。当初は最終面接だけでも直接学生と会って決めたいという企業が多かったが、現在ではほとんどの企業がオンラインの面接で採用を決定している。この採用方法の変化は、学生、企業双方に移動時間と交通費、試験会場費等のコストの削減というメリットももたらした。Uターン学生は、大学の所在地近隣の企業も自分の出身地の企業もハンディなく受験することができる。最終試験に対面面接を取り入れるにしても、採用試験におけるオンラインの活用は来年以降も続くと予想される。
経済環境の悪化が大学生の就職に影響する例はこれまでにもみられた。2008年9月に起きたリーマンショックは、その後大学生の就職状況が悪化し就職氷河期と称されている。2009年3月卒業生はリーマンショック時にほぼ就職活動が終了しており、内定率は95.7%と前年に比べ1ポイント程度の低下であるが、2010年91.8%、2011年91.0%と大幅に低下し2012年から93.6%と徐々に回復してくる。次年度の新卒者の採用は夏から冬の時期に決定する企業が多いと聞く。コロナの影響もおそらく、今年度よりは次年度以降の学生の就職により大きく出る可能性が高く、その影響は2、3年継続するであろう。
実際に企業を回っている本学のキャリアセンターの担当者によれば、来年以降の新卒採用について(1)採用を中止する企業、(2)採用数を減少する企業、(3)なお採用意欲が高い企業があるという。採用意欲が高い企業においても、Uターン者を含め応募倍率は高くなり、競争は厳しくなる。
大学生にとっては、しばらく厳しい就職状況が続くと思われるが、withコロナの新しい生活スタイルが求められることと同様に、就職・採用活動においても新しい様式が出てくるかもしれない。これまでの就職活動は学生の時間的負担が大きかった。ただ悲観的になるだけではなく、企業・学生の双方によるオンライン、リモート等の積極的な導入が学業と就職活動を両立させ新たな出会いが生まれることを期待する。