福井県立大学地域経済研究所

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人件費と付加価値

経済学部経営学科 准教授 木下 和久

 10月26日(水)に開催された福井県立大学創立30周年記念「地域経済研究フォーラム」特別シンポジウム『創造時代(Society5.0)の仕事術』で、中沢孝夫氏(福井県立大学名誉教授)による基調講演『仕事の意味─「人的資源の成長」を基礎に─』(第1部)を聞く機会を得た。

 日頃考えていたことへのヒントなど、色々と面白い話を聞くことができたが、なかでも「すぐに役にたつ人間はすぐ役に立たなくなる」という言葉は心に残った。企業が100年続くためには変化しつづける必要がある。変化しなければ価格競争になる。価格競争から逃れるためには、付加価値のあるものを作りつづける必要がある。そのためには開発力が大切である。そして、今迄と異なること、差別化することを考えるためには、基礎となるリベラルアーツ(教養)の厚みが大切である。たとえ専門性が高く「すぐに役にたつ」としても、リベラルアーツが基礎にないと人間が狭くなり、応用がきかないので「すぐ役にたたなくなる」。一見無駄なことをすることで人間が広くなる。同時に一つのことに集中することで見えてくることがある。この両方を持つ人材が必要であり、育てていかなくてはいけない。(以上は私の理解です。中沢先生の講演の趣旨とは異なります。ご容赦を)

 さらに、2014年に開催された地域経済研究所特別シンポジウムでの中沢先生の報告「福井の歴史経路と発展への道」を思いだした。冬が長く、雪が深く、交通が不便であるといった福井の条件の悪さが、逆に福井を育んだというものであった。逆境を克服することや失敗から学ぶことが福井の強みとなり、「幸福」日本一とされる福井になれたという話が面白かった。このロジックはとても怖く、時々思い出して考えている。福井は「不幸」だから強くなれた。とすると「幸福」になった今はどうなのだろうか。

 ご存知のように福井は「幸福」日本一を謳っている。ところが福井の企業にはまだ「不幸」だった時代から変われていない企業がまだあるように思える。たとえば最近社会的な課題となっている人件費について「安い」ことを売りにしていないだろうか。「賃金が安いことで県外の企業を福井に誘致している」と聞いたことがある。「地元出身の学生しか雇わない」という話も聞いた。実家暮らしなら、家賃の補助がいらず、給料が安くても暮らしていけるからとのこと。「幸福」を知っている学生に「不幸」だった時代と同じままでやる気を出して働いてくれるだろうか。優れた人材を集めることができるのだろうか。

 労働力の安さに頼っている企業にとって大変な時代になる。実習生に頼っている企業であれば、これまで日本に来てくれた国の実習生が円安の影響で日本に来なくなることが懸念されている。日本の人件費が高いならと、安い労働力を求めて海外に進出する企業もある。中国へ行き、ベトナムへ行き、カンボジアへ行き、今はミャンマーだろうか。その次は? 日本の労働力が安いからと世界を一周して戻ってきたら笑えない。労働力の安さに頼る経営からは脱却しなくてはいけない。たとえ価格が高くても価値があると顧客が考える仕事はできないだろうか。人件費が高くてもより大きな付加価値を生みだすことできれば良いのではないか。

 すでに様々な企業で、多種多様な努力が積み重ねられている。なかでも京セラのアメーバ経営で活用されている「時間当たり採算」は参考になる。「時間当たり採算」では労務費を費用とせず、生み出した付加価値を時間当りで測定している。これによって、給料と生み出した付加価値を比較できるようになる。従業員は自分の仕事と給料を比べ「食い扶持を稼ぐ」ことができているかがわかる。もし「稼ぐ」ことができているなら会社に貢献していることになり、できていないなら会社に食わせてもらっていることになる。創意工夫を重ね、いかに付加価値を生み出すかに労働者を誘うことができる。経営者にとってはビジネスが付加価値を生みだしているか判断する指標となり、戦略を考える出発点となる。

 人件費はコストではない。付加価値を生み出す源泉なのだ。企業の存続・成長には、どれだけ人に投資するかが生命線となる。「福井は人件費が『安い』ですよ。人件費は一見高く見えますが、それ以上にビジネスが成功しますから。」そんなことが当たり前に言える地域になれたらと思う。