福井県立大学地域経済研究所

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付加価値貿易からみたASEAN地域のバリューチェーン

猿渡 剛

従来の貿易統計は総額で表示するため、国際分業が進行する現代の貿易構造を的確に捉えきれないことは広く知られています。たとえば、中国は米国に対してiPhoneを大量に輸出していますが、中国の付加価値輸出額は輸出総額の10%にも満たないとされています。貿易の真の姿をより明らかにするため付加価値額の統計を整備する試みが、近年盛んに行われてきました。

付加価値額で表示した貿易の推移については、OECD(経済協力開発機構)とWTO(世界貿易機関)が共同で開発し2013年に初めて公表したTiVA(付加価値貿易)が最も包括的であるといわれています。TiVAのデータを利用すれば、付加価値貿易額を誰でも容易に算出できます。

さて、このTiVAを利用すれば、バリューチェーンの趨勢を知ることができます。そのためにはまず、付加価値総輸出をDVA(国内付加価値)とFVA(外国付加価値)に分解します。次に、DVAには自国から他国に輸出する財・サービスの付加価値と他国から第3国に輸出する財・サービスの付加価値があり、後者とFVAの和を付加価値輸出額で除します。このようにして算出した数値がバリューチェーンへの参加指数であり、GVC(世界のバリューチェーン)とRVC(地域のバリューチェーン)、それぞれの参加指数を求めることができます。最後に、RVCへの参加指数をGVCへの参加指数で除することで、特定の地域が世界大と地域大のバリューチェーン、どちらに参加する傾向にあるかについて把握できます。

筆者は試みに、ASEAN(東南アジア諸国連合)、EU(欧州連合)、NAFTA(北米自由貿易協定)の3つの地域統合体を対象として、TiVAの利用が可能な1995年から2011年までを対象期間にとり、それぞれのバリューチェーンの推移を分析しました。以下では分析結果をもとに、ASEANのバリューチェーンの特徴について述べたいと思います。

まず、ASEAN地域のバリューチェーンは他の地域統合体のものと比べて脆弱です。ASEANのRVC参加指数は2011年時点で12.8%ですが、これは同年のEUの33.5%、NAFTAの13.6%よりも低い水準に留まっています。ASEANの輸出品はEUやNAFTAのものと比べ、域内で価値が付加されない傾向にあります。

しかしながら、EUとNAFTAにおいては地域のバリューチェーンの重要性が徐々に低下しているのに対して、ASEAN地域のバリューチェーンは逆に存在感を増してきているのです。EUの場合、1995年時点ではRVC参加指数がGVC参加指数の44.6%を占めていましたが、2011年には41.2%にまで落ち込みました。NAFTAはその傾向がより顕著であり、1995年には30.8%でしたが2011年には24.2%まで下落しています。1990年代以降のEUとNAFTAでは域内国からの輸入が域外国からの輸入に置き換わり、域内第3国への輸出の主体は域内国から域外国へと変わってきました。ところがASEANのRVC/GVC比率は、1995年の18.3%から2011年の19.4%へと速度こそ緩やかではありますが上昇しています。近隣に日本や韓国、中国があり、特に製造業においてこれらの国から中間財の輸入が増大してきたにもかかわらず、ASEANは域内からの輸入を重視し、域内輸出に傾倒してきたのです。

ASEANはEUやNAFTAと異なり、広範囲の製造業でRVCの重要性が高まりを見せています。産業内貿易をみてみますと、RVC/GVC比率が著しく上昇したのは輸送機械産業と食品・飲料産業であり、2011年の両産業の比率は1995年の約1.7倍を記録しました。輸送機械産業に関してはタイ、食品・飲料産業に関してはマレーシアの域内輸入額及び第3国輸出額が突出して多く、両国が中心となって域内のバリューチェーン構築を進めてきたといえるでしょう。

もっとも、RVCの参加指数やRVC/GVC比率の水準自体はEUやNAFTAのものと比較しても低いことからもわかるように、ASEAN地域のバリューチェーンには発展の余地が多く残されています。バリューチェーンをさらに拡充するためには、域内のハード・ソフトのインフラを開発し連結性を強化するとともに、さらなる産業振興を図る必要があります。