お知らせ
大雪と投資経済計算
昨年の大雪の時、数時間毎にスコップで雪かきをしながら、実感したことがあります。この雪が福井を、福井の人を強くしたのだなと。福井県立大学地域経済研究所の元所長である中沢孝夫氏は、福井の強さの理由として「歴史的経緯」をあげられています。その中で、冬が長く、雪が深く、交通が不便であるといった「条件の悪さ」が、福井を育んだのだと説明されています。
後日、大雪について学生と話をしました。毎日下宿の駐車場の雪かきで大変だったという学生がいる一方、祖母や親が雪かきをして、自分は家の中にいたと言う学生も。雪が降っても、道路はブルドーザーで除雪され、会社やお店、家庭でも除雪機が活躍しています。昔と比べて雪が少なくなったとも聞きます。福井の人が家族総出で冬の間ずっと雪かきをしなければならないといった環境はなくなっているのだと気付きました。雪が育む福井の強さは、過去の話となり、いずれ失われるか、少なくとも弱くなるのでしょう。
では、福井の企業はどうすれば良いのでしょうか。雪が育む福井の強さは弱まっているのに、競争は世界を相手にしなくていけません。福井の強さに頼ったままの経営では早晩立ち行かなくなってしまうでしょう。解決策の一つは「投資」です。日本で、世界で戦える競争力を獲得するために投資しつづける必要があります。
私が研究している管理会計学では、投資の収益性を計算する「投資経済計算(資本予算)」が提唱されています。福井県内企業への調査(2011年)によれば、福井企業の多くが、回収期間法という手法を利用していました。回収期間法では投資金額を回収できる期間を計算し、その期間が短い投資ほど有利だと判断します。変化が激しく将来予測が不確実な業界や市場など、投資を早く回収できることを重視する時に有効な計算方法です。回収期間法の計算方法はとても簡単であることも特徴です。ただ、回収期間法は、貨幣の時間価値を考慮しておらず、理論的に問題があるともされています。日本全国の企業を対象とした調査でも、多くの日本企業が回収期間法を利用していますが、同時に正味現在価値法といった貨幣の時間価値を考慮する方法も併用しています。
手法の特性を理解し、複数の計算を行い、多面的に投資を検討するのが望ましいのですが、簡単な方法でこれだけは!と言うなら、割増回収期間法という方法があります。回収期間法が、投資金額を回収できる期間を計算するのに対し、割増回収期間法は、銀行から借りた投資資金と銀行に支払う利息をあわせた金額を回収できる期間を計算するものです。利息を含めた金額の回収期間を計算することで、貨幣の時間価値を考慮しているのとほぼ同じ、理論的な計算となります。加えて、銀行から融資を受ける時は、返済できる投資なのか銀行から審査を受けることになるでしょう。投資の直接的な効果ばかりでなく、第三者の視点、財務的な視点から投資を冷静に評価しなおすことも可能になります。他にも、社内金融などを応用して経営の中で活用するなど、様々な効果を得ることができるでしょう。
会計は税金の計算をするためだけにある訳ではありません。是非、経営に会計を活用し、会社をそして福井をより良くしていただけたらと願っています。人的要因にかかわる安全管理の新しい見方
安全管理の現場というと、つらく不毛な現場であると感じる人は多いのではないだろうか。繰り返される事故の原因は当該メンバーがうっかりしていた、他のことに気を取られていた、ぼーっとしていたためであり、対策は事象の掲示とマニュアルを徹底するよう指導することに尽きる。しかしながら、同じような事故が繰り返されているということは同じような対策も繰り返されているということであり、これ以上何をすればよいのかがわからない。どうすれば事故を減らせる、根絶できるのかと日々頭を抱えている。
これが従来からの安全管理の現場の姿(Safety I)である。所定のマニュアルが定められ、安全かどうかは「マニュアル通りに作業をしているか」と実績(一定期間ごとの事故件数や事故率)で評価される、そして、事故の際にはどこでマニュアルから逸脱したのか、なぜ逸脱が生じたのかが分析される。そして逸脱を生じさせないために、注意書きの赤文字が現場に書き込まれ、監視と教練が強化されるとともに、場合によっては罰則が設けられる。
このような従来からの安全管理の姿に対して、新しい安全管理の姿(Safety II)への移行をすべきだという声が上がってきている。
Safety IIの考え方の特徴は、マニュアルにある手順からの逸脱を「排除すべきもの」ではなく「適応の結果」とみる、という点である。マニュアルは理想的な作業の進め方を描いた「道しるべ」であって、人を縛るものではない。そしてマニュアル通りでない行為(逸脱)については、「望ましくないもの」と決めつけるのではなく、その時にその人にとって最も適応的であった行動とみるのがSafety IIの考え方である。
例えば、「ある作業をしている最中にうっかりミスが起きたが、そのことに気づかないまま作業が進み、事故に至った。調査すると、指差し確認をしていなかった(マニュアルではするようとに書かれていた)ことがわかった」というのはよくある失敗だろう。この時、指差し確認しなかったことを違反として摘発し、指導を徹底するのがSafety Iである。一方、Safety IIではこの例に対して、「本人」にとっては(たとえ違反であったとしても)「指差し確認をしない」ということが「適応的」だったからこそ、指差し確認をしなかったのだと考える。そして、例えば、これまでにも指差し確認をしなかったことが多々あったはずである(それが適応的なのだから)と考え、「なぜこれまで事故が起きなかったのか」へと考えを進めるのがSafety IIである。
それはたまたまの幸運で事故に至らなかったのかもしれない。もしそうであれば、単なる運を必然に変えるにはどうすればよいのかを考える。逆に、きちんとマネジメントされた結果として事故に至っていなかったのであれば、「どのようなマネジメントがなされていたのか」「なぜこれまではマネジメントできていたのか」、あるいは「なぜ事故が起きた時にはマネジメントされなかったのか」を考える。
こうして「事故に至らせない要因・方法」を現場の実践から見つけ出すのがSafety IIである。Safety Iでは「事故が起きた事象」だけしか見ない。一方で、Safety IIでは「事故に至っていない=ノーマルな日常」に着目する。当然ながら事故に至るケースよりも、ノーマルなケースの方が本来数が多い。すなわち、事故だけを調べるより、参照すべきケース数が多く、その分抽出できる教訓は多くなると期待できる。
このような視点に立った安全管理は、航空分野ではLOSA(Line Operation Safety Audit)と呼ばれるプログラムで以前から行われているが、他の分野ではまだあまり浸透していない。ふくい地域経済研究第28号
「繊維王国・福井」の強みとは
ご存じの通り、福井県はナイロン、ポリエステルなどの合成繊維長繊維織物において、現在でも日本有数の産地である。古代より越前の国では絹織物の生産が盛んであり、江戸時代には藩の財政を支える重要な品目であったとされている。明治期においては、最新鋭の製織技術の導入とともに、輸出向けを中心とした羽二重織物の生産が盛んになった。その後、幾度となく荒波が産地を襲うなかで、主生産品目を人造絹糸(レーヨン)、合成繊維(ナイロン、ポリエステル)と変えながら、日本有数の繊維産地としてしぶとく生き残っている。他産地の例を見ても、このように主生産品目を変えながら、現在でも繊維産業が地域経済を支える力強い存在となり得ているところはあまり見当たらず、非常に希有な存在であるといえる。
日本経済の発展は繊維産業の発展とともにあったといっても過言ではない。現在の日本を支える主力産業のひとつである自動車産業を見ても、日本最大の自動車メーカーであるトヨタ自動車のルーツは豊田佐吉が発明した自動織機にあり、小型車メーカーのスズキもそのルーツは鈴木道雄の発明した鈴木式織機にある。原糸メーカーの多くは現在、その技術を活かして化学メーカーとして発展してきており、日本の大手商社の多くは繊維取引で拡大してきている。機械メーカーにおいてもルーツが繊維機械にある企業も多く、繊維は日本の経済を支えてきた重要な産業であったといえる。
福井産地の話に戻ると、現在、福井産地は合繊長繊維織物において全国生産量の約4割を占めており、準備(糸加工など)、製織、染色・機能加工などの中間加工業者が産地を形成している。その多くは、原糸メーカーなどの発注元から材料と設計書を受け取り、加工して納入し、加工賃を受け取る「賃加工」という形態が取られていることが多い。かつては勤勉で低廉な労働力を背景にした大量生産が行われていたが、円高・諸外国の台頭により国際競争力が低下し、輸出主体であった福井産地には厳しい状況が続いている。
しかし2000年頃からは、こうした受託加工中心から「製品開発・提案型」ビジネスへの転換が図られてきている。すなわち、受託加工を通じて製品に関する技術やノウハウを身につけた産地企業が、自社で開発した製品を発注元の原糸メーカーに提案していくというものである。これは、単なる下請的生産とは異なる技術的主導性を持つビジネスであり、低コスト生産を武器としている海外の企業には、簡単に模倣ができないものであるといえる。一方、繊維以外の分野へと多角化を進める原糸メーカーにとっては、産地の提案を活用することでより付加価値の高い製品の開発が行えるだけでなく、製品開発の負担を減らし自社の経営資源を新分野へと振り向けることが可能となるわけである。また産地企業のなかには、非衣料分野にも積極的に進出している企業も多く見受けられ、自社で開発した製品を自社で販売する「自販」を通じて、新規市場の開拓が行われている。
また注目すべき点は、国内外の高級ブランドとの取引も多く見られていることである。こうした取引においては、発注元は自社ブランドの差別化のために「市場にない特長ある製品」を求めており、大手企業では大ロットでないと対応が難しいことから、高い技術を持ち、発注元の要望に柔軟に対応できる小規模企業と取引を行う傾向にあるとされる。すなわち、技術力が高く小規模企業が多い福井産地は、こうしたブランド企業との取引に適した産地であるといえよう。付け加えていえば、新製品に関する情報が漏れないよう、あえて地方都市の繊維企業との取引を行うブランド企業もあるとのことであった。
先述したように、かつて福井産地は生き残りを模索して生産品目を変えながら、粘り強く発展を続けてきた。そこには、企業だけでなく、大学、行政、そして公設試験場が密接に結びつき、まさに「繊維版シリコンバレー」のような様相を呈していた。ここで培われた技術を継承するとともに、機械、化学などの分野でも多くの技術蓄積がある福井という地域の強みを活かし、他分野とも連携しながら、新たな価値の創造へとつなげていくことが望まれる。