メールマガジン
付加価値貿易からみたASEAN地域のバリューチェーン
従来の貿易統計は総額で表示するため、国際分業が進行する現代の貿易構造を的確に捉えきれないことは広く知られています。たとえば、中国は米国に対してiPhoneを大量に輸出していますが、中国の付加価値輸出額は輸出総額の10%にも満たないとされています。貿易の真の姿をより明らかにするため付加価値額の統計を整備する試みが、近年盛んに行われてきました。
付加価値額で表示した貿易の推移については、OECD(経済協力開発機構)とWTO(世界貿易機関)が共同で開発し2013年に初めて公表したTiVA(付加価値貿易)が最も包括的であるといわれています。TiVAのデータを利用すれば、付加価値貿易額を誰でも容易に算出できます。
さて、このTiVAを利用すれば、バリューチェーンの趨勢を知ることができます。そのためにはまず、付加価値総輸出をDVA(国内付加価値)とFVA(外国付加価値)に分解します。次に、DVAには自国から他国に輸出する財・サービスの付加価値と他国から第3国に輸出する財・サービスの付加価値があり、後者とFVAの和を付加価値輸出額で除します。このようにして算出した数値がバリューチェーンへの参加指数であり、GVC(世界のバリューチェーン)とRVC(地域のバリューチェーン)、それぞれの参加指数を求めることができます。最後に、RVCへの参加指数をGVCへの参加指数で除することで、特定の地域が世界大と地域大のバリューチェーン、どちらに参加する傾向にあるかについて把握できます。
筆者は試みに、ASEAN(東南アジア諸国連合)、EU(欧州連合)、NAFTA(北米自由貿易協定)の3つの地域統合体を対象として、TiVAの利用が可能な1995年から2011年までを対象期間にとり、それぞれのバリューチェーンの推移を分析しました。以下では分析結果をもとに、ASEANのバリューチェーンの特徴について述べたいと思います。
まず、ASEAN地域のバリューチェーンは他の地域統合体のものと比べて脆弱です。ASEANのRVC参加指数は2011年時点で12.8%ですが、これは同年のEUの33.5%、NAFTAの13.6%よりも低い水準に留まっています。ASEANの輸出品はEUやNAFTAのものと比べ、域内で価値が付加されない傾向にあります。
しかしながら、EUとNAFTAにおいては地域のバリューチェーンの重要性が徐々に低下しているのに対して、ASEAN地域のバリューチェーンは逆に存在感を増してきているのです。EUの場合、1995年時点ではRVC参加指数がGVC参加指数の44.6%を占めていましたが、2011年には41.2%にまで落ち込みました。NAFTAはその傾向がより顕著であり、1995年には30.8%でしたが2011年には24.2%まで下落しています。1990年代以降のEUとNAFTAでは域内国からの輸入が域外国からの輸入に置き換わり、域内第3国への輸出の主体は域内国から域外国へと変わってきました。ところがASEANのRVC/GVC比率は、1995年の18.3%から2011年の19.4%へと速度こそ緩やかではありますが上昇しています。近隣に日本や韓国、中国があり、特に製造業においてこれらの国から中間財の輸入が増大してきたにもかかわらず、ASEANは域内からの輸入を重視し、域内輸出に傾倒してきたのです。
ASEANはEUやNAFTAと異なり、広範囲の製造業でRVCの重要性が高まりを見せています。産業内貿易をみてみますと、RVC/GVC比率が著しく上昇したのは輸送機械産業と食品・飲料産業であり、2011年の両産業の比率は1995年の約1.7倍を記録しました。輸送機械産業に関してはタイ、食品・飲料産業に関してはマレーシアの域内輸入額及び第3国輸出額が突出して多く、両国が中心となって域内のバリューチェーン構築を進めてきたといえるでしょう。
もっとも、RVCの参加指数やRVC/GVC比率の水準自体はEUやNAFTAのものと比較しても低いことからもわかるように、ASEAN地域のバリューチェーンには発展の余地が多く残されています。バリューチェーンをさらに拡充するためには、域内のハード・ソフトのインフラを開発し連結性を強化するとともに、さらなる産業振興を図る必要があります。
「今春の人事異動から考える」
日本では春が最も人が動く、すなわち人口移動の起こる季節です。学校はもちろんのこと、ほとんどの事業所が年度単位で稼働しているからに他なりません。ここ地域経済研究所においても3月末で4人の研究員が転出し、4月初頭に2名の研究員が新たに配属される大異動がありました。所長も南保教授に代わり、地経研も中身が随分と様変わりしましたので、皆様には是非ご来所いただき、多くのご教授・ご鞭撻を賜れば幸いです。お待ちしております。
さて、春の人口移動がいかに多いかは人口関連の統計でも垣間見ることができます。適当な資料として、総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告』が挙げられます(http://www.stat.go.jp/data/idou/index.htm)。タイトルの通り住民基本台帳上の住所地の変更届の情報をもとに集計され統計として毎月公表されています。
1年間に届け出のある市区町村間の住所地移動件数は、近年500万前後で推移しています。出生数は昨(2016)年とうとう100万人を下回った可能性があり今後どこまで減り続けるか現段階では分からない状況です。死亡数は人口の高齢化に伴い1960年代後半から増加基調にあり、現在では年間130万人強に達しているものの、団塊世代の方々が90歳を迎える2040年前後に年間死亡者数のピーク期が来ると、先般公表された国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」(http://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/pp_zenkoku2017.asp)は示しています。その数、約170万人ですから、わが国における人口動態のなかでも人口移動がいかに大きなインパクトを持っているか、お分かりかと思います。
年間の移動数が500万件と書きましたが、人口比にすると100人に4人が動いている計算になります。性別でみると男性が50%強、年齢でみると20歳代と30歳代前半で50%以上を占めています。そして季節でみると3月・4月の2か月で1年間の3分の1強の移動が生じています。このような人口移動の構造上の傾向は高度経済成長の時代からほとんど変わっていません。一方で顕著な変化もみられます。人口移動総数の減少、とりわけ男性の都道府県間移動の急減です。
人口減少と高齢化によって移動する年齢帯の人口が減っていることが主な要因ですが、男性の県を跨ぐ移動が減っているのは経済環境とりわけ雇用情勢に影響を受けているからだと推察されます。
人口が動くこと自体が経済と強く相関しています。人口減少と少子高齢化という趨勢は、同時に人口移動の減少に拍車をかけるため、国全体の経済成長にはマイナス要因になる可能性があります。とは言え、”一億総活躍社会”が動けない人や動きたくない人をも無理やり動かすような社会とならないよう、気を付けなければいけないかもしれません。
「勝山左義長まつり」を訪ねて
先般、縁あって福井県東北部の城下町、勝山市を訪れることができた。ところで、同市の歴史的遺産を一つ挙げるとすれば、「越国」の僧、泰澄(たいちょう)大師によって確立された白山信仰の一大拠点、平泉寺が今もその姿を残していることであろう。最盛期には48社36堂6千坊を誇り、越前文化の中心的存在であったともいわれている。天正2年(1574年)に一向一揆勢により焼き討ちに合うが、その9年後の天正11年(1583年)、平泉寺に戻った僧たち(顕海僧正と、その弟子専海、日海たち)が平泉寺の再興に着手、現在残る平泉寺白山神社を建立した。その後、江戸時代にはこの地の大名たちから手厚い保護を受け白山信仰の拠点としてその土台を築いた。
平泉寺が焼き討ちにあった後の当地は、柴田勝安が一向一揆を鎮め、袋田村に勝山(袋田)城を築き統治したと聞く。勝山の地名は一向一揆勢が立てこもった御立山(通称村岡山)を「勝ち山(かちやま)」と呼んだことから起こったといわれている。江戸時代の元禄4年(1691年)には小笠原氏が入封し、明治に至るまで藩政が続いた。
また、江戸時代の当地の産業といえば、17世紀の後半から始まった煙草栽培が有名である。そのほか、繭(まゆ)、生糸、菜種などがよく知られている。特に、幕末に藩政改革を行った林毛川(はやしもうせん)は、煙草の生産に着目し専売を目指した政策を進めた。そして、この時培った販路の開拓手法、品質の改善力は、明治時代の繊維産業へと引き継がれていくのである。
廃藩置県後 、機業が勃興し、羽二重を中心とする絹織物の製造が盛んになり、さらに昭和初期には人絹織物の導入によって織物立国を形成した。戦後は、設備の近代化、技術革新により高級合繊織物の一大産地として国内外に知られた。また、この地は、全国でも貴重な恐竜化石の宝庫としても知られており、その拠点、福井県恐竜博物館には年間100万人を超える来場者が訪れ賑わいを見せている。それと併せて、当地を代表する宝といえば、毎年2月の最終土日に開催される「勝山左義長まつり」を挙げなければならない。そして、同市を訪れた当日はこの祭りの日だったのである。奇祭と呼ばれる「勝山左義長まつり」は、勝山藩主、小笠原氏が入封して以来300年以上の歴史があるといわれる。この日も同市内の各地区には12基のやぐらが立ち並び、そのうえで色とりどりの長襦袢(ながじゅばん)姿に着飾った老若男女が独特のおどけ仕草で三味線、笛、太鼓、お囃子を披露し、その姿に多くの見物人が酔いしれた様子であった。
主催者側の公表では、今年の「勝山左義長まつり」は2日間で11万人の来訪者を数えたらしい。こうした伝統ある祭りではあるが、ただ一つ惜しいことは時代とともにその勢いに陰りが見えることだ。高齢化、過疎化、空洞化が進み担い手不足などからそれも仕方ない。とはいえ祭りは文化、いにしえの形を受け継ぎ、守り、できれば新しいエネルギーを取り込みながら次の時代に伝えてほしいものだ。
新しい将来人口推計
人口減少、少子高齢化という言葉を日常的に目にするようになって久しく、またそうした現象が地域差を伴って進行していることも相まって、将来の人口がどのように推移していくのか、すなわち将来人口推計の結果には、とりわけ近年大きな注目が集まるようになっている。将来人口推計はどのような場面で必要になるかを考えると枚挙に暇がない。年金・医療・介護保険、あるいは生活保護といった社会保障制度の設計とそれに係る費用の算出には将来推計人口が利用されるし、電気・ガス・水道といった公共インフラ整備からごみ収集といった公共サービスの計画設定にも地域別の将来推計人口が重要な役割を果たしている。また少子高齢化の進行具合の見通しがなければ、保育園の増設や小中学校の統廃合の議論は進まないし、医療・介護サービスの提供に必要な施設や従事者の需要も予測できない。コンビニ出店や大型の商業施設の設置等も地域別の将来人口がわからなければ方針を立てられないだろう。
日本では国立社会保障・人口問題研究所が公的な将来人口推計を公表している。同推計結果は厚生労働省の公的年金財政検証、内閣府の経済財政モデルをはじめとして各種政策・計画立案に利用されている。そういった利用の観点から言っても客観性・中立性が求められており、それらを担保するように科学的な推定がなされている。それは人口投影(population projection)と呼ばれ、端的に言えば、これまで見られた変化が今後も続いていくと仮定した場合のシミュレーション結果であり、直近の人口変動を見落とさず、それを推計に織り込むことで将来の人口変動の仮定をブラッシュアップしてきている。
国勢調査の結果が公表される度に、その人口を基準とした新しい将来人口推計が公表されてきたが、2015年国勢調査を基準とした推計結果の公表が遅れているようだ。国勢調査は西暦の下一桁が0と5の年の10月1日時点の調査として実施され、将来人口推計に必要となる男女・年齢別人口を含む人口等基本集計結果は、翌年の10月頃に公表となる。その後、推計結果が公表されるが、過去の全国の将来推計人口の公表時期を見ると、1995年国勢調査による将来推計は1997年1月、2000年国勢調査は2002年1月、2005年国勢調査は2006年12月、2010年国勢調査は2012年1月であり、人口等基本集計結果の公表から2から3か月のうちに公表されている。しかし、2017年2月中旬時点で2015年国勢調査による将来人口推計結果は公表されていない。この将来人口推計は、厚生労働省の社会保障審議会人口部会にて議論されているが、2016年12月2日の第18回の開催が最後となっており、新推計の基本的な考え方が提示されているにとどまっている。そこでは推計上の新しい視点として、未婚率のさらなる上昇、出生率の将来仮定値設定における婚前妊娠初婚・出生の分離による精緻化、高齢死亡率改善の緩和等があげられており、推計方法の改良に伴う推計結果の安定性の確認に時間がかかっているものと推察される。
こうした直近の変化の検討があるものの、人口変動の大きな流れに変化はなく、さらなる少子高齢化、人口減少が進行するという将来推計結果が得られるだろう。人口動態に大きな変化はないが、それを取り巻く状況はこの5年間で大きく変化してきた。政府は一億層活躍社会実現のために出生率の大きな上昇を掲げているし、日本創成会議の「ストップ少子化・地方元気戦略」に端を発する地方創生の潮流の中で、各地方自治体がやはり出生率が大きく上昇する将来仮定に基づいた将来推計人口を地方人口ビジョンにて提示している。ところで社会科学における予測の目的とは、将来実現する状況を言い当てることよりも、現在の状況と趨勢が続いた場合に帰結する状況を示し、今取るべき行動についての指針を提供することにある。そうした視点からすると、地方人口ビジョンの将来人口推計は人口現象に対して政策等を通じて働きかけ、良好な結果が得られたケースであり、客観性のある人口投影ではなく目標人口としての性質を強く持つものと解釈できる。しかし、その実現性や蓋然性については疑問があり、政策や計画立案の根拠とするのに適しているとは言えない。
国立社会保障・人口問題研究所は全国の将来推計人口を公表した後、都道府県別・市町村別将来推計人口を公表する。恐らくは、かなり厳しい将来の見通しが提示されるであろうし、悲観的な意見も多く見られることになるだろう。しかし、それは一つの現実であり、真摯に向き合うべきである。目標人口を設定すること自体が悪いわけではないが、希望・願望に傾いて過度に大きな将来人口を想定することで各種事業規模が過大となって将来世代に大きな負担を残すことにもつながりかねない。各地方自治体が作成した地方版総合戦略は5ヵ年の計画であり、新しい将来推計人口はその期間内で得られることになる。人口投影としての将来人口の見通しの変化もフォローしながら、フレキシブルな対応をしたいところである。
「改めて、海外展開を考える」
2年前、初めて輸出をしようと考える企業を念頭に、海外展開のすすめ方について原稿を書いたことがある。今年の初め、ある方から、実際に輸出を始めようとしている企業の方が、その原稿を「参考になる」と手元に置いておられる、という話を聞いた。書いた原稿がお役に立っているようで大変うれしく、ありがたいことである。このメールマガジンの読者にも海外展開に取り組んでいない方が
おられることだろう。そこで、改めて、海外展開について、ここで書いてみることにした。海外展開には、輸出、海外での生産拠点や販売拠点の設立、生産・販売・技術開発などの海外企業との提携、といった形態がある。最近ではインバウンド対応と呼ばれる、訪日客への売り込みを海外展開とみることもできる。福井県内にも、既に何年も取り組んでいる企業もあれば、今検討している企業、そして、「海外は関係ない」と考えている企業もあるだろう。
しかし、よく言われることだが、日本よりも海外、特にアジアの方が、今後の成長が見込まれている。例えば、経済成長率について、国際通貨基金(IMF)の予測(2016年10月発表)では、日本は2017年は0.6%で、その後2021年まで1%未満にとどまるとされている。これに対し、世界全体は2017年3.4%、新興国・地域全体は4.6%、そしてアジアの新興国・地域では6.3%となっており、2021年までわずかずつ増加し続けると予測されている。日本の企業が今後も事業を続け、発展させるためには、日本にとどまらず、海外、特にアジアの新興国・地域の成長を活かすことが一つのカギだといえる。
海外展開の効果については、『中小企業白書』2016年版に、海外展開中の企業を対象にしたアンケート調査の結果が載っている。回答が最も多かった効果は「売上の拡大」であった。海外展開のタイプ別には、輸出企業の72.2%、海外生産拠点を持つ企業の50.2%、海外販売・サービス拠点を持つ企業の56.5%、インバウンド対応をする企業の67.6%が「売上の拡大」効果を感じているという。次いで、「海外の新市場・顧客の開拓」を、輸出企業の39.9%、海外生産拠点を持つ企業の34.9%、海外販売・サービス拠点を持つ企業の55.5%、インバウンド対応をする企業の26.5%が挙げた。3番目には、輸出やインバウンド対応を行う企
業では「自社のブランド・認知度向上」、海外生産拠点を持つ企業では「コスト削減」、海外販売・サービス拠点を持つ企業では「海外市場の情報の蓄積」と、形態によって見方が分かれた。海外展開をしている企業は、実際にこうした効果を感じているのである。他方、海外展開を行っていない企業の理由も、前出のアンケートで調査された。回答が多かったのは「国際業務の知識・情報・ノウハウがない」「国際業務に対応できる人材を確保できない」「現地パートナー、商社等が確保できない」の順であった。
こうした課題への対応は、まずは公的支援機関や、海外展開業務を助ける企業・個人を活用するのがよい。福井県内にも支援機関はある(当研究所もその1つである)。相談をしたり、セミナー等に参加したりすることで、「国際業務の知識・情報・ノウハウ」の収集や、「国際業務に対応できる人材」の育成に活用できる。現地パートナーや商社等は、実際のマッチングの場である商談会や見本市に参加して探すことができる。商談会や見本市の情報も、支援機関が提供している。海外展開について検討する際には、こうした機関を利用してみることから始めるとよい。
もちろん、検討の結果「海外展開はしない」という判断をすることもあるだろう。ただ、輸出やインバウンド対応は、海外に部門を作る必要もなく、比較的取り組みやすい。また、海外への拠点設立については、全国をみると、製造業では大企業から中小企業や町工場まで、サービス業では流通・小売業からレストラン、カフェ、ベーカリー、学習塾といった幅広い分野に動きが広がっている。農産物の海外生産に取り組むところもある。これまで考えていない方にも、また現時点では海外展開はしないと判断している方にも、海外展開の可能性について、検討しない手はない、と申し上げてみる次第である。
社会的割引率
大規模プロジェクトの費用便益分析(便益Benefit/費用Cost=B/C)は、当該事業の可否を判断するにあたって、大変重要なポイントである。鉄道建設においては、総費用Cと開業後50年間合計の総便益Bを算出するケースが多い。そして、基本的にB/C≧1を満たさない限り、その事業は前に進めない。
ここで問題となるのが、「将来生じる便益や費用を現在の価値でどう評価するか」である。例えば、今年得られる10万円と10年後に得られる10万円を足して、総便益20万円とはならないのである。一般的に、年4%の割合で将来価値を現在価値に割り引く手法がよく用いられている。この年4%を社会的割引率という。その結果、「10年後の10万円」は、「現在の約6.8万円」に換算され、総便益は約16.8万円となる。「明日の百より今日の五十」という諺は、極端ではあるが社会的割引率を単純化したものと言える。
B/Cの上下に、この社会的割引率がかなり効いてくる。ただし、Cのうち大きな割合を占める建設費は、比較的近い将来に支出されるものであり、Bと比べて割り引きの影響は小さい。それに対してBは常に建設費の後に生じ、50年後の10万円は現在の約1.4万円になってしまう。つまりは、1つの事業についての2つの具体案を比較する場合、完成時期が極めて決定的な要素となる。まさに「タイムイズマネー」の世界である。さらに人口減少社会においては、完成が後ろにずれればずれるほど需要減の影響を大きく受け、社会的割引率を適用する前のB自体が小さくなる可能性がある。
北陸新幹線の敦賀以西ルートを比較する場合においても、上述のような社会的割引率を用いた費用対効果分析が行われている。算出結果のみを見るのではなく、分析の前提となる建設期間の設定を押さえておくことが必要である。事業評価のシミュレーション上の問題だけではなく、本質的な意味においても、早く着工し短期間の工期で開業することが、便益を最大化する上で極めて重要なことは言うまでもない。
「民政への道半ばで精神的支柱を失ったタイ」
この数ヶ月でタイの政治、あるいは経済にも大きな影響を与えかねない出来事があったので触れてみたい。8月7日に新憲法草案に関して国民投票が行われ、約60%の賛成をもって可決された。2014年5月のタイ陸軍によるクーデター以来、暫定首相プラユット氏が率いる政権による軍政がおこなわれており、新憲法はこれを民政に戻すためのロードマップの一部でもある。様々な勢力、大きく分けると既得権益層(反タクシン派)、現状打破層(タクシン派)、軍、の3つが自己に有利な憲法を求め、当初妥協は困難とみられていた。しかし実際に国民投票がおこなわれると、軍に有利な条項の多い憲法草案であったにも関わらず民意は新憲法として受け入れることを選択した。これは当初意外感を持って受けとめられたが、2010年のタクシン派による大騒乱を経験した後、軍政によって一時的にも政治の安定が回復したことが評価されたとも言える。またプラユット氏が軍出身でありながら、意外にも実務能力が高いことも要因としてあげられている。いずれにしてもタイ人の現実主義的なしたたかさを改めて見た思いがする。その後の道筋としては、新憲法が国王の署名を得て公布され、総選挙の実施、新政権の発足ということになり、最短で2018年初頭に新内閣が組閣されるが、その際現時点で評価の高いプラユット氏の続投の可能性があるということも驚くべき点だ。2006年のタクシン元首相追放・亡命以来、延々と続いた政争をこのような形で収める知恵がタイにあることを筆者などは素直に感心する。
しかし国民投票のわずか2ヶ月後、10月13日にプミポン国王(ラーマ9世)が亡くなったというニュースが飛び込んできた。亡くなった国王は日本でもよく知られているように、タイ国民から絶大な支持と敬愛を集めており、日本の皇室とは特別親しい関係にあった。過去には絶妙とも言える政治的な介入をおこなったこともあり、タイ人にとっては単なる国家の象徴ではなく、政治安定のための最終的な権力バランサーでもあったと言えるだろう。後継国王にはワチラロンコン王子がなると見られているが、この原稿執筆時(11月2週)には即位の日程などは発表されていない。また亡くなったプミポン国王の懐刀とも言える存在の、1980年代に首相を務めたプレム元首相が暫定摂政についたとのことであるが、不思議なことにプレム氏の動静と言動が伝わってこない。さらには、先に述べた新憲法公布には新国王の署名が必要であるとの状況も絡んでいる。現在のタイにとっては、後継国王問題を早急に着地させることが求められているが、国民感情も考慮しながらまだ揺れているとも考えられる。そして、もしタイ国民の王室観が仮に近い将来変化した場合、どのような価値観が生まれるのか想像することは大変難しい。いずれにしてもプミポン国王の死去は、タイにおいて多方面への影響が生じる可能性があることだけは予想しておいた方が良いだろう。
タイはASEANの枠組みでも大国となり、大きなプレゼンスを示すようになった。外国投資誘致の成功に続いて大きな消費市場が形成されようとしている。現在7000社もの日系企業がタイで操業しているとも言われ、タイの社会、政治・経済の安定は日本にとっても極めて重要であることは論を待たない。日本政府と日本企業は、タイの変質も視野に入れた対応をする必要が発生することを念頭に置いておくべきであると思う。
配偶者控除と女性の就業
最近全国を騒がせている目立った話題と言えば、電通職員の過労死、鳥取の大地震、築地市場の豊洲移転、五輪整備費、天皇陛下生前退位、ノーベル賞、原子力発電所の再稼働などでしょうか。他方、これらに比べれば地味ですが、税制上の配偶者控除を見直す議論も俄かに活発になりました。
私自身、父母共働きでしたし、妻ともずっと共働きで現在に至っているので、個人的には縁の無い制度なのですが、私の周囲にはこの制度が変わることにより家計に影響が出てくるのではと心配する夫婦やパートやアルバイトの雇用を見直す必要が出てきそうな経営者の知人もいることから、今後の動向が気になります。ただ、配偶者控除に関する見直し議論はかなり以前からあります。もとは、私もまだ生まれていない1961年に創設された制度です。夫が働きに出て、妻が専業主婦というサラリーマン世帯が大都市を中心に増え始めていた時代に、家庭内で家事を担う妻の役割を夫の所得から控除するという形で評価するために創設されたしくみです。半世紀の間の日本社会の変化を鑑みると、これまで大した見直しがされて来なかったことのほうが不思議です。ここ数十年来、とりわけバブル経済が終焉したころからでしょうか、制度疲労を指摘する向きも多くなっていました。結局、来年度の変更は見送られたものの、すでに今月(2016年10月)から、社会保険法上の扶養扱いになるための基準が変更されており、税制上の取り扱いについても遅かれ早かれ何らかの変更は避けられない状況です。
気になるのは、配偶者控除の廃止や見直しが誰のためで何のためなのか、しっかりと整理された議論を割愛して(しかるべきところでは話し合っているようですが、国民的な議論にまではなっていません)、「一億層活躍社会」「働き方改革」の旗印のもと”女性の希望に叶った”働き方の実現に寄与することがあまりに強調され過ぎているように思えることです。人口減少による労働力不足を懸念してか、女性のさらなる活躍を期待する報道が多いのですが、今回の配偶者控除の議論への注目がその点だけに集まってしまうと、本質的な課題を見落としてしまうような気がします。
先日、昨年実施された平成27年度国勢調査の確定結果が公表され、選挙区割の変更作業が本格化しました。だから、というわけでもないのですが、本コラムの最後で、人口関連の統計を通して女性の就業状況について概観してみます。2015年の女性の就業者数は2,754万人で、戦後最多です。過去15年間で女性就業者は約300万人増加しているのですが、その増加に最も大きく貢献しているのが、配偶関係別では未婚の女性です。雇用形態別ではよく言われるように、パート・アルバイトなどのいわゆる非正規雇用が、役員を除く全雇用者の過半数を占めており、正規雇用者より多くなっています。なかでもパートの増加が近年の女性雇用者数の増加を支えており、正規雇用者は逆に微減傾向にあります。他方男性はというと、過去15年間の雇用者数が3,200万人前後でほとんど変わらず推移する一方で、正規雇用者を200万人近く減らしており、男性雇用者数全体に占める非正規雇用の割合が30%にまで上昇しています。
配偶者控除などの雇用に係る制度を見直せば、あとは個々人の自助努力で”希望に叶った”働き方の出来る職に就ける社会ではないようです。女性だけの問題ではなく、男性の問題でもあることは言を待ちません。財政における「受益と負担」を考える
消費税の税率引き上げが延期され、ひとまず家計の税負担は増加を免れた。依然として景気回復への力強い動きが見られない中で税率を引き上げるのは、家計消費をさらに抑制させる可能性が高い。その意味で、今回の判断はやむを得ない面があったと考えられる。
しかしながら、一方で十分な行政サービスが提供できなくなった点も見逃すことはできない。財源(負担)が確保できなければ、支出(受益)もできない、ということである。消費税の場合は福祉に重点が置かれているため、福祉に関する支出が見送られることになる。
このように、財政においては「受益と負担」が一体である。これは誰もが認識していることだろう。しかし、問題は受益者と負担者が必ずしも一致していない点にある。消費税の場合は、主な受益者は高齢者層であるのに対して、主な負担者は勤労者層である。当然のことながら、受益は大きくしてほしいであろうし、負担は小さくしてほしいであろう。だから、財政に関しては受益と負担をめぐる分断が起こりやすくなる。
先日、井出英策ほか『分断社会を終わらせる』(筑摩選書)を読んだ。まさにこの問題に関して述べたものであり、その副題にあるように「『だれもが受益者』という財政戦略」を提唱している。すなわち、受益者と負担者の範囲を広げて、受益者と負担者を一致させるということだ。逆に言えば「『だれもが負担者』という財政戦略」でもあるだろう。受益が実感できるからこそ、負担も受け入れるのである。
このことに関連して、筆者は敦賀市道路照明灯地元負担導入検討委員会に参画した。これは、市内における道路照明灯の設置や運営にかかる費用負担を地元住民に求めるかどうかを検討する会議である。従来は市がすべて負担していたのだが、今後は地元に一部の負担を求めることになった。道路照明灯は生活に欠かせないものであり、すべての住民が受益者である。しかし、その利益は実感していても誰が負担しているのかを知っている住民はきわめて少ないと考えられる。会議では、まず住民に負担の意識を持ってもらうことを重視し、少しずつ負担の割合を上げていくことを決めた。
この会議の経験と前掲書から、財政における受益と負担をめぐる分断について2点述べることにしたい。第1に、税と行政サービスはすでにあらゆる国民・地域住民に及んでいるから、現在でも「だれもが受益者」であると同時に「だれもが負担者」となっている、ということである。したがって、まず重要なのは受益と負担の現状を明確にすることであろう。
第2に、自治体こそ受益者と負担者の一致を図りやすい場になる、ということである。筆者はいくつかの自治体の行政評価に参画しているが、市民の多くが行政サービスの充実を求めると同時に、負担の増加もやむを得ないと感じている。一方、国の行政評価(行政改革等)を見ると、多くが行政サービスの削減や廃止を求め、負担の増加を食い止めようとしている。この違いは、自治体の行政サービスが身近であるために受益と負担を一体で捉えやすいことを示しているように思われる。前掲書でも自治体の役割が強調されているが、それは現物給付の主体として自治体が的確と考えているからである。それだけでなく、受益者と負担者の一致を図るうえでも自治体が重要な役割を果たすのではないか。
消費税の税率引き上げは見送られた。しかし、基幹税を見直す以上、税体系全体での位置づけが必要である。この期間は、景気回復を図るだけでなく、財政における「受益と負担」を考えるための猶予と捉えることにしたい。
今、求められる元気企業の条件とは
21世紀に入って地域を取り巻く経済・社会環境が大きく変化している。自動車産業での変革、化石エネルギーから再生可能ネルギーへの注目、生産の集中から国際分散化への動き、環境技術や循環型社会への注目、農業のビジネス化、さらに未来産業として拡大が見込まれるIOT(Internet of Things・モノのインターネット)等、様々な分野で大きな転換期(=「創造的破壊」が進展している時代)を迎えている。そして、このような大転換は地方の産業界或いは地域企業にとって大きなチャンスと捉えるべきであろう。
こうした中で、地元企業の動向を眺めてみると、外部環境への対応戦略や日々の経営革新面で第2次産業、特に製造業を中心に全国的に評価が高い企業も少なくない。しかし、こうした元気企業には限りがあり、実態は業績の二極分化が進み企業間格差がますます開きつつあることも事実である。従って、地方圏における中小企業の今後のあるべき姿を考慮すると、それは地域経済の基盤を支える中小企業、とりわけ今ある元気企業の次を担う企業、次に続く企業の成長が、地域の将来的な発展を促す重要な要素となることは言うまでもない。特に、地域経済が縮小する中で、建設業、小売・サービス業、介護・福祉など内需型企業の活性化は、地域間競争を勝ち抜くための需要な課題といえよう。
以上の点に着目しながら、今後、地域に求められる中小企業のあるべき姿とは何か、時代を生き抜く”強靭な企業”へと変身するための条件とは何かをテーマにそのヒントを既存の元気企業から探ってみると、それら元気企業は幾つかの共通した特徴を保有している事実に気づく。参考までに、元気企業に共通する特徴を幾つか挙げると、第1に、元気企業は常に有効性と効率性を追求し続けている企業であること。有効性とは「今求められる社会的ニーズの高い財・サービスをつくり続ける」こと、効率性とは「財・サービスの供給に際し、高収益を確保できるシステムを構築すること」である。そして企業が、有効性を上げるには企業と社会との関わりを変える必要があり、効率性を上げるには企業の内部構造、仕事の進め方を変えることが求められる。いずれにせよ、有効性と効率性の見直しにより、自社にとっての競争優位の源泉を一日も速く確立すべき時であろう。第2の特徴は、「2つのC」を実践する企業であること。「2つのC」とは、すなわちトップ自らがチェンジ(change)し、チャレンジ(challenge)精神を醸成し続ける企業であることを意味し、複雑化・多様化する時代だからこそ、経営トップに求められる必要不可欠な素養と言うことになる。第3の特徴は、「トップと社員が一つとなり総力経営」を実践する企業。世界的な企業間競争が激化する中トップやほんの一握りの頑張りだけでは困難な時代、社員一人一人が目標に向かって燃え、トップと従業員の立場を乗り越えた関係構築の重要性、言い換えれば、それは家族主義という過去の日本型経営の一部を取り入れた経営スタイルを今一度考慮することなのかも知れない。そのほか、「さらなるオリジナリティー追求型企業」、「CS(顧客満足=Customer Satisfaction)とES(従業員満足=Employee Satisfaction)の両方を追求する企業)」、6次産業化のように「ネットワーク(多機能・複合型産業化)の構築を目指す企業」、「グローバル戦略追求型企業」など。
このように、元気企業からは多くの共通した特徴を見出せるが、よくよく考えるとこれら手法は、これまでも経営基盤強化の基本的やり方として実践されてきた手法であることも否めない。しかし、低成長時代、閉塞感が漂う時代だからこそ、今一度、企業経営の原点に立ちかえり、自社が保有する経営資源の基礎的条件を再構築することが必要ではなかろうか。その結果、見直された自社の新たな経営スタイルが将来の可能性につながり、自社の発展を促す原動力として大いに機能していくものと思われる。
もはや景気変動に一喜一憂する時代は終わった。今まさに地域企業が大いに活躍できる時が来た。そのために、各々の企業は、まず自社のマネジメントが時代の変化についていけるか否か、もっと言えば、自社独自の技術・ノウハウ、製商品開発力、社員の質、流通、情報網など経営資源の再点検を図り、「たゆまぬイノベーションへの挑戦」を図って欲しい。