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現地化について考えること
およそ過去30年、日本からアジアに進出する日本企業(製造業)は海外子会社で管理職を担う幹部人材の「現地化」が遅れていると批判されてきた。しかし、現時点でもなお現地人をマネジメント層に登用するという動きはあまり進展がみられない。この「現地化」という言葉は、その含意として「日本人中心の経営の弊害」、「現地人への事業運営の移管」、「日本人ゼロ」、「現地人の経営参加」といった事柄がイメージされる。しかし、現地化を推進することのリスクも決して小さくない。しかし、国内外の研究者の多くはそのリスクを過小評価し、「日本人中心の経営の弊害」ばかりを指摘してきた。
ここで言う「日本人中心の経営の弊害」とは、海外子会社の主要な意思決定のポストに現地駐在の日本人スタッフがつくために現地人の「モチベーション」が停滞するとか、有能な現地人の「確保・定着」が困難になるとか、あるいは、給与水準の高い日本人スタッフに頼った事業運営は「日本本社側のコスト」の増大につながるとか、「現地適応する」にも敏感に現地の市場ニーズをキャッチできないとか、様々な問題を意味している。
いずれも「日本人中心の経営」特有の問題であるが、逆に、「過度の現地化」(=日本人スタッフを減らしすぎること)にも次のようなリスクが潜んでいるのも事実である。海外子会社がグローバルな視点を持つことが難しくなること、日本人に海外経験を積ませることが難しくなること、日本本社が海外子会社をコントロールすることが難しくなること等がそれである。
つまり、日本の進出企業がマネジメント層の現地化を考える際、「日本人中心の経営の弊害」と「過度の現地化」に潜伏するリスクの両面を勘案する必要があるということである。
この課題に対して日本の進出企業はどのようにして対処しているのか。一例であるが、インドに現地子会社を持つ日系自動車部品メーカーでは、当該子会社の経営トップが「現地人」であり、「労務管理」、「営業」を担当している。それ以外の「技術・品質面と資金面の管理」は「日本人スタッフ」が責任をもつ。つまり、経営トップは「現地人」であるが、同社の場合、管理項目の主要な柱である、品質、財務面については「日本人スタッフ」に責任を持たせることで、海外子会社が本社の意向を無視して独走することに対して一定の歯止めの管理を行っている。したがって、経営トップが「現地人」であると言っても字義通り「現地人」が海外子会社の管理を行う完全な権限を持っているわけではなく、一定の管理権限は「日本人スタッフ」が握っているのである。
このように、「現地化」という言葉は聞こえがよく、「日本人中心の経営の弊害」を意識させ、現地人に経営を任せればうまく行くという考え方の普及に寄与した。しかし、実態は日本人スタッフが担っている高いポジションを現地人に全面的に任せる例はあまりみられない。現下の日本の進出企業の本音をあえて言えば、「経営が上手く行けば、現地人であろうが日本人であろうが、誰が経営しようが、たいした問題ではない」。現地化というよりも、経営管理をしっかりして着実に利益を上げることのほうに注力するという状態が続いているのである。地方自治から見た地方創生の2つの問題
筆者が前回担当したコラムでも地方創生について述べたが、今月実施された統一地方選挙では地方創生のあり方が総じて重要な論点となったほか、投票の結果とともに投票率の低下や無投票当選なども大きく報道された。そこで、本コラムでは地方自治の観点から再び地方創生を取りあげる。
すなわち、地方創生に向けた取り組みが国・地方ともに進められているなかで、地方に対する関心が高まりつつあると考えられるが、選挙を通じて逆の傾向があることも見出された。この点について、地方自治の見地から次のような2つの問題が提起されるのではないか。それは、地方創生と、地方自治の2つの側面である団体自治と住民自治の関係である。団体自治とは、国と地方自治体の関係を示すもので、国の関与が少なく地方自治体が主体性を発揮できる状況を表す。また、住民自治とは地方自治体と住民の関係を示すもので、住民の意思に沿った政策を地方自治体が実施する状況を表している。
まず、団体自治と地方創生の関係を述べる。地方創生では地方の主体性が期待されており、その意味では団体自治に即した政策形成が尊重される形になっている。しかしながら、地方創生が求められる背景は地方圏から大都市圏への人口流出であり、その大きな要因は景気の動向である。日本創生会議の資料によると、景気が良い時期に人口流出が顕著になっている。また、総務省が4月17日に発表した2014年10月1日現在の人口推計でも東京圏への一極集中が進み、アベノミクスの効果と分析されている。したがって、ごく単純に考えれば、地方の人口流出を逆転させるためには景気の動向を転換することが必要になるのだが、それは地方の主体性で実現するものではない。日本の経済成長の構造を根本的に変革することが必要だとすれば、むしろ国の主体性が問われるだろう。団体自治とは地方自治体が主体性を発揮する状況であるが、それは地方に求められる役割についての話である。国がなすべきことは国が責任を果たさなければならないのであり、地方創生に関して地方の主体性が過剰に期待されたことが、かえって関心の低下を招いた、という見方ができるのではないだろうか。
第2の問題は、住民自治と地方創生の関係である。選挙は地域住民の投票によって代表を決めるものであるから、最も強力な住民自治の制度である。したがって、選挙への関心が低下していることは、住民自治の後退として懸念材料となる。とりわけ、各地の選挙管理委員会が投票率の向上に向けて若年層向けの啓発活動を積極的に行ってきたが、十分な成果をあげることはできなかったようである。地方の問題に関心を持たない若年層が増えることは、住んでいる地方への愛着や参加の意思が乏しい状況を表しているだろう。だとすれば、彼らも大都市圏に流出する可能性がある。また、人口減少が地方消滅という衝撃的な警告となったことで地方創生が各地で進められているが、地方創生の成果として人口増加まで求めることは困難であろう。だとすれば、積極的な人口減少対策とともに、規模の縮小を前提とした財政運営の新たなビジョンを提示する必要があったのではないか。地方創生を住民自治の視点から捉えるならば、中心的なものが経済政策であるとしても、その基盤にあるのは地方の個性や住民の存在である。短期的な政策に加えて、地方創生に向けた中長期的な対策を住民とともに考え、実行していく体制づくりが必要ではないだろうか。選挙に対する関心の低下は、このことを示唆しているように思われる。
筆者は地方創生の重要性を否定しているのではない。むしろ、きわめて優先度の高い政策であるからこそ、各地で斬新な地方創生策が数多く表れることを望んでいる。地方創生が求められる背景と経緯、国と地方の役割、行政と住民の役割を踏まえてこそ、実効性と持続性のある地方創生が実現すると考えられる。
「北前船主の館 右近家」を訪ねて
先日、越前海岸の南端、敦賀湾の入り口に位置する旧河野村(福井県南条郡南越前町河野)を訪ねた。当地には、江戸時代から明治時代にかけ北前五大船主として名を馳せた「北前船主の館 右近家」がある。そもそも北前船とは何か。蝦夷地と大阪を西回り航路(日本海航路)で結び、船主自らが立ち寄る港々で商品を買い付けながら、それら商品を別の港で販売し利益を上げる買積み廻船のことを言うらしい。
ところで、江戸時代、武士の給料は米を単位として与えられていたが、北海道の松前藩では米が取れないため、家臣には漁場が与えられた。家臣は、自分の漁場で取れた漁獲物を本州の商人に売り、生計を立てていたが、商いに熟れない家臣たちは商人に漁場での商売を任せ、商人から運上金を取り生計を立てるようになった。そこでできた制度に場所請負制というものがある。これは、松前藩の家臣が自分の漁場での商いを商人に任せた特権制度であり、場所請負人とは特権を与えられ運上金を収めた商人のことを指す。江戸前期から江戸中期まで場所請負人の特権を握った近江商人は蝦夷地の産物を荷所船に乗せて敦賀や小浜の港に運んだ。この荷所船の船頭として越前や加賀の船乗りたちが雇われていたのである。しかし、江戸時代中ごろになると、蝦夷地に進出してきた江戸商人によって近江商人が衰退していく。この近江商人の衰退により、荷所船の船頭をしていた越前や加賀の船乗りたちは、これまでの経験を活かして、自分で船を持ち買積みという商いを始めるようになったのである。これが北前船の始まりとも言われる。各地を寄港しながら自分で安く商品を仕入れ、高く売れる港で売却する北前船の買積みという商い方法は、運賃積と異なり大きな利益を生み、主に西回り航路で蝦夷と大阪を結ぶ北前船の時代は明治の中頃まで続いたという。
では、北前船は何を運んでいたのか。大阪から蝦夷地に向かう荷を下り荷と呼び、大阪や下関の港では、竹、塩、油、砂糖、木綿、紙、たばこなどの日用雑貨を、小浜や敦賀の港では、縄、むしろ、蝋燭など、新潟や坂田の港では米などを積み込んだという。逆に、蝦夷地から大阪に向かう荷を上り荷と言い、カズノコ、コンブなどの海産物やニシンを積み込んだ。北前船の一航海の利益は、下り荷と上り荷を合せた収益から、船乗りの給料、食費、船の修理代を差し引いたものであった。明治5年の「八幡丸」の収支報告を見ると、収入は下り荷が223両、上り荷が1,169両、その他146両、合計1,538両。支出は724両で、差し引き814両の利益が出ている。こうしてみると、上り荷の利益が極めて大きいことがわかる。当時、蝦夷地で取れたニシンは田や畑の肥料として大量に使用されていた。千石船一航海1000両と呼ばれた北前船の収益の多くは、上り船のニシンだったのである。
さて、話を右近家に戻そう。旧河野村にある右近家は、いったい何時頃誕生したのであろう。一説によれば、初代、右近権左衛門が一軒の家と一槽の船を持ち、船主として名乗りを上げたのが延宝8年(1680年)の頃と言われる。その後、右近家の廻船経営が明らかとなるのは、江戸時代の中頃、天明年間(1781から1789年)、7代目権左衛門の頃からである。7代目は蝦夷地と敦賀・小浜等を往復し物資を運ぶ近江商人の荷所船の船頭をする傍ら、自分で物資を売買する買積み商いを始め、次第に北前船主としての道を歩み出したのであった。こうして北前船の基礎を築いた8代目、繁栄を極めた9代目と続いていく。10代目は、明治時代中頃から衰退していく北前船主の中でいち早く汽船を導入し輸送の近代化をはかる一方、海上保険会社の創立など事業の転換をはかった。11代目は、日本海上保険会社と日本火災保険株式会社の合併や右近商事株式会社など経営の基盤を確立した。そして、12代目、安太郎氏は右近家の歴史と伝統を受け継ぎ日本火災海上保険株式会社の社長を長く務める一方、旧河野村の北前船歴史村事業に賛同し、本宅を村の管理にゆだね「北前船主の館 右近家」として一般に公開し、現在に至っている。
いずれにせよ、北前船の船主が当地に存在していたという事実は、15から16世紀、あのコロンブスやマゼランが活躍した大航海時代を彷彿させるものであり、さらに、小浜、敦賀、三国など大陸文化伝来の玄関口として栄えた地が存在していた事実と合わせて考えれば、福井県そのものが古より広域ネットワークの拠点として、経済、文化、人的交流等の面で極めて重要なポジションを担っていた事実を認めなければならない。韓国企業に対する見方
日本と韓国の政治関係は悪化した状態が続いている。内閣府の「外交に関する世論調査」によると、韓国に対して「親しみを感じる」とする回答割合は平成23年の62.2%から24年は39.2%に低下、25年は40.7%と横ばいだったが26年は31.5%とさらに下がった。これに対し「親しみを感じない」は23年の35.3%から24年に59.0%に増え、25年は58.0%で26年には66.4%と上昇した。親近感の低下がうかがえる。
韓国企業についても、4から5年前は、大手企業が世界で売上を伸ばす状況を伝えるとともに、「韓国企業に学べ」と、成功の理由を分析する報道や書籍が多くみられた。しかし最近の報道や書籍には「サムスン電子はスマートフォンの不振で売上や利益が落ち込んでいる」「ウォン高が進み韓国企業の収益は悪化している」といった状況や、韓国経済や企業の弱みに注目した内容が増え、韓国企業への評価も下がっているように見受けられる。
ただ、日韓両国間の貿易規模は低調になっているわけではない。輸出と輸入の合計である貿易総額をみると、平成23年は8兆4,392億円、24年は8兆1,450億円と前年比3.5%減少したが、25年は9兆49億円と10.6%増加。26年は8兆9,929億円で0.1%の減少、これは前年とほぼ同水準といってもいいだろう。
また、韓国は、日本の貿易先としては、中国、米国に次ぐ3位である。過日発表された平成26年の日本の貿易総額の速報値では、日本の貿易総額は158兆9,917億円となった。相手先をみると、1位は32兆5,550億円の中国、2位は21兆1,899億円の米国、そして3位は8兆9,929億円の韓国であった。この3位という順位は、2001年以降続いている。韓国と日本との貿易額が多いのは、両国企業が密接な関係を構築しているためだ。韓国企業は、部品、素材、機械は、日本企業から主要なものを輸入し、それを用いた製品を世界市場に販売している。韓国内のメーカーも育ってきているが、高度な技術を伴う品目は国産化が進まず輸入をせざるをえない。韓国の世界シェアが高い製品を例にとると、メモリー半導体はサムスン電子とSKハイニックスが生産し、両者を合わせた世界市場でのシェアはDRAMでは55%、NAND型フラッシュメモリーでは47%に達する。しかし、半導体の製造装置や、製造に使用する素材の国産化率は低く、多くを日本から輸入している。リチウムイオン電池でも、サムスンSDIとLG化学の世界シェア合計は40%を占めるが、素材の国産化率は低く、日本からの輸入が不可欠である(シェアは日本経済新聞「2013年の世界の主要商品・サービスシェア調査」より)。このように部品・素材・機械の日本から韓国への輸出が構造化されており、貿易収支は日本の黒字・韓国の赤字基調が続いている。
韓国に対する日本の見方は、この4から5年で大きく変わったようにみえる。しかし、高度技術が活用された部品、素材、機械に対する韓国企業のニーズや、それに対する日本企業への期待はそれほど変化しているわけではない。この点を考え、改めて韓国に目を向けてみるのも有意義なのではないだろうか。
北陸新幹線金沢開業!福井にとっての43のポイント
3月14日に北陸新幹線金沢開業を控えるなか、この大動脈を福井の活性化へと結びつけるにあたってのポイントを整理しておく。なお、本コラムの内容は、筆者による「地域経済研究フォーラム『新幹線とまちづくりー金沢開業1ヶ月前に、今一度、ポイントを押さえておくー』、2月12日」での講演資料を加筆・修正したものであることをお断りしておきたい。
01 東京~金沢が2時28分~50分、24便・約22,400席/日。早く太い動脈で直結
02 首都圏における「北陸」への注目度はかつてないレベル。福井も健闘
03 観光魅力、ブランド力、交通利便性を手に入れた金沢が北陸ブームの中心に
04 福井~金沢は43~50分。福井にとって北陸新幹線経由東京行きの便益は僅か
05 福井~東京の鉄路が、ほぼ同等の2ルートから選択可能に
06 北陸新幹線を活用して、これまでとは違った人の流れが各地で出現
07 福井~長野が最速2時間強。互いに新しい交流先が誕生
08 福井~大宮が最速3時間強。北関東、東北方面との最適ルートに
09 金沢~富山はシャトル新幹線(つるぎ)を含め3種類の新幹線で、18~23分で強固に結節
10 西からの在来線特急列車は金沢止まりとなり、金沢駅のターミナル化が進展
11 金沢に降り立った客は、観光地や温泉を求めて東西南北へと周遊
12 金沢から能登、富山へと、東に向かう客の福井への取り込みは困難
13 世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」は、首都圏からみて魅力的なコンテンツ
14 金沢から西を向いた客は、加賀地方を経て福井まで足を運ぶ可能性
15 首都圏からは「金沢の先に福井があり、福井の手前に金沢がある」という感覚に
16 新潟県西部、長野県は、虎視眈々と関西をターゲットに
17 福井の観光地の最大顧客は引き続き関西、次いで中部であることを忘れてはいけない
18 金沢開業1年後に北海道新幹線新函館北斗駅開業。北陸ブームを1年で終わらせてはいけない
19 首都圏という新規客にとって、福井の全てが低認知・未体験。逆に高興味のチャンス
20 東尋坊、永平寺は圧倒的知名度。福井初上陸の地としての地位は揺るがず
21 北陸新幹線と東海道新幹線を活用した大周遊ルートにも注目
22 福井は、京都と金沢の間のミッシングリンクに位置するということも強みに
23 北陸新幹線によって外国人観光客の流れが変わる可能性。福井もこれを見据える必要
24 福井における観光消費額を増やすためにも、あわら温泉にもっと仕掛けが必要
25 伝統産業集積地という観光面でこれまで低利用の磁力が、首都圏民を惹きつける可能性
26 地域の宝を丁寧に探し協働のまちづくりを進めること等で、住んでよし訪れてよしの地に
27 おもてなしを形にすること、言葉にすること、心を込めることの重要性
28 金沢に嫉妬、羨望したり無関心を決め込むのではなく、あざとくその恩恵を取りにいくべき
29 金沢や加賀とタッグを組めるところ、差別化するところ、おこぼれを狙うところの見極めも大事
30 金沢でのコンベンションの宿泊需要のオーバーフローも狙い目
31 福井国体(2018年度)から県内延伸までは福井を全国に売り出すまたとないチャンス
32 小松~羽田便は「便数維持・機材小型化・低価格化」で対抗。安さが新たな魅力に
33 新旧高速交通体系の利用促進策と地域活性化をからめた政策誘導という視点も重要
34 福井延伸を見据えつつ、二次交通の充実等、総合的な交通体系を各地で見直すべき
35 ハード整備の重要性は変わらないが、そこに住民の魂を込めることにもっと注力すべき
36 地域を支え地域に愛される並行在来線という共通認識が、県民の中で広がっていくことが不可欠
37 開業前倒しにより、受け入れ態勢のスピードアップがますます必要
38 敦賀開業にフリーゲージトレインが間に合わない場合に向けた準備も必要
39 福井駅先行開業については、その投資効果を見極めた上で最適解を
40 特急停車駅のなくなる鯖江市では、まちのへそと軸を描きなおす必要
41 越前市では、武生駅と新幹線新駅となる(仮)南越駅のまちづくり上の位置づけが重要
42 リニア中央新幹線品川~名古屋間開通(2027年)を見据え、名古屋との結びつきを再評価する必要
43 東海道に直結してこその北陸新幹線であるが、敦賀以西は長期的に進めざるを得ない韓国企業に対する見方
日本と韓国の政治関係は悪化した状態が続いている。内閣府の「外交に関する世論調査」によると、韓国に対して「親しみを感じる」とする回答割合は平成23年の62.2%から24年は39.2%に低下、25年は40.7%と横ばいだったが26年は31.5%とさらに下がった。これに対し「親しみを感じない」は23年の35.3%から24年に59.0%に増え、25年は58.0%で26年には66.4%と上昇した。親近感の低下がうかがえる。
韓国企業についても、4から5年前は、大手企業が世界で売上を伸ばす状況を伝えるとともに、「韓国企業に学べ」と、成功の理由を分析する報道や書籍が多くみられた。しかし最近の報道や書籍には「サムスン電子はスマートフォンの不振で売上や利益が落ち込んでいる」「ウォン高が進み韓国企業の収益は悪化している」といった状況や、韓国経済や企業の弱みに注目した内容が増え、韓国企業への評価も下がっているように見受けられる。
ただ、日韓両国間の貿易規模は低調になっているわけではない。輸出と輸入の合計である貿易総額をみると、平成23年は8兆4,392億円、24年は8兆1,450億円と前年比3.5%減少したが、25年は9兆49億円と10.6%増加。26年は8兆9,929億円で0.1%の減少、これは前年とほぼ同水準といってもいいだろう。
また、韓国は、日本の貿易先としては、中国、米国に次ぐ3位である。過日発表された平成26年の日本の貿易総額の速報値では、日本の貿易総額は158兆9,917億円となった。相手先をみると、1位は32兆5,550億円の中国、2位は21兆1,899億円の米国、そして3位は8兆9,929億円の韓国であった。この3位という順位は、2001年以降続いている。
韓国と日本との貿易額が多いのは、両国企業が密接な関係を構築しているためだ。韓国企業は、部品、素材、機械は、日本企業から主要なものを輸入し、それを用いた製品を世界市場に販売している。韓国内のメーカーも育ってきているが、高度な技術を伴う品目は国産化が進まず輸入をせざるをえない。韓国の世界シェアが高い製品を例にとると、メモリー半導体はサムスン電子とSKハイニックスが生産し、両者を合わせた世界市場でのシェアはDRAMでは55%、NAND型フラッシュメモリーでは47%に達する。しかし、半導体の製造装置や、製造に使用する素材の国産化率は低く、多くを日本から輸入している。リチウムイオン電池でも、サムスンSDIとLG化学の世界シェア合計は40%を占めるが、素材の国産化率は低く、日本からの輸入が不可欠である(シェアは日本経済新聞「2013年の世界の主要商品・サービスシェア調査」より)。このように部品・素材・機械の日本から韓国への輸出が構造化されており、貿易収支は日本の黒字・韓国の赤字基調が続いている。
韓国に対する日本の見方は、この4から5年で大きく変わったようにみえる。しかし、高度技術が活用された部品、素材、機械に対する韓国企業のニーズや、それに対する日本企業への期待はそれほど変化しているわけではない。この点を考え、改めて韓国に目を向けてみるのも有意義なのではないだろうか。2015年、地方創生への不安と期待
12月14日に行われた衆議院総選挙の結果、自民党連立政権が継続することになった。約2年続いた「アベノミクス」と呼ばれる経済政策も、引き続き推進されていくだろう。同時に、積年のさまざまな懸案事項についても正面から対策を進め、具体的な成果の獲得を図ることが期待される。
2015年に地域の視点で重視されるのは、地方創生であろう。これは「ローカル・アベノミクス」と呼ばれる現政権の新たな取り組みであるとともに、「東京一極集中の是正」という長年の課題への対応でもあり、いずれの視点でも重要と考えられている。
しかし、両者は必ずしも同じ方向性を持つものではない。なぜならば、ローカル・アベノミクスでは大都市圏で先行した経済成長の恩恵を地方に波及させることが重視されているが、これまで東京一極集中が進んできた主な要因は東京を始め大都市圏が成長の核になったことにあるからである。したがって、ローカル・アベノミクスが地域経済の成長をもたらしたとしても、それが東京一極集中の是正に結びつくとは限らないだろう。東京一極集中を是正するためには、東京ではなく地方から日本の経済成長を牽引する構造に改めるくらいの姿勢が必要ではないだろうか。
この点に関連して、地方創生の具体策について考えることにしたい。報道で明らかになった具体策に対して、筆者は不安と期待のいずれも持っている。不安の1つは、交付金構想である。これは、地域の消費を活性化させるものと、人口減少などですぐれたアイデアを出した自治体に配るものの2種類がある。例えば、前者は商品券や旅行券、後者はIターンや企業誘致などが交付対象になるという(12月18日付朝日新聞)。これらは、大都市圏の成長の恩恵を地方に波及させるものであるとともに、地域振興券や頑張る地方応援プログラムなどの前例もある。そのため、東京一極集中の是正まで見すえるならば、交付金構想が十分な成果に結びつくかどうか、不安である。
一方で、期待できる施策もある。それは、本社機能の地方移転に対する優遇措置である。かつて「地方分散政策が東京一極集中を招く」という逆説的な状況が起こっていることが注目されたが、その原因は東京における本社機能の強化にあった。今回の地方創生では、管理部門などの本社機能の移転に伴う社員の転勤などで地方拠点の雇用が増えた場合、法人税額が控除されるなどの優遇措置が検討されているという(12月18日付日本経済新聞)。これは、従来にない新しい取り組みであり、実際に成果を挙げられるかどうかは未知数だが、東京一極集中の是正まで見すえた施策として筆者は期待を持っている。
こうしてみると、地方創生については、短期の視点と長期の視点、大都市圏と地方圏の関係、そして地方の役割と国の役割など、トレードオフの問題を含む複雑な構造を理解したうえで、発想の転換が求められる。不安と期待が入り混じるなかで、2015年は地方創生がどこまで成果をあげられるか。期待が現実になることを願っている。
軍事政権によって「安定」を取り戻したタイ政治
前回5月のコラムに書いたタイ政治のその後について触れてみたい。5月22日にタイ陸軍による8年ぶりのクーデターが発生し、その後は軍事暫定政権となっているのはご存じのことかと思う。結論から言えば、現時点で戒厳令が継続されているとは言え治安を取り戻しており、各交差点でバリケード封鎖が頻発した今年初めの状況からすれば秩序と安定を回復したように見える。但しこれがつかの間の安定になるかならないかは、今後の情勢を待たねばなるまい。
ここまでの2000年以降の状況を整理すると、2001年のタクシン政権成立、2006年のクーデター・タクシン亡命、2011年のタクシン実妹のインラック政権成立、2014年のクーデター・軍事政権成立、となる。タクシン=インラックによる政策の基本となった農村振興と農村部低所得者への手厚い支援は、バラマキと強権、汚職、縁故主義と表裏一体のもので、タイにおける従来の既得権益者、エスタブリッシュメントにとっては大変不愉快なものであったのは間違いなかった。タイを最も不安定にしたのは、低所得者層を中心としたタクシン支持派が総選挙で常勝するようになったことで、従来のタイでは見られなかった政治的立場による国民の二分化という現象が表面化したことである。またタイ国民の心のよりどころで、政治的中和剤でもあったタイ王室への疑問がタイ人の間でささやかれるということもかつてなかったことである。
民主主義の原則に則り、選挙結果を尊重することが何よりも重要であるとの意見はもっともである。しかし多くの開発途上国で経験したように、民主化を推し進めることで多くの犠牲を払うこともある。ましてタイは本来、共産党一党独裁やマルコス、スハルトのような極端な政治体制ではない。5月のクーデターは、国を二分しかねない極めて緊迫した状況の中で発生した。クーデターと軍事政権を擁護するものではないが、あの政治的混乱の中では他に取り得た解決策は限られていただろう。むしろ私は今の軍事政権下における政治はタイにとってチャンスであると考える。タイにおいては驚くことに相続税(あるいは遺産税)は存在しない。この制度の導入について多くの高所得者層が反対するからである。これはタクシン政権下でも同様であった。プラユット暫定首相と軍事政権は経済改革の一環として、相続税の導入を閣議決定し法案化しようとしている。
軍事政権に「世直し」を期待するというのは何とも皮肉なものである。しかしこうした強権の下でしか実現しない政策があるのはタイに限らずあるものだ。とは言え軍事政権が長引けば国際世論の批判を受け、最悪タイ経済は立ちゆかなくなる。タクシンの負の遺産の一つ(と私は考える)は、タイにおける改革の時間を縮めたことかも知れない。国内の深い対立の構図を解消する難題を短時間で目処をつけるのは、ごく細い道を走るような綱渡りに他ならない。こと政治に関してタイ人は実に柔軟な知恵をもって対応してきたという歴史がある。しかしASEANの主要国でもある現在は衆人環視の中、国内外を納得させるだけの結果を出さねばならず、タイは極めて大きな試練に直面していると言えるだろう。
マクドナルドの食の安全対策
昨年以降、中国や台湾で食の安全をめぐる問題が相次いで発覚している。今回は中国で7月に発覚した「期限切れ肉」問題を素材に当事者がどのような対策をとろうしているのかについて、要点を報告しておきたい。
日本マクドナルドによる食の安全対策
7月20日日本マクドナルドホールディングス(以下日本マクドナルド)が取引していた中国の仕入先企業(食肉加工会社)が使用期限切れの鶏肉を使っていたことが判明した。この問題の影響により、同社は既存店売上高が前年同月比で、7月は17.4%減、8月は25.1%減、9月は16.6%減と大幅に落ち込んだ。中でも8月の減少幅は2001年7月の上場以来最大の落ち込みであったという。
この「期限切れ肉」問題をめぐる日本マクドナルドの対応は様々に新聞などで報じられているが、その代表的な取り組みは次の二つである。仕入先企業に対する(ア)抜き打ち監査と(イ)監査レポートの提出の2点である。(ア)は「肉や野菜などの仕入先に年2回抜き打ち監査を始める」というものである。この「抜き打ち監査の対象は、牛肉やレタスなど主要食材を扱っている約30社」であり、「日本マクドナルドと第三者機関がそれぞれ年1回以上実施する」という。従来から監査は存在したが、「予定日を知らせていた」。これに対して、「予定日を知らせない」抜き打ち監査の導入により、「予定日を知らせていた」従来の仕組みに比べ、より「品質管理を強化」しようとしている。他方、(イ)の監査レポートの提出は「仕入先に対して、原料を調達している企業などに定期的に監査することを義務付け」るというものである。当該仕入先に「その結果をまとめた監査リポート提出も求める」ことより、当該仕入先のみならず、その「原料調達先が、マクドナルドの定める管理基準をクリアすることも求め」ている(『日本経済新聞』2014年10月4日)。
このように、直接の仕入先だけではなくて、原材料の調達先にまでさかのぼり監査を徹底して品質管理を強化しているのである。仕入先企業独自の食の安全対策
以上は発注先である日本マクドナルドによる安全性や品質の管理体制の強化の取り組みであるが、安全性や品質の問題は、結局は、実際に物づくりを行っている(仕入先企業の)工場の現場のモラルに委ねられる面が大きい。
この点にかかわって、注目したいのが、使用期限切れの鶏肉を使っていた中国の加工工場で働いていた元従業員の次のような話である。同工場で働く従業員の仕事の内容は「室内温度4度という劣悪な環境下で」「保温服に防護具区を重ね、マスクに手袋の重装備をし、」「管理マニュアルが求める細かいルールに従」わなくてはならないというものであった。しかし、そうした労働負荷が課されるにもかかわらず「まじめな働きぶりを発揮したとしても、手にする月給はたった2000元(約3万2000円)でしかなかった。」従業員個々人の働きぶりに報いる動機付けや賃金インセンティヴを欠いているのである。だから同工場から「多くの従業員が離れた。」例えば、かつては安全性や品質に関して「厳しく指導する先輩」がいたが、徐々にこの人々「も姿を消し」た。また「新規採用の従業員も定着せずに辞めて行った。」(『DIAMOND on line』2014 年8月1日)
同工場は徹底した人件費コスト抑制を追求してきたために、従業員から最低限の協力しか確保し得ず生産現場の安全性・品質への対応が疎かになったというわけである。専ら人件費のコスト最小化を追い求めてきた経営者たち(同工場の経営陣、その上の米国にあるOSIグループ本社の経営陣を含めて)は、この問題に対しいかなる方策を用意しているのであろうか。
日本マクドナルドは確かに「期限切れ肉」の問題が発覚した直後に当該仕入先企業との取引を全面停止した。だが、この食品の安全衛生問題は当該企業に限った話ではない。中国国内の他企業、ならびに中国以外の国々(日本を含む)でも、程度の差はあれ、有り得る問題である。
日本マクドナルドが再び同様の問題をおこさないようにするためには、上に紹介した発注先(この場合、日本マクドナルド)による管理体制の強化だけではなく、仕入先それ自体の管理体制の強化の推進も不可欠である。企業間取引関係から(企業内)雇用関係を含めた全体の体質改善問題として受けとめなくてはならないからである。求められる地域中小企業の経営革新
近年の構造変化を眺めてみると、エネルギー・環境問題、市場の多様化・高度化、労働力人口の減少など産業基盤を揺るがす様々な変化が進んでおり、その中で地域の中小企業も時流をうまく取り込んだ新たな産業分野への転換が求められている。 例えば、自動車の燃料がガソリンから電気へと転換期を迎え、従来の自動車関連部品メーカーもこれに対応することを余儀なくされている。こうした動きは、新たな技術や商品を持つ企業が、自動車産業へ参入するための一つの機会につながるであろう。また、このような動きは自動車産業だけではない。化石エネルギーから再生可能エネルギーへ、生産の集中から国際分散化へ、環境技術や循環型社会への注目など、今世界は大きな転換点に立たされているのである。つまり、中小企業にとっては、従来の産業システムや生産体系の変化、流通の高度化等の多様な変化の中で新たな経営革新が求められているわけであり、こうしたシステム転換が地域企業、とりわけ製造業にとって大きなチャンスを与えてくれる絶好の機会となるかも知れない。具体的に地域における中小企業の可能性を探るとすれば、福井県はエネルギー関連施設の一大拠点であり、これを活かして環境技術の開発を集中的に進める、あるいは戦略的な支援を行うといった方針を地域全体で取り組むことはできないか。また、地域の農業分野でも変革が必要である。例えば、農のビジネス化、目指すべきは、ビジネスとしての農業、産業としての農業の確立である。その際、製品評価の指標でQCDSという言葉に注目したい。この言葉は、品質(Quality)、価格(Cost)、納期や入手性(Delivery)、対応やサポート(Service)の頭文字をとったもので、製品の調達・購入や商品開発の際の指標として活用されているが、農業分野でもこのQCDSを考え利用していく必要があるように思える。建設業も同様である。日本の建設業の技術や品質は非常に高い。今後、さらに国内需要が減少する中で生き残っていくには、建設需要が高まっている新興国など海外市場を狙うことも必要となろう。その際、品質だけではなくサービスや機動力(デリバリー)を売り物にすることも考えなければならない。その他、内需型産業の代表で地域を支える卸・小売・サービス業等も、大変革が求められている。今、協議が進行中のTPPなどの参加が具体化すれば、地域経済に依存度が高いこれら産業・企業は、これまで以上にグローバル化の影響を受けることが予想されるからである。つまり、「内なるグローバル化」に対し、こうした産業・企業では、先進国と振興国間での技術・ノウハウの相互移動、すなわちリバース・イノベーションの動きを逆手にとり、うまく活用しながら国内需要の掘り起こしに役立てる手法を検討すべきであろう。具体的には、自社の流通そのものを見直し、品質やコスト面で競争力の高い海外品にも目を向けること。そのためには、めまぐるしく変化する国際情勢に対しその情報収集力を高める意味からも、海外企業、海外市場との関係性強化を図る手立てを早急に検討することが重要となろう。