新聞記事の吟味
もう半世紀も前になるが、高校生の頃、毎日のように新聞記事を切り抜いて、スクラップブックを作っていたことがある。かなり色あせてしまっているが、オイルショックにいたる過程をたどることもでき、なつかしい。当時は、新聞記事には間違いなどあろうはずもないと思っていた。
歳をとってきて疑い深くなってきたためか、あるいは新聞記者になった教え子の記事をみる機会が増えたせいか、最近新聞記事を読んでいて、疑問に思うことが時々ある。
この間もある新聞の一面に、「成長の罠 人材投資で克服」、「復活アイルランド 教育や研究、厚い支援」という見出しが目に付いた。「政府支出に占める教育や研究開発の割合は13%と日本の8%を大きく超える。この結果、IT(情報技術)大手が競って拠点を設け、対内直接投資は30年間で30倍以上に増えた」との説明がなされていた。優秀な人材は、外資系企業を惹きつける要因のひとつではあるが、私が専門とする産業立地論では、アイルランドの成長は、製造業からIT企業、製薬業本社と業種・機能は時とともに変わりつつも、一貫して「租税回避地」として機能してきたゆえと考えられてきた。アメリカなどからの多国籍企業の立地がまずあり、それらの企業のニーズに応えるために、人材投資がなされてきた側面が強いのではないかと思う。新聞記事には、「大胆な規制緩和と減税で外資誘致に踏み切った」とも書かれているが、力点は教育に置かれており、因果関係を見誤る可能性を否定できない。
もう1つ事例を挙げると、「コンビニ、縮む商圏 店舗当たり人口『3000人未満』9割」と見出しを掲げた記事が、以前掲載されたことがある。そこでは、コンビニ1店当たりの人口をもとに、本地図が濃淡で塗り分けられており、自治体ごとの推計人口を店舗数で割り、1店舗当たりの人口を計算したと説明がなされていた。記事の中で、日本でコンビニ1店当たりの人口が少ない自治体の2位に神奈川県箱根町が挙げられており、店舗数17に対して、人口が1万1,655人とされていた。ここでの推計人口とは、夜間人口(常住人口)をもとにしたもので、箱根のような観光地でのコンビニの消費者を想定したものとはいえない。オフィスで働く昼間人口をもとにコンビニが密集する東京や大阪などの大都市都心部の自治体でも、夜間人口で割っていたとしたら、店舗当たりの人口は、コンビニの実際の「成立人口」から大きく乖離した数字といえる。地域によっては、交流人口や昼間人口を考慮した計算が求められる。「人口減で店舗の経営環境は厳しさを増している」ことは間違いないが、「3000人未満」9割の数字は、大きな誤解を生むことになる。
挙げ出したらきりがないので、このあたりでやめるが、あまりよいことではないが、最近の新聞記事の中には、因果関係を正しく考察することの重要性、統計データの捉え方で注意すべき点を学生に教える教材になっているものが少なくないのである。