福井県立大学地域経済研究所

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ブラック・エレファント(=COVIT-19)にどう立ち向かうか

池下 譲治

新型コロナウィルスの脅威は止まるところを知らないようだ。世界銀行は6月、2020年の世界経済はマイナス5.2%、仮に第2波が来た場合はマイナス7.8%まで落ち込むと予測した。いずれにしても、戦後、最大の落ち込みとなる。世界貿易機関(WTO)も4月、2020年の世界のモノの貿易が最大で32%、楽観シナリオでも13%落ち込む戦後最悪の結果を予測している。IMFのゲオルギエワ専務理事によれば、「世界の9割近い170カ国の経済が悪化する」。これはリーマン・ショック時の6割を大きく上回る。

特に、衝撃的なのは、一人当たりGDPの伸び率がマイナスとなる国の割合が93%にも達することだ。これは、大恐慌のさなかにあった1931年の水準(84%)を上回っているだけでなく、90%を超えたのは世銀が分析対象としている1870年以降で初めてのことである。こうした新型コロナウィルスの世界的流行は途上国に深刻な打撃を及ぼし、「6000万人が極度の貧困に追い込まれることになる」(マルパス世銀総裁)。

今後に向けての問題点が2つある。第一に、企業戦略面からみた場合、事業環境の見通しが極めて難しくなっていることだ。リーマン・ショックの際には、中国が4兆元(当時のレートで約57兆円)の大規模経済対策によって世界経済を下支えしたが、今回は、そうした役割を担える国や地域が見当たらないのだ。過去10年間、世界経済の3分の1を引っ張ってきた中国は、2020年1~3月期のGDPは前年同期比マイナス6.8%と、四半期ベースでの記録が残っている1992年以降、初めてマイナス成長に落ち込んだ。それでも、世銀によれば、2020年は1%増とプラス成長を確保する見込みだが、1976年以来の低水準となる。138ヵ国との間で数百のプロジェクトが動いている「一帯一路」では、中国から融資を受けた途上国がコロナ渦で債務不履行に陥るのでは、といった懸念が広がっている。もし、そうなれば、中国が貸し付けた巨額の資金が消えてしまうことにもなりかねない。さらに、香港問題などを機に、米中による新たな冷戦時代が幕開けしたことで、国際経済の枠組みにも変化が生じる可能性が高い。そうなれば、企業はグローバル・バリューチェーン戦略などについて根本から見直す必要に迫られることになるだろう。では、どうすればよいのか。

このように、変化が激しく複雑さが増している事業環境に対処する1つの方法は、シナリオ・プラニングを通じて複数の選択肢を検討しておくことである。さらに、このような事業環境に適した経営戦略モデルの一例として、ボストン・コンサルティンググループ(BSC)のパートナーであるマーチン・リーブス氏が唱えるアダプティブ(適応型)戦略も有効と思われる。詳細は省くが、たとえば、オンラインDVDレンタルなどを手掛けるネットフリックス社は、特に、「人材の力」を引き出す組織能力に秀でている。同社では、会社の成長に従って社員の自由度を制限するのではなく、むしろ高め、革新的な人々を引き付けて育成し続けることを目指している。そのため、ネットフリックスは二種類のルールしか持たない。取り返しのつかない大失敗を防止するために設計されたルールと主にコンプライアンスに関するルールである。休暇についての取り決めも勤務時間の管理もない。労働時間ではなく、すべきことを重視している。テレワークが進む日本でも参考になるかもしれない。

2つ目の問題点として忘れてならないのは、今後、医療体制が整っていない新興国や途上国で感染拡大が起こった場合、医療崩壊による大惨事につながるリスクが高いことだ。これまで、途上国がこうした災害に巻き込まれた際には、多国間主義による国際協力によって、迅速かつ高度で組織的な救援活動が可能であった。しかし、今回はやや状況が異なる。まず、医療先進国自体が自国での対応に追われている。さらに、問題なのは、自国第一主義や単独行動主義(ユニラテラリズム)が米国、ロシア、中国などを中心に世界に蔓延しつつあることである。これは、ある意味、「ブラック・エレファント」とも隠喩される今回の新型コロナの核心を突いているとも言える。

「ブラック・エレファント」とは、事前にはほとんど予測できない極端な事象が発生し、それが人々に多大な影響を与える「ブラック・スワン」現象(理論)と「見て見ぬ振り」を意味する「エレファント・イン・ザ・ルーム(部屋にいる象)」を掛け合わせた造語で、いずれ大変なことになるとわかっているのに、なぜか見て見ぬ振りで、誰も対処しようとしない脅威を表す。今回の新型コロナに関する中国の初期対応(情報の隠蔽)や安全より経済を優先するトランプ大統領、さらにはブラジルのボルソナロ大統領の対応がまさにそうである。今回のパンデミックで、ブラック・エレファントのリスクと対処法が確認できたのは不幸中の幸いと言えなくもない。今後、再びパンデミックが起こらないように、我々が為すべきは「情報の隠蔽」、「不平等」、「野生動物などの生息地の破壊」、さらには「国際協力・協調の欠如」といったブラック・エレファントの発生源を少しでも無くしていくことである。容易ではないが、努力する価値はある。