福井県立大学地域経済研究所

メールマガジン

日本人のノーベル賞の受賞を喜びながら、イノベーションについて福井で考えてみた

福井県立大学 地域経済研究所 教授 三橋浩志

 10月第1週は「ノーベル賞週間」でした。2025年のノーベル賞は、坂口志文大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授・京都大学名誉教授が、「制御系T細胞の発見」などの業績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。翌日には、北川進京都大学副学長が、「MOF(金属有機構造体)の開発」などの業績でノーベル化学賞を受賞しました。自然科学系のノーベル賞を日本人が4年ぶりに受賞したことで、日本中が大きな喜びに湧きました。今年の坂口先生と北川先生の2人のノーベル賞受賞で、自然科学系の日本人受賞者(国籍保有者)の累計は27人となり、米国(285人)、英国(89人)、ドイツ(73人)、フランス(39人)に次いで5位になりました(6位はスイスとスウェーデンの各18人)。

 福井県でノーベル賞といえば、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生を忘れてはいけません。南部先生は、福井市立進放小学校(現・福井市立松本小学校)から旧制・ 福井中学校(現・福井県立藤島高等学校)を4年修了した福井県ゆかりのノーベル賞受賞者です。南部先生のノーベル賞受賞を契機に「南部陽一郎記念ふくいサイエンス賞」が設立され、福井県内の小学生・中学生・高校生を顕彰するなど、南部先生のノーベル賞受賞は、今も福井県の学術振興につながっています。

 ところで、世界の学術界で、ノーベル賞が最も権威のある賞であることを疑う人はいません。その受賞を国民がこぞって喜びます。では、ノーベル賞の受賞者数を国別ランキングにして国民が喜ぶのは、オリンピックで金メダル獲得を応援するのと同じような、日本の学術研究の成果に対する国民の高揚感からでしょうか? 

 自然科学系のノーベル賞の対象は、基礎研究分野です。基礎研究は、その後は応用研究、そして開発研究へと発展し、最終的には新薬や新製品などの商品として市場に投入されます。画期的な新商品は、社会を変革する、いわゆるイノベーションを発現させる可能性を有しています。このように、イノベーションを起こすには、そのタネとなる基礎科学の成果が必要です。もっとも、基礎研究がイノベーションとして実を結ぶには長い年月がかかります。数年では役立たないかもしれませんが、真理の探究を目指した基礎研究の着実な蓄積が、数十年後にイノベーションを引き起こすには不可欠です。日本人がノーベル賞の受賞をオリンピックでの金メダル獲得のように喜ぶのは、学術成果への高揚感に加えて、将来の日本経済をけん引するイノベーションのタネを発見した研究者への称賛があるといえます。しかし、イノベーションを発現させるには、基礎研究の成果だけではなく、基礎研究の成果をイノベーションにつなげる仕組みも重要です。

 そこで、福井県内の研究者が英語で発表した自然科学論文数(2020年)の全国シェアをみると0.33%です。一方、福井県の特許出願数(2024年)の全国シェアは0.15%に過ぎません。論文シェアの半分以下しか特許出願のシェアはありません。特許発明者数(2024年)の全国シェアは0.2%と、出願数のシェアよりも若干高い数字です。このような全国シェアを比較すると、福井県では、数少ない基礎研究(科学論文)の成果が、特許という新商品のタネ、そしてイノベーションにつなげる仕組みが弱いのでは、という仮説も考えられます。大学研究者を中心とした論文という基礎研究の成果が、企業を中心とした開発研究による特許出願へとつなげる地域イノベーションシステムの強化が求められているのかもしれません。

 先日の10月23日(木)と24日(金)は、福井産業会館で「北陸技術交流テクノフェア」が開催され、209の企業や団体がブース出展し、技術マッチングや商談で2万人近くの多くの技術者や研究者が参加し、交流を深めました。福井県には、シェアトップの企業が多数存在し、製造業(ものづくり企業)の厚い集積が特徴です。会場通路を歩くのも困難なほど多数の技術者が集まった北陸テクノフェアの熱気に触れて、福井県における地域イノベーションシステムを社会科学として政策研究する重要性を改めて感じました。