アンコンシャス・バイアスとの向き合い方
アンコンシャス・バイアスという言葉をご存じでしょうか。最近、耳にする機会が増えてきているように感じますが、まだまだ日常的な用語としては定着していないかもしれません。アンコンシャス(unconscious)は「無意識の」を、バイアス(bias)は「偏見や先入観、思い込みなどの認識の歪みや思考の偏り」を、意味するので、あわせて、「無意識の偏見や思い込み」といった意味になります。
広い意味でのアンコンシャス・バイアスには、さまざまなものが含まれます。例えば、日本人の多くは、「虹は何色?」と尋ねられると、迷いなく「7色」と答えると思います。でも、同じ質問に、アメリカ人やイギリス人なら「6色」、ドイツ人やフランス人なら「5色」と答えるようです。実際の虹の色はグラデーションをなしており、連続的、段階的に移り変わっていくので、そのどこに切れ目を入れて認識するかは話している言語によって相対的になるようです。7色という日本語の色分けに必然性があるわけではありません。そして、日本語だけが話されている環境で暮らしていると、それが必然性のない先入観であることに気付くことは困難です。このケースでは他言語との比較(対話)を通して、初めて、必然性の無さを認識することができます。アンコンシャス・バイアスは、無意識の思い込みだからこそ自覚しにくく、チェックには別の視点との比較(対話)が必要になります。
このようにアンコンシャス・バイアスは守備範囲の広い概念なのですが、最近では、ジェンダー(性差)に関するアンコンシャス・バイアスが、ジェンダー・バイアスとして取り上げられる機会が多くなってきています。「働いて家計を支えるのは男性の役割」、「家事や育児を担うのは女性の役割」、「女子は理系に向かない」、「男子は人前で泣いてはいけない」といったジェンダーに関するアンコンシャス・バイアスは未だに根強く、私たちはそうした思い込みに囲まれて暮らしています。未婚者に対する「まだ結婚しないの」といった発言は、「結婚するのが当然である」という思い込みを、女の子を出産した人に対する「次は男の子だね」といった発言は、「跡継ぎの男子を生むことが望ましい」といった思い込みを、それぞれ前提としていると考えることができます。口にした人には特に悪気はなく、必然性ない決めつけを他人に押し付けているかもしれないという可能性に気付けていないだけ、といったケースも少なくないかもしれません。
しかしながら、こうした思い込みの押し付けや強化は、虹が何色であるのかとは話が違って、他人の生き方の選択肢を制限することに繋がりかねません。当人にとってもいろいろな可能性を狭める(見えなくする)こともありえます。必然性のない思い込みからは自由になった方が、自分にとっても、周囲の人たちにとっても、社会全体としても、風通しがよくなっていくはずです。ただ、アンコンシャス・バイアスが厄介なのは、無意識の思い込みなので、自力(だけ)でそれに気付くことが困難だということです。実際にできることは、他者から指摘された場合に、それを真摯に受け止め、自分の側の無意識の思い込みが原因である可能性を冷静にチェックし、該当するのであれば、バイアスを修正し、態度を改める姿勢でいること、そして、そうした姿勢を共有していくことです。
なにせ無意識のバイアスなので、その解消には、地道で気の長い取り組みが必要になります。それでも、誰にとっても(もちろんそこには自分も含まれます)風通しのよい地域や社会を目指す上で重要なのは、最近はやりの「論破」(正しさを巡る競争)ではなく、対等な立場での相互批判を含む「対話」(適切さを巡る協働)なのだと思います。