包摂的成長と地域
6月11日と12日の2日間、埼玉にある城西大学にて、産業学会の第60回全国大会が、久しぶりに対面で開催された。産業学会では、鉄鋼業や自動車産業など、個別の産業を取り上げ、深堀りすることが多いのだが、「たまには産業を横断するようなテーマを取り上げたら」と口を滑らせた結果、私自身が「動揺する国際政治と日本の産業政策の課題」と題した報告を行うはめになってしまった。報告では、2021年6月の経済産業省産業構造審議会総会で提示された「経済産業政策の新機軸―新たな産業政策への挑戦―」を取り上げたが、その後の討論でも、これまでの「官主導の伝統的産業政策」と「民主導の構造改革アプローチ」との違いが論点になった。日本の学界では忘れ去られていた産業政策に関する議論が、にわかに登場してきたことに、私自身は今でも当惑を感じざるを得ないが、背景には、「中国製造2025」に対抗する米国バイデン政権の成長戦略や、ポストコロナにおけるグリーンやデジタルへの移行を進めるEUの産業政策があることは確かなように思われる。そして、もう1つの要因として、従来の産業政策では扱ってこなかったムーンショット的な研究開発や中長期的な社会的課題への対応に迫られていることがあげられる。
こうした背景をもとに、産業構造審議会の下に「経済産業政策新機軸部会」(座長:伊藤元重東京大学名誉教授)が設けられ、2021年11月~22年4月までに8回もの会議が開催され、中間整理案が取りまとめられた。そこでは、目指すべき経済社会に関して、「経済成長・国際競争力強化および多様な地域や個人の価値を最大化する包摂的成長の両者を実現する」と表明され、ミッション志向型の産業政策として、①炭素中立型社会、(2)デジタル社会、(3)経済安全保障、(4)新しい健康社会、(5)災害に対するレジリエンス社会、(6)バイオものづくり革命、といった6項目の実現が掲げられた。
ところで、4月12日の第7回「新機軸部会」では、包摂的成長を中心的なテーマとし、中小企業や文化・スポーツとともに地域が取り上げられ、私は「包摂的成長における地域の意義」と題した報告を行った。報告の準備で、inclusive growthについて調べてみると、国連やIMFなどが地球規模での貧困や格差問題への対応として取り上げている事例が多く、先進国内では、イギリスの大都市内での貧困地区対策が目に付いた。地域間格差や条件不利地域への政策的対応については、戦後の国土政策や産業立地政策で長年取り組まれてきたものだが、「どの地域も取りこぼさない」というスローガンの下で、新たな政策をどう打ち出すか、なかなか難しいように思われる。
その一方で、私はもう1つの見方に注目したい。すなわち、個性豊かな多様な地域が力を出し合うことで、新たな成長がもたらされるとするものである。ただし、多様な地域の組み合わせをどのようにしたらよいか、未解明な点が多い。包摂的成長と地域をどうみるか、こうした議論は始まったばかりで、それこそ対面での意見交換を繰り返して、内容を豊かにしていくことが求められるのである。