福井県立大学地域経済研究所

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■吉田陽介先生による中国現地ルポNo.24 消費ローンの利子補給政策で出した中国政府のシグナル

北京理工大学外国語学部 吉田陽介

利子補給政策を打ち出した政府の意図とは?

 中国の財政部は13日、商務部、中国人民銀行、金融監督管理総局など複数の部門と共同で「個人消費貸付財政利子補給政策実施プラン」と「サービス業経営主体貸付利子補給政策実施プラン」を発表した。これは中国政府が掲げている消費刺激策の一部分で、中国の経済メディアの報道も少なくなかった。

 14日付の「人民日報」によると、今回の個人消費ローンの利子補給政策の対象は住民の個人消費ローンのうち実際消費に充てる部分で、単発5万元以下の日常消費、5単発万元以上の家庭用自動車、養老(高齢者ケア)・出産、教育・研修、文化観光、家庭用品、電子製品、健康医療などの重点分野の消費を含んでいる。利子補給比率は現在の商業銀行の個人消費ローン金利水準の約3分の1である1ポイントで、政策実施期間は1年とされている。つまり、今年9月から、ローンを利用する消費者は返済利息が1ポイント少なくなるということだ。

 消費者は、2025年9月1日から2026年8月31日までの間に、政府が指定する23の銀行で消費ローン(クレジットカードを除く)を申し込むと、1%の利息補給金を受けることができる。

 少額消費(1件当たり5万元未満)の場合、1%を基準とする補給金を受けることができる。自動車の購入、住宅のリフォーム、旅行など高額消費であれば、5万元を上限として補給金を受け取ることができる。

 飲食、宿泊、医療、養老、文化観光、スポーツなどのサービス業界の企業に対しては、2025年3月16日から今年末までに21の指定銀行から融資を受け、サービスの質向上に充てれば、1%の利息補給金を受けることができる。単発の貸出上限は100万元で、補給金は最長1年である。

 中国の経済メディアは、この政策は利下げではなく、国が消費者やサービス業企業の返済を手助けすることが目的だという。

 ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)は研究レポートを発表し、中国のこの一時的な利子補給政策に800億元の財政資金が使われる可能性があると推計した。そのうち、家計消費者への融資分が700億元、企業融資補助金が100億元に達すると見ている。同社は、これは漸進的な緩和にすぎず、大規模な刺激ではないとみている。

 今回の利子補給政策を主に個人消費者とサービス業企業を対象としたのは、中国の経済発展で重要な役割を果しうる個人消費、中国の国内総生産(GDP)の54.6%を占めるサービス業を活性化する狙いがある。

 個人消費についていえば、中国の社会消費財小売売上高は、5月が前年同期比6.4%増、6月が4.8%増、7月が3.7%増とやや落ちてきている。8月から10月は、夏休みや国慶節の連休などでやや増加すると思われるが、増加に弾みをつけたいという狙いもあるだろう。

利子補給政策は一時的刺激政策か?

 コロナ禍以降、中国政府は消費活性化させるため、2本の「矢」を放ってきた。1本目は、中小企業などの減税を行って、正常な経済活動を保てるようにした。2本目は「下取り、買い替え」補助政策を打ち出して、家計の潜在的消費を引き出そうとした。

 今回の利子補給政策は3本目の「矢」と言え、需要サイドとサービスなどの供給サイドを活性化しようとしている。

 全人代で発表される「政府活動報告」などでも述べられているが、中国政府はターゲットを絞った対策を行う。今回の利子補給政策も潜在的消費を引き出すため、飲食や宿泊などの消費をピンポイントで活性化し、景気浮揚の呼び水としようとした。

 今回の振興策は本当に消費を刺激できるだろうか。基本的理論では、利子率が下がれば、資金調達コスト下がることから、消費を促進できる。だが、実際の効果はそれほどはっきりしたものでないかもしれない。

 過去数年、コロナ禍と、内需で大きな比重を占めていた不動産市場の低迷により、中国人は貯蓄を重視し、借り入れを伴う消費には慎重になっている。個人と企業の中国経済に対する見通しが良くならない限り、金利が安くなったからといって、人々は多くのお金を借りられるようになるとは限らない。

 また、今回の利子補給政策は、需要サイドを刺激するものだが、対象は銀行から資金を借り入れて消費する消費者を対象としており、効果は限定的になるだろう。一定の所得が保障されていなければ、借り入れをしてまで消費しようとはなかなか思わない。

 もちろん、補給金政策は、「下取り、買い替え」補助政策同様、「大きな買い物」をためらっていた一部消費者の購買意欲を引き出すことができるが、これは新しい需要を創出するよりも、需要の「先食い」の要素が強い。

利子補給政策が発するシグナル

 今回の補給金は経済の減速を緩和するためのものであり、消費が回復するには一定のタイムラグがあり、すぐに効果は出ないだろう。だが、この政策は以下の4つのシグナルを発している。

 第一に、構造改革を加速するということだ。これまで、中国の景気刺激策は、インフラや製造業への投資を大いに行うものであった。だが、それは一定の効果が出るが、過剰生産能力の増加という「副作用」も出ることから、持続可能であるとは言い難い。中国政府は経済構造の転換を政策文書で強調してきた。ここ数年の経済減速は「投資主導型」経済の負の側面が出ている。

 今回は一般国民を直接支援する消費者ローンとサービス企業向けのローンであり、政策の重心が消費サイドに傾き始めたことを示している。

 第二に、国民生活重視を堅持するということだ。中国政府の政策理念には、「民生の改善」というものがある。これは「人民の利益を念頭におく」中国共産党の理念とも合致する。これまでは、供給サイドを主に活性化する策を講じていたが、今回の措置は人々の生活に影響する消費への支援策だ。どれだけの人が利用するかは未知数だが、こうした措置を打ち出したことは、中国政府が国民の生活を重視するという姿勢を示すものだ。

 第三に、「人民のための金融」という理念を体現できることだ。2015年の第18期五中全会以降、「金融は実体経済に奉仕する」という言葉がよく出てきて、バーチャルな分野に資金が流れることを中国政府は警戒した。この2年は、「人民のための金融」という理念も出てきている。今回の措置はその理念を体現したものだ。

 第四に、一時的措置ではないことだ。財政部は、補給金の期限が切れたら効果を見て、もし効果が好ましくなければ、期間の延長、業種、参加する銀行の拡大を排除しない」と述べている。今回は、中国の人々が経済の上向きを実感し、消費を拡大することを主な目的としていたが、状況を見て、長期的な刺激策に移行する可能性もあることを財政部のコメントは示唆している。

 以上、今回の補給金政策は消費振興策の1つであり、それが一定の成果を収めても、全体的な景気回復には繋がりにくく、あくまでも「呼び水」と位置付けるべきものだ。重要なのは、市場を生み出して生産を活発化し、それに伴って雇用が増え、消費が増えることだ。

 そこでカギとなるのは、やはり一般国民が今後の中国経済の見通しに対する自信を持ち、一定程度の所得を得られるようにすることだ。

 ただ、政府が経済減速に対し、何らかの手を打ち続けていることを国民に示したことは消費者マインドの回復には重要だと筆者は考える。