2023年
【雑感】「社人研推計」をどう読むか
大型連休直前の2023年4月26日(水曜日)、人知れず社会保障審議会の人口部会が開かれた。人知れず、とあえて書いたのは、一般の方々にはこの会議のことがほとんど知られていない、と思ったからだ。
ここで何が話し合われたかというと、2020年「国勢調査」の男女年齢別人口を基準とした「将来人口推計」の結果だ。新推計の考え方については、昨年10月末の会議で既に、国民の代表である有識者によって審議・承認されている。会合の様子はYouTubeでもライブ配信され、結果は即日公表されたので、テレビやネットニュース等で事後に見知った方も多いかと思われる。現在、下記の社人研HP内リンクからも詳細結果が確認できるので、ご関心の向きは覗いてみられると良いかもしれない。
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp厚生労働省・社会保障審議会のなかで、厚労省の付属研究機関である国立社会保障・人口問題研究所の「将来人口推計」が有識者に諮られるようになったのは、平成13(2001)年8月7日からである。第1回人口部会において当時の政策企画官が冒頭にこう述べている。
“我が国の将来人口推計につきましては、5年に1回、国勢調査の人口をベースとして推計を行っております。この推計結果につきましては、年金の財政再計算、雇用対策基本計画、経済計画等の労働力人口推計、その他の各種計画の需要予測等の基本的なバックデータとして用いられる極めて影響の大きいものでございます。従来その推計は国立社会保障・人口問題研究所(旧人口問題研究所)で行っておりましたが、本人口部会におきましては、国立社会保障・人口問題研究所が行う次期将来人口推計の考え方や推計の前提について検証を行うことを目的として開催するものでございます。”それから20年余りを経て、社人研推計は5年ごとの実施を通じて着実に技術的な進歩を重ねてきたように思う。小生も社人研・推計メンバーの一人として2006年12月推計と2012年1月推計に携わらせていただいた。特に印象に残っているのは2012年推計で、2010年実施の国勢調査結果を基準人口として推計作業をしていた最中に、東日本大震災があり、出生、死亡、国際人口移動、すべての仮定値を見直さざるを得なくなったように記憶している。
そして今回の推計は、その時以上に困難な状況下で行われた。コロナ禍中で「国勢調査」が行われ、出生仮定にも用いられる「出生動向基本調査」の実施・分析が遅れた。出生、死亡、人口移動、すべての人口変動要因が、コロナ禍のなかで急変した。推計スケジュール全体が約1年先延ばしになったことで、2022年までの人口動態の実績が概ね把握できるなかでの公表。こういった状況下で行われた推計であるからこそ、ポスト・コロナ、とりわけ今2023年以降の人口動向をどう見通すのか、私も国民の一人として大いに注目していた。
しかしながら、その公表結果には正直驚かされた。コロナ禍の影響がほとんど加味されていない・・・・。私の抱いた違和感はすでに多くの有識者からも表明されている。これらの指摘がすべて的を射ているとは思わないが、共感できるコメントも少なくない。推計に携わる社人研のメンバーから直接話を聞けば、自身の不勉強による誤解だったと気付かされる点、それは致し方が無いと容認せざるを得ない点がある一方で、“だとしても何故?”と未だ納得のいかない部分が数多く残る。
少子高齢化と人口減少が国難とさえ言われる昨今、人口に関する国民全体の関心とリテラシーは確実に高まっていると感じる。それだけに、専門外の人にも分かり易いより丁寧な説明が求められるのではないだろうか。国民からの信頼が失われる時、その使命も終わる。老婆心ながらそう考えたりする。産業立地政策に関する第1回地域経済研究フォーラムが開催されました。
2023年5月24日の午後、「産業立地政策の現状と課題―地域未来投資促進法のどこが変わる?-」と題した第1回地域経済研究フォーラムが、福井県立大学地域経済研究所企業交流室にて開催されました。経済産業省の新居泰人大臣官房総括審議官・地域経済産業グループ長からのあいさつに続き、前半には荒木太郎地域企業高度化推進課長から「地域未来投資促進法を活用した地域の戦略的な産業政策の推進」、松原宏地研所長から「産業立地政策における地域未来投資促進法に期待すること」、伊万里全生福井県産業労働部長から「福井県における産業立地政策について」と題した報告がなされました。
後半のパネルディスカッションでは、松原所長がコーディネーターを務め、伊万里部長、県内の地域未来牽引事業に関わった3社(ウエルシア、マイセンファインフード、前田工繊)の代表者をパネラーとして迎え、3社の事業の概要と地域未来投資促進法の活用、今後の課題について、討論が行われました。
「産業立地政策の現状と課題―地域未来投資促進法のどこが変わる?-」
第1回地域経済研究フォーラム「産業立地政策の現状と課題―地域未来投資促進法のどこが変わる?-」を、2023年5月24日に開催します。
施行から5年が経過した「地域未来投資促進法」が、これからどのように変わるのか、経済産業省の担当の方からご説明いただくとともに、日本の産業立地政策の流れの中で、どう位置づくのか、確認したいと思います。
その上で、福井県における産業立地政策について、また県内での地域経済牽引事業の取り組みについて、ご紹介いただき、県内および全国で同事業を広げていく方策を考えたいと思います。
詳細とお申込みはこちら。
新聞記事の吟味
もう半世紀も前になるが、高校生の頃、毎日のように新聞記事を切り抜いて、スクラップブックを作っていたことがある。かなり色あせてしまっているが、オイルショックにいたる過程をたどることもでき、なつかしい。当時は、新聞記事には間違いなどあろうはずもないと思っていた。
歳をとってきて疑い深くなってきたためか、あるいは新聞記者になった教え子の記事をみる機会が増えたせいか、最近新聞記事を読んでいて、疑問に思うことが時々ある。
この間もある新聞の一面に、「成長の罠 人材投資で克服」、「復活アイルランド 教育や研究、厚い支援」という見出しが目に付いた。「政府支出に占める教育や研究開発の割合は13%と日本の8%を大きく超える。この結果、IT(情報技術)大手が競って拠点を設け、対内直接投資は30年間で30倍以上に増えた」との説明がなされていた。優秀な人材は、外資系企業を惹きつける要因のひとつではあるが、私が専門とする産業立地論では、アイルランドの成長は、製造業からIT企業、製薬業本社と業種・機能は時とともに変わりつつも、一貫して「租税回避地」として機能してきたゆえと考えられてきた。アメリカなどからの多国籍企業の立地がまずあり、それらの企業のニーズに応えるために、人材投資がなされてきた側面が強いのではないかと思う。新聞記事には、「大胆な規制緩和と減税で外資誘致に踏み切った」とも書かれているが、力点は教育に置かれており、因果関係を見誤る可能性を否定できない。
もう1つ事例を挙げると、「コンビニ、縮む商圏 店舗当たり人口『3000人未満』9割」と見出しを掲げた記事が、以前掲載されたことがある。そこでは、コンビニ1店当たりの人口をもとに、本地図が濃淡で塗り分けられており、自治体ごとの推計人口を店舗数で割り、1店舗当たりの人口を計算したと説明がなされていた。記事の中で、日本でコンビニ1店当たりの人口が少ない自治体の2位に神奈川県箱根町が挙げられており、店舗数17に対して、人口が1万1,655人とされていた。ここでの推計人口とは、夜間人口(常住人口)をもとにしたもので、箱根のような観光地でのコンビニの消費者を想定したものとはいえない。オフィスで働く昼間人口をもとにコンビニが密集する東京や大阪などの大都市都心部の自治体でも、夜間人口で割っていたとしたら、店舗当たりの人口は、コンビニの実際の「成立人口」から大きく乖離した数字といえる。地域によっては、交流人口や昼間人口を考慮した計算が求められる。「人口減で店舗の経営環境は厳しさを増している」ことは間違いないが、「3000人未満」9割の数字は、大きな誤解を生むことになる。
挙げ出したらきりがないので、このあたりでやめるが、あまりよいことではないが、最近の新聞記事の中には、因果関係を正しく考察することの重要性、統計データの捉え方で注意すべき点を学生に教える教材になっているものが少なくないのである。地域経済研究所の新しい所長に松原宏特命教授が就任しました。
2023年4月1日に、地域経済研究所の所長に松原宏特命教授が就任しました。所長あいさつはこちら。
特別企画講座E(繊維産業の展開と若手社員の仕事内容を知る)の実施と考察 について
以前のメールマガジン(2019年1月/VOL.165※)でも述べたが、ご存じのように福井県は合成繊維を中心とした日本有数の繊維産地であり、ファッション分野では高級ブランドに生地が採用されたり、産業資材分野でも重要な部材として使用されたりしている。しかし一方で、学生への知名度がそれほど高くないためか、新卒の大学生を募集してもなかなか採用に至らない、という話も耳にしていた。
そこで、経済学部の講義として福井県の繊維産業に関わる方々をゲスト講師としてお招きした、特別企画講座を企画することとなった。いずれの企業における取り組みも大変興味深く、経営学を学んだ学生が「生きた教科書」として理論と実践とを結びつけて学ぶことは大きな意義がある。また、福井県内には繊維をルーツとしながらも、機械や化学、情報といった別の産業へと展開も多く見られることから、地域産業の発展について経済学的な視点から学ぶことにもつながる。そして、この講座をきっかけとして採用に結びつくことになれば、企業側のメリットにもなると考えたためである。なお、本講座の企画・実施にあたっては、本学と包括協定を結んでいる福井商工会議所の繊維部会にご協力を頂いている。
全15回の講義を終えて福井商工会議所が受講生から採ったアンケート(55名回答)によれば、福井県の繊維産業に関する理解度について、受講前が「よく理解していた」が9.1%、「やや理解していた」が23.6%と、地元出身の学生が半数近くを占めているにも関わらず、合わせて32.7%という非常に低い数値となっていた。一方で、福井県の繊維業界についての興味については、受講前が
「とても興味があった」が14.5%、「やや興味があった」が40.0%と、合わせて54.5%となり、興味はあるが理解度は非常に低いという状況であった。受講後の感想としては、理解度については「よく理解できた」が49.1%、「やや理解できた」が45.5%と、合わせて94.6%、興味については「とても興味が湧いた」が49.1%、「やや興味が湧いた」が38.2%と、いずれも大きく数字がアップしたことがわかる。受講生の講義への満足度については、「とても満足」が65.5%、「やや満足」が29.1%と、合わせて94.6%という高い数字となった。また講義では、主に本学卒業生を中心とした若手社員に現在の仕事内容について説明してもらう時間を設けていたが、学生はその内容にも高い関心を持っていたようである。
繊維産業は長い歴史を持ち、多くの危機的状況を乗り越えて新しい分野へも積極的に進出することで生き残ってきたことから、学生にとって学ぶべき点が多い産業でもあり、将来の仕事の場としても非常に魅力的だと思われる。しかし一方で、そうした繊維産業の魅力がほとんど伝わっていないように思われることから、若い世代が関心を持ち、今後の繊維産業を引っ張っていくようになるためには、さらに積極的にアピールを行っていくことが重要であることを、今回の企画を通して感じたことである。
なおこれらの詳細については、2023年4月中旬発刊予定の、株式会社東レ経営研究所編『経営センサー』2023年4月号、に掲載予定である。
※「「繊維王国・福井」の強みとは」
https://www.fpu.ac.jp/rire/publication/column/d152957.html池下譲治特任教授の最終講義が行われました。
2023年3月29日午後、地域経済研究所企業交流室(オンライン併用)にて、池下譲治特任教授による最終講義が、「グローバルビジネスの流儀」と題して、行われました。
南保勝地域経済研究所長・特任教授の最終講義が行われました。
2023年3月10日午後、福井県県民ホールにて、南保勝地域経済研究所長・特任教授の最終講義が、「地域再生の未来像―域内産業の歴史経路から未来の在り方を考えるー」と題して、行われました。その後、松原宏地経研特命教授がモデレーター、稲山幹夫福井県中小企業団体中央会会長・大野商工会議所会頭、井上武史東洋大学教授、清川卓清川メッキ工業株式会社専務取締役の3人がパネリスト、南保所長をコメンテーターとして、「ふくいの産業の未来を考える」をテーマにパネルディスカッションが行われました。
ふくい地域経済研究第36号
ナーガールジュナ――「縁起・無自性・空」――
このメルマガで昨年、一昨年と言語批判哲学の話をさせてもらいました。今年は真打登場です。ナーガールジュナ(150頃-250頃、中国名「龍樹」)です。彼は八宗の祖、つまり大乗仏教諸派全体の祖とされます。そして彼の思想の中心は『中論』で展開される「縁起・無自性・空」の「空の論理」です。そうナーガールジュナは実は言語批判哲学者なのです。
1 縁起:「一切は縁起(原因)によって起こる」というブッダの縁起説を、ナーガールジュナは哲学的・論理的に徹底して考え抜きます。彼は縁起を因果関係ではなくより広く「相互相依(そうごそうえ)」の関係、つまり相互依存の関係として捉えます。つまり、一切の事物は他の事物との相互依存関係によって成り立っていると考えます。論敵は、説(せつ)一切(いっさい)有部(うぶ)達の「実体論」です。勿論彼らも仏教者として「諸行無常」を認める以上、個々の事物は生滅変化するものであり、実体ではありません。しかしこの事物の背後に、椅子ならそれを椅子とし、机ならそれを机とする普遍的本質、言葉の普遍的意味、仏教用語で「自性」を想定します。ナーガールジュナはこの自性を徹底して否定するのです。
では、椅子はなぜ「椅子」と呼ばれるのか。通常は椅子の概念、「椅子」という言葉の意味によってだと考えます。しかしナーガールジュナは相互相依の関係によってだとします。例えば、「父-子」は相互に依存しあってセットで成立しています。父なくして子はない。子なくして父もない。子が生まれて初めてその子の父となります。父のもとに生まれて初めてその父の子となります。お互いがお互いを成立させています。「長い-短い」も、長いがなくて短いはあり得ません。短いがなくては長いもあり得ません。お互いに依存しあってセットで成立しています。つまり一切の事物は縁起つまり関係性によって成立しているのです。
2「無自性」:この縁起はいわば「関係性のネットワーク」、言語でいえば「言葉の意味のネットワーク」です。「父」は「子」だけではなく「母」「祖母」「祖父」「叔母」「叔父」「孫」・・・といった血縁に関する語と意味上のネットワークを成しています。そしてこのネットワークを拡大すれば、ものの見方・考え方、世界観となっていきます。問題はこの意味のネットワークは永遠不変なのかという点です。ものの見方や世界観は時代や場所さらに個人によっても異なり得ます。縁起あるいは言葉の意味は永遠不変ではなく、変化しまた消滅してしまう事もあり得ます。つまり縁起によって成立している事物は、その縁起が変化すればその事物も変化し、縁起がほどけてしまえばその事物も消失してしまいます。これを事物の側から見れば、事物はある縁起によって仮に成立している、一時的に成立しているものという事になります。つまり事物それ自体では「本質」「意味」そして「自性」を持たない、「無自性」なものなのです。
3 空:さらに縁起は人間が自分たちの都合で作り出したもの、言葉は人間が便利に都合よく生きていくための道具として発明したものだとすれば、縁起や言葉以前の世界はどのような世界なのでしょうか。いかなる規定も意味もない、無規定・無意味の世界、つまり「空」です。しかし空は「無」ではありません。無においては何も成立しませんが、空は無規定・無意味ですが、成立しうるあらゆる縁起や意味の可能性を孕んでいます。
4 まとめ:一切は縁起によって成立しているから無自性であり、一切が無自性であるから世界は空という事になります。人間が自分の都合で縁起を結ばない限り、空そのものには「夢」も「希望」もありません。しかし「絶望」も「苦」もまたないのです。