国際ビジネスの倫理的課題からみたTPPの意義 ~倫理問題への対応が迫られる日系企業と「無知のベール」の効用について~
米国を除いた11カ国による環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が12月30日に発効する。TPPは経済厚生にとってプラスに働く「貿易創出効果」が期待できる反面、必ずしもパレート改善とはならないことから、日本国内では専ら影響の大きい農業問題に関心が集まっている感がある。一方、企業のグローバル経営戦略を研究している立場から注目しているのは「労働章(第19条)」 が組み込まれたことである。特に、労働に関する規定が入ったFTAの発効はベトナムにとっては初めて。マレーシアにとっても豪州およびニュージーランド以外とのFTAでは初めてのことである。なぜ、これが注目されるかといえば、これまで、企業倫理の普遍的な諸規範について、概念としては存在するものの、国による違いなどから、現実には「国際ビジネスを規制するのは不可能ではないか」と考えられてきたからである。TPPはこの長年の課題に対する突破口となる可能性を秘めている。
背景には、グローバル化によって企業の倫理的な問題が国境を越えて広がっていることがある。これに対し、1996年にシンガポールで開催されたWTOの第一回閣僚会合で労働基準を取り扱う権限を有する機関はILOであることを認める宣言が採択されたことは、この分野における行き詰まりを打開する重要な一歩となった。これを受けてILOは1998年、「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」を採択した。これがTPP労働章のベースとなっている。
こうした中、マレーシアやベトナムに進出している日系企業は待ったなしの対応を迫られている。なぜなら、マレーシアには現在、不法就労を含めると同国労働人口の2~3割に当たる300万~400万人の外国人労働者が存在するが、中には「強制労働」に当たる雇用慣行も見られるからである。米労働省によれば、同国での強制労働は、特に、電子工業や縫製業に多く、パーム油産業においては児童労働も散見される。ベトナムでも、結社の自由の制限のほか、特に、縫製業を中心に低賃金や児童労働、さらには人身売買に関する問題点などが報告されている。日系企業は下請けや海外の取引先まで含めた雇用の実態を早急に把握する必要に迫られている。TPPではたとえメンバー国でなくとも、強制労働を容認している企業や国からの輸入を控えるべきとしているからだ。
TPP協定の大きな特徴として、労働章の規定と解釈又は適用に関して、TPP参加国間で生じる問題も「紛争解決章(第28条)」の適用対象となることが挙げられる。これは、ISDS(投資家対国家の紛争)ではなく、国家間の紛争解決手続きであるが、違反した場合はTPPで認められている利益の停止という、一種の経済制裁を発動できる仕組みを規定していることから、国際的な労働基準に達していないメンバー国の法律改正や監視体制の強化が進むことは必至といえよう。
日本においては、こうした企業の負担を軽減する枠組みの策定が急務である。たとえば、2016年末に策定された日本政府のSDGs実施方針には「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)」の策定が明記されたが、人権デューディリジェンスを促進するような政策など、この分野における企業のリスクや負担を軽減できるような政策の早期構築が求められる。
企業においては、SA8000やISO26000など関連する国際規格を取得するのも有効だが、伝統的な業績基準に加えて倫理面にも配慮した社員の採用と昇進、倫理的な企業文化の醸成や意思決定プロセスの導入、倫理責任者の任命、さらには、倫理に反する儲け話などに手を出さないといった精神的勇気を奨励する環境づくり、などへの対応を急ぐ必要があるだろう。
最後に、話は少し逸れるが、国際ビジネスにおいては適切な行動方針が定かでない倫理的ジレンマに直面することがよくある。たとえば、企業幹部が貧困国に出張した際、子会社が社内倫理規定に反して幼い少女(児童労働者)を工員として雇っていることに気づいたとする。彼はすぐに少女を成人と交代させようとするが、事情を聞くと、少女は孤児で、6歳の弟と二人暮らしの彼女にとって別の仕事を見つけるのは困難であり、もしも解雇されれば、弟のためにエイズの危険がある売春を始める恐れすらある。そんなとき、どうすればよいのだろうか。このような倫理的ジレンマから抜け出し、容認できるような解決策に導いてくれるような道徳的指針や倫理的解決手段が本当は必要なのである。ここでは、ジョン・ロールズという哲学者が考案した概念上の道具である「無知のベール」を利用する方法を紹介したい。「無知のベール」を被ることで、平等な原初状態で原則を選ぶことが可能となる。つまり、偏見なく自由に状況を考察することができ、それによって正義の原理を見出すことができるというのである。ロールズは全員が賛成する正義の基本原理は2つあると言っている。第1の原理は、他者にも同じ自由が与えられる範囲で、一人ひとりに最大の基本的自由を認めると言うもの。興味深いのは第2の原理である。それは、まず公平な基本的自由を確保し、そのうえで不公平が全員にメリットをもたらす場合にのみ、基本的な社会財(所得や富の分配、機会など)の不公平が認められるというものである、つまり、もっとも恵まれない人の境遇を改善するような不公平ならば、正当化されるとしたのである。こうした「格差原理」には反論もあるものの、ロールズの無知のベールは、難しい倫理的ジレンマを切り抜けるために利用できる、有効な概念的ツールといえる。