福井県立大学地域経済研究所

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  • 地域包括ケアシステムと医療・介護連携

     少子高齢化が進むわが国では、地域包括ケアシステムを推進している。地域包括ケアシステムとは、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、「住まい」「医療」「介護」「予防」「生活支援」が切れ目なく一体的に提供される体制のことである。
     福井県の高齢化率(総人口にしめる65歳以上の割合)は、2019年10月1日現在30.5%である(全国:28.4%)。2045年には38.5%に達し、おおよそ10人に4人が高齢者になると見込まれている。また、65歳以上の独居高齢者の世帯数は、2015年の2.9万世帯から2020年には3.3万世帯へと増加し、その割合は13.7%となる。さらに現在働き盛りの40代の方たちが65歳を迎える2040年には、独居高齢者の世帯数は4.3万世帯に増加し、割合は17.8%になることが予測されている。
     高齢になるに従い、昔は苦もなくできていた日常生活動作に時間がかかるだけでなく、一人ではできないことも増えてくる。また、複数の疾患を抱え、複数の専門機関を受診しなければならなくなる状況も予測される。筆者が県内で行った調査では、高齢者からは「ゴミ出しが大変」「免許を返上したら思うように病院に受診できなくなった」等の声が聞かれた。また、親を介護・看護する働く世代たちからは、「仕事をしたいのに、親の介護に加え病気の世話もしなければならない。子どものお世話もあって休む暇がない」等と発言していた。生活と医療・介護の継続が課題となり、その課題は高齢者のみならず働く世代の課題となるのである。
     福井県の医療・介護資源の一つに「メディカルネット」がある。メディカルネットとは、医療と介護を一体的に推進し、かつ適切に支援を提供するための地域のしくみである。患者・家族は、遠方の病院で受けた検査結果等を、自宅近くの診療所等で閲覧できるため、他の病院で受けた検査結果や薬の内容などがわかり、どこにいても適切な診断・治療を受けることができる。また、医療・介護職は、メディカルネットで情報を共有することで、支援を必要とする方や家族の個別にあわせた専門技術を提供することができる。メディカルネットを活用し、「私」や「私の地域に住まう住民」が、必要かつ適切な医療・介護支援を得ることで、生活の質が維持・向上させることができる。
     福井県の地域支援システムを、高齢者のみならず障害や難病を抱えた子ども、働く世代にも拡大することで、県民が安心して暮らすことのできる地域がつくられ、同時に増大する医療・介護費の適正使用にもつながる。全年代・全領域対象型の地域支援システムとしての地域包括ケアシステムの推進が求められる。

    参考:福井県HP「福井県の推計人口」https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/toukei-jouhou/zinnkou/jinkou.html

    国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計』2019年4月.

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  • 福井県の幸福度

     日本総合研究所の「全47都道府県幸福度ランキング」で、福井県は2014年版、2016年版に続き、2018年版でも総合1位となり、3回連続の「幸福度日本一」に輝いている。東洋経済刊の『都市データパック』2019年度版の「住みよさランキング」でも、全787都市の内、福井市が4位にランクされ、県庁所在地で唯一ベスト10入りしている。県内の市町では、敦賀市6位、坂井市38位、越前市46位が、ベスト50に含まれている。4市の合計人口は50万人を超え、77万人弱の福井県人口の6割を軽く超える。
     古くは経済企画庁の「新国民生活指標(豊かさ指標)」で、1994年から1999年まで5年連続で1位に選ばれたのをはじめとして、近年の幸福度ランキングの火付け役となった2011年の幸福度指数研究会の「日本でいちばん幸せな県民」でも総合ランク1位に輝いている。各種の客観的な指標から算出される幸福度(住みよさ)ランキングで、福井県は無類の強さを誇っている。
     一方で、県民の主観的な幸福度は客観的なランキングほどは高くなく、かなりのギャップが存在しているという指摘も後を絶たない。こうしたギャップの原因については、いくつかの説明が可能であると考えられる。
     以前のコラム(※)では、日本一の共働き県である福井で、家事、育児、介護の負担が女性に偏っており、女性が時間的・精神的なゆとりを持ちにくいことを指摘した。女性の多重負担は、忙しすぎてキャリアアップのモチベーションを維持できないという形で、労働力率の高さとは裏腹の管理職比率の低さに影を落としている。女性の多忙さは主観的な幸福感を阻害する要因の一つであろう。
     今回は、もう一つの仮説として、福井県の人口移動の少なさに起因する比較の対象の狭さを指摘しておきたい。意外に思われるかもしれないが、福井県は人口流入が少ないだけでなく、人口流出も少なく、H27の社会生活統計指標によると、人口転入率が1.02で全国45位、人口転出率も1.30で全国44位となっている。第二次産業を中心に中小の事業所が数多く存在し、働く場所には困らないという産業構造によって、人口移動の少ない超定住社会が実現されている。県民の8割近くが県外で生活した経験を持っておらず、その結果、福井県の住みよさに関して比較の視点を確保することが難しくなっていることが指摘できる。持ち家率の高さも延べ床面積の広さ(それに伴う個室の保有率の高さ)も、職住近郊による通勤時間の短さも、出産・育児と女性の就労継続の両立がもたらす経済的なメリットも、三世代近居の安心感も、福井県で暮らし続けている限り、空気のように当たり前で、特に意識されることはない。庭付き書斎のありの持ち家から、ドアトゥドアで30分以内で通勤可という首都圏在住者からすれば垂涎の幸福も、福井県民には当たり前すぎてピンとこないのだろう。幸せの青い鳥はいつだって身近過ぎて気づきにくいものなのかもしれない。
    (※) http://www.s.fpu.ac.jp/fukk/mailmgz/n45_sp1.html

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  • 売り手市場の就職とインターンシップ

     新規学卒者の就職は、売り手市場と言われるように非常に好調である。文部科学省の発表によれば大学等卒業者の就職率は、2018年3月98.0%、2019年3月97.6%となっている。福井県立大学の場合も両年共99.1%となり好調であった。経団連の指針により採用活動の解禁は学部生では3年次の3月、採用試験の開始が4年次の6月と定められている。しかしながら経団連に加盟していない中小企業の多い地方では、3月4月に採用試験を実施し5月頃に内々定を伝える企業も多く存在した。大手企業よりも早く採用試験を実施することで学生を確保したいとの意図からだという。
     本年の就職活動の変化として、1dayインターンシップ(以下インターン)と称し3年次から学生との接触を図る企業が増加していること、その延長として特別選考を実施し一部の学生に解禁時期の3月以前に内々定を伝える動きが見られたことが挙げられる。
     日本でのインターンはバブル崩壊後の就職難、早期離職者の増加を背景として、1997年文部省、通商産業省、労働省が3省合同として「インターンシップ推進にあたっての基本的な考え方」を公表している。その中でインターンについて「学生が在学中に自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと」と定義されている。
     インターンの実施率は急速に増加し、2018年の調査では86.3%の大学が実施している(文科省インターンシップ実施状況調査)。実施時期は夏期休業中が48.4%と最も多く、 3年次(71.1%)、期間は1週間から2週間未満(41.7%)が多いが1週間未満(32.7%)も増加している。 
     インターンの内容は概ね①就業体験タイプ(2)プロジェクト課題解決タイプ(3)講義・見学タイプに分かれる。(2)のプロジェクト型はグループでの商品開発アイデアの作成などが該当する。最近は企業説明を主とした1dayインターンも多く実施されている。
     学生はどのような目的でインターンに参加するのか。本学3年生の調査では、「志望企業で体験し就職につなげたい」(2019年35.7%、2014年12.7%)と就職を意識している学生が大幅に増加している。「職場や働くことの理解」(2019年26.9%、2014年27.9%)との回答も多く、3年次になったばかりの時期には志望企業や職種が絞られていない学生が多いことも窺える(複数回答)。
     売り手市場による採用難から企業は、早期に学生と接触を図れること、内定辞退者を防ぐ意味でもインターンに力を入れている。
     福井県が実施するインターン(福井県経営者協会事務局)は、2019年度208の企業や団体が学生を受け入れる。10日間の長期コースが32社・団体、その他が基本5日間の一般コースとなる。一般コースは第1から第5までの希望を記入し事務局が選考する。自分の希望企業等で必ずしもインターンができないことから、最近応募者が減少する傾向にあるという。
     それに代わり自分の希望企業にエントリーできる、就職支援サイトが募集するインターンの応募が増えている。マイナビのサイトによれば8月9月に福井県内の会場で開催されるインターンは76社(177コース)である。その内半日~1日は56社:115コース(73.7%:65.0%)、5日間が17社:32コース(22.4%:18.1%)と1日以下が過半数を占める。5日間、10日間コースは受入れ人数も少ないが、1日コースは複数回実施され受入れ人数も多い。学生は希望企業でインターンに参加できるように思えるが、1日コースの内容は事業内容の説明、職場見学、先輩社員との懇談が多く就業体験とは程遠い。
     文科省は産学協同で人材育成に取り組む必要があるとし、教育的効果の高いインターンの推進を提唱している。実際には今年度企業が実施するインターンは、事業説明を主とする1日のものが多く、参加学生と早期に接触し採用内々定につなげている懸念が生じる。
     企業も学生も大学も、今一度インターンの意義を再考する必要があるのではないか。

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  • 福井経営モデルの特徴と今後の課題

     福井県はモノづくりの盛んな地域であり、平成28年(2016年)経済センサス活動調査(福井県統計情報課)によれば、産業大分類別の事業所数の割合を都道府県別にみると、製造業の構成比は岐阜県に次ぐ全国2位(12.7%・5,292社)となっている。また、福井県内の従業者数については、産業大分類別では製造業が82,745人(構成比21.9%)と最も多い(ちなみに本学卒業生の卒業後の進路も、看護福祉学部を除く経済学部、生物資源学部、海洋生物資源学部において、製造業が最も多い結果となっている)。さらに付加価値額についても、産業別大分類では製造業が最も多い(5,529億円)という状況である。
     福井県は雇用情勢が良好であり、総務省統計局のデータによれば、生産年齢人口(15-64才)の有業率は平成29年(2017年)で全国トップの80.3%であり、非正規社員・従業員比率は全国で5番目に低い数値(34.6%・なお15-34才の若年層は26.0%と全国で2番目に低い)である。さらに、令和元年(2019年)6月の都道府県別の有効求人倍率(季節調整値)をみると、就業地別では福井県の2.18倍が最高となっている。
     これらの点から推測されることは、福井県のモノづくりが多くの付加価値を生み出し、そのことが安定した雇用情勢に一定程度寄与しているということが言えるだろう。ただ残念なことに、福井県のモノづくり企業はやや知名度が低く、あまり一般の人達に知られていないのが現状である。これは、福井県にはいわゆるBtoB(企業を対象として事業や商取引を行う企業)タイプの企業が多く、結果として一般消費者が企業名を目にすることが少ないためだといわれる。しかし、そうした企業の取り組みが高い付加価値を生み出しているとしたら、その特徴を捉えることには大きな意味があると考えられる。
     そうした前提に立ち、筆者を含めた本学経営学科の教員で構成されたメンバーで、平成25—30年度(2013-2018年度)の期間において、「福井経営モデル」研究プロジェクトとして福井県内の企業への実態調査やフォーラムの開催を行い、それらを通じて福井県のモノづくりについて考察を行った。その特徴は以下の通りである。
     まず「福井経営モデル」に関するキーワードとして、「本業集中」、「技術重視」、「ニッチ市場戦略」、「真面目」、「勤勉」、「女性労働力の活用」、「家族的経営」、「人材定着率の高さ」といったものが挙げられる。必要以上の多角化を行わず本業に集中し、技術にこだわりを持ち、その技術を基盤とした製品によって、大手企業が参入してこないニッチ(隙間)市場で存在感を高める。そうした技術を蓄積・発展させていくために、勤勉で真面目な経営者や従業員が一体となって、コツコツと努力を積み重ね、顧客の細かい要望に応えていく、といったところであろうか。
     福井県内のモノづくり企業へのインタビューによれば、福井県は全体的に企業規模が小さく、資金力という点では不利ではあるが、逆に、企業規模が小さく柔軟な対応が出来ることを活かして、顧客ニーズにきめ細やかに対応出来ることを強みとしていることがわかってきた。そのためには、営業部門と研究開発部門などといった企業内の部門間での連携も重要となってくるが、インタビューを行ったいずれの企業も地元出身者が多く、コミュニケーションが取りやすくなっているとのことであった。
     また人材の点では、経営者が従業員を家族のように考えるという「家族的経営」によって、従業員の定着率が高くなり、結果として長期的な視点に立った人材育成や技能・技術の継承が可能となっている、といったことも聞かれた。さらに、福井県では比較的3世代同居が多く、女性が結婚・出産後も家族の支えによって仕事を続けていることが多く、女性の有業者数も高いことで知られている。そうした女性労働力の積極的活用により、きめ細やかな作業などを行ううえで役立っているとのことであった。
     加えて、近年注目されている「同族経営」という点で言えば、福井県ではこうした「同族経営」も多く見られており、そのなかで長期的視点による経営や、素早い意思決定、企業文化や兄弟哲学の継承が可能となっている点も重要であろう。
     一方で、平成27年(2015年)における都道府県・産業別1人平均月間実労働時間数(事業所規模5人以上)を見てみると、就業労働時間数は153.0時間で全国8位となっており、やや長時間労働の傾向がある。従業員が勤勉であることは素晴らしいことだが、それに過度に依存し負担をかけてしまうことになると、それを嫌った若年層の県外流出につながりかねないことから、人口減対策や従業員の定着という意味でも、「働き方改革」をどのように実践していくのかが課題であろう。
     また、地元出身者が多いことは社会でのコミュニケーションに有利に働くことは既に述べたが、一方で顧客ニーズを捉えるために、県外の顧客の近くに営業部門を置かれていることも多いなかで、地元出身者は県外での勤務を臨まないことが多く、そうした人材をどのようにして確保するのかが課題であるという話も聞かれた。近年、グローバル化が急速に進むなかで、福井県の企業が海外展開を行ううえで、このことがネックになってくることも懸念される。加えて、福井県自体の人口減少の問題もあり、地域内からの採用に依存することは将来的な労働力不足の問題につながりかねないことは、今後の大きな課題となるであろう。
     今回の研究プロジェクトでの活動を通じて、福井県のモノづくりの特徴を知るということに留まらず、都市圏の大企業が中心であった従来の経営学に対して、地方都市の中小規模の企業にも目を向けた経営学へのパラダイムシフトにつながる一歩になったのではないかと考えている。
     最後に、今回の研究プロジェクトを実施するにあたり、福井県内の経営者や関係者の皆様には、多大なるご協力を賜りましたことを、この場を借りてお礼を申し上げます。

    以上

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  • 「食料・農業・農村基本法」の理念は実現されたか?

    「食料・農業・農村基本法」が制定されて、今年でちょうど20年になる。周知のように、「農業基本法」(1961年)に代わって制定された新しい基本法は、理念が大きく転換した。その第1条(目的)には、次のように定められている。
    「この法律は、食料、農業及び農村に関する施策について、基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする。」
    すなわち、それまでの農業基本法が、農工間の生産性格差の是正を通して農業の発展と農業従事者の地位向上をめざしたのに対して、新しい基本法は、狭義の農業政策にとどまるのではなく、消費者にも軸足を置き安全・安心な食料を供給する食料政策、生態系の維持や環境保全、自然災害の防止やレクリエーション・教育の場など、農業が有する多面的な機能を重視する農村地域(資源・環境)政策を同列に位置づけ、農業・農村の持続的な発展を「総合的かつ計画的」に進めようとした。この背景には、いわゆる農業の近代化や構造改善では法の理念が実現しないという反省があった。そこで新しい基本法では、農業の問題は、単に生産者や農業団体だけではなく、国や地方公共団体はもちろん、食品産業等の事業者や私たち消費者も責務を果たすべきものであり、「国民生活の安定向上」や「国民経済の健全な発展」にとっても重要な問題であることを明確に謳ったのである。
    法制定から20年、果たしてこうした理念は実現したであろうか。
    安倍第2次内閣が発足した2012年頃と現状(2017~18年度)とを比較してみると、農業総産出額(8.5兆円→9.3兆円)、生産農業所得(2.9兆円→3.8兆円)、農林水産物・食品の輸出額(4,500億円→9,100億円)では伸びがみられる。また、法人経営体数(1.4万法人→2.3万法人)、担い手への農地利用集積率(47.9%→56.2%)、飼料用米の生産量(16.7万t→42.1万t)なども増加している。安倍政権は、発足後すぐに「農業の成長産業化」を提唱し「産業政策」や「構造政策」(大規模化政策)に重点を置いてきたが、これらの数字の限りでは、一定の成果が現れたとみてよいであろう。しかしその一方で、農業就業人口(251.4万人→175.3万人)、基幹的農業従事者(177.8万人→145.1万人)、肉用牛飼養頭数(272.3万頭→251.4万頭)などは減少している。
    農業の成長産業化政策は、農業経営を大規模化・施設化し、担い手の構造を少数精鋭化することに重点が置かれる。その結果、上述のように金額面ではある程度の増加を示しているものの、その伸びを牽引している畜産や面的に多くを占める水田農業の基盤は弱体化しつつある。食料自給率は上昇の兆しがみられず、農業の多面的機能を発揮する上で不可欠な農村コミュニティの崩壊が指摘され、遊休・荒廃農地も今なお増加している。このことは、法の理念である農業政策、食料政策および農村地域政策との調和のとれた推進にとって決して望ましいことではない。蛻農化や農村地域の空洞化を防ぎ、食、農、地域が結びついた社会をどう実現していくのか。依然として課題は山積している。

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  • 米中貿易戦争の正当性と日本企業への影響と対策に向けて

     6月29日、G20首脳会議の合間に行われた米中トップ会談で、米国の対中輸入品に対する「第4弾」の制裁関税はひとまず見送られ、収束に向けた対話が再開されることとなった。しかし、昨年7月から米中双方が発動している第3弾までの制裁関税は維持されたままとなっており、国際経済は緊張から解放された訳ではない。
     今回の貿易戦争は当初、米国の圧倒的優位を背景に早期決着を予想する声が支配的であった。しかし、トランプ大統領が5月5日、事前合意の重要部分が「ほとんど削除されていた」として、対中経済制裁の強化を突然ツイッターで発表したことには、習首席の立場と面子を軽視した米国の驕りと決着を急ぐ焦りを感じずにはいられない。
     米国が要求してきた中国に進出する米国企業に対する技術移転の強要禁止に対して、中国政府は今年3月の全人代において、行政機関による外国企業に対する技術譲渡の強要禁止を盛り込んだ「外商投資法」を成立させ、これで妥結を図ろうとしていた。ところが、同法は企業間の取引を通じた技術移転の強要には触れておらず、抜け穴が多いことから、米政府は全面的な技術移転の禁止にまで法制化するよう求めた経緯がある。中国は内政干渉だとしてこれに強く抵抗している。また、産業補助金制度の削減要求などは、正に国家資本主義による中国の産業政策の根幹に係る部分に当たる。さらに、中国が貿易協定に違反した場合の一方的経済措置といった屈辱的な案など、中国内での求心力の回復を目論む習近平主席にとって、到底、安易に応じられるような内容ではなかったことは想像に難くない。 
     一方、解決が再び先送りになったことで心配されるのは、米中とのかかわりが深い日本への影響である。一国の経済が輸出にどの程度依存しているかを測るには、GDPのうち、国外で最終的に需要される部分の割合(国外最終需要比率)をみることが望ましいが、現在、OECDとWTOが共同開発した付加価値貿易指標(TiVA)によってこれが可能となっている。最新のTiVA(2018年12月公表)によると、2015年の日本のGDPに占める国外最終需要比率は14.4%に上る。次に、同指標から日本の国外最終需要に占める各国の割合を見ると、景気の先行きが懸念される中国向けが20.6%を占める。しかし、最大のパートナーは米国であり22.2%を占める。これは、日本と中国を含む東アジアのサプライチェーンを通じて最終ユーザーとしての米国に輸出されるモノも含まれるためだが、これらは米国の対中制裁関税の対象となる可能性がある。さらに、今後、懸念されるのは米国の貿易赤字の制裁対象として日本そのものに矛先が向けられる可能性である。なぜなら、付加価値ベースでは、日本の対米貿易黒字は総額(グロス)で見た場合よりも約60%増加するが、当然、こうした実態は米国政府も把握しているはずだからである。
     しかし、そもそも、米国が中国への制裁関税の主な根拠としている対中貿易赤字については、国際貿易の拡大に応じて、国際流動性を供給するためにドルを刷り続ける基軸通貨国の宿命(国際流動性のジレンマ)に過ぎないとの説があるほか、保護政策による関税の上乗せは、通常、輸入品価格の上昇と金融引き締め策によるドル高をもたらすことになり、輸出への悪影響から、結局、当該国の貿易赤字の解消にはつながらないとされる。さらに、米国が貿易赤字国を相手に報復関税の掛け合いになった場合はより深刻な事態が懸念される。1930年スムート・ホーリー関税法では報復が報復を呼び、米貿易は半分以下に落ち込んだ。こうした悪循環に陥らないためにも、米国は節度を持って貿易交渉に望むべきである。
     一方、21世紀は不確実性がより一層高まる時代であることを肝に銘じ、どんな企業であっても、不測の事態に備えて、今からでも、国際戦略におけるポートフォリオの再構築を図るなどコンティンジェンシープランを用意しておくべきであろう。

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  • 新しい決済方式

     新しいものが好きで、社会の変革を予感させるような新技術には特に目がない。飛びついた製品やサービスが残念だったり、すぐに陳腐化したりすることも少なくないが、それでもこの性分は止められない。
     FeliCaベースの決済方式は、Edyに始まりQUICPay、Suica、nanaco、WAONなど、ありとあらゆるものを使い倒してきた。スマホ1台でレジや改札を通るスマートさは、後戻りできない便利さである。iPhoneにチップが搭載され、県内の北陸本線にもICカード改札機が導入されたいま、モバイルSuicaを使わない理由が私にはわからない。
     そこに、バーコードやQRコードをベースとする新しい決済方式が我が国でも開始され、利用が広がりつつある。
     そして2018年12月、後発のPayPayが20%のポイント還元(実質約17%値引き)という桁違いのスケールのキャンペーンを打ち、一気にシェアトップに躍り出た。今回、私が飛びついたのはこれである。
     スマホにアプリをダウンロードし、クレジットカード等を紐付ける。簡単すぎて怖いくらいである。
     決済時のアプリ立ち上げと、読み取り等で店員と呼吸を合わせる必要があることが、FeliCaと比べて余計で面倒だと感じた。使える店舗等がまだ限られていることもあり、キャンペーン終了とともに私は使わなくなった。
     当初、不正利用による被害が生じたようで、そこには脆弱なセキュリティの存在が指摘されている。後に改善されたが、クレジットカード情報をもつ悪意ある犯罪者の安全な現金化プラットフォームになりかねないものであった。
     この新しい決済方式を使ってみて、FeliCaの凄さ(消費者が便利、高安定性)が改めて浮き彫りになったが、逆にここまで精緻な仕組みを構築しなくても、実用に耐えうることを実感した。
     それ故に手軽に店舗が導入可能(初期導入費用&決済手数料&送金手数料0円、最短翌日入金)なのであるが、キャッシュレス決済比率が低くキャッシュレステクノロジーがガラパゴス化したこの国で、バーコードやQRコードをベースとする決済方式がどこまで普及するのだろうか。
     インバウンド狙いの小さい新しいお店において、クレジットカード決済やFeliCaを導入せず、バーコード決済のみという流れが主流になるかどうか。
     個人間送金の便利さに多くの消費者が気づくかどうか。
     その動向に興味は尽きない(自分でこの新しい決済方式を利用する興味は既に薄れた)。 

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  • オーナー経営者一族の核家族化は、事業承継に影響を与えるのか?

     少し古くなるが、2017年11月19日の日刊工業新聞に、以下の記事が掲載された。
     「事業承継問題をこのまま放置すると2025年頃までの10年間累計で約650万人の雇用と約22兆円の国内総生産(GDP)が失われる可能性がある―経済産業省・中小企業庁が衝撃的な試算をはじき出した。今後10年で70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人。うち約半分の127万人が後継者未定だという。大量廃業の危機が目の前に迫り「大事業承継時代」を迎えた日本」というものだ。
     650万人というと、福井県の人口に相当する数の雇用が、今後8年程継続して消滅していくということになる。
     他方、福井県にとっては、興味深い資料も公表されている。2018年11月13日に帝国データバンクが公表した「全国「後継者不在企業」動向調査(2018年)」の結果だ。
     日本企業の後継者不在率は、全国平均66.4%と言う。およそ3社中2社が「後継者がいない(未定)」ということになる。そうした中で、これをエリア別に見ると、際立って後継者不在率が高いエリアは「北海道(73.5%)」、一方で、「四国(52.8%)」が最も低く、北海道と四国では20.7ポイントもの格差が生じてる。では、北陸エリアや福井県の状況はどのようになっているのだろうか。
     北陸エリアの後継者不在率は58.2%、福井県は58.7%だ。ちなみに、富山県は59.9%、石川県は50.1%である。北陸エリアや福井県は、「後継者がいない、または未定」という会社が、全国に比べると少ないということを、この結果は物語っている。
     ここで浮かび上がる疑問は「なぜ福井県の後継者不在率は、全国水準を下回っているのか」ということ。他方、「福井県や北陸エリアの後継者選定と決定の方法を調べることで、事業承継問題を解決に向かわせるヒントが得られるのではないのか」という興味関心が湧いてくる。
     先般、家業を継いだ嶺南の後継経営者2名と話す機会があった(その場には、地域産業・企業支援機関の事務局長、独立した社労士の方、これから家業を継ぐために、県外から戻ってきた後継経営者候補の方もいた)。
     この2名が共通して発したコメントが、実に興味深かった。事業承継の支援を行ってきた筆者の肌感覚では、後継候補(ここでは、娘・息子に限ってだが)に会社を継ぐことを決断させるには、「幼少期からの刷り込みが大事」という意見と、「娘・息子の人生なのだから、一切、継ぐことを促したことがないけれども、決断してくれた」という意見に二分している。そこで、2名に、家業を継ごうと決断した理由を尋ねたところ「将来、会社を継いでほしいという両親の言葉よりも、幼少期から日常的に祖父母から継いでほしいと、言われ続けたことが影響している」のではないか、と言うのだ。
     ここでひとつの仮説が設定できる。「福井県の三世代同居率の高さが、後継者不在率の低さに影響を与えているのではないのか」ということである。
     だから「三世代同居がいい」や「祖父母が幼少期から刷り込むことがいい」と主張したいわけではない。仮説を検証するために、福井県企業の事業承継の実態を調査し、分析することに意味があり、加えて、この検証作業を通じて、福井県は無論、日本の後継者不在率を低くする方策が何か示唆を得ることができるのではないかと、感じずにはいられない。
     日本の事業承継問題を解決に向かわせるモデルを、福井県から全国に発信できるのではないかと思うばかりである。

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  • 大雪と投資経済計算

     昨年の大雪の時、数時間毎にスコップで雪かきをしながら、実感したことがあります。この雪が福井を、福井の人を強くしたのだなと。福井県立大学地域経済研究所の元所長である中沢孝夫氏は、福井の強さの理由として「歴史的経緯」をあげられています。その中で、冬が長く、雪が深く、交通が不便であるといった「条件の悪さ」が、福井を育んだのだと説明されています。
     後日、大雪について学生と話をしました。毎日下宿の駐車場の雪かきで大変だったという学生がいる一方、祖母や親が雪かきをして、自分は家の中にいたと言う学生も。雪が降っても、道路はブルドーザーで除雪され、会社やお店、家庭でも除雪機が活躍しています。昔と比べて雪が少なくなったとも聞きます。福井の人が家族総出で冬の間ずっと雪かきをしなければならないといった環境はなくなっているのだと気付きました。雪が育む福井の強さは、過去の話となり、いずれ失われるか、少なくとも弱くなるのでしょう。
     では、福井の企業はどうすれば良いのでしょうか。雪が育む福井の強さは弱まっているのに、競争は世界を相手にしなくていけません。福井の強さに頼ったままの経営では早晩立ち行かなくなってしまうでしょう。解決策の一つは「投資」です。日本で、世界で戦える競争力を獲得するために投資しつづける必要があります。
     私が研究している管理会計学では、投資の収益性を計算する「投資経済計算(資本予算)」が提唱されています。福井県内企業への調査(2011年)によれば、福井企業の多くが、回収期間法という手法を利用していました。回収期間法では投資金額を回収できる期間を計算し、その期間が短い投資ほど有利だと判断します。変化が激しく将来予測が不確実な業界や市場など、投資を早く回収できることを重視する時に有効な計算方法です。回収期間法の計算方法はとても簡単であることも特徴です。ただ、回収期間法は、貨幣の時間価値を考慮しておらず、理論的に問題があるともされています。日本全国の企業を対象とした調査でも、多くの日本企業が回収期間法を利用していますが、同時に正味現在価値法といった貨幣の時間価値を考慮する方法も併用しています。
     手法の特性を理解し、複数の計算を行い、多面的に投資を検討するのが望ましいのですが、簡単な方法でこれだけは!と言うなら、割増回収期間法という方法があります。回収期間法が、投資金額を回収できる期間を計算するのに対し、割増回収期間法は、銀行から借りた投資資金と銀行に支払う利息をあわせた金額を回収できる期間を計算するものです。利息を含めた金額の回収期間を計算することで、貨幣の時間価値を考慮しているのとほぼ同じ、理論的な計算となります。加えて、銀行から融資を受ける時は、返済できる投資なのか銀行から審査を受けることになるでしょう。投資の直接的な効果ばかりでなく、第三者の視点、財務的な視点から投資を冷静に評価しなおすことも可能になります。他にも、社内金融などを応用して経営の中で活用するなど、様々な効果を得ることができるでしょう。
     会計は税金の計算をするためだけにある訳ではありません。是非、経営に会計を活用し、会社をそして福井をより良くしていただけたらと願っています。

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  • 人的要因にかかわる安全管理の新しい見方

     安全管理の現場というと、つらく不毛な現場であると感じる人は多いのではないだろうか。繰り返される事故の原因は当該メンバーがうっかりしていた、他のことに気を取られていた、ぼーっとしていたためであり、対策は事象の掲示とマニュアルを徹底するよう指導することに尽きる。しかしながら、同じような事故が繰り返されているということは同じような対策も繰り返されているということであり、これ以上何をすればよいのかがわからない。どうすれば事故を減らせる、根絶できるのかと日々頭を抱えている。
     これが従来からの安全管理の現場の姿(Safety I)である。所定のマニュアルが定められ、安全かどうかは「マニュアル通りに作業をしているか」と実績(一定期間ごとの事故件数や事故率)で評価される、そして、事故の際にはどこでマニュアルから逸脱したのか、なぜ逸脱が生じたのかが分析される。そして逸脱を生じさせないために、注意書きの赤文字が現場に書き込まれ、監視と教練が強化されるとともに、場合によっては罰則が設けられる。
     このような従来からの安全管理の姿に対して、新しい安全管理の姿(Safety II)への移行をすべきだという声が上がってきている。
     Safety IIの考え方の特徴は、マニュアルにある手順からの逸脱を「排除すべきもの」ではなく「適応の結果」とみる、という点である。マニュアルは理想的な作業の進め方を描いた「道しるべ」であって、人を縛るものではない。そしてマニュアル通りでない行為(逸脱)については、「望ましくないもの」と決めつけるのではなく、その時にその人にとって最も適応的であった行動とみるのがSafety IIの考え方である。
     例えば、「ある作業をしている最中にうっかりミスが起きたが、そのことに気づかないまま作業が進み、事故に至った。調査すると、指差し確認をしていなかった(マニュアルではするようとに書かれていた)ことがわかった」というのはよくある失敗だろう。この時、指差し確認しなかったことを違反として摘発し、指導を徹底するのがSafety Iである。一方、Safety IIではこの例に対して、「本人」にとっては(たとえ違反であったとしても)「指差し確認をしない」ということが「適応的」だったからこそ、指差し確認をしなかったのだと考える。そして、例えば、これまでにも指差し確認をしなかったことが多々あったはずである(それが適応的なのだから)と考え、「なぜこれまで事故が起きなかったのか」へと考えを進めるのがSafety IIである。
     それはたまたまの幸運で事故に至らなかったのかもしれない。もしそうであれば、単なる運を必然に変えるにはどうすればよいのかを考える。逆に、きちんとマネジメントされた結果として事故に至っていなかったのであれば、「どのようなマネジメントがなされていたのか」「なぜこれまではマネジメントできていたのか」、あるいは「なぜ事故が起きた時にはマネジメントされなかったのか」を考える。
     こうして「事故に至らせない要因・方法」を現場の実践から見つけ出すのがSafety IIである。Safety Iでは「事故が起きた事象」だけしか見ない。一方で、Safety IIでは「事故に至っていない=ノーマルな日常」に着目する。当然ながら事故に至るケースよりも、ノーマルなケースの方が本来数が多い。すなわち、事故だけを調べるより、参照すべきケース数が多く、その分抽出できる教訓は多くなると期待できる。
     このような視点に立った安全管理は、航空分野ではLOSA(Line Operation Safety Audit)と呼ばれるプログラムで以前から行われているが、他の分野ではまだあまり浸透していない。

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